第参章五話 【決着】


「作戦内容を説明します」

ミシェル・レイクはインカムに静かに告げる。その目はただ一つの曇りもなく、強い決意に満ちていた

「フルハウス団ハートグループの本拠地に突撃、なるべく派手に動き『彼』の注意を引いてください」

実際に戦うのは彼女ではない。が、これは十中八九彼女の中の大きな決戦となるだろう

それほど重要な一戦だ

だから、絶対に成功させる

たとえそれを、彼が望んでいないとしてもだ

「そして、取り返してきてください・・・これが私のワガママだというのは重々承知です」

ミシェルが目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、仲間達の笑顔とあの写真の風景

そして、一人のパイロット

「こちらメアリ。貴方の望むようにしろ・・・悔いのない結果にしよう」

それは、強き傭兵の一言

負けて尚、新たな仲間のためにその腕を振るおうと決めた者

「こちらアレックス。ミシェルさん、気にしちゃいけませんよ。俺達が必ず連れて帰ります!」

それは、父を亡くした若者の一言

敵討ちなど微塵も考えず、父に恥じぬ男になろうと決意を固めた者

「当たり前じゃねえか!アイツにそろそろ門限だって言ってやろうぜ!」

「俺達は機体を直すだけだが、それでもできることはやらせてもらうよ」

「仲間だからな、ミシェルもアイツも。だからこんな老いぼれも頑張れるってもんだぜ!」

たとえ非戦闘員だとしても

「絶対に帰らせますよ~」

「浮気なんて馬鹿なことはさっさと終わらせましょ!」

「ミシェル、早く始めるわよ!」

彼ら彼女らの心は一つだった

「皆・・・ありがとう・・・」

1秒だけ、ミシェルは目を閉じた

「ハイパーアリシオン、並びにデストロイア改、出撃してください!」

フルハウス団の拠点の上空で、ミシェル・レイクの決戦は始まった




ホーネットのハッチが開く 警報のブザーがけたたましく鳴り、二機の人型機動兵器が外の光に照らされる

そして、その二機のパイロットはコクピットでそれぞれ覚悟を決めていた

「親父・・見ててくれ・・・」

ジャケットのポケットに通信機をねじ込み、アレックスは静かに言った。彼の父を殺してしまうほどの相手と、今日、戦う。それがどれほど危険かは、彼自身重々わかっている

わかっているからこそ、覚悟を決めておかなければならない

「アレックス」

「え?メアリさん、どうしました?」

先輩の声がポケットから飛び出した やや慌てながらアレックスは通信機を引っ張り出す

「肩の力を抜け。こういうのは力みすぎちゃダメなんだ」

その声は、どこかとてもやさしい感じがした

「ヤツが私を負かした時もそうだった。二度同じ失敗はしない。お前もそうしろ」

「・・・はいっ!」

彼女は自分を心配してくれているのだ。近くに親しい者がいなくなってしまったアレックスだったが、その言葉はとても嬉しかった

彼がもう少し幼かったら、跳び跳ねて奇声を上げながらメアリに抱き付いていたかもしれない

今度こそジャケットに通信機をしまい、アレックスは操縦レバーを握った

「メアリ・クロード、出撃するッ!」

輸送機のドックのハッチを蹴り、アリシオンが空に躍り出た

「デストロイア改、アレックス・ジョンソン!行きます!」

軽く脚部ブースターを吹かし、デストロイア改も飛び立つ

二人のパイロットはそれぞれ機体の肩の調子を見る。そこに簡易パラシュートを付けているからだ

万が一肩に不調があれば、地面にぶつかって砕け散る。もしくは足に大ダメージだ

戦闘に支障が出るのは避けられない

だからパラシュートの調子を見る

モニターに異常は見られない。これなら捻挫の心配は無さそうだ。人型機動兵器が人体と構造が同じとは言い切れないが

そして予定高度に達する。肩の外付け機構が開く

中から分厚い布が広がる。パラシュートだ

その糸と布が繋がっている

アレックスが下を見ると、フルハウス団の機体がこちらを見ていた

「レールガンを使います!」

「構わん、やれぇッ!」

デストロイア改の左手が姿を大きく変える。中から飛び出た砲身が、徐々に帯電していった

スパークは風に掻き消されることなく、徐々に大きくなっていく

落下傘で降りてきた敵に驚いたのか、周りからフルハウス団が少しずつ集まってきた。

射程外だからか、それとも余りの事態に驚いたのか、迎撃はしてこない

それが仇となる

「うおおおおおおッ!」

敵部隊の真ん中に、レールガンが撃ち込まれる。大規模なプラズマ爆発が一瞬発生、憐れな防衛隊を巻き込んだ

爆発が晴れ、そこには着地に調度良さそうなクレーターが出来上がっていた

パラシュートを切り離し、二機同時に着地する

「後ろ!?」

レーダーを見たアレックスが叫ぶ

爆発の範囲外だったのか、瓦礫にまみれるだけで済んだ機体が腕にくっ付けたキャノンを向けようとした

その腹部を、光線が一筋貫いた

「無事か?」

ハイパーアリシオンが新しく装備した、ビームカノン。敵を打ち倒したのはそれだった

「はい・・・凄いですねソレ」

「デストロイア改のレールガンには敵わないさ。さて、まだ二発しか撃ってないが・・・」

メアリがレーダーに何かしらの反応を確認した。そいつがターゲットだった

間違えるはずもない。コイツを見付けるためにここに乗り込んだのだから

「出たな本命」













フランシスカは少々安堵していた

白虎帝国は想定通りのタイミングでハートグループに侵攻してきた。もしも別の時間帯に別のグループへ攻撃したら、とてもじゃないが困っていたところだ

だから、フランシスカは心の中で胸を撫で下ろす。あくまで、クールなポーズを崩さないように表に出さず、だが

「各部隊は陣形を堅持、目的はあくまで時間稼ぎです。数を減らされないように注意をしてください」

漠然とした、いかにも争い慣れしていない適当な指示を出す。鳩派たるハートグループ代表としては正解なのかも知れないが、今は戦争の才能の無さに彼女自身辟易する

が、働く方はかなり優秀だ。フランシスカの指示を見事なまでにこなしている

むしろ優勢ではないか

時間稼ぎが終わり、他のグループが全て大陸から脱出すれば、ハートグループも脱出の許可が出る

その時まで絶対に持ちこたえる。フランシスカは決心していた

「タナトスは待機、『彼女達』に備えてください」

さて次だ

フランシスカはヘッドフォンとインカムを一体化したような機械を頭部に付けた。そしてはっきりとした事務口調で傭兵に指示を出す

あのホーネットが現れるともわからないのがこの状況だ。今ホーネットに滅茶苦茶にされたら白虎帝国に押し潰される

その対策として、タナトスを置いていた。白虎帝国部隊は今の戦力でなんとかなる。今はミシェル・レイクに注意すべきだ

「はい、赤い四つ脚と細身のスナイパーライフル持ち?それはホーネットの傭兵です?『死神』に任せてその場から離れてください」

来た。思ったより早いが、まあ想定内

タナトスがホーネットを撃退すれば良し、負けても彼をミシェル・レイクが殺すはずもない

と言うかむしろ、負けてくれた方がややフランシスカの思惑に合う

彼はもうホーネットに戻るべきだ。こんな死に逝く女に見切りを付けて

フランシスカは時計を見た

「時間ですね」

打ち上げは始まった










「そう言うことだったの・・・!?」

ミシェルは思わず叫んでしまった。大陸の様々な所からロケットが飛んでいったのが確認されたからだ

そのロケットの発射地点は、全て漏れ無くフルハウス団の拠点だった

まさかハートグループを見捨てて逃げ出すとは、しかもロケットを使うとは。恐らく当のフルハウス団以外は思いもしなかっただろう、こんなあっさりと引き揚げていくとは

白虎帝国から送られたリアルタイム望遠映像を視界から外し、ミシェルは別のディスプレイに目を向ける

タナトスだ

闇すら塗り潰せそうな濃い黒色、紅いヘッド

火力をただただ求めた両手の大型武器。大柄で重厚なボディ

そして、死神の異名に相応しい威圧感

見間違いようもない。タナトスだ

『彼』だ

「ミシェル・レイクさん・・・ですね?」

突然、女の声がミシェルの耳に届いた

「貴女は・・・?」   

「はい、私はフランシスカ・・・フランシスカ・ディバイングです」

ブロンドが揺れる。衝撃に目を見開き、息を呑む

何故、この状況で通信をしてきたのか。ミシェルは真意を図りかねた

「・・・『彼』を・・・返してもらいに来ました」

「そうですか やはり・・・貴女も」

も、という一文字が引っ掛かった

まさか

まさか

フランシスカも、あの死神に

焦がれているとでもいうのか

「お察しの通り、私は時間稼ぎの人形に過ぎません。フルハウス団は『大陸の謎』を持ち帰り、私は死ぬ」

「何を・・・」

いきなりフランシスカが喋り出す。それはフルハウス団の計画の全貌であろう

しかし、なぜこうわざわざ暴露していくのか

ミシェルは怪訝さに眉を潜めた

が、その疑念や疑問は衝撃の一言に塗り潰された



「彼を、連れて行ってください」



いま、彼女はなんと言った?

連れていった想い人を、恋敵と読んで差し支えない女に返すと

信じられない

「死に逝く私に、彼を付き合わせるわけにはいきません・・・彼も道連れにしてしまうから・・・」

その声はくぐもっていく

その感情を、ミシェルはよく知っていた

「フランシスカさん・・・泣いているの・・・?」

「愛しているから・・・死なせてしまうなら・・・貴女の元へ戻らせなくては・・・私は・・・」

フランシスカは、もう限界なのかもしれない。死と愛に板挟みにされ、感情を止める事ができなくなっているのかもしれない

「ミシェルさん・・・お願いします、彼を・・・」

「フランシスカさん・・・」

「諦めたくは、ありません・・・だけど、連れ去ってしまったことを、謝罪します」

「・・・あ!待って!」

通信はそこで終わった

糸が切れたような電子音が鳴り、そしてノイズが残っていた

「・・・そんなの・・・悲しすぎるわよ・・・」

彼女の覚悟と悲哀を、ミシェルは受け止めた。しかし、それはひどく重苦しいものであった

もしも、立場を少し変えたら

もしも、フランシスカと自分が以前から知り合いだったなら。恐らく二人は、気の合う素敵な友人になれたハズだ

同じひとに惹かれた、二人として

「フランシスカさん・・・」








ビームカノンを喰らって倒れたフルハウス団の機体を踏みつけて、黒い巨鉄が前進してくる

その歩みはお世辞にも速いとは言えないが、溢れ出る威圧感とその禍々しいまでの外観がそれを感じさせない

むしろ歩調がゆっくりな分、恐怖を煽り立てている

「アレックス!」

「はいッ!」

デストロイア改がミサイルを大量に打ち出す。面で襲いかかるその嵐のような攻撃

しかしタナトスはガトリングを用い、あっさりとミサイルを叩き落としていく 

蜂の巣になり爆発していくミサイル その爆風に紛れてアリシオンがブースターで素早く移動する

「隙だらけだぞ!」

左手のスナイパーライフルから超高速の弾丸が飛んでいく。狙いを付けられた銃弾は、金色の装甲を避けて黒い部分に直撃する

しかし、元から堅い部分に当たっても大した傷にはならない。火花を散らし、銃弾は跳ね返る

「ならばァァァアッ!!」

スナイパーライフルと右手のマシンガンを矢鱈目鱈に撃ち続ける。弾のいくつかは金色の装甲に当たるが、黒い場所に当たるとだんだんと傷を付けていく

装甲にダメージが通っているのだ

「メアリさん、危ない!」

振り返った死神はバズーカをアリシオンに向ける。大口を開けた巨大な武装がメアリを睨み付ける

発射される一発

「くっ・・・!」

ハイパーアリシオンが、全身から小型ブースターをいくつも出現させる。現れた噴射口の勢い付いた炎が、空へとメアリを飛び立たせた

狙いを逸らされたバズーカ。瓦礫を消し飛ばし、地面を抉り、爆風は土埃を盛大に巻き上げた

「そんなにミシェルさんの所に帰りたくないのかよ!!」

ハンドキャノンが撃ち込まれた。当たった場所は金色。ハズレだ

しかし、ダメージを負ったのかタナトスが仰け反った。流石の黄金装甲も砲弾までは受け止め切れなかったようだ

「いっけえええええええええ!!!」

「であああああああああああ!!!」

ビームカノンとレールガンが同時に発射される。最早肉眼では直視してはいけないほどの光量が辺りに撒き散らされた

猛スピードで直進するエネルギー体二つ

発射された直後、猛烈な爆発が起こった。タナトスとその周囲を一気に取り囲み、爆風と砂埃と瓦礫の破片が竜巻のごとくメアリとアレックスの視界を塞いだ

真っ白い光は周囲を照らし、二機は足を止めた

「・・・ふぅ・・・チェックメイト、だ」

構えていたスナイパーライフルを下ろし、ビームカノンを折り畳み状態に戻す。デストロイア改も、ミサイルやレールガン、ハンドキャノンを待機状態にした

あの直撃を受けて、無事で済むはずはない。コクピットなどの急所は外したが、確実に行動不能まで傷付けた

「任務終了ですか、メアリさん・・・」

「待てアレックス、様子がおかしい!」

それは直感だった

どんな要因がメアリ・クロードに『タナトスはまだ動ける』と思わせたかはわからない。彼女自身もまさかあの攻撃を貰って無事とは思わない。が、しかし、それでも何故か違和感が拭えなかった

やがて、少しずつ爆風が晴れていった。二人の視界を潰していた砂埃も、光も、段々と薄くなっていった


光の膜を纏い、攻撃を受け流したかのように佇む黒い機体。あの現象は、SFモノの小説なら水や石ころのごとく当たり前に存在するものだ

そこにいたのはバリアを張った死神だった。無論、無傷



肩から横向きの柱らしきものを伸ばしたタナトス。その柱は、強烈にスパークしている

体の周りを包む光の膜を消し、ルビー色のカメラアイを光らせて、タナトスが両手武器を二人に向けた。そして肩からロケット砲の頭が覗き、小型戦闘ユニットも出した

そして、それら全てが弾を吐き出して二機を襲った

暴力の奔流。そうとしか例えようがないような攻撃であった

















ホーネットが訪れる一時間前

新型機

白虎帝国の新型機が、ハートグループ本拠地を取り囲もうとしていた

「雨虎隊、焼夷弾ヨーイッ!」

隊長機らしき機体が、他の各機に指令する。新型のキャノン装備機体は、その砲をゆっくりと傾けた

砲弾に放物線を描かせ、着弾地点の敵基地を焼き払うためだ

今までフルハウス団は毎日のように白虎帝国の市民を積極的に殺戮していた。戦う術のない非戦闘民をだ

だから、白虎帝国は完全にキレていた。本当にキレていた

非人道的な兵器とされる焼夷弾を用いようと決意するほどまでにキレていた

平和を愛する鳩派の派閥だろうが関係ない。敵は自分達の友人を、家族を、愛する人々を進んで攻撃してきた。なら仕返しをするために、どんな手を使おうとも構いはしない

「撃てーッ!」

天高く撃たれた無数の砲撃が、やがて基地の上に着弾。辺りが火の海と

「何ぃ!?」

化さない。そもそも砲撃すらさせてもらえなかった

スナイパーライフルで狙撃され、砲戦型機は砕け散ってしまう

「死神だ・・・」

「死神だ!死神が出たぞ!」

「や、ヤバい、ヤバいぞ」

一機二機三機と、動く暇も与えられずに撃ち抜かれる白虎帝国の人型機動兵器

新型がものの数秒で残り数機までに減らされてしまった。味方がパニックに陥る

そのまま戦闘を終わらせて逃げ帰ろうとするほど隊長は愚かではなかった

「うろたえるな!見ろ!ヤツは引っ込んでいったぞ、突撃だぁーッ!」

隊長の言う通り、黒い死神は踵を返し基地に戻っていった

だが代わりに、フルハウス団の雑魚達が続々と出てきた

中には、こちらの開発したのとよく似た砲戦型もいた

しかし、白虎の新型はあのような無駄にミサイルやらキャノンやら積んだ重そうな機体ではない

足に高速キャタピラを装備し、高速で砲撃ができるのだ

「やられるかよ!」

それぞれの脚のそれぞれのキャタピラが目にも止まらぬスピードで回る。そのままキャノンを敵に向け、撃つ

高速の砲弾は敵四つ脚型の上半身を大きく抉り、そして撃破した。崩れ落ちた敵機体の腹にもう一発お見舞いする

新型が猛攻撃を加えるのを見て、白虎帝国が本格的に攻撃を再開した








その陰で、味方にすら気取られずに、生身の兵隊たちが突入していった





デストロイア改は、脚の一本を破損 ハイパーアリシオンは左手をスナイパーライフルごともぎ取られた

タナトスによる先程の全武器一斉射は、ものの数秒で二人を追い詰めていた。むしろ、これだけのダメージで済んだことは奇跡だった

二機がブースターで必死に避けなければ、今頃は仲良く御陀仏だったかもしれない

「う・・・動けない・・・」

このままではやはり御陀仏間違いなしなのだが

「死神め、いつの間にあんな強烈な機構を用意した・・・」

メアリはコクピットのディスプレイに表示された被害状況を見て毒づいた。攻撃力の高さは以前から知っていたが、バリアなどという反則な代物を持っているとは思いもしなかった

恐らく、フルハウス団が用意したのだろう

とにかく、あのバリアを破って攻撃を当てないかぎり勝機はない。メアリは歯噛みした

「メアリさん、俺に良い案が・・・」

「なんだ?」

この状況を突破できる策があると、アレックスは言っている

早口ぎみにアレックスが説明する

メアリはほくそえんだ。あのマイケル・ジョンソンの息子の策とやら、実行するに値する







タナトスの周りには霧が発生していた。天気が異常なスピードで変化した訳ではなく、人工的なものだ

スモークを散布され、視界が全く効かない。デストロイア改の仕業だ

先の攻撃でダメージを与えたのは確認できたが、それでもこのままではあの二機は倒せていないのは明白だ

反撃される前に、この霧の中から敵機を見つけ出す必要がある

すると、砲弾が飛んできた。背部ブースターを起動し、避ける

ハンドキャノンを装備しているのはデストロイア改だった。元気に戦えているところを見るに、どうやらあまりダメージを受けていないようだ

今度は別の方向からキャノンが飛んでくる

先程からキャノンしか飛んでこないのは、アリシオンの方は動くことができないと推測される

では今健在なのは、足の遅いデストロイア改のみ

砲撃が再びタナトスを襲う。敢えて金色の装甲の部分に当てる

ダメージ。しかも爆炎で視界が更に遮られる。視界障害は一瞬だけなので大した弊害にはならないが

背部ブースターが、噴煙を霧の中に吐き出しながらタナトスを飛ばす

またキャノンがやって来た

空中でロールし、命中スレスレで回避する。当たり損ねた砲弾は、はるか後ろの瓦礫を粉砕した

砲弾が飛んできた方向に、ガトリングが撃ち込まれる。雷をいくつも束ねたような轟音が鳴り響き、まっすぐと弾は直進していった

仕留めた。この光景を見た人間の殆どがそう認識したはずだ

事実デストロイア改にはガトリングを避けられる機動力はない

しかしそうではなかった 倒せていなかった

敵は視線を自分に釘付けにするために囮になっていたのだ。素早く、鼠のごとく逃げ回る囮に

そんな芸当アリシオンにしかできない。デストロイア改にそんな真似はできない

では今ガトリングを避けて見せたのがハイパーアリシオンだとすれば

「喰らえッ!」

後ろでレールガンのチャージをしているのは何か

電光石火が走る。飛んでいく先には死神

出しっぱなしの発信器を再起動、タナトスはバリアを展開する。光の壁が再び浮かび上がった

すんでのところでバリアがレールガンを耐える

光の爆発は辺りに広がり、折角デストロイア改が用意したスモークを吹き飛ばした

光の球がタナトスを守る。最早あの機体には何でもありだ

煙は晴れた

脚を一本無くしたデストロイア改、デストロイア改の装備していたハンドキャノンを右手に装着したアリシオン

その二機がタナトスを睨み付けている

「くっそ、失敗か!」







作戦はこうだ

デストロイア改にはタナトスやハイパーアリシオンのパーツが流用されてある。ハンドキャノンは、元々アリシオンの武装である

なので、あの死神に『残りの敵機は一機である』と誤認させ、メアリが囮になっている隙にアレックスがタナトスを撃ち抜くというものだ

ハイパーアリシオンの機動力なら攻撃は楽に避けられる。敵の注意を引くため、ダメージが認められたハンドキャノンをアリシオンに装備させて、タナトスの注意を囮役のアリシオンに全力で向けさせた

スモークやレールガンを駆使したなかなかのアイデアだったが、二人の予想は見事裏切られた

バリアの展開速度が異常に早かったのだ

タナトスが攻撃の瞬間バリアを消したのは、バリアを張るエネルギーが無いからとアレックスは予想した。なにせレールガンとビームカノンを耐えきる光の壁だ、どれ程の電力消費かは考えるまでもない

が、光の膜はまた出た。これはつまり、タナトスはバリアで武器が無効化されるから一時的に引っ込めただけということにほかならない

その気になれば、バリアなどいつまでも発動できるのだろう

そして今、新しい情報も入手した

「あのバリア、防御力は一定を保つか!?」

これでは、現状の火力では攻撃は通らないのと同義だ

なら、何でタナトスを撃てば良いのか。どんな武器で戦えばいいのか

デストロイア改のレールガンとハイパーアリシオンのビームカノンは大陸最強の威力を持つ。それが通らないとなれば、最早なす術はない

幸い、今からタナトスはメアリとアレックスを始末せんとバリアを解除して武器を構えている

この瞬間なら攻撃は通るだろうが、ミサイルランチャーもハンドキャノンも弾切れ。アリシオンの右手のマシンガンはハンドキャノンと引き換えに捨てた。

スナイパーライフルは先の攻撃で消し飛んだ

ビームカノンもレールガンもチャージを必要とする

撃てる武器がない

そして、今二人は動けない。デストロイア改は言わずもがな、ハイパーアリシオンも特有の息切れの早さを再び発症していた

全く手も足も出ない

「死神・・・」

「こんな・・・こんな・・・親父・・・」

王手だ。詰みだ。チェックメイトだ

バズーカが、ガトリングが、ロケット砲が

タナトスの武器は哀れなまでに二機を捉えている

運命は決した










フルハウス団作戦指令室では、戦闘の状況が報告されていた

「フランシスカ代表、作戦は順調です。こちらの部隊は順調に敵を撃破しています」

「このまま押しきってしまいましょうか」

フランシスカは内心安堵していた。もしかしたら、いやもしかすると、自分達に脱出の可能性が残されているかもしれない

今いる敵を倒しきったらチャンスができる。その時に大陸を脱出すれば、ここの人間を全て生け贄にしなくても済む

「総員、油断はしないようにお願いいたします」

フランシスカは部屋のディスプレイを見据えた。ここが正念場だ。ここを乗りきるのだ

突然、フランシスカのいる作戦指令室の扉が開いた

がちゃがちゃと騒がしい音をたてて幾人もの重武装の歩兵が現れた

白虎帝国の歩兵隊が突入してきたのだ

手に持った銃は、その場にいたフルハウス団の人間を容赦なく撃ち抜いていった

その挙動に無駄はなく、またその狙いにも無駄はない

一人ずつ素早く確実に撃ち殺されていく

「代表、早くこちらへ!」

そう言って通路に続くドアを開けた男は、胸に弾丸を突っ込まれて死んだ

今、通路を走っているハートグループ代表は、とにかく逃げようとしている

じわじわと侵略されている今、逃げ続けることの意味はあまりないような気もするが

「タナトス、応答を・・・ぐっ!?」

なんと、向かい側の曲がり角から武装した連中のおでましではないか。白虎帝国の兵士だろう

彼らが銃をフランシスカに向けるのと、フランシスカが右手側の通路に続くドアに飛び込んだのは同時だった

「きゃっ・・・」

ドアが開き、銀髪の淑女が突入する

通路のドアの鍵を閉め、そしてフランシスカは腹部を押さえた

そこには赤い染みがあった。弾丸が当たってしまったのだ

シャツとスーツから、血が自己主張してくる

壁に手をつき、痛みに歯を食い縛り、腹部に手をあてがって、歩く

追っ手を撒くには、そのスピードはあまりにも遅い











タナトスは武器を構えたまま固まった

フランシスカの悲鳴、通信はそこで切れた

「きゃっ・・・」

何があったのか、それすらわからない静寂

フランシスカからの通信は、ない

静寂

悲鳴の前後から、何か、銃が撃たれた音が聞こえた

静寂

静寂

静寂






「撃た・・・れない・・・?」

メアリ・クロードは死を覚悟していた。死神の渾名を持つ傭兵に、命を刈られることをイメージした

しかし、タナトスの武器からは彼女を殺す強烈な威力の弾などは一切飛び出さなかった

ただ、死神は固まり、その場で動きを止めている

「メアリさんッ!」

そしてバリアは今張られていない。何故ならば、タナトスは攻撃しようとした瞬間なのだから

そして、死神は動きを止めていた

「ああ!」

だから、かつて大陸最強と謳われた傭兵がその隙を突くのは、矢張当たり前と言える

レールガン。デストロイア改のパイロットが父から受け継いだ左手に宿る破壊の稲妻

ビームカノン。ハイパーアリシオンが新たに手に入れた気高き光の一撃

その二つを止めるものは、ない

二つの鮮やかな煌めきが周囲を照らし出す。打ち出された二つの太陽はまっすぐと死神に向かっていった

動きを全く止めていたタナトス。急いでバリアを展開しようとするも、時すでに遅し

レールガンは足下に、ビームカノンは左肩に。それぞれ着弾した

光に包まれる、おぞましき死神

光の洪水がその場を襲った

命を刈る黄泉の使者は、力という名の光線をまともに喰らった

光と砂埃が晴れたときには、ボロボロのタナトスがあった

左肩は千切れ飛び、かつてそこにあった名残は根本だけ。機体を支える脚は、片方脛から下を失い、もう片方は内装を剥き出しにしていた

一瞬だった。一瞬で決着は着いた

大逆転だった

所々から火花と火柱を出し、タナトスは瓦礫にもたれ掛かった

重いもの同士がぶつかる音がした







コクピット

ミシェルの声が聞こえた 投降勧告のようであった

だが、フランシスカの苦しそうな声も、聞こえた

フランシスカの方は、今にも死にそうだった





「待て!」

沈黙したはずのタナトスが突然動き出し、片方を失った背中のブースターで逃げ去っていく

しかしもう戦闘を行える機体状況ではなく、満身創痍のその機体の挙動は、かつてないほど弱々しい

瓦礫をはね除け、土埃をたて、無理矢理にどこかへと去っていく

「無理だ、メアリさん・・・」

「く・・・」

しかしそれを追い掛けられる程、二人に余力はない

機体はボロボロ、パイロットはヘトヘト

「すまない、ミシェル・・・」

コクピットの中で、メアリは拳を壁に打ち付けた

仲間の役に立てない自分の非力さを呪った










フルハウス団ハートグループ本部

タナトスの整備ドック

フランシスカ・ディバイングはそこに逃げ込んでいた

指揮系統を制圧されたハートグループ本拠地に、勝利の可能性はない

そしてフランシスカの命もまた、尽きようとしていた

流血

腹部を撃たれ、逃げるうちに流れ出た血液の総量は、そのか弱い体には死に至るものであった

が、まだフランシスカは生きている 確かな理由もなく必死に逃げ、今この整備ドックの角で座り込んでいる

が、野球ドームと比べても遜色のない広さのこの場所に、容赦なく追っ手はやって来た。やって来てしまった

丁度ドックの対角線上の位置から侵入してきた白虎帝国工作隊。フランシスカにライフルらしきものを向け、引き金を引く準備はバッチリという風情だ

もう、逃げる場所はない。袋小路とは言えない広さだが、追い込まれてしまったのだ

ここで、フランシスカはうちころされるはずなのだ

死神が現れるまでは

壁を一撃。崩落したドックの外壁から、タナトスが紅い目を光らせて侵入する

そして、突然の襲来に唖然とした兵士に、人間には大き過ぎるバズーカを撃った

音と爆風が轟いた

着弾地点には肉片すら残らなかった 文字通り蒸発したようだ

死にかけの死神は、今度こそその動きを止めた。カメラアイは消え、そしてドックの壁にもたれ掛かる

土埃をあげて、整備ドックが軋んだ

その胸から人影が出てきた

死神の傭兵である。タナトスのパイロットはそのまま走り寄る

その走り方も、若干千鳥足。機体と同じように、パイロットもまた戦闘の疲れが抜けきっていないのだ

どこか滑稽だった

フランシスカの元へ全速力で向かった傭兵。パイロットスーツを着込んだその姿は、彼女には王子様に見えた

自分。大好きな彼。そして、二人きり

これが戦場でなかったら、どれほど素敵なシチュエーションであっただろうか。どれほど望んだ時間であろうか

思えば、誰かをこんなに慕った事などこれが初めてではないのか

彼と出逢い、そして今、彼は自分を抱き抱えている。女の子の憧れ、お姫様抱っこだ

だが悲しいかな、フランシスカはもう、彼に言葉を掛けられるほど力が残っていない

こうしている今も、彼女は血を流し続けている。致死量を越えて、延々と

もう、命の灯火はいつ消えてもおかしくはない

だが

だが

彼女は、彼に想いを告げていない

大好きな彼に。こんなにも愛しい彼に

引き裂ける程、狂おしい程、切ない程愛している彼に、『好き』の一言も言えていない

が、重要な臓器までも傷付いたか、口からも血を流しているフランシスカには、言葉で愛を伝えることは難しかった

だから

行動で伝える

震える手でフランシスカは、その男のヘルメットの風防に手を伸ばした。彼はその意を汲み取ったのか、自分から風防をずらした

太陽の光は意地悪に、逆光で彼の顔を隠してしまった。影は、その顔をフランシスカに見せない

だが、唇は見える

そして、フランシスカは最期の力を振り絞った

動かぬ体に鞭打って、無理矢理に全身を起こした


唇と唇が重なる


キス。ちょっとしかできなかったけど、彼女はそれで満足だった

「あ・・・り・・・が・・・と・・・」

彼に、想いは伝わっただろうか?

伝わっただろう。そう思いたい。だって


だって彼はこんなにも自分を強く抱き締めてくれているから


だから、フランシスカは、目を閉じた

そして、もう、瞳を開けることはなかった

世界一幸せな気分で、彼女は永遠に眠った











こうしてフルハウス団ハートグループ代表フランシスカ・ディバイングは、その一生に幕を閉じた

愛を、信じたまま

それは、彼女にとって、とても幸せな

幸せ過ぎる最期だった


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