第壱章二話 【急襲】

『この世界』には、未開の『大陸』がある

そこでは指の数ほどの組織が、大陸の土地を、あるいは資源を、またあるいは地下に眠っている 『謎』 を求めた

となれば、愚かな人間のこと、全てを得んとする。相手より多くを欲し、相手のものを奪わんとする

そして争う

組織達の大陸進出の際、そのような事を口走った政治評論家がいた

名をジョー・レイク。彼は組織達が大陸で好き勝手することを、全力で止めようとした

そのために資産家達から大量の資金を借り、準備を整えていた


しかし彼は、組織の手の者に暗殺されてしまった。遺体は溶鉱炉の中へ行った。証拠が残らないよう始末された

母と共に残されたミシェルは、ジョーが莫大な借金から逃げ出した、と考えている

無理もないだろう

父が金を借りていた事を彼女は最近知ったばかりで、さらに言えば正義の活動をしていたことも、ミシェルは知らない

今もジョーは、一部の者を除いた人間には行方を知られていない

彼を殺した暗殺者も、死んだからだ。おかげで彼の足跡を辿ることはほぼ不可能となった

もしかしたら、ミシェルは一生涯父の死を知らずにいるかもしれないだろう

しかし知らないだけ、彼女は幸せだろう。ジョー・レイクが今生きていたら、彼はそう思うかもしれない


しかし彼の融けた鉄が、その娘を助けるために今日もとぶ死神の体にあることは、恐らく世界中の誰も知らないだろう







コンクリートが敷き詰められた直径数キロにわたる基地。その基地がある地図を映像パネルに映しながら、タナトスは出撃準備を整えていた

「作戦内容を説明します」

ミシェルの声が、コクピットを満たす

「委員会の補給拠点が、ここから一万メートル先に存在します」

液晶パネルの映像は、地図と赤い点を示す。赤い点の隣には、委員会基地の文字がはっきり映っていた

「ここを一気に急襲してください」

地図上の現在位置から赤い点がのび、一瞬後に赤い点が映像から消え失せる

壊滅させろ、という意味だろう

「作戦終了後、敵基地からさらに10000メートル離れた山脈の麓に平地があります。そこを輸送機との合流ポイントとします」

映像は、赤い点から離れた位置に伸びる線を表示した

そこが合流地点となるのだ

「敵陣の真っ只中は不利と想定します。背部ユニットに予備弾薬を搭載してますが、長期戦は控えてくださいね」

機体稼働音が耳に響く

それは言うなれば、レース前のアイドリング

「作戦領域到達!タナトス、出撃してください!」

輸送機が地表に近づき、ハッチを開ける

そこから死神が、堂々出撃した。爆音と爆炎と爆発を吹きながら、自慢のブースターユニットが推力を生む

やがて、黒の機体は、凄まじいまでの勢いで基地に向かっていった



太陽が真上に昇り、昼時になろうかと言うところに、男性オペレーターの声が響く

「み、未確認機接近!」

「傭兵の機体かと思われますッ!」

その声には、紛れもない恐怖が込められていた

基地中のパイロットに緊急発進のアナウンスが掛かる

「敵機との距離は!?」

大慌ての司令官に、無慈悲な報告があがる

「残り700メートル!あと約30秒で侵入されます!」

絶句したハゲ頭の頭脳は、全力で、この基地を守るべく策を練り始める

「いったいどうすればいい…!」

だが現実はいつも非情だ

「敵、加速しました!」

死神は30秒もかからずやって来た




委員会基地上空に黒い影が落ちる

死神が魂を奪い尽くすために、やって来たのだ

「対空砲火!撃ち方始めェーッ!」

しかしただ殺されるようでは兵士は務まらない

基地に設置された機銃から、大量の弾丸が吐き出される

黒い巨体はどうやら動きが鈍いようだ。直撃弾はないものの、無数の鉄矢に幾つものかすり傷を付けられている

タナトスが撃った

バズーカだ

強烈な爆発は、基地の格納庫の屋根を消し飛ばす

「三番格納庫、信号途絶!」

「中の機体は!?」

「同じく…」

「クソ死神が!生き残りの施設を死守!機体の出撃を急げ!機銃じゃあ足りん!ミサイルを!」

髪の寂しい基地司令官は、早口に指示を飛ばした

しかし司令官の指示をオペレーターの進言が遮った

「施設に被害が出ます!」

「ならば三番格納庫にヤツを縫い止めろ!今なら被害は出ない!」

「りょ、了解!」

それと同時のことだった、機銃の信号も全てロストした。ついでにミサイル砲台の反応も消失した

「…え!?」

「どうした!? 」

「全砲台全滅…」

機材のパネルがそう告げている

先週設置した最新型だ、故障のはずはない

「バカな!三番格納庫が壊滅してから三分もたたずにか!?」



死神の目の前には、屑鉄になったミサイル砲台があった

たった今ブースターを限界まで吹かして基地を爆撃して回ったタナトスは、無駄弾を使いすぎて空になった武器のマガジンを詰め替えていた

空マガジンは捨てなかった。解析されて技術の流出が起きるのを防ぐのだ

だが、ここで敵のおでましだ

ホバークラフトの下半身に人間の上半身を付けたような奇妙な機体が、浮きながら編隊を組み突撃を仕掛ける

しかし、そのような反撃を察知した死神は機体を旋回させて対応しようとした

「敵の左腕部に直撃!」

そうは問屋が卸さない

ホバーの肩に設置されたグレネードランチャーが火を吹き、黒の死神の左手に当たった

マガジンが手から滑って落ちた事など、説明するまでもないだろう

「全機、突撃せよッ!」

ホバーが一斉に殺到する

その両手には指の代わりに数門の砲があった

近距離の対象に対し驚異の命中率を誇る散弾を撃つ散弾銃の機能を持った腕だ、近付けば必ず当たる

死神はバズーカの弾を詰めながらに敵を討たねばならない。しかも弾のバラけやすいガトリングでだ

左腕はまだ動くが、その装甲はあてにならない

タナトスが急いでマガジンを拾い上げるのと、敵の銃を撃つのがほほ同時なのは、果して運のいたずらか

「遠すぎる!有効打じゃない!」

「弾丸をリロードされる前に仕留めろ!」

右肩に弾を喰らいながらも、ブースターを吹かして後退

そのまま弾を詰める

「させるかぁ!」

再びグレネードが発射される

直撃弾だが、頭部に当たったそれは、死神の仮面を外すに留まった

熱で溶け、ひび割れる頭部装甲

兵士達は恐怖する

「あれは…!」

「な、なんだありゃあ!?」

「化け物が…!」

割れた仮面の中から、悪趣味な頭蓋骨を模した骨格フレームが出てきた

タナトスのカメラアイが鈍く光る

魂を刈る死神を彷彿とさせる気迫が、そこにはあった

「ま、まさか、本当に死神だってのか!?奴は!?」

敵兵士達が恐怖で足を止めている間に、タナトスはリロードを完了した

バズーカの弾はフルチャージ

死神の反撃が始まる

ホバークラフトの数は6機 。状況を考えるに、これが基地の最終戦力だろう

死神はその最終戦力に大ダメージを負わされたが

「うろたえるな!こけおどしだッ!」

隊長機が振り向いて部下を叱責する

戦意高揚を狙ったのだろうが、それは完全に隙となる

ガトリングが回る、回る

そして火を吹く

「隊長ッ!?」

漫画のチーズになった隊長機の向こうから、更にバズーカが飛んでくる

爆風が巻き起こり、焼き尽くされた2機が動きを止めた

「クソッ!ヤバイヤバイ!」

「グレネードを一斉に撃て!」

「野郎、消し飛べ!」

反撃の爆撃がドクロ目掛けて一斉に撃たれる

二度あることは三度ある、という

今度は一発、胸部装甲に当たる

しかしまだタナトスは動く

怒り狂うように頭部のカメラアイが光る。と同時に、ガトリングの弾丸が波のようにホバーに襲いかかる

更に2機落ちる

「そんな、バカな」

絶句した兵士が、機体を止めてしまう

その機体も、標的となる

バズーカから放たれた爆発する矢を受け止めるのは、並大抵の機体には無理だ

閃光一発、残り一機

「ウワアアアアアッ!」

その一機も、背を向け逃げ出す 

よほど恐慌しているのか、隙だらけ

一直線に逃げてはただの的だと、隊長から教わった技術を彼は忘れていた

「あっ」

ガトリングで下半身を穴だらけにされた、最後の一兵は

「あ、」

死神に

「ああ、」

バズーカで、殺された

「ぎゃああああああああっ!」

爆発のあと、悲鳴はなかった





「なにやってるんですか!」

「まあ、ミシェル、落ち着いたら…」

「ラドリー、話なら後で聞きます」

指令室を破壊したあと、10000メートル先の合流ポイントに到着したパイロットは、あまりの損傷にこっぴどく怒られていた

主にオペレーター・ミシェルに

「タナトスが重装甲じゃなかったら死んでましたよ!危険過ぎます!」

説教は一時間後に、完全な修理が終わったのは、帰還から1ヶ月後だと言う

機体が直らなければお仕事と言う名の殲滅はできない。つまりどうやら、死神に休暇が出来たようだ

その間修理班らが修理のために過労死しかけたが、それはまた別のお話
















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