第4話

 最近は、よく遊びに行ってた写真用品の問屋さんが郊外に引っ越して行っちゃったことが、いちばんショックだった。建物の入口が、カメラのカッコしてて、けっこーおシャレで気に入ってたのもあるけど、警備のおじさんとか事務のお姉さんとかと仲良くなって、たまに探検させてもらえるのが、すっごく嬉しかった。建物自体はとても古いらしくて、建て増しに建て増しを重ねてたから、中が迷路みたいになってて、偉い人に見つからなければ何時間でも居られたように思う。さすがに、中学生になってからは、やらなくなったけど、またひとつ、思い出が削られたようで、胸が、この小さな胸が、いつまでたっても大きくならないこの胸が、ちょびっとだけ痛んだ。


「えー、失礼します」

 じーちゃんが外回りに出かけたあと、店先で声がした。

「エーと、どなたかいらっしゃいませんかあ」

 トーシローは大学の恩師だったって人がなんかの賞を受賞するってんで、名古屋の方に泊まりがけでお出かけ中だ。わたしは創立記念日で学校がないから店番をしてるワケなんだけど、面倒というのはどうやらこういう隙間を狙って人の元に舞い降りるらしい。店屋さんの子供なのにって笑われるかもしれないけど、わたしはどうも人付き合いが苦手だ。どうせ暇だからと思って、裏で帳簿見てたからぜんぜん気が付かなかった。これでも一応は考えてて、高校では商業課程を専攻してるんだ。声の感じからすると、お客さんじゃあないみたい。なんなんだろうか。また土地を売れっていう不動産屋の営業マンかも。でもって、いきなりチンプンカンプンな話されても分からないし、なあ。困った。

「すいませーん」

 もう一度声がする。

 うん、しょうがない、まあ出るか。よし、きわめてふつうにふつうに、と。

「はいはい、あいすみませんね。どうも、ちょっと奥で帳簿してたら考え事しちゃって」

 言い方が年寄り臭いなと思いながらもいつもの癖で、応対に出た。じーちゃんとばかり話してるから、どうも物言いがいけないね。とかなんとか言ってるそばから、また年寄り臭い言い回しになっちゃった。あー、やだいやだ。

 物言いと見た目のギャップに、案の定、少しだけ目を丸くしたスーツ姿の営業マン風の男性が店のガラス戸付近に立っていた。

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