第2話 端点

石畳の参道をゆく。


石のつめたさと、日陰のすずしさとその両方で、なんだか全体がとてもひんやりしている感じが受けられる。



街全体が灰色のような茶色のような、色味があるのかないのか、まるでわからない空気で包まれている。


独特の閉鎖空間。色のない世界。



「彩りのない世界でずっと過ごしていくなんて、こころが風邪を引いてしまいそうだね。風邪ってね、正式名称は風邪症候群って言って病名じゃないんだって。正確に効く薬もないんだって」



そんなことを言えば、あなたはきっと鼻で笑うんだろう。



「きみの言うこころっていうのは、どこにあるっていうんだい?心臓?脳みそ?そもそもきみはいつだって体調不良を訴えるじゃないか。風邪の誘因なんていうのはおよそウィルス感染で、ウィルスの種類だって腐るほどあるじゃないか。きみはずっと温室のなかで育たなければならないというのかい?ウイルスなんてかかってなんぼのもんだよ。失敗を恐れる若者並みに使えない精神だな」


「なんていうか、そういう意味じゃないよ。あなたはひどくことばを真正面に捉えるんだなあ」


「真正面?じゃあさっきのことばの裏を読めってこと?そういうきみは、ずいぶん面倒くさいんだなあ」


「ああもう、この会話そのものが面倒くさいよ」



そんなひねくれ屋さんのだれかさんの顔がふわりと浮かんで来ては、ゆらりと消えてゆく。


感傷的なロマンチストも大概にしなくては。


いっそだれかさんに笑われたいのかもしれない。


だれかさんのあの理屈ばかり捏ねられた長々としたひどく下らない論理を聞いていたいのかもしれない。


だれか笑ってくれる人がとなりにいたら、救われるかもしれない。


きょとんと茫然としてくれてもいい。


ただ、『だれか』と言ったところで、思い浮かぶのはただ一人に変わりはない。


そのだれかだって、移り変わって、代替品になって、それでいて最初の元型など残酷に忘れてゆくに違いない。



歴史を感じつつ、生気を感じないまるで剥製のような、死んでしまってもなお、永らえてこの世に残る死骸のような人工的な道を、ただ真っ直ぐに進んでいると、別の番地の裏の塀に辿り着いていた。



『あぁ……』と思った。



ここらへんの区画は、見覚えのあるどこかに似ている感じがした。



地図も見ないで歩くのはわたしの癖のようなもので、ぼんやりと歩いていたとしても、いつも目的地には不思議と辿り着いていた。



野良なのか、はたまた飼われているのか、分別のつかないネコが目の前を横切っていった。



わたしにとっては壁でも、ネコにとっては往来の出来る道らしい。


なんの苦もなくすずしい顔をして去っていったネコ。




生命のあたたかさや柔らかさを感じる動物。


この色のない世界にあらたな色を与え、また去っていった存在。



身のかるい動物は、どこへ行くのだろう。


引き止めたところで、どこかへどこかへと移ろっていくのだろう。




ここは、どこか薄暗く、薄陽しか射し込まない。


果たして、ここは辿り着いたと言えるのだろうか。


物事の最終地点とはいったいどこなのだろうか。



まだ進む先があるような。それでも、目の前には壁があるような。


そんな気がして、ただ胸が詰まる。


ねえ、もしかして終わりが待っているんじゃない?


そんな想いがかすかに脳裏をかすめた。


「終わりが来ると思っているの?いやいや、そう簡単に終わるものだろうか。日々もっともっとの苦しみが待っているんじゃないだろうか」


「もう、傷む心だって、そうそうないさ」


「そうかい?毎度毎度痛がっているようにしか思えないけれど」


「それは演技だよ、ワトソンくん。痛みには慣れるんだ。ヒトは慣れる生きものなんだよ。慣れというのはこわいねぇ……」


「ワトソンじゃないし、その馴れ馴れしい態度をやめてくれ」


「だから演技なんだって。この世は喜劇だってシェイクスピアが言っていた気がするよ」


「まあ、違いないね。くだらないセオリーばかりがくり返されるのさ。出会っては別れて。そのなかに何種類かのドラマがあるっていうだけで、終わりとはじまりはなにも変わらない」


「ところで、きみの演技はいつまで続くの?」


「んー、死ぬまでじゃないかな」


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