第12話 これから

 あーあ……ちょっと格好つけすぎちゃったかなぁ。兵士達の足音がすぐそこまで迫ってきている。間もなく私の目の前に現れるだろう。少しずつ恐怖心が湧いてくる。何人ぐらいいるのかな。どんな武器を持ってるのかな。剣で斬られたり銃で撃たれるのって、やっぱり痛いんだろうな。……来た、兵士達だ。


「いたぞ! 魔女だ!」

「誰か倒れてるぞ! あれは……あの服装はまさか、チェリー将軍!?」

「貴様! よくもチェリー将軍を!」

「許さんぞ! たたき斬ってやる!」


 私は後ろを振り返り、横たわるカトレアさんを見た。カトレアさん、部下に慕われてたんだね。私は何故か少し嬉しくなった。同時に、僅かに残っていた恐怖心が消えた。もう大丈夫。私は万年筆をしっかりと握り、兵士達に向けた。


「ここから先は、絶対に通しません。私の命に代えてでも」



 *



 俺は自室ですっかり温くなったレモンティーを啜っていた。遅い……もうそろそろ魔女共を始末したチェリーが戻ってきてもいい頃だ。戦争では、ほんの十分かそこらで二十人の魔女を倒したんだ。いくら強いといっても相手は二人……手こずるはずがないのだが。……まさかとは思うが、敗北したのではあるまいな? どうする……一応迎え撃つ準備は出来ているが、念のためここから離脱するべきか? そう思った瞬間、部屋の扉が爆発した。違う、室外から爆破されたのだ。煙や埃が舞い、外の様子が見えない。煙の向こうに誰かが立っている。でかい……このシルエットはまさか……。


「また会えたな……ウォルナット」



 *



 あの時は他の村人に混じって跪き、目の前を通り過ぎるのを見ていることしか出来なかった。しかし、今は違う。こうして真正面から向き合い、牙が届くところまで来ている。あの時想像したことを、今すぐにでも実行に移したい。この男に、地獄を……。


「き、貴様! どうやってここまで来た! チェリーはどうした!」


「……死んだよ。援軍は仲間が今片付けてる。あとはお前だけだ」


「なっ……!」


 アイリスの言った通り、カトレアはウォルナットにとっての切り札だったようだ。ショックを隠し切れていない。


「馬鹿な、奴が魔女に負けるはずがない」


「そう思うのは無理はないが、現に私は今ここにいる。その現実を受け入れたらどうだ」


「……」


 ウォルナットはしばし考え込むと、テーブルに立て掛けてあった剣を抜いた。やっとその気になったようだ。ウォルナットは王でありながら、戦争では最前線で戦い、ガーデンの兵士達を何人も斬殺した猛将だと聞いている。さすがにメイプルより強いということは無いとは思うが、油断は出来ない。


「よかろう。二つの国の王として、貴様の挑戦を受けようではないか。貴様が勝てば、ガーデンの女王にでもフォレストの女王にでも何にでもなるがいい」


「国なんかどうでもいいね。私の望みはただ一つ。お前を無間地獄に叩き落とすことだけだ」


 私も指揮棒を構えた。先手必勝、まずは奴の動きを封じる! 私が攻撃に移ろうとしたその時、突如どこからか銃声が鳴り響いた。何だ……何が起こった? 私の横腹から血が出ている。さっきカマイタチで切った所の数センチ上に穴が空いている……そこからだ。ベッドの下に、銃を持った兵士が隠れていた。


「ふはははは! 馬鹿めっ!!」


 ウォルナットが斬りかかってきた。咄嗟に指揮棒から光の糸を出し、ウォルナットに巻き付けた。


「ぬおっ!?」


 バランスを崩したウォルナットが転倒する。即座に兵士にカマイタチを飛ばし、首を切り飛ばした。


「うっ……ぐぅぅ……ああぁ!」


 激痛。私はたまらず横腹を押さえて膝をついた。銃弾が体内に残っている感触がわかる。馬鹿だ、私は。こんな手に引っかかるなんて。ここにはウォルナットしかいないと勝手に思い込んでいた。長年追い求めた仇敵を目の前にして、冷静さを失っていたのだ。


「ちっ! こんな糸!」


 ウォルナットが糸を引き千切り始めた。あまりにも咄嗟に出した雑な糸だったので、メイプルのような怪力じゃなくても切れるのだ。まずい……早く立たなくては。しかし脚に力が入らない。先に立ち上がったのはウォルナットだった。


「ふんっ!」


 ウォルナットのつま先が私の頬に食い込んだ。蹴り倒された私の横腹に、今度はかかとが食い込む。あまりの痛みに、一瞬目の前が真っ白になった。


「ぶさまだなぁ、魔女よ。貴様ら魔女は今も昔も変わらず、無謀にもこのウォルナットに牙を剥き、そしてひれ伏すのだなぁ!」


 ウォルナットの剣が私の左腕に突き刺さる。意識が遠のいていく。駄目だ……まだ死ぬわけにはいかない。力を振り絞り、指揮棒をウォルナットに向けて振った。


「おっと!」


 ウォルナットは咄嗟に後ろに跳び、火球を躱した。その隙に私は何とか立ち上がったが、依然状況は最悪だ。何か手はないか……何か……んっ? あれは!


「ふう、危ない危ない。まだそんな力が残っていたとはな」


 奴は気付いていない……。私は指揮棒を向けた。ウォルナットにではなく、そのすぐ後ろにある物に。


「まだやる気か。いいだろう、撃ってこい」


 さっき蹴り倒された時に懐からこぼれ落ちたのだろう。ヒマワリの種の最後の一粒。それが今、元の爆薬の姿に戻った。


「……なっ!?」


 起爆の瞬間、ウォルナットが気付いて跳び上がった。その瞬間を私は見逃さなかった。


「くらえウォルナット!! はああああ!!」


 ひたすら指揮棒を振り回し、ありったけの火球を撃ち込んだ。……私は選択を誤った。つい得意な魔法に頼ってしまったが、鋼鉄の鎧を纏っているウォルナットにはいまいち効果が薄いのだ。熱は与えられても、そこから燃え広がることがない。火球をその鎧に受けながら、ウォルナットが間合いを詰め、剣で斬りつけてくる。私は後ろにさがり、かろうじて躱した……しかし、奴の狙いは私ではなかった。私の指揮棒が、真っ二つに斬られていた。それを気にする間もなく、ウォルナットに跳び蹴りをくらい、壁に叩きつけられた。壁を背もたれに、尻餅をついた。駄目だ……もう立ち上がれない。


「終わりだ!」


 ウォルナットが剣を振りかぶった。まだだ……私には最後の武器がある。懐に手を入れ、ナイフを……カトレアのナイフをウォルナットに向け、私に残っていた全ての魔力を解き放った。


「な、なんだと!? うおおおおお!!!」


 巨大な光弾がウォルナットの体を押し戻した。そのまま反対側の壁まで猛スピードで運ばれ、壁に衝突すると同時に爆発を起こした。ウォルナットはそのままうつ伏せに倒れ、動かなくなった。


「ハア……ハア……やった……ハア……」


 ……ウォルナットが動いた。鎧は完全に破壊され、かなりの重傷は負わせたが、致命傷には至らなかった。ゆっくりと立ち上がり、フラフラになりながらこちらに近づいてくる。剣を拾われた。……終わった。使い慣れていない杖では、百パーセントの力を発揮する事が出来なかったのだ。今度こそ完全に万策尽きた。お母さん、おばあちゃん、ごめんね……仇、とれなかったよ。


「ゼェ……ゼェ……こ、この糞魔女が、手こずらせやがって!」


 ウォルナットが剣を振り上げた。もはや私には何も出来ない。無念だ……。私は全てを諦め、目を閉じた。


「死ねぇ!!!!」







 …………? まだ生きてる? 私は上を見上げた。ウォルナットが剣を振り上げたまま止まっている。いや…………死んでいる。こめかみに氷の槍が深々と突き刺さり、貫通している。持っていた剣を落とし、ウォルナットの体は仰向けに倒れた。


「……アイリス」


 部屋の入り口に、万年筆を向けたアイリスが立っていた。彼女も全身傷だらけだった。それでも生きている。彼女は自分だけの力で勝利を掴み、生き残ったのだ。


「ロゼさん!」


 足を引きずりながら、アイリスが走り寄ってきた。自分の服の袖を破き、私の胴に巻き付け始めた。


「しっかりしてください! とりあえずこれで止血しますから!」


「…………情けないね。自分の身は自分で守れって言っておいて、結局最期まで助けられっぱなしだった」


「それはお互い様です。それより、ごめんなさい……こんな決着、ロゼさんの納得のいく形ではなかったですよね」


 ……そう、ウォルナットは死んだ。おそらく即死だっただろう。ウォルナットへの拷問は、他の将軍にやった拷問とは比較にならないぐらい強烈なのを考えていた。しかし、それももう叶うことはない。戦いは終わってしまったのだから。だからと言って、アイリスを責めることなど出来るはずもない。彼女がいなければ、奴を殺すことすら出来なかったのだから。


「まあ、正直そうだけどね。でも、あんたにとってもウォルナットは両親の仇なんだ。良かったじゃないか……最期にあんたの手で仇討ちが出来て」


「それは違います。ロゼさんが私を育てた。その私がウォルナットを討った。だから、私達二人で皆の仇を討ったんです。それでいいじゃないですか?」


「……まったく、頭が上がらないわね。うっ!」


 銃で撃たれた傷から血が噴き出した。布を巻いたぐらいでは止まらない。


「きゃあ! あぁ……ど、どうしよう……どうすれば……」


 応急処置の知識など無いアイリスはオロオロするばかりだった。それとは裏腹に、私の頭は妙に冷静だった。いや、単なる死を覚悟した者の諦めだろう。


「うろたえる必要はないよ。どちらにしても私はもう死ぬから……」


「えっ、ちょ……何言ってんですか! ロゼさんらしくないですよ!」


「私は復讐のためだけに生きてきた……それが今終わった。おばあちゃんもいないし、もう思い残すことは何もないわ。生き残ったところで、これから何をすればいいのかも分からないし、ここであんたに見送られて死ぬのも悪くないわ」


「勝手なこと言わないで下さい! 私はどうでもいいんですか!? ロゼさんがいなくなったら、私また一人ぼっちなんですよ!?」


「……あんた馬鹿ね。あんたなんか、復讐のために利用しただけよ。復讐が終われば、もう用はないわ」


「下手な嘘ついて突き放しても無駄です。ロゼさんの優しさは私が誰よりも知っています。ちょっと怖いけど……ロゼさんは、私が世界で最も尊敬する人なんです」


 ……この大馬鹿が。思い残すことはないって言って死のうとしてる人間に、死ぬ間際に未練を作る奴がどこにいる。くそっ……こんな奴仲間にするんじゃなかった。


「これから何すればいいか分からないって言いましたよね。私はちゃんと考えてましたよ。全てが終わった後のことを。これからのことを。それには、ロゼさんの力も必要なんです」


「……なによ?」


「それは秘密です。聞きたかったら死なないで下さい。でもヒントをあげます。フォレストは滅びました、するとどうなるでしょう? 魔女達はもうコソコソする必要はありません。昔みたいに堂々と魔法を使えるようになるんです。禁呪ばっかり学んできたロゼさんは知らないでしょうけど、楽しい魔法はいっぱいあるんです。空中に虹を作ったり、楽器も無しに音楽を奏でたり、犬や猫とお話できたり、壁を好きな模様に変えたり、お茶をコーヒーに変えたり。今度は私がロゼさんに教えてあげます!」


「…………免許の偽造のやり方も教えてくれるの?」


「そ……そうです! 偽造も楽しいですよ!」


「……ぷっ……くくく……あはははは」


 笑ってしまった。こんな笑い方したのいつ以来だろうか。アイリスもまるで宇宙人でも見たかのような顔をしている。


「ねぇ、ちょっと……」


「はい?」


「くだらないことをいつまでダラダラ喋ってんのよ。さっさと救急隊呼んできなさいよ、この役立たず。死んじゃうでしょうが」


「あっ! は、はい!!」


 アイリスは慌てて走りだした。自分だって重傷だってことを分かってるのか? まったく、基本優秀なくせに、いつもどこか抜けている。私は未だに出血を続ける傷を見た。まあ、まず助からないだろう。私が病院に運び込まれるまで、どんなに早くても一時間以上はかかる。それまで体が持ちこたえるとは思えない。相手が悪人だろうと殺せば罪だというのなら、このまま甘んじて死を受け入れよう。だが、もし……両親や祖母……そしてカトレアが、まだこっちに来るのは早いと言うのなら、その時には……アイリスと一緒に……。私の意識はそこで途切れた。

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