選挙、始めました

「どうして、やって貰っちゃいけないんですか?」

「……えっ?」

「皆さん、僕の為に喜んで働いてくれるんですよ? ランキングもですけど、皆さんからの好意ですから……断ったら、逆に申し訳ないです」


 柔らかそうな黒髪と、大きな目。

 可愛い顔に、不思議そうな表情を浮かべる相手――赤嶺朱春に、俺は思った。

(本気……みたいだな。坊ちゃん思考……いや、いっそお姫様か?)

 どうして、赤嶺とこうして話すことになったのか――話は、少し前に遡る。


 体育祭後、かー君達と俺は選挙に立候補した。かー君達はともかく、俺は面倒(主に、親衛隊からの制裁)を覚悟してたけど、不思議と睨まれたり舌打ちされるくらいで済んでいた。


「体育祭の時に、あんたが働けることはアピール出来たからね。下手な奴が近づくよりはって、見守りモードよ」

「……はぁ」


 紅河さんの親衛隊長からの説明に、俺はそう頷くしかなかった。見守るにしては対応がキツいが、まあ、乙女心――いや、チワワ心は複雑だってことにしよう。


「隊長、ポスター出来ました」

「お疲れ様……うん、面白みはないけど、真面目な感じが出てるわね」

「じゃあぼく達、貼って来ます!」


 他のチワワ達はそんな俺達、って言うか隊長にパソコンで作った俺の選挙用ポスターを見せてきた。

 ちなみに、これは第二弾。第一弾は、俺の写真に犬耳をつけていて隊長に却下された――隊長、ありがとうございます。そう言うアピールは、双子達(あいつらは猫耳で写ってるけど)だけで十分です。

 そして隊長から了承を貰うと、チワワ達は各階の伝言板へとポスターを貼りに行った。働かせて申し訳ないと思うけど、チワワ達からはそもそもこの気づかいをやめるよう言われてる。


「親衛隊としては、むしろあんたの為に働けるのが嬉しいんだから」


 そう、初めての選挙ってことでこう言うポスター等の選挙活動は、クラスか親衛隊で支援することになった。

 ……なったけど、現生徒会メンバーは全員、俺と同じSクラスで。

 かー君と双子はそれぞれ親衛隊に頼むことにしたけど、緑野は(まあ、予想はしていたが)それを拒んだ。で、Sクラスの面々はこれ幸いと緑野のサポートに乗り出し、結果、俺はスルーされた訳だ。

 そんな俺を、兼任してるからとチワワ達がサポートしてくれることになった。

 ……個人的には、未だ立候補してくれない中夜の気が変わってくれて、俺落選ってならないかなって思うんだけど。


(とは言え、庶務に立候補した赤嶺入れてちょうど定員だからな)


 このまま当選したら、体育祭の時みたいに赤嶺の分も俺が雑用するんだろうか――そう思いつつ寮に戻ろうとしたら、当の赤嶺と廊下でバッタリ鉢合わせした。


「初めまして、谷先輩」

「……初めまして」


 笑顔で挨拶してきた赤嶺に、俺は違和感を感じながらも無難に返した。いや、まあ、選挙用ポスターで顔は知ってたけどな。


「お会い出来て、ちょうど良かった。僕、谷先輩とお話したかったんです」

「話、ですか?」


 そして、話しながら俺は違和感の理由に気づいた――こいつ、俺に普通に敬語使ってんだ。

(腹黒、いや、実は良い奴? けど、自分の仕事を取り巻きにやらせるからな)

 今一つ、相手のキャラが掴めずにいると赤嶺は笑顔のまま俺を食堂へと誘った。

 そして話とやらが気になって承諾した俺に、それぞれの飲み物が届いたところで赤嶺は口を開いた。


「谷先輩って、人気あるんですね」

「えっ?」

「一年の間では、親しみやすいって好評ですよ? 他の候補者もいないみたいですから、このまま当選じゃないですか?」

「……さあ、どうでしょうね」


 好かれてないとは言わないが、局地的な気がする。まあ、他の面子だと(赤嶺も含めて)恐れ多いってことだよな、と思うながら俺はアイスティーを飲んだ。

 もっとも、まだ立候補期間はあるから最後まで解らない。だから、と曖昧な返事をした俺に赤嶺は笑顔を崩さないままで言った。


「お互い、当選したら良いですね」

「……赤嶺様は、生徒会役員になりたいんですか?」

「はい?」

「当選しても、仕事は『お友達』にやって貰うんですか?」


 ……そう尋ねた俺に、返されたのが冒頭の台詞で。

 腹黒よりある意味、性質(たち)が悪いと思いつつ俺は口を開いた。


「面倒じゃないですか?」

「……えっ?」

「赤嶺様が、周りに色々とやって貰う理由は解りました。だけどそれだったら、仕事をしてくれる赤嶺様の『お友達』が生徒会役員になれば良いんじゃないですか?」


 うん、それだといちいち赤嶺経由に仕事頼まなくて良いからな。

 思ったままに言うと、初めて赤嶺から笑顔が消えた――まあ、唖然とした表情(かお)でも可愛いは可愛いけど。


「とは言え……『お友達』の皆様が動くのは、赤嶺様の為ですからね。赤嶺様がいないのに、働いてはくれませんよね?」


 そんな赤嶺に、俺はフォローを入れた。本心としては、一番が赤嶺だとしても生徒会メンバーが声をかけたら動くかな、と思うけど。

(随分と、ショック受けてるな……『お友達』の方が、生徒会役員ってステータスを手に入れるから? だけど、嫉妬とかそう言う感じとも違うような)


「……か?」

「えっ?」

「僕自身が仕事をすれば、周りの皆さんも……生徒会の皆さんも、僕を認めてくれますか?」


そう尋ねてきた赤嶺は、真剣だった。そんな相手の反応を見つつ、俺は赤嶺の質問に答えた。


「勿論ですよ。それこそ、俺が良い例じゃないですか? 平凡庶民ですけど、働いた分だけ評価されてます」

「そんな……」

「お気づかいなく、本当のことですから」

「……谷先輩が、羨ましいです。実力で、自分の居場所を手に入れてますよね」


 しみじみと言われ、俺は何となくだが理解した。

(こいつにとっては、周りの好意を受けることが居場所を手に入れることなんだ)

 腹黒じゃないけど期待に応えようとする辺り、ちょっと紫苑さんに近いかな? だけど、好かれてる理由が見た目だと思ってて、だからこそ俺が気になると。


「実力って言い方だと、ちょっと違うかもしれませんけど……その顔もあっての、赤嶺様ですよ?」

「っ!?」

「仕事をすれば、もっと好かれるでしょうけどね」


 そうつけ加えたのは俺の負担が減るのは勿論だけど、可愛くて仕事も出来れば普通に周りから認められると思ったからだ。

(逆に顔だけだと万が一、ゴツくなったら苦労するだろうし……それにしても、美形も大変だな)

 だからこそ俺は赤嶺みたいに「羨ましい」とは言わず、代わりに話も終わったんで「失礼します」と一礼し、食堂を後にした。


「今のって……顔、誉めて貰えたのかな?」


 ……俺を見送りながら、赤嶺がポツリと呟いたことには気づかずに。



 食堂を出て、今度こそ寮へ戻ろうとしたんだけど――それは、果たせなかった。

(何だ今日は、星座占いランキング最下位か?)

 思わず心の中でぼやいたのは下駄箱に到着する直前、選挙用ポスターが貼られた一階掲示板前で、今度は中夜と会ったからだ。ちなみに中夜の顔はポスター経由じゃなく、体育祭で一茶に(聞いてないのに)教えて貰って知っている。


「立候補したってことは、先輩は俺を引っ張り出すつもりはないんですよね?」

「…………」


 少し長めの黒髪と切れ長の目。一年だから刃金さんとか紅河さんよりは細い感じだけど、流石のイケメンだ。『抱かれたいランキング』一年トップなだけある。

(こいつも、敬語か……って言うか、今の質問って)

 まず年下からの敬語に引っかかる辺り、我ながらどうかしてると思うけど。「先輩は」って言うんなら、他からは立候補するように言われてるってことだよな?


「それ、今、ここで言わなくちゃ駄目ですか?」

「えっ?」

「ギャラリー増えてきましたし……寮に帰りがてら、話しませんか?」


 周りの目が気になったのは事実だけど、話してみようと思ったのは赤嶺みたいに、中夜のキャラも解らないからだ。

(敬語とか内容からすると、俺を敵視はしてないみたいだけど)

 ただし赤嶺とは違って、俺も立候補して貰いたがってるって知ったら掌(てのひら)返しそうだな――そう思った俺の前で、中夜は「解りました」と頷いた。


 二人で校舎を出たところで、俺はふとあることに気がついた。

(何でこいつ、まだ校内にいたんだ?)

 俺はチワワ達のところに顔を出し、赤嶺とお茶したからだけど。部活がある生徒以外は、寮に戻っている時間だ。

(こいつは家業の手伝いを理由に、部活にも入ってない筈だし)

 ちなみに家業は貿易業で、仕事もいくつか任されてるらしい――以上、一茶情報。萌えの為とは言え、よく調べるよな。

 まあ、それはともかく。

 もしかして、さっき言ってた『引っ張り出そうとしてる』奴らに説得でもされてたのかな――俺がそう思ったところで、中夜が口を開いた。


「先輩が白月(ウチ)に来たのは、パトロンを見つける為だって聞きました」

「……えっ?」

「だから、生徒会に取り入ったんだって言う連中がいますけど。無能なら、そもそも学年首席は取れないでしょうし。俺はむしろ、良い目のつけどころだと思います」


 ……これって、誉められてんのか? まあ、きっかけ(巻き込まれ)はともかく、結果的には当たらずしも遠からず(少なくとも、神丘ブラザーズからはアピールされてる)だし、否定するのも面倒だから黙ってるけど。

(そんな『細腕繁盛記』みたいな奴を誉めるって言うか、認めるのか)

 仕事して、社会を知ってるからかな。そこで俺が立候補もしたから、更に好感度が上がったってところか――まあ、確かに無理矢理『引っ張り出す』つもりはないけど。


「強要する気はないですけど、中夜様に立候補して欲しいとは思ってます」

「……へぇ。生徒会の皆さんに媚びるので、忙しいからですか?」


 俺に裏切られたと思ったのか、中夜の問いかけには刺があった。うん、まあ、そもそもそっちが勝手に思い込んだだけなんだが。

(勘違いして八つ当たりとか、可愛いとこあるじゃん)

 俺としては別に痛くも痒くもないし、むしろイケメンの年下らしい一面が見られて良かったとさえ思う。

 だから、身長差のある相手を見上げて俺は言った。


「生徒会って、学生ならではですからね」

「……学生なんて、侮られるだけで良いことなんてありません」

「まあ、それは否定しませんけど。学生ってだけじゃなく、この年ってことでも同じ扱いですし……大人にはいつでもなれますけど、学生にはなかなか戻れませんよ?」


 そりゃあ、勉強するだけなら夜学とかで幾つになっても始められるけどな。


「同じ年頃の相手と一緒に、色んなことが出来るのは今だけですよ」

「説教ですか? おせっかいな人ですね」

「単なる体験談です。俺、白月(ここ)に来るまで高校行ってなかったんで」


 俺がそう言うと、中夜は何故だか困ったような表情(かお)になった。それからふ、と目を伏せて呟いた。


「……苦労、されてるんですね」

「えっと、多分誤解があると思います」


 多分って言うか絶対、誤解してる。きっと、こいつの頭の中で俺、すごい貧乏人に(それこそドラマの奉公人みたいに)なってる。

 チラッと「同情させて立候補させようか」って思ったけど、素直に気づかってくれてるみたいなんで、ちゃんと行けなかったじゃなく行かなかったって訂正しておいた。


 ……結果として、中夜は無事に立候補してくれたんでうん、めでたしめでたしってことで。

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