だから、どうしてこうなった?

 レストランの個室で。

 スーツ姿の男と和服を着た女性が向き合っていれば、お見合い間違い無しだと思う。あとは、仲人さんがいれば完璧だ。

(と言うか、仲人さんがいれば全力で止めただろうけど)

 現在、俺はスーツ姿の男――副会長の隣に座り、着物姿のご令嬢に引き合わされている。

 ……鬘を被り、ワンピースを着せられた俺は『副会長の彼女』の役だ。



 話は、数日前――まもなく夏休みって日の放課後まで遡る。

 大病院の御曹司、とくればそれこそすでに許婚の一人や二人いてもおかしくないだろう。

 とは言え、本来の神丘病院の長男は養護教諭の紫子さん(そう言えば、本名を知らないな)で。次男で御曹司って立場だからこそ、今頃の見合いの話なのかもしれない。

(政略結婚……? それとも、後ろ盾って感じか?)

 そう、完全部外者の俺ですら何となくだが納得出来る話なのに。


「愛のないおつき合いなんて、冗談じゃありません」


 まさか、金持ちの坊ちゃんの口からそんな甘ちゃん発言が出るとは思わなかった。


「と言う訳で、見合い当日に僕の恋人のフリをして下さい」

「副会長様、すみません。どうしてそうなるのか、全く意味が解りません」

「そうよ、紫苑。いきなりココに来たのにも驚いたけど、アタシですらサッパリだわ」


 意味不明なことを言い出した副会長に、俺だけじゃなく紫子さんもツッコミを入れた。

 ちなみに、ココって言うのは保健室で。放課後、Sクラスに来た副会長に連れられて――引っ張られて? 来た。事前連絡はなかったらしく、紫子さんも驚いてた。


「僕の話を聞いてなかったんですか? 見合いなんて、そもそも問題外なんです」

「いや、そこは解りましたけど……それなら、親御さんにそう言って断ればいいんじゃないですか?」

「まあ、無理よね? 会いもせずに断るなんて、あの頑固オヤジが許す訳ないわよね?」

「…………」


 俺がそう尋ねると、紫子さんがそんなことを言い出した。副会長が黙ったところを見ると、正しいんだろうけど――親子の問題に巻き込まないで欲しいって、思った俺は悪くないと思う。面倒だから、言わないけど。


「でも、それなら俺じゃなくても……それこそ、真白を連れて行けば」

「あなた、馬鹿ですか? 見合い相手は、旧家の令嬢なんですよ……逆恨みされて、真白に迷惑がかかったら大変じゃないですか」


 つまりは、俺には迷惑かけても良いってことですね。かしこまりました。


「谷君、ゴメンなさいねぇ」


 心の中で呟くと、俺は紫子さんが謝罪と共に出してくれたお茶(赤いけど、ハーブティーとかか?)を一気に飲み干した。うん、癒し効果は不明だけどよく冷えてて美味かったから、ちょっと和んだ。


「あなたをここに連れて来たのは、生徒会メンバーに話を聞かれたくないのと……兄さんに、協力して欲しいからです」

「アタシ?」

「当日、この平凡に女装させて欲しいんです」

「………………は?」


 だけど、そんな俺の和んだ気分は神丘兄弟の、って言うか副会長のふざけた発言で一気に吹き飛んだ。


「副会長様、やっぱり変態だったんですか?」

「なっ!? あなた、何てことを……しかも、やっぱりって何ですか!?」

「……まあ、言われても仕方ないわよねぇ?」


 俺の言葉に副会長は憤慨し、紫子さんは苦笑しながら顎に指を当てている。ですよね、変態扱いされて当然ですよね、紫子さん?


「紫苑? 言葉が足りないのは、あなたの悪い癖よ? 出灰君の変装の意味と……多少だけど、相手のお嬢さんの為でしょう?」


 そんな俺に対して、紫子さんが副会長をフォローする。

 確かに見合い相手の恋人が男って、下手するとトラウマになるか――でも、見合い相手への気遣いは解ったけど、どっちにしても副会長の親の怒りを買うんなら、素直にすっぽかした方が良くないか?


「あぁ、ごめんなさいね谷君。うちの頑固オヤジ、見合い相手の母親とラブラブだから、そう言う意味でエスケープ却下なのよ。恋人を連れて行ったら、それはそれで納得するわ」


 ……と言うことは、政略結婚じゃなくて単なる世話焼き? まあ、あんなドリーム語る息子なら見合いの一つや二つもさせたくなるか。


「勿論、無料(タダ)とは言いません。見合いは二十七日の日曜日ですが、時給一万払います」

「……はぁ」


 金の話か、と思ったけど紅河さんみたいにキスで返そうとされなくて良かったと思う。まあ、真白から安売りしないって聞いてたから、そもそも心配しなくて良いんだろうけど。

(って言うか、普通に人雇えば良くないか?)

 そう思ったけど、バイト代としてはおいしいんで言わない。きっと、口止め料(真白とか、他生徒会メンバーに対して)も入ってるんだろうしな。

(まあ、俺も女装とかわざわざ言いたくないしな)


「じゃあ兄さん、当日はよろしくお願いします」

「ハイハイ」


 そして、俺の返事を聞かずに副会長は保健室を出て行った。金貰うし、断らないけど――本当、マイペースって言うか自分ペースな人だよな。

 そう思ってると、紫子さんが思いがけないことを尋ねてきた。


「谷君、いつの間に紫苑を手懐けたの?」

「……はいぃ?」


 あまりにもとんでもないことを聞かれて、思わず某ドラマの紅茶好きな警部どのみたいな返事をしてしまった。いや、だって、なぁ?


「手懐けられた相手には、あんな酷いこと言ったりやったりしないと思います」


 そう、それこそ手懐けたのは真白だろう? 反動で俺に対しては外面の良さが、完全にログアウトするけどな。


「アタシも、そう思ってたけど……嫌いだったら、そもそも谷君に弱み見せないと思うのよね」

「えっ?」

「あなたも思ったでしょうけど、最初から人を雇えば解決するのよ。だけど、あの子はそれをせずに谷君を巻き込んだ。そう考えると、あの言いたい放題も……あなたなら許してくれるって、甘えてるのかしらって」


 紫子さんの言葉に、俺は思わず眉を寄せた。それなりに筋は通ってるけど、さっきの副会長のあれ、甘えるって可愛いものか?


「ツンって言うより、まんま体当たり状態じゃないですか。俺だけじゃなく、副会長様にもダメージでかいですよ……気の毒に」


 普段、うさん臭い笑顔で弱みを見せないよう頑張ってる人が、アレって――スッキリしてれば良いけど逆にイライラしてたり、しんどかったりしないのかな?

 そう思った俺の手が、不意にガシッと紫子さんに掴まれた。


「何よもう、妖精? それとも、天使なの!?」

「…………は?」

「あんな面倒臭い子にまで気づかうなんて、ちっちゃいのに何て包容力なの!」


 いや、紫子さん、弟に面倒臭いって――それとも、弟だから言いたい放題で良いのかな?


「気に入ったわ、谷君。確か、この前の期末テスト学年トップだったんでしょ? アタシが援助するから医学部狙って、うちの病院盛り立ててちょうだい!」

「えっ、と」


 好き勝手言っていた割に、実は弟思いらしい紫子さんを宥めるのはちょっと大変だった。

 まあ、盛り上がってるのは紫子さんだけだし、副会長本人から直接、聞いた訳じゃないから俺は気にしないことにした――一日で数万のバイトは、それだけ魅力なんだよ、うん。



 ……そして本日、見合い当日。

 紫子さんの車で連れてきて貰った俺は、ホテルの一室で着せ替え人形になっていた。

 振り袖まで用意されていたのには驚いたけど、俺が見合いする訳じゃない(むしろ乱入してぶち壊す)んでつつしんで辞退した。

 それでも、ホテルってことであまりカジュアルなのはマズいって判断なのか、着せられ脱がされまた着せられたのはワンピースばっかりだった。とは言え、紺のレースやピンクベージュに上下切り替えし、襟付きにウエストへのリボン付きなど、色々あり過ぎてどうしようって思った。


「って言うか紫子さん、もっとスカート丈長い方が良くないですか?」

「大丈夫! 谷君の脚、綺麗だから」

「……はあ」


 何がどう大丈夫か解らないけど、まあ、相手のお嬢様のことを思えば美醜はともかく女性に見えればOKな訳で。そこは紫子さんも解ってると思って任せたら、膝上丈にされた――本当に大丈夫か、これ?

(あ、でも、思ったよりはゴツくないか?)

 鏡に映った自分を見て、そう思う。

 白のワンピース自体はノースリーブだけど、上に黒いレースのボレロを着せて貰えたし。

 大きなリボンがついてるのと、裾がふんわり広がってるんでウエストがくびれて見えるし。

 ボレロと合わせた黒のストッキングのおかげで、確かに脚も細く見える……かな?

(女装って、色々隠すと何とか成立するんだな)

 それは紫子さんが用意した、白いカチューシャ付きのゆるふわロングのウイッグを被った時も思った。これなら、首とか肩がうまく隠れる。

 とは言え、女装の『隠すものは隠す』ってお約束は、この後の化粧には当てはまらなかった。

 いや、普通は男は女の人より骨格の凹凸が大きいんで、立体感を無くす引き算メイクをするそうだけど――幸か不幸か、俺の顔は母親似で。立体感を出していく足し算メイクが必要だって言われた。

(そう言えば母さんも、化粧すると劇的ビフォーアフターだったよな)

 なんてしみじみしていた俺に、紫子さんが化粧をほどこしていく。

 化粧水と乳液を塗った後、後から落としやすいようにってお湯で流せるメイク下地を、それからファンデーションとチークを塗られた。ナチュラルメイクらしいけど、俺からするとこれでも十分皮膚呼吸出来ない感じがする。毎日、これやってる女の人ってすごいよな。

 そんな俺のまつ毛を見て、紫子さんは用意したつけまつ毛じゃなくビューラーで持ち上げ、アイライナーとマスカラを使う。


「谷君、まつ毛長いわよね……うん、これでお目々パッチリ、目力アップよ!」


 そう紫子さんに力説されたけど、口紅を塗られて完成した後、自分の顔を見てもどうも違いがよく解らなかった。


「完っ璧! 女の子よりも可愛い男の娘、完成~っ♪」

「…………平凡?」


 とは言え、紫子さんは自分で拍手して自画自賛してたし、副会長は俺を見て固まったけど帰れって言わなかったから、とりあえずは女に見えるんだろうな、うん。


「あとは黙って、座っていて下さい。相手の方とは、僕が話しますから」

「解りました」


 答えた俺の声は、当たり前だけど男のソレで。だから副会長にそう言われたのに、俺は素直に頷いた。

 そんな俺達の前に、ホテルの従業員さんに連れられて来たお嬢様が現れる。

(……お人形さんみたいだな)

 お嬢様は高一、つまりは俺より一つ下だって聞いている。後ろでシンプルにまとめられ、両サイドに下ろされた黒髪。そして淡い緑の地に色彩々(いろとりどり)の花が描かれた振り袖が、白い肌を引き立ててる。さっき、紫子さんが「女の子より可愛い」って言ってたけど、やっぱり(チワワとか真白ならともかく)女の子は可愛いよな、うん。


「初めまして、神丘紫苑です」

「相模原菖蒲(さがみはらあやめ)と申します」


 そしてお嬢様は、声も可愛かった。あと、名前がゴージャスだった。

 お嬢様は、その大きな黒い目で副会長の隣に座ったままの俺を見た後――俺達の前、従業員の引いた椅子に腰掛け、別の従業員がお茶を置いて立ち去り、部屋に俺達三人だけになったところで口を開いた。


「その方は、神丘様の恋人ですか?」

「えっ……ええ、はい、そうです。ですから、今回の話は」

「私(わたくし)は、別に構いません」

「……えっ?」


 可愛いお嬢様は察しも良いんだと、そしてまあ、見合いの席に女がいればそうなるかと思った。

 だけど、続けられた言葉は予想外だった。

 声にこそ出さなかったけど、副会長同様に俺も驚いていた。そんな俺達の前で、お嬢様は更に言う。


「ですから、私は夫が男色家でも別に構いません。調べさせて頂きましたが、その方が神丘様が学校でお付き合いされている方ですか? 私が通う女子高でも、擬似恋愛はございますし……私は、神丘病院長の妻になれればそれで良ろしいので」


 続けられた話は、色々とツッコミどころ満載で。可愛いお嬢様は、見た目に似合わず肝の据わった性格らしい。

(大病院院長の奥方の座って、確かに魅力的だよな?)

 うん、でも、理解は出来るけど――心の中でお嬢様に合掌しながら、俺は口を開いた。


「俺は、良くないです」

「えっ?」

「俺の友達はもっと可愛いですし、そもそも副会長とはつき合ってません」

「そこですか、平凡!?」


 俺がそう言うとお嬢様は驚き、副会長はツッコミを入れてきた。いや、だって、大切なことだと思うぞ?


「あと、誰でも良いんなら……副会長様は、勘弁してあげて下さい」

「……何故ですの?」

「馬鹿で夢見がちな甘ちゃんですけど、この方なりに頑張ってるんです。外面が良すぎて、自分を見て貰えないって言うのは自業自得だと思いますけど、周りに応えようと一生懸命なんだと思います」


 だから、と俺は言葉を続けた。


「笑うのも頑張ってる副会長様には、好きな相手とだけは気を使わずに楽しく過ごして欲しいんです」

「「…………」」

「あ、お詫びにって言うのも何ですけど、副会長よりもっと良い相手探しますね。ホモでもOKってことですけど、せっかくそれだけ可愛いんですから勿体ないですよ? どうせならノーマルで、好条件な相手を」

「……お姉様」

「は?」

「お姉様は、男色家ではありませんの?」


 お嬢様はそう尋ねて、何故だかキラキラした目で俺を見てきた――って、お姉様ってもしかして俺のことか?


「えっと、はい、俺はホモじゃないです。ノーマルだけだと少ないかもしれませんが、両刀も合わせれば」

「お姉様!」

「は、はい?」

「菖蒲のお姉様になって下さいませ!」

「……はいぃ?」


 とんでもないことを言われたのに、俺はまた某刑事ドラマの警部どのみたいな声を上げてしまった。

そんな俺の体が、不意に横へと引き寄せ――いや、抱き寄せられる。


「駄目です、渡しません」

「…………えっ?」

「神丘様! お姉様は、男色家ではありませんのよ!?」

「解っています。ですが僕を理解してくれただけではなく、ありのままの僕を受け入れて幸福まで願ってくれたんです。こんな子は、他にいません」


 ……責任を、取って貰わないと。

 そう言ってギュッと抱きしめてくる副会長に対して、硬直した俺の代わりにお嬢様が反論する。


「お姉様が優しいのは、あなたにだけじゃありませんわっ!」

「でしょうね。ですがそもそも、彼は庶民です。あなたが求めるステータスはありませんよ?」

「そんなのっ、私がお姉様を養えば、何の問題もありませんわ!」

「だから、渡しませんと言っているでしょう? 解らない人ですね」


(……だから、どうしてこうなった?)


 って言うが、前言撤回する。気は合ってるみたいだから、二人で結婚すれば良いよ――言い合う二人に、俺は声にならないツッコミを入れた。

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