策略と思惑と

「髪を梳いてくれないかしら。あと、靴にブラシもかけて腰帯も締めてくれる?」

「このお皿の中に入ったえんどう豆、これを灰の山の中に投げるから、全部拾いなさい」

「そうしたら、パーティのことを考えてあげてもいいわ」


 ……そんな風に、パーティに行きたいシンデレラを、継母と義理の姉達はこき使う。

 もっとも、それだけやらせても結局は連れて行かないんだけどな?

 とは言え、俺はそもそもパーティ、もとい文化祭を満喫したい訳じゃない。

 そんな訳で文化祭当日、俺は教室に用意された厨房で一人、黙々とケーキを焼いていた。

(童話と違って、ハトとかスズメに手伝って貰う訳にもいかないし)

「私を助けて」とか空に向かって呼びかけるってそれ、何てメルヘン? 仮に出来たとしても俺はやらないな、うん。



「喫茶店がいいと思います」


 文化祭の出し物を決めていた時、そう提案したのはチワワタイプの奴だった。

 名前は話したことがないんで覚えてないが、よく睨んでくるんで他のチワワ達との区別はつく。


「喫茶店? メイド喫茶? それとも、執事喫茶?」

「柏原君……接客もだけど、どういう系統とか希望はある? 仕入れ先の手配もあるからね」


 一茶がワクワクしながら言うと、委員長が苦笑しながらチワワに聞いた。

 Sクラスにいるから、見た目&家柄良しはデフォルトだけど、このクラスには珍しく真面目って言うか控えめなタイプだ。

 そんな穏やかな委員長が、いや、クラスほぼ全員が驚くことをチワワは言ってのけた。


「それは、谷君に聞いたらいいですよ。作るのは、彼なんですから……生徒会の方々が絶賛するくらい、お上手なんでしょう?」

「あの……目黒(めぐろ)君?」

「そうだね! きっと谷君なら、このクラスの為に頑張ってくれるよねっ」

「逆に、僕達が手伝ったら足を引っ張っちゃうだろうし」

「ま、せいぜいガンバレなー」


 妙な流れを感じたんだろう。委員長がチワワ(目黒って言うらしい)を止めようとしてくれたけど、他のチワワやガチムチも乗ってきた。

(うん、気に食わない俺をこき使ってやろうって訳だな)

 王道学園らしく、白月ではほとんどのイベントを生徒で決めて動かす。橙司先生がいない今は、絶好のチャンスだろう。

 そして面倒な役職を押しつけられている委員長に、これ以上を求めるのは可哀想だ。


「お前らっ」

「……真白、落ち着いて」

「流石に、一人は無理じゃないかな? 僕も、手伝」

「気持ちだけ受け取っておく。それこそお前らは、接客の方が人も入るだろうし」


 怒鳴りつけようとした真白を、一茶が宥める。そして、奏水がフォローしてくれようとしたけど――俺は、それを止めた。

 そんな俺に真白達や委員長、そしてチワワやガチムチが目を見張る。

(何だよ、俺を困らせたかったんだろう?)

 ああ、泣きつくとでも思ったか? とは言え、思い通りになってやる義理はない。

 頑張ったからって出来て当たり前、失敗したらそれこそ鬼の首でも取ったみたいに文句をつけてくるんだろう。だけど、やらないとやらないで面倒臭そうだしな。俺にとっては、こき使われる方が(主に精神的に)楽だ。


「じゃあ、手作りケーキの喫茶店で……それなら、メイドも執事も出来ますよね?」


 うん、コスプレしないで済むだけ万々歳だな。



「……随分と、ふざけた連中だな」

「刃金さん、皆さん、気持ちは嬉しいですけど落ち着いて下さい」


 昼休み、文化祭のことを話しに行ったらFクラスが一瞬で殺気立った。良かった、先に話しておいて――黙ってて後からバレたらもっと面倒になるところだった。


「一日頑張れば、それで済む話ですから。やらなきゃやらないで、また文句つけられるでしょうし」

「だけど、クイーン!」

「全く、女の腐ったような奴らだぜっ」

「同感だが……確かにおれ達が動いたら、余計に出灰の迷惑になるな」

「「「…………」」」


 不満そうな面々も、刃金さんの言葉を聞いて大人しくなった。

 まあ、これで嫌がらせがなくなるとも思えないけど、やらないよりはマシだ。

 そんなことを考えていたら、自分の席に座っていた刃金さんが笑顔で膝を指差した。

 それに俺は、キャッチャーからのサインに応えるピッチャーみたいに首を横に振る。

 すると刃金さんは、今度は隣の空いている席を指差したんで、俺は頷いてそこに座った――毎回断るんだから、まず自分の膝に座らせようとするの、諦めてくれないかな?


「このクラスは、文化祭では何をやるんですか?」


 今のやり取りを見つめる……ガッカリしている?(内藤さんは笑ってるけど)連中から話を反らす為、俺はそう尋ねた。


「控え室」

「……? 誰のですか?」

「おれらの」


 何でも白月の文化祭には六月末のせいか、あるいは金持ちイケメン狙いか、近隣の高校生や大学生が大勢くるらしい。その為、外部からの目を気にして風紀委員の見回りも、いつも以上に厳しくなるそうだ。

 とは言え、寮でサボることも出来ないのでFクラスの出し物は毎年『控え室』にして、教室にこもっているらしい。


「出灰のケーキが食えないのは、残念だけどな」

「「「だよなー」」」


 昼休みは限られている。そんな訳で、サンドイッチを食べながら聞いていた俺の頭を刃金さんが撫で、他一同がうんうんと頷いた。そっか、出歩けないんならSクラスにケーキ食べに来るのも無理か。


「よければ、試作品とか持ってきますか?」


 当日は、ホールケーキを切り分けて出すつもりだ。練習でいくつか作ってみるつもりなんで、皆に持ってきてもいいだろう。

 そう思って言った俺を、不意に刃金さんが抱きしめる。Fクラスにどよめきが走ったが、刃金さんは離れない。


「……刃金さん?」

「…………」

「キング、そんなにクイーンのさしいれ貰えるの、嬉しかったのー?」

「黙れ」


 内藤さんがからかうように言うと短い、だけど随分と低い迫力のある声で刃金さんが制した。そっか、嬉しかったんだ。

(可愛いな)

 年上の、しかも不良達をまとめてるような人に言うことじゃないだろうけど……こういうのが、ギャップ萌えって言うんだな、うん。


「そんなに喜んで貰えるなら、試作品じゃなく刃金さん用に作りますよ? あんまり、甘くない方がい……っ!?」


 そこで言葉が途切れたのは、不意に抱きしめてくる腕に力がこもったからだ。と、耳元でボソリと刃金さんが言う。


「……そうやって甘やかしてると、いつか痛い目見るぞ」


(うん、まあ、今ちょっと痛いって言うか苦しいけど)

 ただ、刃金さんが言うのはそう言うことじゃないんだろうし――俺は俺で、言い分がある。


「さっきのは特別扱いで、甘やかすならこうです」

「っ!?」

「出来ないことが多いんで、出来ることはしたいです……駄目ですか?」


 好きだって気持ちに、同じ気持ちで応えられない。キス以上の行為を受けられないし、返せもしない。

 だけど、たとえば今みたいに頭を撫でてみたり、食べたいものを作ったりとか――嫌いな訳じゃないって、俺も少しは示したいんだけどな。

(こういうのも『八方美人』とかになるのかね?)

 恋愛の意味で好かれるのって本当、難しい。そう思い、こっそり俺がため息をついた時だった。


「駄目じゃねぇ……けど、妙なことされそうになったらおれを呼ぶか、最悪、相手を殺す気でかかれよ?」

「……はい」


 それは過剰防衛じゃないかって思ったけど、刃金さんはそれだけ言って俺に頭を撫でられてくれたから――内心、許してくれたことにホッとしながら、俺は安心して貰う為に返事をした。


「キングー? こいつらにはちょーっと、目の毒だよー?」


 内藤さんに言われて、ここがFクラスだったのを思い出す。そして周りの面々は、刃金さんのイケメンオーラにやられたのか、赤くなって目を逸らしてた。



「全く。早速、面倒に巻き込まれて」

「……はぁ」


 放課後、会長の親衛隊に先週、ごちそうして貰ったお礼をしに行ったら――開口一番、隊長にため息をつかれた。

 多分、文化祭のことだろう。随分と早耳だな。


「はぁ、じゃない! クラスの出し物だと僕達、手伝えないんだからっ」

「あの、それはお気持ちだけで十分で」

「親衛隊は、Sクラスに入れないのっ……その決まりがなかったら、ちょっとは手伝ってやらなくもないのに!」

「……ありがとうございます」


 上からの言い方だけど、それはもうデフォルトだし。何より、差し入れに持ってきたクッキーを食べながらなんで、ただ可愛いだけだ。

 だから俺がお礼を言うと、途端にワタワタし出した――これくらいで照れるなんて本当、普段苦労してるんだな。気の毒に。

 そこまで考えて、俺はあることを思いついた。


「すみません、お願いがあるんですが」

「「「何々っ?」」」

「今度、ここでオーブンと炊飯器使わせて貰えませんか?」

「「「……え?」」」


 身を乗り出してきたチワワ達が、俺の頼み事を聞いてきょとんとした。



 数日後、結局、俺が会長親衛隊が使ってる教室に持ち込んだのは、オーブン二台に炊飯器二つ、そしてたこ焼き器(寮長から借りた)だった。

 文化祭当日は、教室の隅でケーキを作ることになる。とりあえずはこれらを駆使して、どれくらいの時間で作れるか。それからチワワ達には言わないけど、これだけ調理器具を使って停電しないか確認したかったからだ。


「よっ、お前らが出灰のファンクラブか!」

「可愛いチワワ、ご馳走様ですっ」

「……真白、一茶。何か怯えてるみたいだから、自重して」

「大丈夫です。ちょっとテンションは高いですけど、怖いことはしませんから」


 一人では運びきれなかったんで、真白達に調理器具を運ぶのを手伝って貰った。

 普段、虐げられているせいかチワワ達がビクビク……って言うか、プルプルしていたんで奏水が二人を、そして俺はチワワ達を宥めた。

 そして、セットしたオーブンや炊飯器でケーキを焼いてみたが……結論として、停電はしなかったけど全部を駆使して同時進行は無理だった。

 一度にやろうとしたけど、泡立てた卵がどうしてもだれる。これじゃあ、焼いた時に膨らまない可能性が高い。時間をずらして、材料投入までは集中してやった方が失敗しないだろう。


「まあ、プロじゃないしな」

「えっ? こんなに美味いのに!?」

「そういうことじゃないでしょう……いっそ、テーブルの数少なくしたら?」


 シフォンケーキやガトーショコラ、あとたこ焼き器で作ってみたドーナツ(全部、ホットケーキミックス使用)を皆で食べてると、隊長がそう提案してくれた。


「当日は、洗い物も入るでしょう? あんたが大変だけど、テーブル少なくすれば調理室と行き来しても何とかなると思うけど」

「隊長様、詳しいですね!」

「……僕の家、元々は喫茶店だから」


 一茶が褒めると、隊長は照れて赤くなった。うん、一茶が目輝かせるのが解るくらい可愛い。


「今はちゃんとチェーン店で、全国展開してるんだからね! そうじゃないと、白月には通えないでしょう!?」

「そうですよね、ありがとうございます」

「べ、別に……」


 照れ隠しか声を上げた隊長にお礼を言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。うん、でも嫌われてはいないと思う。

 様付けするつもりだったが「紅河様がいいって言ったら別に」と言ってくれた。そんな訳で、会長のことは『紅河さん』って呼ぶことになっている(会ってないんで、あくまでも予定)


「調理室使うなら、冷蔵庫も使えば?」

「だったら、ロールケーキ作れない? 美味しいし、見栄えも良いよね」

「作れます……委員長に、冷蔵庫使えるか聞いてみますね。ありがとうございます」


 流石、女子力の高いチワワ達だ。ありがたく思ってお礼を言うと、隊長同様にツンッてなった――えっと、可愛いだけですよ?

(アドバイスしてくれたし、会長の名前呼びも許してくれたしな)



 教室には、丸テーブルを三つ。

 食器やテーブルクロスは、一日だけなんで百均で用意することにした。


「ゆったりとした店構えをイメージしました。これだと皆様への負担も減って、文化祭も回れますよね?」


 嘘も方便。とは言え、元々が俺への無茶ぶりなんで駄目元で言ってみたら――そもそも手伝う気がなかったのか、あっさりとOKが出た。はいはい、せいぜい頑張りますよ。


「……ただ、お前らと委員長には負担でかいよな。悪い」


 結局、接客は真白達、そして委員長が担当してくれることになった。

 って言うか、俺への嫌がらせでこいつらにまで迷惑かけるなよ……でも、コスプレ以前に接客までは手が回らないんで、今回はお願いするしかない。


「気にすんなよ、出灰!」

「俺的には、真白と奏水のメイドが見られて満足だからっ」

「一茶……うん、でも気にしないでいいよ? 逆に、これくらいしか手伝えないからさ」

「……俺も。ごめんね、谷君」


 何て言うか、委員長が恐縮してて本当、こっちが申し訳ない。他の三人には埋め合わせが出来るけど、委員長には何をどうお返しすればいいんだろう?


「謝らないで下さい、委員長……あの、今回俺のせいで本当に迷惑かけてるんで。何か出来ることないですか?」

「そんなっ、そもそも俺が押し切られちゃったからだから……谷君こそ、気にしないで?」

「……委員長」


 天使だ、天使がいる。

 金持ちの坊ちゃんにも、こんなに良い奴がいるんだなと感動していたら「あ」と委員長が声を上げた。


「藤郎(ふじお)」

「えっ?」

「足利(あしかが)藤郎。せっかく、こうして話せるようになったから。委員長じゃなく、名前で呼んで貰う……って言うのは、駄目かな?」

「駄目じゃないです」

「あ、敬語も無しね」

「……解った」


笑顔でそう言った委員長……藤郎に、俺は頷いた。


「えっ!? 何で出灰、あんな素直に!?」

「うわぁ、やるなぁ、委員長」

「無欲の勝利だよね」


そんな俺達のやり取りを見て、真白達がそう話していたことには気づかなかった。

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