第34話 雫のかけら

「お父さんとはぐれたの」

 見たところ俺と同い年ぐらいの女の子はそう言った。

 俺たち探検隊スプラッシャーズは、今までで一番大きな冒険をするための道具を調達しに、この付近では大きめな建物に分類されるホームセンターに来ていた。

 店内に流れる気取った音楽は聞き慣れないものだったし、これから森に突撃する決意を削ぐような曲調で、少し不愉快だった。

 そこに一人で佇む女の子を見かけたわけだから、これは普通じゃなさそうだと話しかけたのだった。

「はぐれたけど、迷子じゃないわ。わたしは自分のいる位置をちゃんと把握しているし。家に帰ることだってできるわ。もんだいなのは、お父さんとれんらくがとれないこと。さっきまでデュアルモンスターの大会でちょうしに乗ってた男の子をボコボコにしてたの。そしたら、お父さんいなくなっちゃってたの。だから迷子じゃないのよ」

 なんだなんだ凄いなこの子。口を開いたと思ったら超饒舌に言い訳をする。よくもまあそんなスラスラと自信に満ちた言葉が出てくるな。迷子なのに。

 あとデュアモンの大会で男の子ボコしてたって……。デュアモンは今人気のトレーディングカードゲームで俺たちもよくやるけれど、こんな女の子にボコボコに負かされたとなればそいつのプライドもさぞズタズタだろう。カードゲームでボコボコってなんだよって感じだけど。

 ってか理由が理由になってねぇよ。どうしてはぐれたかを教えろや。勝った自慢がしたかっただけだろ。めっちゃドヤ顔してるし。

「ああ、そう……。とにかく、俺も手伝うよ」

 こういうのも仕事の範疇だ。俺たちは探検隊であって何でも屋じゃないけど、こういう子を放っておくほど人でなしではない。

 皆も賛成したようでそれぞれ頷く。

 でも、女の子はこれに否定的だった。

「たぶん、みつからないよ。あっち。さっき急いであっちに歩いて行くのを見たわ。でもね、行き止まりなはずなのに、覗いたらいなくなってるの」

 え? なにそれ神隠し? そんなホラーなのゴメンだよ。ただでさえミステリアスな雰囲気醸してる初対面の迷子の女の子が怪奇的なこと言ってると、さすがに怖い。

「止まっていても仕方ないし、お店の中見て回ろう!」

 提案したのは居鶴だった。

 それから店内を見て回ると、いろいろな小物が並んだコーナーがあった。

 そこに雫形の髪留めとキーホルダーのセットが売っていた。カッコイイ! と思ったけれど、髪留めとセットという時点で、どう考えても男の子向けではない。

 だから俺は小遣いでそれを買って、真澄と女の子に渡した。隣で美滝が少しものほしげな顔をしたけど、実の姉にあげるようなものでもない気がした。また今度誕生日に何か買ってあげよう。

 これから森に行くのに前髪が少し邪魔そうだった真澄には髪留めを、友情の証的な意味も込めて女の子にはキーホルダーを渡した。

 真澄はすごく嬉しそうな顔をしたが、迷子の女の子はというと……

「センスない」

「余計なお世話だ!」

 こんな感じだった。

 それからどれくらい一緒にいただろう。その時間はいつも過ごすのとはまた違ったもので、なんとも不思議だった。

 多分俺たち四人とも、悪い気分ではなかった。女の子もお父さんとはぐれていることなど忘れている様子だった。

「お、あっちに使えそうなもんが売ってるぞ。行こう」

 手を握り、駆け出す。

「こどもっぽーい」

「口の周りになんかつけてるお前に言われたくねーよ」

「これ、わかめ」

「なんでわかめ!?」

 ああ……そういえばさっきおにぎり食ってたな……。

 あの混ぜ込むやつか……前に居鶴も同じの持ってきてて、貰ったことがあった気がする。結構好きな味だった。

「あのさ」

 女の子がこちらを見据え、短く言葉をかけてくる。

「なんだ?」

「これあげる」

 女の子が手を差し出す。

「おまもり。二つ持ってるんだけど、一個はいつか信じられる人ができたら、あげろって。お父さんが」

 おまもりとは言ったものの、その手に握られていたのはやけに機械的な、チップみたいなものだった。

 なんかカッコイイ。

「そんなの、もらっていいのかよ?」

「いい。お父さん、どっかいっちゃうし。わたしにくれるものなんて、そんな大したものじゃないと思うし」

「……そうか。ありがとうな」

 俺はそれを受け取りポケットに突っ込む。

「じゃ、次はあっちを見に行こう」と手を引こうとしたときだった。

「いたいた! 元の場所にいないから心配したぞ」

 駆け寄ってきて女の子を抱き寄せる、歳のいった男の人。多分この子のお父さんだ。

「君たちが一緒に遊んでくれていたのかい? ありがとう。ほら、お前も」

「……ありがとう」

「あ、いえ。よかったな」

 女の子は言葉では応じず、少ししょんぼりした顔をする。本音を言うと俺も、多分居鶴と真澄、美滝も、少し寂しかった。

 そうして俺たちは別れた。

「で、飛沫。これからどうすればいい? 指示くれよ! 指示!」

 この時俺は、今日の本命なんてすっかり忘れていた。そうだ。森に泉を探しに行くんだったな、俺たち。

「あ、ああ……。とりあえず、少し遠いけど一回家に帰ろうか。一時半にもう一回ここに集合な。余計なもん持ってくるなよ? 特に居鶴」

「大丈夫! 今回はちゃんと厳選してくる!」

 本当かなぁ……。と心中で俺はつぶやき、俺たちはそれぞれ一度帰路についた。


    * * *


 これが、あの日あったもう一つの出来事。

 泉の出来事のインパクトに掻き消されていた、その記憶である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る