第19話 世界と異世界
「異世界って……何の冗談だよ」
「依頼が届いたのよ」
平然と、淡々と。
苗加はまるでそれがいつものことであるかのように言っ放った。
「依頼って、前言ってたバイトのか?」
「そうよ」
「配達業って言ってたじゃねーか」
「ええ、そう。だから届けるのよ。異世界で受け取って、こっちに。荷物を」
何言ってんだこいつは。最初はそう思った。
だが俺は分かるのだ。表情を変えないようでこいつの感情を見抜くのは案外容易かったりする。そういう時がある。それはおそらく、意図的に苗加がそうしているんだと思う。
もしかしたら無意識なのかもしれないが、状況に応じて真剣さが伝わりやすい口調に変わっているのだ。
「で、どうするの?」
苗加が冗談を言う時の雰囲気はこんなではない。その真剣さが手に取るように分かる時と、その本心が全く見えない時。
そんな二面性を有している人間なのだと、俺は知り合ってからまだ間もないこの女生徒について自分なりに分析する。
「行く」
気づくと、俺はそう答えていた。
「そこに行くことでお前が見ているものを少しでも垣間見ることができるなら、俺はそこに行くべきなんだ……と、思う……」
「そんな曖昧な気持ちでは危険よ。でもそうね、大丈夫だと思うわ。だって」
『危険』の一言に一瞬怖気づいたが、その後ニヤッと表情を変えて苗加が放った一言は妙に頼もしく、俺を安心させてくれるものだった。
「私がいるから」
危険なことだというのは何となく分かった。
だが、この一言。
それだけで、俺はどんな世界だって死なない、死んでやれない気がした。
コイツが言うんだ。勝利は絶対だ。
こいつが自信に満ちている時負けたことがあったか? 俺は一度でも勝ったか?
強さを体感しているのだ。これ以上頼もしい存在はない。
「こっちよ」
案内され階段を下ると、そこは地下倉庫のようなコンクリートで閉鎖された空間だった。
「ここは?」
「見てのとおり、倉庫よ。ショップに出す前に仕入れたものを貯蔵したり、在庫を管理したりしているの」
「仕入れるって、どこから?」
トラックで運搬してきたものをここに運ぶのはさぞ大変だろう。それにこの量だ。ちょっと無理がある。
「今から行くところとかから」
「……とんでもねぇな」
ここに直接運び入れているということだろうか。
「じゃあ行くわよ」
苗加はリーダーを腕に装着するとメモリを差し込み、手をかざした方向に扉を出力した。
「これって……」
「どこでもドアよ」
「あえて言わなかったのに!」
ホント、まんまそれだよな。
唐突すぎることの連続で頭が追いつかない。
さっきまで、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。
苗加は続けてピザ屋のスクーターの上位互換みたいな屋根付きバイクを出力してヘルメットを差し出すと
「さ、乗って」
と促した。
よく見たらサイドカーがついている。結構格好いい。
「お前が運転すんのか?」
「そうよ」
「お前、とんでもない奴だったんだな」
「あなたほどではないけどね」
否定しようとしたが、実際そうなのかもしれない。忘れていたが、俺は無自覚のうちに何も装備せずとも手から炎を出すような奴になっていたのだ。
周りからしてみれば、結構ヤバイ奴だよな。
「行くわよ」
苗加が扉を開く。
ブワッと風がふき、俺はそこから一瞬目を背ける。
前を向きなおし目を開けたその瞬間。
その先にあったものに、俺はただただ息を呑んだ。
大草原。
アフリカで見るようなそれが、目の前に広がっていた。
「ここが……異世界?」
「いえ、まあ普段私たちがいる世界とは違うから異世界と言えば異世界だけど、厳密に言えば違うわ」
「どういう意味だ?」
「簡単に言うと、世界と異世界とを繋ぐ空間ね。歪んでいるそれをデフラグして、ある程度きれいな形まで持っていったのがこの通り道。要するに整備された道。それがここよ」
なんかもうよくわかんないけどいいや。つまりは境界ってことだよな。
「ここから体感で二十キロくらい先にもう一つ扉があるわ。景色が同じだから距離はわかりにくいけど恐らくそれくらいのはずよ。その扉を超えたら別世界」
「へえ、今回の依頼ってのは何なんだ?」
「それは移動しながら話すわ。行くわよっ!」
ブオオオオオオ、とエンジン音が響き渡る。
何度かエンジンを吹かし一瞬の静寂が訪れた。
次の瞬間。
ギュィイイイイ!! と、物凄い機械音とともに、車体が爆速で動き出した。
「ちょっ、いくら何でも速すぎねぇか!!」
どうにか絞り出した声で苗加に呼びかける。
こんなに速い速度で身体むき出しとか、危険にも程がある。さっき言ってた「危険」って自らが進んで侵すものだったの!? いつ放り出されるか分かったもんじゃない。
「運び屋ってのは時間が命なのよ! 某大型通販サイトも迅速に運ぶ努力を惜しんでいないからこそ時間通りにモノが届くのよ!!」
なるほど! A◯azonって凄いのね! 日頃からのありがとうを伝えたい!
でもいくら大型通販サイトといえど、こんな危険を侵しながらの運搬はしていないと思います!!
「さあ、かっ飛ばすわよー!」
「だっ、誰か助けてぇー!」
チョットマッテテーと誰かが来てくれるわけもなく。
俺は二十キロの道のりを人生最高速でぶっ飛んでいった。
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