第15話 静かに静かに

 道中、ただ無言で歩いて行くのが少し気まずくなった俺は、ふと思いついた疑問を投げかけてみることにした。

「おい」

 名前は口にしなかったが呼ばれた対象は自分だと気づいたようで、苗加羽込はこちらを振り返る。

「何かしら、しぶきゅん」

「お前はいちいち人にツッコミをさせないと会話を始められないの?」

「スルースキルがないわね。さすがウェイ系高校生。煽り耐性ゼロで揶揄からかい甲斐があるわ」

 朝の会話聞いてたのかよ……。いつ聞き耳立ててるかわからなくてとても怖いです。こいつの近くじゃ迂闊に愚痴も言えないな。

「前言ってたバイトって何だ」

「ありがとう、これ明後日のシフトよ」

「内容聞いただけで採用→配属→勤務日時決定されるの!? ってか何でナチュラルにもう俺の名前載ってんだよ! 怖いわ!」

 採用ザルかよ。そんなバイト聞いたことねぇよ。

 というか、企業側に把握されてるんですかね俺は。

「これはコラ画像よ」

「悪質!」

 タチ悪すぎる!

 紙を差し出すポーズのまま苗加はフヘヘと笑う。女の子がそんな笑い方しちゃいけません!

「フォトショマジで凄く簡単に画像加工できるから、あなたも是非」

「どこの回し者だお前は」

 ひどいステマを見た。本当に、どんなバイトなのか。まあ一人の女生徒を留年に追い込むようなバイトだから、まともではない事だけは想像つくけど……。

「コラ画像を添付した私のツイートから始まり、今ちまたは『#清水飛沫クソコラグランプリ』というタグで大盛り上がりよ」

「ワールドワイドすぎる!! ネットって怖い!!」

 俺の人権が行方不明。

「今”俺の人権どこ行った”とかおこがましいこと思った?」

「おこがましいってなんだよ!」

「だって清水君に人権があるなら……そうね、あそこにいる」

「それ以上言うな! どう見てもそこ何もいないから!」

 絶対微生物とかに例える気だっただろ。

「今自分が微生物と同列に扱われるれるとかおこがましいこと思った?」

「俺が持つ権利ってそんなレベルなの!?」

「今俗世間では『清水飛沫の権利プランクトン以下でワロタwww』というスレが話題沸騰中よ」

「ひどすぎる!」

「例として『清水飛沫ってイトマキケイソウ属っぽいよな』というレスを抜粋しておくわ」

「謎の真剣さが伝わってツライわ! せめてミジンコとかメジャーなのにして!」

 むしろどのあたりが共通してるのか教えてほしい! 全力で直すから!

「以上があらゆる嘘偽りの情報に満ちたユビキタス社会、そのネットワークの怖さを清水君に教えるための壮大な嘘よ」

「お前がその嘘の情報を発信してるじゃねーか!」

「あら、でもその嘘が本当だって何で分かるのかしら? 嘘が嘘かもしれないわよ? そうやって今みたいな情報をすぐ信じてしまうあなたみたいなお年寄りが一番危険なのよ」

「お前との会話が高度な情報戦だわ! 今まさに怖さ身をもって体感してるわ! ってか誰がお年寄りだ!」

「だって一年留年してるし……」

「お前もな!!」

「違うわ。私以外のみんなが飛び級してるのよ」

「どう考えても比が逆だ! マイノリティとマジョリティを考えろ!」

「これからはマイノリティノガと名乗るわ」

「どういう風に話の趣旨が変換されたのか知らないけどご自由に!」

 そうこうしているうちに目的地の森に辿り着く。ここ一帯は基本的に立ち入り禁止区域だ。周りにはフェンスが張られ、一般人は立ち入ることが出来ないようになっている……というほどにきっちりしたものではなく、実際は侵入可能な穴だらけ。フェンスが張られていないところもザラにある。

 当たり前だ。こんな広い土地全域の外周を囲うのは不可能なもので、ただこんな鬱蒼うっそうとした森にわざわざ近づく理由もないから立ち入る人がいない、というだけであった。

 実際この森、ちょっと不気味で、人を寄せ付けにくい何かを持っていた。よくバトルファンタジーとかである「人払いは済ませてあります」みたいな感じの雰囲気だ。しかし、それにしたって妙だ。いくら何でもショッピングモールが建設されると全国的に報道されている森に、人っ子一人いないのはさすがにおかしくないだろうか……?

 穴を見つけるのも面倒なので、俺たちはそれほど高くないフェンスをよじ登ることにした。

 俺、真澄、苗加、居鶴の順に超えていく。真澄の手を取り安全に着地させると、苗加は「私はいらないわ」と余裕を見せた。なぜか一瞬ちらっと真澄の様子をうかがったようにも見えたけど……?

 スタッと着地すると、苗加は話を続けた。

「なんてことはない、配達業よ。勤務数日前にこっちから希望する日にちをメールで送って、その日に仕事の依頼があれば返信が来る。で、指定された時間に指定された場所に荷物を届ける」

 ああ、まださっきの話続いてたんだ。

「まあ確かによくある派遣の勤務形態だな」

「まあその場所っていうのが」

 苗加が嬉しそうに(表情には出してないつもりなんだろうけど)バイトについて語り、職務内容の核心に触れかけたとき

「何だあれ!」

 と居鶴が突然叫び声を上げた。

 目の前には目的地の森。ただ驚きの対象はそこではなかった。

「ショベルカーが……勝手に動いてる?」

 そこには確かに見慣れない、異様な光景があった。

 普通ズゴゴゴみたいな音を立てながら木の根を掘り起こすための重機がひとりでに森林伐採の作業をしていた。

 静かに、ただ静かに動き続けている。

「あれは非常識なものなのか?」

「いや、人が乗ってなくてほとんど音も立てず気を切り倒していく重機なんて、普通あり得ないでしょ!」

 そうなのか。正常な状態に戻ってからさんざん非常識を見せつけられてきた俺としては、今の時代ならあのようなものが普通の産物になっていても不思議ではないと思っていたのだが。

 どうやらリーダー以外に超科学的な機器は開発されていない、という認識で大体合っているようだ。

 眼前で起こっていることに、真澄も苗加も驚嘆の表情を浮かべる。

 ただ苗加に関しては……、なにか様子がおかしい? 他の二人と違い、なにか声にならない声を漏らすような、異様な驚き方をしている。

「そ……んなっ……」

 絞り出した声は途切れ途切れで、相当青ざめた顔をしている。どうしたんだ?

「帰りましょう……っ!!」

 相当切羽詰まっているのか、苗加の声が裏返る。

「どうしたんだよ苗加さん。ここには不思議がいっぱいだってわかってきたところなのに帰るだって?」

「そうよ! 帰るの! とにかくいけない……! ここから先に進んでは……」

「そんなこと言ってないでさ、もっと近くで見てみようぜ」

「待って!!!!」

 かけ出す居鶴に手を伸ばす苗加。それは無慈悲に空を切った。

 その焦る姿が昨日の――小学校での自分の姿と重なった。

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