その2

 芽衣の突如の登場にマシュマロをのどに詰まらせそうになり、咽る怜。

 咽ながら怜が芽衣を見ると、彼女の手にはトランプが握られていた。


「いいでしょー? ババ抜きしようよババ抜き!」


 芽衣が張り切る様子に少々悪寒を覚えた怜は、奥のフリースペースに眼をやる。

 そこには、精根尽き果て、机の上でグッタリしている新三郎と空音の姿があった。どうやら、ボコボコに負かされたようだ。


「ホント、君って容赦ないよね。ゲームに関しては」

「なんのことかなぁー? 芽衣、難しいことわかんなーい。さっ、とっとと始めよう!」


 怜の手首をガッシリと掴んで、芽衣は二人がくたばっているフリースペースまで連れてくる。


「まだ、俺、やるとも言ってないですけど?」

「細かいことはいいの。さぁ、怜さんも加わったしゲーム再開よ」


 芽衣は元気よくトランプのカードを切り始める。


「そろそろギブアップという選択肢が欲しい」

「空音に同意」


 ボッコボコにされたダメージが未だに残っている二人からはギブアップの声が聞こえるが、芽衣はそんなことお構い無しにカードを配り始めた。


「怜さんが来たからには本気にならないとねー。手を抜いたら逆に失礼に当たっちゃうもん」

「今さっきまでのは本気じゃなかったのかよ!」


 新三郎がツッコミを入れると、芽衣はカードを配りながら軽くウインクをしてみせる。新三郎は「いやいや、意味が分からないから」と困惑モード。


「一回だけだぞ。俺も忙しいんだ」

「忙しいって、お菓子食べていただけじゃん。その一回で私に勝てたらやめてあげてもいいわよ?」


 芽衣がカードを配り終わり、各々配布されたカードを手に取った。ペアとなっているカードをポイポイと捨てていく。

 大体捨て終わって、順番を決めるじゃんけんを行った結果、空音・怜・新三郎・芽衣という順番が決定した。


「さぁて、誰がジョーカーをもっているのかしら? 空音からスタートよ」


 こうして、恐ろしいババ抜きの火蓋が切って落とされた。


「ところで、怜さん。養父とうさんを怒らしたって聞いたけど、本当?」


 空音が芽衣のカードを取りつつ訊ねると、怜の身体が硬直する。


「うっ。まさか、弐沙本人から聞いたのか?」

「そう。あの人は結構繊細な人なんだから、発言には気をつけないと駄目」


 空音はそう言って、ペアになったカードを捨てる。

 空音はとある事情により、弐沙の養子として招き入れられ、一緒に暮らしている。よって、怜のやらかしたことは全て空音の耳に入ってくるのである。


「繊細……ねぇ」


 怜は何処かを見たが、すぐに視線を空音の持っているトランプに集中した。


「所長ねぇ……、所長は滅多に顔を出さないから、顔を忘れそうだわー」


 ワザとらしい声で芽衣が呟く。


「ならば、崇拝用に我が持ち歩いている、あの人の写真でも見せてやろうではないか。すぐに思い出すはすだ」

「謹んでお断りする。ってか、持ち歩いてるの? 引くわー」


 そんな不毛な会話を繰り返しながら、ゲームは進んでいく。気づけば、怜と芽衣が残り数枚であがるというデッドヒート状態に突入していた。


「やっぱり、怜さんは強いわね。ぞくぞくしちゃう」

「それ、別に意味にも聞こえちゃうからやめてくれないかなぁ?」


 二人が勝負で燃え上がっている中、間に挟まれている新三郎が悲鳴を上げた。


「間にいる我の気持ちにもなって! プレッシャーが凄いんだよ、ココ」

「それは知ったこっちゃ無い」


 怜と芽衣のそろったコンビネーションに、新三郎は最早倒れてしまいたい気分だった。それを見た空音は空中で十字を切る。


「それにしても、面白くなってきたぞ! 芽衣、絶対倒してみせるからな!」

「望むところよ、かかってきなさい!」


***


「んー。資料整理とレポートまとめおーわりっと。久々に山ほど整理出来たなぁー」


 纏はそう言って背伸びをした。時計を見ると、軽く三時間はデスクワークに没頭していたらしい。


「やっぱり、音楽を聴いていると集中力は凄いなぁ。……って、あれ?」


 纏は、そう言いつつ奥のフリースペースに目を遣ると、怜・芽衣・新三郎・空音が机に突っ伏して寝ている姿があった。


「あらら、先生までこんなところまで寝ちゃってる。もう風邪引いちゃいますよ」


 纏は毛布を数枚持ってきて、四人にかけてあげる。


「もう……ババはこりごりだー……むにゃむにゃ」

「夢にまで出るババって……こりゃ、相当酷いものだったんだねー。では、皆おやすみなさいー」


 そういって、纏はフリースペースの電気を消した。


「さぁて、何か新着の依頼が入ってないか確認しないとなぁー」


 纏はそう言って、パソコンのメール画面を開くと、新規の依頼が一件入っていた。

 その依頼がまさかあんなことになろうとは、今の纏には知る由も無かったのであった。

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