レジナリーフ・フォレストライト



「悪いけど、それは出来ない。俺は騎士王になってアリエルと結婚する」


 ノーサンブリア公爵スヴェンは、ハッキリと断るウィルの言葉に驚いていた。

 傍流とは言え公爵家の娘との婚約を断ったこともさることながら、アリエルと結婚する、と言い切ったことに驚いたのだろう。


「なんと、いくらなんでもそれは夢を見すぎであろう」


 そして呆れたような顔で、諭すように言う。

 スヴェンの反応は当たり前のものだ。

 それほどにウィルとアリエルとの間には身分差がある。


「……それでも、そうすると決めた」


 ウィルはスヴェンの反応に、少し怯みを覚えた。

 自分の目標を他人から「そんな事は無理だ」と言われるのはツライことだ。

 それでもウィルは諦めてアリエルが別の誰かと結婚するのは嫌だと思ったのだ。

 その辛さに比べればこの程度のことで怯んではいられない。


「――まさか、本気なのか」


 真っ直ぐに見つめるウィルに、スヴェンは呆れから再び驚きの表情を浮かべる。

 そして今度は怯まないウィルの瞳を見て、大きくため息を吐いた。

 目を瞑り、何かを思い起こすようにして、笑った。


「弟子は師匠に似る、といったところか。ランスロット卿に良く似ている」

「爺ちゃんを知ってるの?」

「若い時分にランスロット卿が我が領地を訪れたことがある」


 今度はウィルが驚く番だった。

 ランスロットはアリエルの祖父に仕える前は各地を放浪していた騎士だとは聞いていたが、こんなところでもその名を聞くとは予想外であった。


「その時は私の父が領主をしていてな。まだ領内には父に従わない騎士が居たのだ。その騎士は父の妹姫をさらい自らの妻にしようとしていた。そこにランスロット卿が現れて妹姫、私の叔母を救ったのだ」


 どこかで聞いたような話である。

 サラの祖母であるエレインに聞いた話に近い。

 となると当然結末も予想できる。


「それにいたく感動した父と叔母はぜひ結婚して欲しい、とランスロット卿に頼み込んだ。しかしランスロット卿は決して首を縦には振らなかった。何故だか分かるかね?」

「遍歴を続けたかった、から?」


 エレインに聞いた話ではそうだった。

 彼女もまたランスロットと共に生きたかったが、ランスロットの心が自分に向いていないことに気づき、振り向いてもらうために子を身篭ろうとした、と。


 しかしスヴェンは小さく首を振った。


「そうではない。彼はコーンウォールの花と称された貴婦人、グウィネビア様を愛していたのだ」

「えっ、それって……」

「うむ、すでにその時グウィネビア様はアルトリウス様と婚約していたハズだ」


 アルトリウスはアリエルの祖父にあたる人物で、前コーンウォール公爵だ。

 つまりランスロットは、自らが仕える主の婚約者を愛していた、ということだ。


「もちろんランスロット卿もそのことは知っていた。それでもグウィネビア様への愛を貫くと言ったのだ。まさに騎士の鑑、精微の愛フィナモールとはかくあるべき、と感心したものだ」

 

 その言葉を聞いてウィルはティンタジェルの大会でのランスロットを思い出していた。

 ウィルを見極めるといった時のランスロットを。

 あの時は単純に円卓の騎士団の代表としてああ言ったのだと思っていた。

 しかし、この話を聞いてから思い出すと、もっと複雑な気持ちで言ったのだと思った。


 騎士としてのあり方で言えば、ウィルよりもランスロットの方が正しい。

 騎士にとって高貴な女性というのは敬い、愛するものではあるが、共に生きる相手ではない。

 

「……俺は爺ちゃんとは似てないよ」

「――本気でコーンウォール公爵と結婚する、と?」

「俺が結婚したいのはコーンウォール公爵じゃない。アリエルだ」


 そうウィルが望む相手は、コーンウォール公爵のアリエノール・ペンドラゴンではない。

 幼い日に、家族になろう、と言ってくれた少女アリエルなのだ。

 それを叶えるために騎士王になるのが必要ならなるし、爵位が必要なら手柄を立てる。

 その覚悟はもう決めているのだ。

 スヴェンの視線を真っ直ぐに受けて、見返す。


「ふむ、決意は固いようだな。これではレジナと婚約というわけにはいかんか」

 

 スヴェンはあっさりとそういうと隣のレジナリーフを見る。


「レジナ、彼が身内にならないのであれば、彼らに協力するのは私たちには益は少ない。それでも彼らを助けたいのかい?」


 問われたレジナリーフは小さくコクリと頷いた。


「じゃあ代わりにレジナが私の言うことを聞くかい?」

「……そうしたら、助けてくれる?」

「もちろんだ」

「分かった。助けてあげて」


 今度はウィルたちをまるで無視して二人で話を進めだした。

 スヴェンはレジナリーフの返答を聞くと満足気に微笑んだ。


「それではレジナ、明日彼らを試合に送り出す時にノーサンブリアに戻りなさい」

「――っ!」


 レジナリーフはその言葉にほんの少し悲しそうな顔した。

 しかし結局はコクリと頷いた。

 スヴェンはそんなレジナリーフに手を伸ばし、頭を優しく撫でた。


「私も決勝戦を見せてあげたかったが、おそらく決勝戦が終われば、その結果がどうあれ私たち公爵は身動きが取れなくなる。レジナを危険な目にあわせたくはないのだ。分かってくれるね?」

「…………分かった、ウチに帰る」


 しょんぼりしてそう言ったレジナリーフは席を立って部屋を出て行った。

 スヴェンは侍女に何かを言いつけている。

 おそらく脱出のための準備だろう。

 それが終わるのを待ってロジェが口を開いた。


「婚約は方便だった、というわけですか」


 確かに今のやりとりを見ると、ウィルをレジナリーフと婚約させようとしたのは話の布石で、最終的にはレジナリーフに言うことを聞かせるのが目的だったように思う。


「誤解があるようだ。確かに断られても構わない、と思っていたが、受けてくれたのならそのまま進めていたさ」

「それはあまりにも苦しいイイワケではありませんか? いくら名が高まってきたとはいえ、ウィリアム卿の身分ではレジナリーフ様と釣り合わない。まぁ、アリエノール様と比べれば、まだ希望が持てそうですが」


 チラリとこちらを見るロジェの視線にウィルは思わず顔をしかめる。

 スヴェンはそんなウィルたちを愉快そうに見ていた。


「ふむ、そうだな。貴公らはレジナを見て何歳だと思った?」

「えっと、十歳ぐらいじゃないの?」

「そう見えるだろう。レジナは今年で十七歳になるのだ」


 ウィルたちは一瞬レジナリーフの座っていた椅子を見てしまった。

 もちろんレジナリーフは既に退席しているのでそこには居ない。

 どれだけ必死に思い出しても、レジナリーフの容姿は幼く、それどころか言動すらも幼かったことしか思い出せない。

 スヴェンの言うことが本当ならその幼いレジナリーフはウィルよりも年上、ということになるのだ。

 

「信じられんのも無理はない。だがレジナはどうも先祖がえりのようでな、見た目もブリトン人というよりはダーナ人の血が色濃く出ているらしい」


 ダーナ人はかつてこの地に存在した人種で、ウィルやアリエルたちのようなブリトン人は、このダーナ人とピクト人との混血で生まれた、と言われている。

 神の末裔と言われる伝説の種族で、極めて容姿に優れ長命で、その姿はいつまでも若い姿を保ったままだと言われていた。


「私もダーナ人が神々の血を引くなどおとぎ話と思っておったが、な。だが実際にレジナの成長はとてもゆっくりで、十七年経ってもまだ五歳の幼子のようなのだ」

「……確かにそのご様子では、他家に嫁ぐのは心配でしょうな」


 ドゴージがため息をつきながら、しみじみと言った。

 娘を持つ身として共感できるのだろうか。

 ウィルがそんな事を思っていると、なぜかロジェに睨まれた。


「よほどの相手でもないと託すのは危険だろうな。身体の成長も遅く、おそらくまだ子を為すことも出来まい」

「なるほど、その点ウィリアム卿なら今回のことで大きな貸しを作れるわけですか」

「何よりレジナがあれほど懐いていたからな」

「……とてもそうは見えなかったですが」

「レジナはとても人見知りでな。家族以外がいると呼んだとしても同席することはないほどだ。いくら贔屓の騎士が来ているからといって食事を共にするとは思わなかった」

「それほどですか」


 そこまでの人見知りであるのなら、祖父相手とは言え、協力を要請するのはさぞ勇気のいることだっただろう。


「まぁ、どちらにしろ終わったことだ。とりあえずは身体を休めるが良い。今から動くよりも試合ギリギリ向かった方が奴らの手勢も減るだろう」


 スヴェンの言葉を聞いてロジェが口を挟む。


「それでしたら、なるべく派手な行列で送っていただけませんか?」

「――なぜだ? そんな事をしたら奴らに場所を教えるようなものだろう」

「むしろこちらから教えてやるのです。ただし多くの民衆の前で、ですが」

「なるほど、衆目を集めながら移動することで、民衆を味方につけるか」


 スヴェンの瞳に理解が浮かび、それにロジェが頷いた。

 ウィルにもようやく理解できた。

 ガイやウィンチェスター騎士団に隠れてアリエルたちの下に戻ろうとすると、隠れていることがあだになって秘密裏に襲われる危険性がある。

 そこで試合の当日に、その出場者であるウィルが観客たちに姿を晒して存在をアピールしながら移動することで手を出させないようにする、という作戦なのだ。

 

「若いが中々知恵の回る少女だな。さすがはライオスピア卿の紋章官といったところか」

「ロジェは騎士王の紋章官になるから、当然だよ」

「ふむ、そのためには貴公が騎士王になる必要があるわけだが……」


 スヴェンはそういって探るような視線をウィルに向ける。

 ウィルはその視線を真っ直ぐに受ける。

 戦うことに迷いはない。

 裏にどんな企みがあろうと、ガイを倒して騎士王になる。

 そしてアリエルの隣に立つ資格を得るのだ。


「……なるほど、意思は強そうだ。いいだろう、もし貴公がガイに勝利できるのなら、決勝の後もコーンウォール公爵に協力してやろう」

「いいの? ほっといても損しないんでしょ?」

「その通りだ。しかしエゼルバルドなんぞに囚われるのが業腹なのも事実。安全を取れば大人しくしているのが正解だが、それはそれで後々に影響もある。賭けにはなるが、レジナリーフの贔屓の騎士に賭けるのも悪くはない」


 そういったスヴェンの瞳を見たとき、ウィルはヨーク領主エイリークの顔を思い浮かべた。

 あの胡散臭い男とこの巌のような老人。

 共通点は少ないが、その瞳だけは良く似ていた。


                    ◇


 ウィルたちは一日スヴェンの屋敷に世話になって身体を休めた。

 その間、鴨のようにレジナリーフが後をついてくるので、遍歴の旅の話などを聞かせた。

 表情は相変わらずの無表情ながらも目をキラキラさせてウィルの話に聞き入っていた。

 スヴェンが協力してくれたのは彼女のおかげなので、話を聞かせるぐらいはお安い御用だった。


 そしてひと時の休息の後、ウィルの準決勝試合の日になった。

 火にまかれた火傷はだいぶ良くなったが、ガイに撃たれた肩の傷は完全に治っていない。

 それでも戦わないという選択肢はない。


 スヴェンは屋敷から試合場までの通りに伝令の兵を飛ばして、付近の住民に『誇りのない騎士ウィリアムが当家の屋敷から出発する』と触れ回った。

 もちろんこれを聞いたウィンチェスター騎士団の連中も慌ててスヴェンの屋敷に急行してきたが、その時には既に付近の住民や観客が多く集まって見物の列を成していた。

 彼らは群衆の後ろでこちらを見守ることしか出来ない。


 そしてウィルたちの後ろには、行列に紛れてレジナリーフの乗った馬車が密かに出発していった。

 ウィルたちがこうして注目を集めている間に、ウィンチェスターの街から脱出するのだ。

 馬車の小さな窓から白い少女が顔を出す。


 レジナリーフは無機質な表情で、真っ赤な瞳をウィルに向けてきた。

 ウィルはレジナリーフに向かって右手を上げる。

 するとレジナリーフは微かに笑みを浮かべた。

 本当に微かな表情の変化だが、嬉しそうにはにかんでいた。

 思わずウィルの顔にも笑みがこぼれる。


 馬車はウィルたちに背を向けて、街の外へと向かって走っていく。

 反対にウィルたちは試合場に向かってゆっくりと馬を進める。

 騎乗した状態で群衆に手を振り、応えながら進んでいく。

 まるで凱旋パレードのような有様だ。


 じくり、と身体の内側から針で刺されたような痛みが走る。

 ウィルはそれを表情に出さないように、歯を食いしばる。


 ボルトが突き刺さったのだ、治療したとは言え、一日で治るものではない。

 それでもまだ、腕はなんとか動く。

 動くのなら戦える。


 試合場の門をくぐるとウィルたちコーンウォール陣営の控えのテントが立っていた。

 老騎士たちはウィルたちが戻るのを信じて、準備をしてくれていたようだ。

 ランスロットとガウェインがウィルに駆け寄る。


「ウィル、間に合ったか」


 二人はウィルたちに何かあったのは察していたようだ。

 ウィルとロジェを見て安堵し、その後ろにいるドゴージを見て、不審な表情を浮かべる。

 しかし何も言わず、ガウェインは馬を引き、ランスロットはウィルの着替えを手伝う。

 ウィルも余分なことを言わずにすぐ服を脱いで、鎧下ダブレットを着る。

 その時に、肩に巻かれた包帯があらわになる。

 ランスロットが顔をしかめた。


「色々聞きたいことはあるが、もう試合が始まる。やれるのか?」


 ウィルはあえて力強く頷いた。


「もちろん、やれるよ。俺は騎士王にならなきゃいけないんだ」

「……分かった。勝ってこい!」


 ランスロットは鎧を装着させると甲冑の上からウィルの背を叩く。

 ウィルはその勢いに押されるようにテントから出た。

 テントの外には馬に飾り布を装着させて待っていたガウェインがいる。


「俺が若い頃には……」

「こんなピンチが日常だった、でしょ?」


 ウィルがガウェインの言葉を遮ると、ガウェインは目を丸くする。

 そして大口開けて笑い出した。


「がっはっはっ、分かってんならいい。思いっきりやってこい!」

「勝つよ。まだ準決勝だ、相手だってガイじゃない」

「いいよるわい。姫様を安心させてやれ」


 ウィルは係官に急かされて試合場へと入っていく。

 入場門をくぐると大音声の歓声が響き渡った。

 ウィルはキョロキョロと視線を彷徨わせてアリエルをさがす。


 アリエルは貴賓席にサラと一緒に居た。

 そしてその横には驚愕の表情を浮かべるガイがいた。

 ガイの準決勝は明日のはずなので観戦にでも来たのだろう。

 何か言われたのだろうか、サラは泣きそうな表情でウィルを見ている。

 

 アリエルは横にいるガイには目もくれず、ウィルの方を見ていた。

 その表情は、いつも通りで小さな微笑を浮かべている。

 ウィルは身体の芯が熱くなるのを感じる。

 信じて待つ主のために勝利を捧げる。

 騎士にとってこれほど気合の入るシチュエーションはない。


 開始の合図と同時に走り出す。


 ウィルは槍を高々と掲げて、そのまま相手に槍を向ける。


 相手の騎士は確かウィンチェスター騎士団に所属する騎士だったはずだ。


 昨日の内に相手騎士の情報はロジェから聞いた。


 だが今はそのことは頭から消えていた。


 手に持つ槍を捻りながら引く。


 そして眼前に迫る相手の槍を盾で大きく弾く。


 自在盾で軽くいなせたのだが、あえて大きく振って弾いた。


 相手騎士は槍を弾かれて、兜が無防備になった。


 ウィルは渾身の力を込めて螺旋槍を放つ。


 回転の加わった穂先がすくいあげるように相手の兜に命中した。


 ウィルの槍が粉々に砕け散り、相手の兜は高々と飛んでいった。


 放物線を描いた兜はそのまま貴賓席の方向へと飛ぶ。


 そしてガイの横をかすめて貴賓席に落ちた。


 ウィルは相手騎士とすれ違い様に、ガイに向けて砕けた槍先を向けた。

 

 最初はざわめいていた観客達も、ウィルの槍が向いた先にいるのがガイだと気づくと歓声を上げ始める。

 観客たちは口々にガイの名とウィルの名を連呼する。


 ガイは憎々しげにウィルを睨んでいた。

 

 

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