大紋章《アチーブメント》



 ウィルはティンタジェル城の執務室でアリエルを見ていた。

 アリエルは椅子に座り執務机の上にある羊皮紙を眺めている。

 部屋の中には紋章官であるロジェだけでなく老騎士のランスロットやガウェイン、そして修練士サラもいる。いつもの面々だ。


 狭い室内にぺらりぺらりと羊皮紙をめくる音が響く。

 それらはすべてウィルがこの遍歴の旅エラントで各地の大会に出て手に入れた代紋章のパーツの所有証明証だ。


 大司教座カンタベリーの『守護獣サポーター』「獅子と一角獣」。

 王都ロンドンの『ヘルム』「密閉型の兜クローズド・ヘルメット」。

 要塞都市ヨークの『外套マントル』「紅白リボンに弓模様」。

 古城都市ティンタジェルの『兜飾りクレスト』「翼を広げた白鷹」。

 

 それぞれの羊皮紙にはウィルが手に入れた大紋章のパーツが描かれている。


 実は大紋章としてはこれで完成している。

 残りのパーツである『台座コンパーメント』はその名の通りに紋章を支える台座の部分で、パーツとしては単なる飾りである。

 他のパーツが毎年褒賞をもらえる権利だったり、領地の所有権をあらわすのと違い台座コンパーメントは単純にその騎士がどこの出身かを示すだけだ。

 

 そして『巻物スクロール』はその台座コンパーメントの前面につけられた誇りモットーを書き込む場所なので台座コンパーメントをつけたときに自動的に付けることになる。


 そのため、『台座コンパーメント』と『巻物スクロール』に関しては、四つのパーツを集めた時点で、その騎士の封建主人が下賜することになっているのだ。


 ウィルがこの執務室に呼ばれたのもまさに台座コンパーメントを下賜する内示を与えて、巻物スクロールに記すべき誇りモットーを確認するためなのだ。


 アリエルはすべての羊皮紙に目を通すと、それぞれにコーンウォールの印章を押した。

 すると今度は別の羊皮紙を執務机の引き出しから取り出す。

 それには盾紋が描かれておりその羊皮紙にも印章を押して、それをウィルに見せる。


「ウィリアム・ライオスピア卿、貴殿をコーンウォール領タンカーヴィル村の領主に任命し、男爵位を授ける。……これでウィルも男爵ね!」


 厳かな口調は最初だけで、後はいつもの口調であっさりと羊皮紙を渡してくる。

 大紋章を持つ者がただの騎士では体裁が悪い、それにウィルは各地の大会で優勝しコーンウォールの騎士の名を高めた。

 それらの功績を持って貴族として叙爵されたのだ。


「なんか軽いなぁ。ありがたみがないんだけど」

「いいのいいの、どうせ後で面倒な謁見して渡すんだから。堅苦しいのはそのときに存分とやるわ。それより領地の説明するわよ。タンカーヴィル村は最近になって復興が進んできた村のひとつね。みんなの努力のおかげで他にも復興してきた村は多いわ」

「以前の領主は本当にいないの?」


 ロジェの疑問にアリエルは悲しげに首を振った。


「疫病で亡くなったわ。そういう領地多いのよ。いままでは伯爵とか子爵が掛け持ちで見ていたけどね。まぁ見ていたといっても代官がちゃんといるから、やることはほとんどないわ。年度毎に税収のチェックするぐらいね」

「それで随分と簡単にウィルを男爵に出来たわけね」

「まぁ、言うほど簡単でもないんだけど。ウィルはキチンとコーンウォールに貢献してるしね。ティンタジェルの紋章試合が成功したのはウィルのネームバリューのおかげだったし。何より王都の紋章試合で優勝して王子のエルフリード様と友好を結んだのが大きいわ」


 壮年の貴族が疫病によってかなり病没してしまったコーンウォールは、領主の不足だけでなく王都との繋がりの希薄化も招いた。

 王都と繋がりを持つような経験豊富な貴族というのは、当然そこそこの年齢なのだ。

 そしていまコーンウォールは疫病によってその一番脂の乗ったそこそこの年齢の経験豊富な貴族がいない。老人と若者ばかりなのだ。


 そんな事もあって第五王子とは言え、直系の王族と友誼を結んだウィルの存在はコーンウォールにとって非常に貴重で、アリエルが贔屓しなくても貴族にすることに反対する者がほとんどいなかった。


 アリエルとロジェが楽しそうに会話するのをウィルは右から左に聞き流していた。

 ウィルには政治のことはよく分からない。

 今後はこういうことも学び、慣れていかなければならないのだろう。

 正直、それを考えると気が重い。

 槍を持って戦っている方がどれほど楽か。

 しかしアリエルの隣に立つには必要なことだろう。

 

 ウィルはため息をつきつつ渡された羊皮紙を見る。


 そこには盾形の図柄の中に斜めに描かれた一本の槍、そしてそれを口で咥えるようにしている獅子の顔が描かれていた。

 槍の先には細長い旗が付けられており、そこには「翼を広げた一頭の赤竜」が小さく描かれていた。


「それが貴族としてアンタの紋章よ」


 顔を上げると得意げな顔をしてこちらを見るロジェの顔があった。

 アリエルの方を見るとニッコリ笑って頷いた。


「ロジェにお願いして作ってもらったの。仄めかしの紋章アリューシヴ・アームズっていうらしいわね。ウィルの家名にちなんだそうよ」


 そう言われてウィルは納得する。

 ライオスピアだから、槍と獅子なのだろう。


「槍のところに旗が付いているでしょ? そこに描かれている赤竜はコーンウォール家の紋章、つまりアリエルの紋章ね。加増紋オーギュメンテーションっていって主人から臣下へ渡される親愛の印、みたいなものね。もちろん年間いくらかの褒賞もあるわ」


 ロジェが説明する間もアリエルはずっとニコニコしていた。

 自分の紋章をウィルの紋章に加えることが出来て嬉しいようだ。


 アリエルは今度は何も書かれていない羊皮紙を取り出してロジェに渡す。

 ロジェは羊皮紙を受け取ると、ペンにインクをつけて、さらさらと紋章を描きだす。


 中央に盾紋コート・オブ・アームズ「一本の槍と獅子の顔」を描き、その両サイドに守護獣サポーター「獅子と一角獣」が二本足で立ち上がり盾紋に前脚をかけているようにして描かれる。

 そして盾紋の上にウィルのつけている「密閉型の兜クローズド・ヘルム」の図柄を描き、その兜の後方からふわりと広がるように「紅白リボンに弓模様」の外套マントルを描く。

 外套マントルヘルムに止めるように兜の頭頂部に白鷹の兜飾りクレストを描くと、それらの紋章の下に伝統的なケルト模様が垂れ下がって台座コンパーメントを為している。

 ケルト模様は半円を斜め左上と右上、そして下から重ねたヴェシカパイシーズというリングが三方から絡まったような模様だ。

 これはコーンウォールに伝わる伝統的なもので調和を表す呪術的な模様だ。

 

 そしてケルト模様の上に巻物スクロールを描く。

 巻物スクロールにはまだ何の誇りモットーも書き込まれていない。


「はい、これがアンタの大紋章アチーブメントよ」

 

 差し出されて羊皮紙をウィルは受け取る。

 たった今目の前で描いたとは思えないほど精緻で見事なものだ。

 線の歪みや大きさの不揃いもない。

 ロジェの紋章官としての実力の高さをうかがわせる。


 羊皮紙を受け取ったウィルは、何とも言えない達成感に包まれていた。

 遂に大紋章を手に入れた。

 『大紋章試合グランド・マスター・リーグ』への出場資格を手に入れたのだ。


 ずっとニコニコ笑っていたアリエルが、ふと真剣な表情を浮かべる。


「……ウィル、それで誇りモットーなんだけど」


 もともと静かだった室内に、更なる静寂がおりる。

 ロジェやサラがごくり、と息を飲みウィルの言葉に集中している。

 ランスロットやガウェインも興味深そうにウィルを見る。


 ウィルはしばらく目を瞑り、自らの心に問いかける。

 無難な誇りモットーならいくつか思いついている。

 騎士だった父親や、老騎士たちに憧れて騎士になったのだ。

 『皆を守る』とか『弱き者のために戦う』とか、いかにも騎士が誇りモットーにしそうな言葉はある。

 しかしそれらはどれもウィルの心の上滑りしてしっくりこない。


 誇りモットーは自己申告の己の生き様だ。

 誰かが善悪や正誤を判定するものではない。

 だからこそ、ウィルは納得できない誇りモットーを掲げたくはない。


 ウィルの脳裏に浮かぶのは、いい加減な誇りモットーを掲げて見苦しく負けた三馬鹿騎士の姿。

 そして様々な誇りモットーを持ち、ウィルに挑んできた強敵たちの姿だ。

 

 そうした姿を思い浮かべて、ウィルは決断をくだした。


「アリエル、巻物スクロールには何も書かないで欲しい」


 ウィルの言葉に執務室にいる全員が言葉を失った。

 ロジェだけはすぐに衝撃から立ち直りウィルを睨みつける。


「アンタこの後に及んで!」


 ウィルは怒鳴り出そうとしているロジェを手で制す。


「俺は、最初は見習いだったから誇りモットーがなかった。その後、騎士叙勲を受けたけど、エゼルバルドのせいで急に受けることになったから宣言できる誇りモットーがなかった。だからロジェがそれを逆手にとって『誇りモットーのない騎士』として戦った」

「……な、何よ、いまさら昔話?」

「これは俺たちが騎士王になるために『誇りのない騎士』として始めた戦いだ。だから最後まで『誇りのない騎士』として戦いたいんだ」

「で、でもそれじゃあ大紋章試合グランド・マスター・リーグでも誇りモットーがない状態で戦うことになるよ」


 サラが悲痛な声を上げる。

 大紋章試合グランド・マスター・リーグに出場する選手は有名で実力のある騎士のみになる。

 だからこそ騎士の紹介はじっくりと時間をかけてお披露目される。

 当然、そこではその騎士の来歴だけでなく誇りモットーとそれに伴った活動を紹介されるのだ。

 

 その晴れの舞台で『誇りモットーがない』と紹介されることが、どれほどの屈辱になるのか、それをサラは心配しているのだ。

 そしてロジェもまた複雑な表情でウィルを見ていた。

 『誇りのない騎士』としてウィルを有名にしたことに責任を感じているのだろう。


「大丈夫、誇りモットーがないって言われることは気にしてないよ、事実だしね。むしろ俺は『誇りのない騎士』として戦ってきたことに誇りを持っているんだ。だからこそ、ガイを倒すまでは『誇りのない騎士』として戦いたい」

「……ウィル」


 ロジェは思わず、といった感じにウィルの名を呟く。

 ウィルはまっすぐにアリエルの目を見る。


「だから、アリエル。巻物スクロールは騎士王になるまで空白にしておいて欲しい。大紋章試合グランド・マスター・リーグで優勝して、騎士王になった時。そのときに思い浮かんだ言葉を俺の誇りモットーとするよ」


 アリエルはウィルの強い視線を受けて、静かに目を閉じる。

 そして大きく息を吐いた。


「……分かったわ。ウィルがそう言うならそうしましょう。騎士王になったときに、世界最高の騎士である私のウィルが、どんな誇りモットーを胸に抱いているか教えてちょうだい」 

「はぁ、アンタらしいって言えばらしいのかしらね。まぁ、でもアンタが『誇りのない騎士』として騎士王になってくれるのならこれほど痛快なことはないわね! ガイだけじゃなくてロビンの鼻もあかせるわ!」


 ロジェは呆れたような顔をしているが、声はどことなく嬉しそうだ。

 自分の考えた『誇りのない騎士』という設定をウィルが大事にしていると分かったからだろう。


 ウィルは長いようで短かった遍歴の旅エラントを思い返す。

 

 ただ幼馴染の女公爵アリエルを守るだけの見習い騎士だったウィル。

 それが紋章官ロジェと出会い、『誇りのない騎士』として正式に紋章試合デビュー。

 大司教座カンタベリーで修練士サラの為に戦い名誉を守り。

 王都ロンドンで第五王子エルと戦い友誼を結んだ。

 要塞都市ヨークでは巨人の国で英雄ゴームと戦って認められ。

 古城都市ティンタジェルで円卓の老騎士たちに勝利して新技を手に入れた。


 いよいよ『誇りのない騎士』として闘技都市ウィンチェスターで、大紋章試合グランド・マスター・リーグで戦う。

 騎士王まであと少し、旅の終わりは近い。

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