ヨーク領主エイリーク・ブラッダ

「いやぁ、こんな辺鄙でむさ苦しい街へよくお越しくださいました!」


 目の前で満面の笑みを浮かべる男にウィルは自然と顔をしかめる。

 ぼさぼさのくすんだ金髪、眠そうな垂れ目、一度も戦ったことのなさそう細身の身体。

 自らをヨーク領主エイリーク・ブラッダと名乗った男だ。


 ここはヨークの街にある城の一室、おそらくは応接室だろう。 

 巨人たちの撃退を見てから馬車に戻ると城からの使いを名乗る騎士がおり、そのままこの部屋に通されたのだ。

 今この部屋には、やや困惑した表情のアリエル、戸惑っているサラ、露骨に顔をしかめるロジェ、いつも通りのランスロット、そして驚いているウィルがいる。

 目の前に居るのは胡散臭い領主エイリークと真紅の騎士服に身を包んだ寡黙な騎士だ。


 この騎士服は『赤弓騎士団』が着ていたものと同じだ。

 何より目立つ特徴はその身長の高さだろう。

 この部屋にいる誰よりも背が高い。

 アリエルたち女性陣は元より、ランスロットやエイリークなどの平均的な身長よりも高いぐらいなのだ。

 ちなみにウィルは平均よりもかなり小さい。


 騎士は黒くつややかな髪を背中まで伸ばして首の後ろで縛っている。

 男性にしては珍しいが、それでも願掛けなどで髪を伸ばす騎士はいなくはない。

 長身のせいかやや華奢に見える体躯だが、その隙のない立ち姿からエイリークとは違い戦場出ている騎士独特の凄味を感じる。

 ウィルがランスロットに感じる感覚だ。


 眼光は鋭くこちらを見ているが、別に睨みつけているわけではないようだ。

 だが警戒はされているのかもしれない。


「ではアリエノール様は『赤弓杯』にウィリアム卿を出場させるためにヨークに?」

「ええ、歴史ある『赤弓杯』に出場するのは騎士にとって栄誉あることですので」

「ははは、無駄に古いだけの粗暴な大会ですがね」


 ウィルはエイリークの言葉に顔をしかめた。

 これがどうもこの男が胡散臭いと思う理由だ。

 自分が治めている街をやたらと卑下する。

 コーンウォールを誇りに思うアリエルとは大違いだ。


「……エイリーク殿、謙遜も過ぎると聞き苦しいですよ?」

「いやぁ、申し訳ない。アリエノール様はご存知ないのかもしれませんが、ヨーク領主ってのはここらじゃ左遷と同義でしてね。どうしても誇ることが出来ないんですわ」

「左遷? 要塞都市の領主が、ですか?」

「要塞都市だからこそ、ですよ。常に略奪と襲撃を受けるから税収はカツカツ、戦闘はあっても防衛戦だから勝っても旨味は無い。攻め込もうにも巨人の住処は遥か北の彼方」

「……それは……」

「ね? 貴族にとっちゃこれは左遷人事ですよ。騎士たちにとっては武功の立て放題でいいのでしょうがね。領主にとっちゃそれすらも負担です」

「エイリーク様、だから私が……」

「ああ、シグルズ君。何度も言うけど、ダメ。キミが良くても俺が部下に満足に報酬も払わないと思われる。キミの給料を減らすつもりはない」


 へらへらと笑うエイリークに傍らに控える騎士シグルズが口を挟む。

 しかしエイリークはここだけはきっぱりとシグルズに反論した。

 おそらくは彼こそが最も武功を立ててエイリークの財布を苦しめているのだろう。


 これが領地と領地の戦争であれば略奪あるいは領地の接収による税収増加という旨味がある。しかし相手は海を越えて現れる強盗だ。

 いくら撃退しても手に入るものはほとんどない。

 せいぜい生かして捕らえた巨人を奴隷にするぐらいだ。


 かといって負ければ略奪されるので勝たねばならない。

 そして勝てばそれだけ活躍した騎士に報いる必要がある。

 騎士の忠誠とは主君に対する無償奉仕ではない、封建的主従契約なのだ。

 

 封建的主従契約とは土地などの『封』を報酬とした相互契約だ。

 主人となる貴族は従者となる貴族に対して『軍役奉仕』を要求する代わりに『封』と呼ばれる対価、土地であったり金銭であったりを与える契約なのだ。

 だから騎士シグルズが巨人討伐という戦果を上げている以上は領主エイリークにはそれに対して金銭ないしは土地でもって報いる必要がある。


 これは戦乱の時代や、明確に争っている隣国がある場合は問題がない。

 軍役とは戦争への参加であるし、戦果とは土地の占領に等しいからだ。

 切り取った土地を与えるなり、奪い取った金銭から払ってやればいい。

 軍事力の行使の結果が常に富を生む。


 しかし防衛戦となると悲惨だ。

 いくら軍事力を行使してもそれに見合う富は生まれない。

 それでも軍事力の行使にコストはかかり、それは払い続けなければならない。

 そしてそれがいつまで続くかは相手次第なのだ。

 確かにこれでは領主として左遷の地と言われても仕方がない。


「それでもこの地は彼らが命がけで護る街。貶めるべきではないのでは?」

「――そうかもしれませんねぇ。はっはっはっ」

 

 エイリークはアリエルの言葉に一瞬驚いたようだが、すぐにへらりと誤魔化すように笑った。

 その表情にウィルたちだけでなく、シグルズという騎士までも顔をしかめた。


「なんだいシグルズまでそんな顔して。まぁいいや、ではアリエノール様たちは大会まで城内でお過ごしください。来客なんて滅多にないんでキレイなもんですよ?」

「お心遣い感謝します。お世話になりますわ」

「気にしないでください、というよりむしろあんまり城から出ないでいただけるとありがたいですね。街は巨人奴隷もいますし、危ないですから」

「あれほど心強い赤弓騎士団の皆さんが守護する街ですもの、危ないことなんてないと思いますが」

「いやぁ、そういうんじゃなくて、面倒なんで大人しくしてて欲しいんですが……」

「なるほど、では可能な限りそういたしますわ」

「……いや、絶対大人しくしてるつもりないでしょ? まいったなぁ」


 エイリークの言葉にアリエルは無邪気な笑みで応える。

 アリエルは一度決めたら頑固なのだ、危ないからと城で大人しくしているような令嬢だったらこんな戦闘の多い街まで来たりはしない。


「『亡国の花』なんて言われているからもっと大人しい方かと思ってましたよ。むしろ『亡国の鷹』ですね」

「あら、いいですね、それ。私も花よりも鷹の方が好きですから」


 そういってアリエルが笑うとエイリークは苦笑いして、降参とばかりに両手をあげる。


「とりあえずは迎賓館の好きなところを使ってください。今は誰も滞在してませんし、今後もその予定はありませんので」

「あら、赤弓杯に参加する騎士が集まるのでは?」

「迎賓館に泊めるような上等な騎士なんてきやしませんよ。馬小屋かテントで充分な連中ばかりです」


 エイリークはおどけた調子で言った後に、一転して表情を鋭くする。


「……その分、荒っぽい連中が多いです。大会中は怪我人はおろか死人も出ます、覚悟しておいてください」


 脅すでもなく淡々と言われたその言葉に、ウィルは気が引き締まる思いがした。


                    ◇


 ウィルたちが案内されたのは、先ほどの応接室がある主館とは別の建物だ。

 主館よりも一回り小さい造りだが、中に入ると内装に力を入れているのが良くわかる。

 迎賓館は真四角の建物だが中央部分は中庭になっていて、ちょうど『ロ』のような形になっている。四角のそれぞれの頂点部分が大きな部屋となって膨らんでいて、そこがダンスホールや食堂になっていた。


 一階部分は厨房やトイレ、使用人の部屋があった。

 二階は貴賓室で、貴族や騎士たちが泊まる部屋がたくさんあった。

 自由に使っていいと言われているので、一人一部屋を使うことも可能だ。

 しかし、そんな事をしても不便になるだけなので、老侍女たちは一階の使用人室、アリエルは貴賓室を一人で使い、ロジェとサラは二人で一部屋、ウィルと老騎士たちは三人一部屋でアリエルたちの左右の部屋に控えることになった。


 荷物の運び込みのためにアリエルが泊まる部屋に入ると、確かにキレイだった。

 天蓋付きのベッドに掘り込まれた模様や、目隠し布などは新品同然で使われたことによる劣化がまるで見られない。

 

 部屋の隅には衣服や貴重品をいれる宝箱があるが、これもかなりの大きさな上に金属製のその箱の表面はピカピカで新品同然だ。

 これはチェストや長持とも呼ばれる木製あるいは鉄製の長方形の箱だ。

 宿屋などの宿泊施設にも置いてある貴重品入れで、鍵をかけることが出来るのだ。

 

 普通は木製の場合が多いのだが、さすがに城の客室ともなると鉄製の丈夫なもので、複雑な彫り物がされた立派な造りになっている。


「ティンタジェル城の客室よりも広いわね」

「あの城は古いですからねぇ」


 悔しそうなアリエルの言葉に老侍女の一人が笑って答える。

 ぐるりを部屋を見渡せば隅の方には人が入れるぐらいの大きな木の桶があった。

 あれにお湯を張って室内で湯浴みをするのだろう。


 ウィルが物珍しげに室内を見回している間にも老侍女たちはテキパキと馬車の荷物を部屋の中に運び込んでいる。

 しかし老侍女エマが宝箱を開けようとした時、ガァン、と大きな音が響いた。

 開けようとしていたエマはびっくりした様子でへたり込んでいる。


「なにやっとるんじゃ、大丈夫か?」

「え、ええ、途中まで開いたんだけど、急に凄い勢いで閉まっちゃって」

「鍵は開いておるんだよな?」

「あんまりにも使ってないから錆び付いておるんじゃろう」


 騒ぎを聞きつけて集まって来た老騎士たちが宝箱を囲みはじめる。

 四人がかりで箱を掴むと一斉に蓋を持ち上げた。

 その途端、蓋が内側から勢いよく開いて、大きくて黒いナニかが部屋に飛び出した。


 そのナニかはまっすぐウィルに向かって突っ込んできた。

 ウィルは咄嗟に手を交差してナニかを押さえ込もうとした。


「――巨人?」


 押さえ込んだソレは巨体の人型だった。

 先ほど海岸で見た蛮族、ブリガンテス族に良く似ていた。

 ただし、その巨体は海岸で見たものよりも小さかった。

 それでも普通の人間より遥かに大きい。


 赤味がかった髪、太い腕、顔の彫も深いが、目はつぶらだった。

 どうも巨人の子供のようだ。

 巨人はウィルを押しのけようとしつつも、おどおどと周りを見回している。


「良くやったウィル! そのまま押さえ込んどけ」

「――っ!」


 大柄な老騎士の言葉を聞いて巨人の身体がこわばった。

 そのことにウィルは疑問を抱く、巨人は言葉が通じないと言われていたからだ。

 しかしすぐにそんな疑問も吹き飛ぶ。

 巨人が近づく老騎士たちに怯えて、徐々に力を増してきたからだ。

 既に全力で押さえ込んでいるのに、これ以上の力を出されたら跳ね除けられてしまう。


「ウワアァァッ!」


 そんなウィルの焦りも知らず巨人は、やや甲高い大声を上げて押してきた。

 技術も何もない駄々っ子のような動き、しかしそこにこめられた力は規格外だ。

 最初に感じたのは腕への衝撃ではなく、足が地面から離れる浮遊感だった。


「ぐぅっ! かはっ」


 気がつけば大きく吹き飛ばされて部屋の壁にぶつかっていた。

 とんでもない怪力だ。

 ウィルは小柄であまり力も強い方ではない。

 それでもここまで簡単に吹っ飛ばされたのは初めてだ。


「ウィルっ!」

「――ア、アアウ」


 アリエルの心配そうな声と、戸惑うような巨人の声が聞こえた。

 巨人は倒れたウィルと部屋の窓とを交互に迷うように見ている。

 入り口は老騎士たちが固めているので逃げるなら窓から逃げるしかない、しかし巨人は吹っ飛んだウィルの方を見ておろおろしている。

 心配しているのだろうか。

 随分と巨人らしくないように思えた。


「まったく、なーにしとるんじゃ」

「ウィルもまだまだじゃな」


 大柄な老騎士と小柄の老騎士が軽い口調で巨人の子供を挟むように立ち塞がった。

 巨人の子供は怯えて目の前にいる方の大柄な老騎士に腕を振るう。

 何の技術もない稚拙な攻撃だ、しかしそこにはとんでもない力がこめられている。


「ほれほれほれっと」


 だが老騎士にはその攻撃はかすりもしない。

 老騎士は大きな体格をしているが、意外にも素早い動きで機敏に避ける。

 でたらめに振るわれる腕を、すべて紙一重で避けていた。


「ウワァァァァ!」


 当たらないことでムキになった巨人の子供がさらにめちゃくちゃに腕を振り回した。

 大柄な老騎士はその腕を容易く掴むとそのまま力比べするような体勢でふんばった。

 

「ふんっ、お、おお、とんでもない力じゃな!」


 額に青筋を浮かせてウィルを吹き飛ばした力を受け止めている。

 まだ組んだばかりだが、既に腕は震えて身体はじりじりと後退している。


「ほい、ご苦労さん」


 巨人の子供と大柄な老騎士が力比べをしている隙に、小柄な老騎士は巨人の子供の背後に忍び寄っていた。

 そして、背後から膝の後ろを蹴りぬいた。

 間接を壊すような激しい蹴りではなく、タイミングよく放った一撃だ。

 かくん、と巨人の子供の膝が曲がりあっさりバランスを崩す。

 それを見逃さず大柄な老騎士が力比べの体勢から腕の関節を極め、一気に床に押し倒した。

 小柄な老騎士はゆっくりと腰の剣を抜いて巨人の子供の首筋に剣を当てる。


「まったく老人を働かせるんじゃないわい」


 巨人の子供はまだ暴れようとしたが、がっちりと極められた腕が動かず、目の前に剣があることに気づくとみるみる顔を青くして大人しくなった。

 

「いてて、油断した」

「大丈夫ですか?」

「まったく情けないわね」


 ウィルの元にはアリエルだけでなく、サラやロジェも近づいてきた。

 心配してくれるのは嬉しいのだが、そもそも心配をかけた、ということが気恥ずかしい。

 かえってロジェの罵倒がありがたいくらいだった。

 

 取り押さえられている巨人を見るとプルプルと震えて怯えている。

 この姿はどうしても先ほどの荒々しい巨人たちと重ならない。

 アリエルもあまりの怯えように思案顔だ。


「姫様、とりあえず騎士団の連中に預けますかな?」

「うーん、それが筋なんだろうけど……」

「なんだか、可哀想ですよ。いくら異教徒でも奴隷なんて」


 巨人はサラの言った『奴隷』という言葉に反応してびくりと身体を震わせる。

 そして目に涙を浮かべてアリエルの方を見た。


「タ、タス、ケテ……」

「しゃ、しゃべった!」


 巨人の拙い言葉にロジェが驚く。

 いや、ロジェだけでなく、この場にいた全員が驚いた。

 巨人はよくわからない言葉を話し、いきなり街を襲ってくる蛮族。

 そう言われているのだ、そして事実、巨人奴隷たちはこちらの言葉が分からない。

 しかし目の前の巨人は拙いながらもブリトニアの言葉をしゃべっていた。


「オレ、ロロ。首長ノ子供、ガムレ帰リタイ」

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