第8話 襲撃


「さて、じゃあ名乗ってもらおうじゃねぇか」


 人気のない裏路地でラシードは私を鋭く睨みつけてくる。

 昼食を取ったあと、ラシードと共に人通りの少ない方へと歩いてきた。

 ここら辺はさまざまな職人の工房が密集している区画で、建物の中から聞こえる機織り機のリズミカルな音や、鍛冶屋が振るうハンマーの音が昼でも薄暗い路地に響いている。

 気分的には不良に呼び出された体育館裏だが。

 けれどまぁ名乗らないわけにもいかないか。

 私はファイルーズ族壊滅の真相を知りたい。

 そのための有力な手がかりは、目の前の男の封じられた記憶にあるのだ。

 『記憶の封印』を博打に似た術に頼らず解くというのは難題だ。私が当てにしているのは、王城にいる変人の魔法医。こと記憶に関する分野には変態的な執着を見せる変態として定評がある。うん、一歩間違わなくても危険人物だ。

 いや、変態だろうが何だろうが頼りにはなるんだよ、嘘じゃなく。

 とにかくラシードを王城に連れて行かねば。

 そのために自分の正体を明らかにしようと思う。

 もちろん、正体を知ったラシードがますます警戒する可能性もあるとは分かってる。けど「王城にカモン」とか言ったところで「だが断る」と言われるのは目に見えてるし。

いちかばちかだ。しょうがない。


「私はディアネイラ・アシュタルト。ルキフェル魔王に忠誠を捧げる魔神十三家門が一、アシュタルト公爵家当主にして、ルキフェル王国軍元帥を拝命してる」

「……へぇ、そいつがホントなら随分な大物だ。辺境にまで名の轟く『殲滅の女公爵』じゃねぇか」


 ラシードは首に手をあて、ごきりと鳴らした。

 空色の瞳は見たこともないくらい澄み切って冷徹な薄青をしている。


「お前があの場に居合わせたのは本当に偶然か? 俺は今日、王都にたどりついたばかりだったってのに、喧嘩にしゃしゃり出てきたのがお忍び中の大貴族だってのは、ちょいとばかし出来すぎてるぜ」

「いや、偶然にしてはそろいすぎだな、とは私も思ったけど……」


 本当にたまたま居合わせただけなんだから、しょうがない。

 偶然とは、得てして信じがたい巡り合わせをもたらすものである。


「俺はな、この国の魔王を疑ってんだ。俺たちファイルーズ族を壊滅させるほどの強さを持つのは、魔王級の魔神しかいない」

「ゼノは悪趣味な遊戯なんてしない」

「ゼノ……? ああ、ゼノビオス・ルキフェルのことか。魔王陛下を愛称で呼ぶとは、ずいぶんと親しげじゃねぇか? 恋人か?」

「幼なじみだよ」


 その時、首筋がちりつくような不穏な気配がした。

 瞬時に振り返ると、炎の矢がこちらへと突っ込んできている。

 ……発動時の魔力集結に気づかなかった? そんな馬鹿な。こんな強力な魔法を欠片も察知できないなんておかしすぎる。

 急いで避け……いや、回避すると後ろのラシードに当たるかもしれない。

 その一瞬の迷いが決定的だった。

 危機下における強制解除で全ての枷を外し、瞬間的に魔力で防壁を練り上げたものの、炎の矢が持つエネルギーを削りきることが出来なかった。


「……ぐぁっ!」


 左手に感じる灼熱の痛み。

 防御陣を張るために突き出した左の手のひらはひどい火傷を負った。

 あまりの痛みに冷や汗が吹き出るが、体が戦闘モードに入ったのか敵の方へと意識が集中していく。魔神の体にアドレナリンが分泌されるのかは分からないが、戦闘中に出るやばいホルモンが上昇して痛みを相殺するのが実感できた。これがバーサーカーの原理か。


「よく防いだのう。さすがはルキフェル王国魔王の腹心といったところじゃな」

「………………女の子?」


 意外なことに、襲撃犯は可憐な少女の姿をしていた。

 私よりも低い背丈に、華奢な体つき。ゆるくウェーブのかかった長い髪はルビーを溶かして造り上げたような鮮やかな真紅だ。なめらかな褐色の肌と勝ち気そうな紫水晶の瞳が印象的で、アラビアンな姫君の衣装がよく似合いそうな美しい顔立ちをしている。


「ぬっ、子供扱いするでない。余はおぬしよりだいぶ年上じゃぞ」

「……私が誰だかよく分かっていて攻撃をぶっ放したみたいだけども、こちらはあなたのことを知らんので名乗ってくださいな」

「うむ、よくぞ聞いた! 余の名はファリーダ・ビント・ファッターフ・アル・シャイターン。誇り高きシャイターン王家の血を継ぐ姫なのじゃ!」

「ちょっと何あっさり名乗っちゃってるんですか、こんの馬鹿姫様ぁああ!」


 襲撃者の美少女・ファリーダの隣にひっそりと控えていた少年が、血管キレそうな勢いでツッコミを入れる。純白の髪にアイスブルーの瞳をした白皙の美少年だが、ものすごく苦労人な匂いがする感じだ。

 少年の賢そうなひたいには真珠色に輝く一角。

 高い魔力を持ち、気難し屋が多いとされるユニコーン族に間違いないだろう。


「うぬ? 細かいことを言うでない、ナーゼル」

「ぜんっぜん細かくなんてないですよ姫様! どうするんですか正体バラしちゃって。計画を全部おじゃんにする気ですか!?」


 シャイターン王国とはルキフェル王国の南東に位置していた亡国の名だ。

 現在ルキフェル王国が領土とする砂漠地帯の半分は、もともとシャイターン王国領だった土地である。百五十年前に勃発した戦争でシャイターン王家は滅び、領土のほとんどはルキフェル王国のものとなった。

 基本的に、魔王同士の戦争はどちらかの王族が絶えるまで終結しない。

 戦争の鍵となる『兵器』の関係上、魔王の血を継ぐ王族がいなくならない限り、勝敗が決しないのだ。

 ……ファリーダが本当にシャイターン王族であるというのならば、ルキフェル王国にとって一大事である。


「デカラビアの記録でもシャイターン王家は滅びた、ってなってる。本当にシャイターン王族の生き残りなの?」

「これを見ても疑えるかのう」


 大きな羽音と共に、ファリーダの背に巨大な翼が現出した。

 炎を連想させる緋色の翼だ。


「火炎色に輝く……三対六翼」


 驚きに目がくらむ。

 複対多翼は魔神の証。特に炎のように赤い多翼はシャイターン王族しか有していなかったと記録されている。ファリーダの背に現れた六つの翼は伝承に謡われる通りの特徴を備えていた。


「だーかーらー、姫様ぁあ、正体を明らかにしてどうすんですか!」

「ナーゼル、そう騒ぐでない。問題などないぞ。ここでアシュタルト公爵には死んでもらうのじゃから」

「後ろにも聞いてる奴がいるでしょう。どうするんですか、まとめて殺すんですか」

「ぬぅ、考えていなかったのじゃ」


 おい、そんな基本的なこと考えてなかったってどういうことだよ!

 いや、こんなうっかりしてそうな姫様魔神に、攻撃されるまで気づかなかった私が言えることじゃないのかもしれないが。

……けど本当にいつから見られていたんだろう? 

不自然なほど何も気配を感じなかったことに疑問が募る。


「そこな後ろにいる者! 見たところ砂漠の民であろう。先ほどの会話から察するにルキフェル王国とは対立する身であることは明白。ならば余の臣下となれ。共にルキフェルの魔王を殺そうではないか」

「お断りだね」


 間髪いれずにラシードは答えた。

 左頬だけに刻まれた入れ墨が不機嫌そうに歪む。


「ファイルーズ族はどこの魔王にも膝を折らねぇ。それにテメェの上から目線は気にいらねぇな。いったい何様のつもりだ」

「そうか。ならばその女と共に灰となるのじゃ」


 魔力が集結する気配に私はラシードの手を引いて上へと飛んだ。

 自前の六枚の翼を出していっきに飛翔する。

 私の怪力にあっけに取られていたらしいラシードは我に返ると、不満そうに文句をつけてきた。


「おい、なんであのまま戦わねぇんだよ」

「地上で戦うと街に被害が出る。というかラシード、自分の翼を出してよ。そんで逃げてほしい」

「翼か……ちっ、しゃーねぇか」


 有翼人のくせに何で翼を出すのを嫌がるのか。

 不可解な気分に囚われていると、ラシードが自らの背に翼を現した。

 こうなっては手をつかんでいると危ないので慌てて距離を取る。

そうしてラシードを改めて見ると、目玉が飛び出るかと思うほど驚いた。


「え……二対四翼!? ラシードって魔神だったの!?」


 ラシードの背には猛禽類の羽を思わせる茶褐色の翼が広がっていた。

 問題なのはその数。

 見間違いようもなく計四枚の翼だ。

 翼は魔力の表象であり、オーラの発生源でもある。この状態のラシードから感じ取れる魔力の気配は確かに魔神のものだった。

 

「うるっせーな。俺は有翼人のファイルーズ族であって、魔神なんかじゃねぇよ。それより……来やがったぜ」


 遙か下でミニチュア模型みたいに見える王都から、猛然と赤い翼がこちらへと上昇してくる。言うまでもなくファリーダだ。


「ふははは、余から逃れられると思うたか。考えが甘いようじゃのう」

「逃げたわけじゃない。……あなたを倒して、詳しい話を聞かせてもらう気満々だよ、私は」

「ほざくのう、小娘が」


 見た目的にはあなたの方がよっぽど小娘なんですがね。

 だが今は色々なツッコミも、様々な疑問も胸の内にしまっておくほかなさそうだ。

 スカートの下から護身用に持ち歩いている短剣型の魔剣を引き出す。両手で握り込もうとしたが火傷を負った左手が痛んだ。しばらくは右手一本でしのぎきるしかないだろう。

 ファリーダは不敵な笑みを浮かべたまま、複数の炎の矢を放ってくる。

 こうして空中戦の火蓋が切られた。

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