第6話 ファイルーズ族VS人狼



まさか野次馬根性を出したおかげでファイルーズ族の生き残りを見つけられるとは。魔神に産まれて二十年。こんな偶然があるとは思いもしなかった。


 人垣の中ではファイルーズ族の青年と人狼が舞踏めいた攻防を繰り広げている。

 さて、どうするか。

 ぜんっぜん必要なさそうだけれども、助太刀して面識を得るのはアリかもしれない。とにかく何としてもファイルーズ族の村に起こったことを聞き出さないと。こんな貴重な情報源はどこを探してもいないだろう。

 右手に風属性を宿した魔力を溜める。

 風魔法は有翼人の得意技だ。

 とりあえず最初は同じ有翼人のよしみで話しかける作戦でいきたいため、あえて有翼人らしい戦闘スタイルを取ろうと思う。魔力封じの輪を両手両足につけた状態でも、あの人狼を気絶させる程度の風圧弾なら余裕で作れるし。

 風圧弾を人狼に向けて放とうと狙いを定めた。その時。

 突然、ファイルーズ族の男がニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。フードで隠れている分、あらわな口元が愉しげに歪む様はひどく露悪的な雰囲気を帯びる。


「本気でこの程度かよ? 街にいる狼野郎は弱っちいんだな。あくびが出るぜ」


 嘲笑のセリフと共に鋭い蹴りが人狼の腹に叩き込まれた。

 …………あれ?

 なんかすごい柄の悪い不良風の言葉をファイルーズ族の男が発した気がするけど。

 気のせいかな? 気のせいであってほしい。

 砂漠の誇り高い遊牧民族に対して抱いていた勝手なイメージがガラガラと音を立てて崩壊していっちゃうよ?


「ちっ、一蹴りくらっただけでもうおしまいか? さっきまでの威勢はどうした? それともテメェは狼じゃなくて犬野郎だったか。それじゃ仕方ねぇよなぁ。見逃してやるから、尻尾巻いて犬小屋へ帰りな」


 ファイルーズ族の男は腰に手を当て、苛ついた態度で倒れ伏した人狼を見下ろしている。相手を言葉でいたぶる様子は粗野なチンピラそのものだ。

 ………………うん、崩壊した!

 私の中のファイルーズ族への憧れが完全に崩壊したよ!

 なんか勝手に『誇り高く、無口で、礼節を重んじる砂漠の民』っていうワードだけで、礼儀正しい高潔な戦士を想像してた私が悪いのか。

 百聞は一見にしかず、というやつだ。

 何事も本やマニュアルを鵜呑みにしちゃいけないって教訓ですね! 

分かった、これからは肝に銘じよう。


「……うぅぅ、この……クソ野郎が……!」


 負け犬が確定しかけていた人狼が悪態と共にむくりと起き上がる。ダメージが相当でかいのかゾンビのように緩慢な動作だ。対する男は完全に余裕の態度でゆったりと腕組みしている。相手をなめくさっているとしか言いようがない。


「犬になんと吠えられようが全く堪えねぇよ」

「…………こいつっ!」


 突如、人狼の体が膨張を始めた。

 魔としての本性を顕現させるメタモルフォーゼだ。

 人のものだった腕は密集した灰色の毛並みの前足へ。

 上背は二メートルを超すまでに上がり、四肢は太くたくましく、鎧のような筋肉と獣毛に覆われる。口は耳まで裂け、ぎらりと並んだ狼の牙が捕食者であることを主張していた。

 

「グォルルルルルウウッ!」


 辺りが震えるような咆哮を上げながら、人狼が突進した。

さきほどの何倍ものスピードで、ファイルーズ族の青年を粉砕せんと豪腕が繰り出される。

並の魔族では目で捉えるのもやっとの攻撃。

しかし青年は児戯でも躱すかのように上体をずらしただけで、攻撃を無効化した。


「だから言ってんだろ。あくびが出るってよお」


 彼は完全に人狼の背後に回り、手のひらを突き出す。


突風アスファ


 呪文により放たれた風魔法の一撃は人狼の巨体を容赦なく吹っ飛ばした。

 完全に変化した人狼の男は、平均で馬一頭と同じ重さと言われている。

 前世で父ちゃんが見てた競馬レースのテレビを思い出すと、馬はだいたい500キログラムだ。思ってたより重いよね! 1トンの半分だよ!

 そんな重量級が風圧と共に投げ飛ばされてみろ。凶器というか、兵器だ。

 物見高い人垣はわっと割れた。

 伊達にみんな魔族をやっていない。魔族の気風は自主自立。自分の身ぐらいテメェで守りやがれが基本スタンス。このくらいの危険は自己責任で回避して当たり前なのだ。

 が、しかし見事に取り残された奴がいた。

 くだんの野次猫、黒い毛並みのケットシー君だ。

 って、おおおおい! なんでお前そんなにトロいんだ! それでも猫なのか!

 思わず心の中で叫ぶが、ケットシーは大きなアーモンド型の目を見開いて、ヒゲと尻尾をピンと立てたまま硬直しているのみである。

 まさかあれか。交通事故に遭う猫と同じ理論か。突然やってくる車のライトやクラクションでびっくらこいて、ビビって硬直して轢かれてしまうというあれか。

 それ以上、考えている暇がなかった。

 第一段制御である右手の腕輪を外し、さっきから溜めていた風属性の魔力を増幅する。

 大気に流れる風の精霊シルフの魔力と私の魔力を接続。その瞬間に倍加。更に倍加。

 ああ、もう、間に合うか……!?


スクテュム!』


 古き言葉で魔力に指向性を与え、風のシールドを展開した。

 同時にケットシーと吹っ飛ばされてくる人狼の間に割り込むように走り込む。

背には猫、前には狼。

ドン、と薄い風のシールドでは防ぎきれなかった衝撃が、振動となって手に伝わる。


「……っ、重いっ」


 足をふんばって、後ろに倒れそうになるのをこらえた。

 そのまま風でくるみこむようにして人狼の巨体をゆっくりと地面に降ろす。いくら魔族が基本性能として頑丈だとはいっても、万が一死なれたら寝覚めが悪い。

 見ると人狼は完全に気を失っていた。

 よし、後で王都警邏部に伝達して美人局の件でしょっぴいてもらおう。

 ふいー、疲れた。やっぱ三つも枷をつけたまんまの魔力行使はキツいわ。

 息をついていると、後ろからくいくいと袖を引かれた。

 振り向けば瞳を潤ませたケットシーが両前足を合わせて私を見上げている。


「ありがとうございますニャ! あなたはオイラの命の恩人ですニャ!」

「……いや、別にたいしたことしてないし」

「たいしたことですニャ! あんな危ない状況でオイラをかばって立ちふさがってくれるニャんて、感激のあまり涙が出そうニャ! ぜひ恩返しさせてほしいニャ。お名前を教えてくださいニャー」


 おおう、思わぬところで猫の恩返しフラグが立ったよ。

 魔族人生、何が起こるかホントに分からないもんだ。


「名前はえーと……ディアです」

「ディアさんですかニャ。良いお名前ですニャ。オイラの名前はサヴァラン・サバティーニ。《猫の王様亭》に出入りする、しがない情報屋ですニャ!」


 ずいぶんと鯖尽くしな名前だ。

 サヴァランというのは紅茶味のシロップや生クリーム、そしてパンを使った菓子の名前だが、それよりも魚のサバ好きな匂いしかしない。

 ケットシーのサヴァランは若草色の瞳を瞬かせながら、愛嬌たっぷりにセールスポイントを主張し始めた。


「お困りのことがあればどうぞオイラの情報網を使ってくださいニャ。魔王陛下御用達の老舗菓子店の特売情報から、とある一族の滅亡の秘密に至るまで何でもニャーがお答えするニャ」


 サヴァランのセリフにファイルーズ族の青年が反応した。

 大股でずかずかと歩み寄ってきたかと思うと、サヴァランの胸ぐらをつかみ上げて揺さぶりながら問う。


「おい、テメェ。一族の滅亡について何か知ってやがんのか!? 吐け、今すぐ吐け!」

「ウニャ、にゃにゃにゃにゃ、ななななな!」


 えらい勢いでシェイキングされてサヴァランが振り子のおもちゃのようになっている。

 武闘派の猫好きがいたら殴り殺されそうなレベルの所行だ。

 私も動物虐待を見逃すのは趣味じゃないのでさすがに止めに入る。


「おいおい、やめようよ。その辺にしとかないと目ぇ回しちゃうよ」

「ああ!? なんだテメェは。すっこんでろ」


 さてはこいつもカルシウムが足りてない感じの若者か。

 いや、自分の村が壊滅して冷静でいられないのは分かるんだけど、もう少し落ち着け。

 封じの腕輪を外したままの右手でグイッと男の手首をつかみ、サヴァランを解放してやる。身長差があるためフードの下の素顔が見えた。

 野性味のある整った面立ちをしている。空色の瞳が驚愕に見開かれたかと思うと、獣が低くうなるように憎々しげな声で凄んできた。


「この力……テメェ、何者だ」

「ただの通りすがりの見物人A」

「ふざけんな。んなわけねぇだろ馬鹿力め」


 いっきに険悪な空気が高まる。


「ま、待ってくださいニャ! オイラが何でも話しますから、やめてくださいニャ!」


 おむすびころりん並にどっかに転がっていったサヴァランの声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る