とにかく、若宮瑞季は変態である。

良く晴れた日。

水名瀬との再会(?)から数日経った朝、俺は学校の敷地に入ると同時に誘拐された。


「んで、なんだよ。朝からいきなり」


俺が連れてこられたのはいつもの屋上。

唐突に後頭部に鈍い痛みが走ったと思えば、両手足を縄でグルグル巻きに縛られ、そのままここに運ばれた。


朝早くの屋上には、当然ながら俺達以外に誰もいない。

俺達……というのは俺と俺の目の前に立つ誘拐犯、もとい水名瀬である。

縛られて身動きの取れない俺は屋上に倒されていて、仁王立ちする水名瀬を下から見上げる格好となっていた。


……あっ、ピンクの水玉。


「先輩、これを見てください」

「え、あ、俺は可愛らしい布地など見ては……って、ん?」


そう言って水名瀬が俺に差し出したのは手紙だった。横に長い封筒と表すのか、レターパックと表すのかはよく分からないけど、とにかくそれだった。

……というか、パンツの話じゃないのね。少しばかり焦ったじゃないか。

顔を赤らめてひらひらと舞うスカートを抑えようと奮闘する水名瀬。

その手から封筒が離れ、それはちょうど俺の眼の前に落ちた。

女子が使いそうな可愛らしいデザインの手紙。封は開けられていないだろうそれには「神前因幡様」と俺の名前が宛てられている。

……一応訪ねてみる。

「……俺宛ての手紙をなんでお前が持っているんだよ」

「今朝下駄箱に入ってました!」

無いと思いきや少しだけある柔らかい胸を……いや、これは忘れよう。

とにかく胸を堂々と逸らす水名瀬。

けどさ。それって俺の下駄箱だよな?勝手に取った癖になんでちょっと得意気なんだよ。ドヤ顔すんな。可愛い。ウゼェ。やっぱり可愛い。くそっ。


つーか、何?俺の下駄箱チェックしてたの?何それ怖い。水名瀬さん怖いよ……ふぇぇ。


「他人宛ての手紙なので開けてませんけど、恐らくこれはラブレターです!」


私偉いとでも言いたげな俺の後輩。

他人の下駄箱から手紙を持ち去る時点で倫理から大きく外れてると思うけどな?

そして俺にラブレターなんか書くやつはいない。いないんだよなぁ……はぁ。


「とりあえず、それをラブレターだと仮定しよう。……そんなことはないと思うが。それで、それがラブレターだとしてそれがお前に何か関係あるのか?」


仕方なく、彼女の在り得ない仮説を受け入れ(受け入れてないけど)、目の前にしゃがみ込む彼女に問う。

すると、水名瀬は思いっきり噛み付いてきた。


「大アリです!アリアリです!大惨事です!!私の所有物である先輩が私の知らないところで勝手にラブレターを貰うなんてダメです!ありえないですよ!ありえないんです!!」


「……お、おう」


堪らず引いた。困惑した。

何だよその束縛系彼女みたいなの……。

付き合ってるどころか友達が出来る気配もないんですけどー。何それウケねぇ。全然面白くないわ。むしろ悲しい。


「大丈夫ですよ、私がいますから」


憐れむように、水名瀬が笑いかける。

おい勝手に心を読むな。

そして余計なお世話だ。あと泣きたい。


「先輩は手が使えない様なので、私が代わりに開けますね」


そう言って、ペーパーナイフを使って水名瀬が開封する。何でそんなものを持ち歩いているかは絶対つっこまない。絶対。

……というか、俺を縛ったのはお前だからな?

封筒から便箋を取り出し、神妙な顔でそれを読む水名瀬。

あれ?それって俺宛てじゃありませんでした?

結局勝手に開封して勝手に読んでんじゃんよ……。


「なるほど、この手紙の女は先輩に、『お話』があるらしいですよ」


恐ろしい笑顔を向けて、水名瀬が『お話』の部分を強調して俺に告げる。

笑いながら他人の恐怖心を駆り立てるとか、女子って凄いな。凄い怖い。


「『お話があります。放課後、屋上に来てください。』ですって。放課後の屋上とか完全に告白スポットじゃないですか」

「どうしろっちゅうねん……」


どうしようもないやろ!

……なぜ関西弁なんや。わからへん。


「ということで、放課後、私も行きますね!それじゃあ先輩また後で!」


何が「ということで」なのかはわからないが。

俺の目の前に手紙を置き、そう言い残してから、水名瀬は校舎内に戻っていった。

屋上には縛られた状態の俺が1人。

いや、あのさ…………。


「縄ほどいてから行けよ!!」


学校中に、チャイムの音が鳴り響いた。


***


その後、何とか縄抜けに成功し、教室に行った。

思いの外きつく縛られていて、教室に着いたときには既に一時間目が終わっていた。


「お、因幡。今日は遅かったね!朝から面白いことしてたけど、アレってなんなの?」


この後に待ち構えているであろう担任兼英語教師の説教を思い浮かべてうんざりしていたところに、クラスメイトである若宮瑞季わかみやみずきが話しかけてきた。


「面白くはないんだよなぁ……」


俺は堪らず溜息を吐いた。

アレは傍から見ると楽しそうなのか?

いや、水名瀬側からしたら愉しいのかもしれないけど、こっちは全然楽しくねぇし、あっちも俄然字が違う。


「しかしなぁ、神前君にまさか後輩女子に縛られる趣味があったとはねぇ……。えっ、何それ卑猥……」


恍惚な表情を浮かべ、瑞季が嬉しそうに言った。止めて、怖い。止めて。

今日の俺、怖いしか言ってねぇな……。


つーか、なんで嬉しそうなんですかね。


「違ぇよ……」


「隠さなくてもいいんだよ。僕だってMだし」

「お前は隠せ。そして卑猥なのはお前の頭だ」


さて、ここらで人物紹介。

若宮瑞季わかみやみずき

成績優秀、運動神経抜群、中性的な整った顔。つまりイケメン、リア充、死ね、死ね、死ね……ect.

最後の方呪詛になっちゃった。てへぺろ。


まぁ、そんな感じの超優秀な奴で、クラスの中心とも呼べる奴なのだが、一つ困った悪癖が……いや、性癖が。

コイツはMなのだ。しかも救いようのない次元でドMなのである。

殴られたら喜ぶし、罵倒されても興奮するし、「年下の女の子に踏まれてみたいよね……興奮する」とか唐突に言うし。

正直引く。正直じゃなくても引く。とにかく引く。

美少女ならともかく、男だもんなぁ……需要がなさすぎる。実は女子だった、なんてのはテンプレだけどな。

ちなみに口癖は「何それ卑猥」。

卑猥とかお前にだけは言われたくないんだよなぁ……。


まぁ、そんな救いようもない変態野郎なのだけれど、クラスメイトにそれがバレたらマズイと考えるだけの理性は一応あるらしく。

たまに俺と話して息抜きしているらしい。

えっ、俺もクラスメイトなんだけど……。


……まぁ。

変態だけど、気持ち悪いけど、俺はコイツのことが嫌いではない。


「卑猥だなんて酷いなぁ……もっと言って」

「悪い、鳥肌立った。ぞっとした。キモい。気持ち悪い。真面目に死んで」

「あはんっ……!」


いや、本気でやめてくださいよ。気持ち悪いから。


***


ところで、当然だが。

ここはもちろん教室ではない。流石に教室でこんな変質者と話したくはない。俺まで変質者扱いされそう。

街を歩いてて不審者扱いは、たまにされるけど。何それ悲しい。


ここは廊下。

俺は、瑞季に話しかけられると同時に教室の外に出ていたのだった。後付けっぽいけど本当だよ!


俺たちの教室はちょうど廊下の端。

もしかしたら意外かもしれないが、教室の外というのはかなり内緒話に適している。


「なぁ変態」

「どうしたの、因幡」


俺の話す空気が変わったのを理解したのか、瑞季が真面目に返事を返す。流石はリア充というか、その空気を読む力は凄い。

これが変態じゃなかったらなぁ……。

俺は話を切り出した。


「俺と水名瀬の話しなんだけどさ」

「なんか変な噂とか立ってないか?」

「水名瀬が変な奴に脅されているとか」

「水名瀬が俺みたいな冴えない奴と付き合っている馬鹿だとか」

「そんな感じの水名瀬を貶める様な噂は」


俺は基本ぼっちだ。他人との関わりがほとんどない。だから、必然的に噂話の類いに疎くなってしまう。

そんな俺が校内の噂について知るには、コイツに訊くしかないのだ。


「愛されてるねぇ、水名瀬さんは」


クスクスと笑いながら、瑞季が言う。

止めろよ、なんか恥ずかしいから。


「別に、そんなんじゃねぇよ。ただ自分のせいで誰かが傷ついているところを見たくないだけだ。ほら、俺優しいからな」


そう言って、俺はニヒルな笑みを浮かべた。


「……本当に優しいよね。痛ましいくらいに」

「は?」

「いや、何でもないよ。」


瑞季が呟いた。

俺は反射的に聞き返したが、軽く流されてしまった。

……一体どうしたんだ?

俺の疑問はさておき、瑞季は話を続けた。


「因幡と水名瀬ちゃんについての噂?僕が聞いただけでも結構あるよ?」

「因幡が水名瀬ちゃんを脅して侍らせてるとか」

「水名瀬ちゃんが因幡のことを好きなんじゃないか、とか」

「2人が付き合っているんじゃないか、とか」

「とにかく色々だね」

「校内でも五本の指に入るであろう美少女のスキャンダルだからね」

「噂にならないなんてありえないよ」

「そうか、ありがとな」


瑞季の話を聞き、少し安心した。

俺に対して危害があるのはいい。元々俺が水名瀬を誘ったんだから。

だけど、それで水名瀬に被害が及ぶようなことがあってはいけない。

それだけは許してはならないのだ。


「あ、水名瀬ちゃんに対する悪意のある話はまだ聞いてないけど、因幡に対するヘイトは高まってるよ。それは仕方ないだろうけどねぇ〜。リア充爆ぜろ!」

「ちょっと待て。俺はリア充じゃない」

「違うの?」


意外感を隠しもせず、瑞季が訊き返す。

……ったく、これだからリア充は。


「断じて違う」

「そうなんだ」


二度否定すると、納得したのかそれ以上の質問は無かった。

俺も聞きたいことは充分聞けた。

気付けば休み時間ももう終わる。


「あー、もう。めんどくせぇなぁ」


ポケットに突っ込んだ封筒を指先で弄りながら、俺は呟いた。


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