021

 ニワトリの鳴き声が夜明けを呼ぶ。窓から射し込む縞模様の太陽光。あらゆる者の出入りを拒む鉄格子も、朝陽の侵入までは防げない。

 暖かな陽射しの熱を受け、溶けてひび割れる氷のように走る頭痛が、寝ぼけていたモリスの頭をたたき起こした。

「ここは……留置所、か……」

 野宿よりはマシという程度のかたいベッド。狭い室内には、ほかにお粗末な便器があるだけ。壁の代わりにプライバシー無視の鉄格子――。さしずめ犯罪者のためのスイートルームだ。

 フツカヨイのアタマを抱えながら、モリスは昨夜の記憶を順ぐりにたどる。確かバーで女たちと酒を飲んでいて、ちょっとした気まぐれでピアノを弾いて、ギターと歌を披露して、それからまた飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで……。

「泣けるぜ……」

 なんだかとても葉巻を吸いたい気分だったが、ピストルも含め私物は没収されているらしかった。

 どうやらうっかり飲み過ぎてしまったようだ。途中からよく思い出せないが、何があったかおおかたの見当はつく。ある朝、目が覚めたら留置所だった――なんてことは、実のところモリスにとってそう珍しい話ではない。実際よくあることだ。

 とはいえ、今回は悠長に構えていられる場合ではない。イングリッドに逃げられてしまったということは、財宝への道筋も途絶えたことになる。

 彼女がモリスを排除したがっているだろうとは理解していた。ゆえに用心していたつもりだったが、まんまと一杯くわされてしまったわけだ。

 留置所を出るのはさほど難しくない。しょせん酔って暴れただけだから、保釈金を支払うまでもなく1泊だけで許してもらえるだろう。まだふたりもそう遠くまで行っていないはずだから、急げば見つけられる可能性は充分ある。

 むろん、モリスに追われることは向こうも警戒しているに違いない。状況はこちらが明らかに不利だ。なにせ相手の目的地がわからない。行き先を知っているのはイングリッド本人だけ。

 もっとも、何ひとつ手がかりがないわけではない。モリスはなかば確信していた。財宝の隠し場所は、人里離れた洞窟のなかだと。ここはアメリカなので、古城という線は考慮しなくていい。洞窟は入口から奥までそれなりに広さがあり、大型トラックや戦車が余裕で通れるくらい。付近の住人が普段めったに近寄らない山奥か、谷底のどこか。

 しかし、それがわかっていたところで、情報が少ない今の段階では何の参考にもならない。

 こうなると、あとは地道に足を使って捜すしかない。普段、賞金首を追うときやっているのと同じだ。何も条件は変わらない。少なくともこんな場所で寝ているよりはいい。時は金なり。

 さっそく釈放を頼むモリスだったが、「おれに面会? 誰が」

「どうやら酒に弱いってのは本当だったらしいな」

 現れた男の姿にモリスは驚いた。「クラウス・キンスキー!」

「知らなかったか? 酒のビンには悪魔が潜んでいるんだぜ。この世でもっとも邪悪なものだ。善良なヤツでさえ滅ぼす。いわんや悪人をや」

 なぜこの男がここに――まったく奇妙な遭遇だった。バンパイアハンターと賞金首、狩る側と狩られる側、それが鉄格子を挟んで向かい合っている。しかも、本来あるべき立場とは真逆だ。檻のなかの猟師を、獲物が外から眺めている。

「まさかこんな形で再会することになるとはな。……で、おれにいったい何の用だ? このあいだの借りを返しに来た、ってカンジでもなさそうだが」

「あいにくだが、俺だっててめえに会いたかったわけじゃアない。言ってみれば、単なる偶然だ」

「偶然だって? そりゃアいったいどんな偶然だ」

「自分で言っておいてなんだが、偶然だろうと必然だろうとかまわんさ。いいから俺の質問に答えろ。――あのピンクキャデラックをどこで手に入れた? 俺の知るかぎりだと、持ち主は別人のはずだ」

「さァな。それこそ偶然だろ。まさかおれたちのほかに、ピンク色のキャデラックなんて乗る酔狂なヤツがいるとは。いやはやビックリだ」

「あの車のなかにはな、とてもとても大事な荷物が積んであったんだ。だが今、トランクの中身はカラになっている。荷物をどこへやった?」

「知るか。おまえさんが何を言っているのかサッパリわからん。ひとつだけハッキリ言えることがあるとすれば、お目当てのモノがここにはないってことだけだ」

「いいかげんとぼけるのはよせ。昨夜はバーでお楽しみだったそうじゃアないか。ふたりも美女を連れて。ひとりはあのシスターで間違いないよな。だが、もうひとりは? いったい誰だったんだ? イングリッド・ピットなんだろ。そうなんだろ」

 モリスは確信した。キンスキーもまた、イングリッドの貯め込んだ財宝を、黄金郷を狙っているのだ。あるいはモリスたちよりも事情に詳しいのかもしれない。とはいえ、おそらく逆もまたしかりだが。

 これ以上しらばくれていても、今さら意味はないだろう。モリスは降参するように諸手を挙げる。

「そこまでわかってるんだったら、だいたいのところは察しがついてるはずだぜ。ごらんのありさまだ」

「つまり、女どもにまんまと出し抜かれたってわけかい」

「YES!」

「かわいそうに、てめえはひとりおいてけぼりにされちまったと。男の面目丸つぶれじゃねえか」

「YES!」

「今ごろは女だけで仲良くやってるだろうな。そう考えるとムカつくだろ」

「YES! YES! YES! YES! YES!」

「こんちきしょう!」キンスキーはマリファナの吸殻を床に捨てて、忌々しげに踏みにじる。

「そうカッカすんな」

「うるせえ。役に立たないならてめえにゃアもう用はねえ。邪魔者以外の何者でもないんだからな。長いお別れロンググッドバイ。もう二度と会わねえことを祈る」

 そう言って、キンスキーはさっさと立ち去ろうとする。もともと彼はモリスに命を狙われているのだ。好きこのんで近づきたくはないだろう。

 しかし無神経にもモリスはそれを呼び止めた。「まァそうあわてなさんな。ほかにふたりを捜すアテはあるのか」

「……あったらわざわざこんな場所へ来てねえ。さすがにあんな目立つキャデラックは乗り捨てて行っちまったようだし。こうなったら地道に調べるしかなさそうだ。気が滅入る話だが」

「だと思ったぜ。――そういうことなら、おれと手を組まないか?」

 モリスの唐突な提案に、キンスキーは耳を疑っているようだった。

「いったいどういう風の吹き回しだ?」

「どうもこうも、ふたりのほうがひとりでやるよりことは早い」

「そういうことじゃねえ。てめえはバンパイアハンターだろ。俺の懸賞金を狙ってたはずだ。それなのに俺と組む? 寝言は寝て言え」

「10万ドルなんてはした金に今さら未練なんざねえ。たとえおまえさんと財宝を山分けしたとしても、その五倍は手に入るんだからな」

「その言葉を信じろって? てめえに寝首をかかれない保証がどこにある?」

 神に誓うが、モリスに寝首をかくつもりなどない。用済みになったら、堂々と正面から殺す。そうできるだけの実力がモリスにはある。むろん、今それをバカ正直に伝えはしないが。

「逆に考えろ。どこから狙われるかわからないより、そばにいたほうがむしろ安心できると思わないか?」

「……それは一理あるな」

「だろう?」

「だがことわる。ふたりになった程度じゃア情報収集能力はたいして変わらん。そのくせ、せっかく手に入れたお宝は山分けにせにゃアならんしな」

「それでも稼ぎがゼロよりはいい。おれのほうはもともと山分けの予定だったからな。相棒が代わっても同じだ。おれは半分もらえりゃアそれでいい」

「……そこまで言うんだったら、てめえと組むもうちょいマシなメリットを教えてくれ。じゃなきゃ納得できん」

「殺そうとしたのはおたがいさまだ。まァいい。まずひとつ、イングリッドはローラと一緒にいる。あの女はおまえとは何か因縁があるようじゃないか。だからまず財宝の山分けには応じないだろう。おれと組めば始末するのはカンタンだ」

「思ったんだが、イングリッドとローラが今もふたりでいるって決めつけるのはどうなんだ? ローラだっててめえと同じで、実はもうイングリッドに逃げられちまってるかもしれんぜ」

「いいや、その心配はないから安心しろ。イングリッドはかならず、ローラを黄金郷まで連れていく。かならずな」

「なにィ? なんでそう言い切れる。何か確証があるのか」

「確証も何にも、それがあの女の目的だからさ」

「イングリッドの、目的……?」

「そしてそれこそが、おれと組むもうひとつのメリットだ。ハッキリ言っておくが、おれの協力抜きで、財宝は絶対に手に入らない」

 モリスは自信満々で断言した。

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