015

 汚職警官を絞め上げたら、ギャングのアジトはすぐに判明した。

 一見するとごく普通の会社だが、入口前にはこわもての男が仁王立ちしている。単なる警備員というには物騒すぎる雰囲気だ。むろんキンスキーは臆することなく、玄関へと歩み寄る。

「なんだてめえ。何ジロジロ見ていやがる。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと失せろ。このスットコドッコイ」

「だまれウスノロのトーヘンボクめ。悪いが悠長にしている時間はない。手加減抜きでいかせてもらうぞ」

「あァン?」

 しょせん相手は普通の人間だから、別に素手でも充分倒せるのだが、懐にピストルを隠し持っているのは明らかだったので遠慮はしない。銃というのは本当に怖い武器だ。たとえバンパイアだろうと、たった1発心臓を撃たれただけで死んでしまう。今どきそんなザマで不死身は名乗れないな、とキンスキーはほくそ笑む。あの忌々しいドラキュラとは大違いだ。

 懐からマリファナの葉巻を取り出してくわえ、火を点ける。深く煙を吸う。門番の顏に煙を吐きかける。

「てめえこの野郎っ」

「そうカッカするな」

 一番安全なのは先手必勝、一撃必殺。電光石火の早撃ちで、手始めに門番の男を仕留めた。

 ドアを破壊する勢いで蹴り開け、内部へと侵入する。銃声を聞きつけたギャングの手下どもが大挙して集まってくるが、片っ端から撃ち殺していく。反撃しようと遮蔽物から不用意に頭を出したヤツは、瞬時にあの世逝きだ。イチかバチか数人まとまって特攻してきたら、今度はフルオート射撃の餌食に。まるで虐殺だ。

「チクショウ、チョーシに乗って景気よくバラ撒きやがって。いつになったら弾切れするんだ。敵は何人なんだ。いったい何挺持ち歩いてやがる」

 キンスキーは得意げにつぶやく。「リロードが早いだけさ」

 向かってくるザコを薙ぎ倒し、キンスキーはアジトの隅から隅まで探しまわった。イングリッドがどこかに監禁されていないかどうか。

 しかし、望み通りの結果は得られなかった。怪しいところはすべて確認したが、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。地下にある拷問部屋らしきところも発見したが、そこはカビ臭いだけで誰もいないどころか、最近使用した形跡さえない。

 そうして、あとはボスの部屋を残すのみとなった。側近2人を何もさせる前に撃ち殺すと、キンスキーは高級感あるデスクの上に腰かけて身を乗り出す。

「よォ、アンタがここのボスで間違いないかい?」

「なっ――何なんだ貴様はいったい! カチコミか! どこの手の者だ!」

 ボスの疑問に、キンスキーは答えない。ふと、そこの籠に置いてあったリンゴをひとつ手に取ると、無言のままボウイナイフで器用に皮を剥き始めた。皮がつながったまま長く垂れ下がって、蛇のようにとぐろを巻いていく。

 そうして全部剥き終わると、そのままガブリとかじりついた。「ほう、こいつは美味い。どこ産だ?」

「ハ、ハァ? ……ワシントン州だよ。私はリンゴが大の好物でな。特別に一級品を取り寄せているんだ」

「そうかい。俺もリンゴは大好きだ。わざわざ蛇にそそのかされるまでもなく、そこにあったら食わずにいられない。マルティン・ルターは言った――“たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。”俺もその意見には大いに賛成する。もっとも、単にリンゴが食いたいだけだが。アンタはどうかな?」

「あ、ああ、私も実にその通りだと思う。最期くらい好きな物を食いたい」

「そうか。――ほら、アンタにも食わせてやろう」

 そう言って、キンスキーはもう一個リンゴの皮を剥き始めた。

「ニュートンは木からリンゴが落ちるのを見て、引力の存在に気づいたと言われているが、あの話は過程を省略しすぎている。ニュートンは視点をリンゴから徐々に上へ上へと移して行って、なぜ月が落ちてこないのかというところから、引力にたどり着いたわけだ。俺もニュートンのように、月へと導いてくれるリンゴを見つけたいね」

「なに?」

「イングリッド・ピットという女を捜している」

「……誰だそれは? あいにくだが、聞いたことのない名だ」

「名前なんてどうでもいいさ。偽ろうと思えばいくらでも偽れる。それより重要なのは、顔だ」

 キンスキーは懐から1枚の写真を取り出した。そこには若い女が写っている。美しい女だ。おまけに胸がデカい。

「この顔に見覚えがあるだろう。そう、おとといの夜、アンタの屋敷へ盗みに入って、あろうことか20㎜機関砲をぶっ放した不届き者だ」

「……ああ、知っているとも。あの女か。――おい、まさかあんなクソアマひとりのためだけに、うちの組織をメチャクチャにしてくれたとは言わないだろうな?」

「安心しろ。別に女のためというわけじゃない。言っただろう? 彼女は俺を月へと導くリンゴだと。――さァ答えろ。女はどこにいる?」

「おいおい、詩人きどりはやめて常識的に考えてくれ。ギャングに拉致されたんだぞ。無事だと思っているのか?」

 キンスキーはボスの薄毛を力ずくでごっそり引き抜いた。

「痛ったたたたたァーッ! ああ! ああっ! なんてことを! なんてことするんだ貴様はァ! 私の髪が! 大事な髪が! うひ、うひほぉお!」

「死んだなんて言ってみろ。そのときは頭皮ごと引きはがしてやる。で、どうなんだ? 女は無事なのか?」

「し、死んでない! 死んでないィ! まだ死んでいないはずだ! 私は殺せとは命じていない! たぶん今ならまだきっと間に合うぞ! うん!」

 ボスの証言によれば、最初は散々に拷問して辱めた上で、売春窟へ売り飛ばしてやるつもりだった。女への制裁はいつもそうする決まりだ。

 だがイングリッドにとって幸運なことに、昨日はちょうどボスの娘が20歳になる誕生日だったのだ。当然バースデーパーティーも盛大に催した。そんな大切な1日を血生臭くしたくない。娘に嫌われてしまう。

 むろん、だからと言ってそうカンタンに女を許しはしない。そこでボスは最大限の慈悲でもって、血生臭くない罰をくだすことにした。

「軽く痛めつけてから、運び屋に頼んで、女を人目につかない砂漠へ運ばせたあと、全裸で日光浴をさせたまま放置するつもりだったんだ。そのままだと日射病で死ぬだろうが、急いで駆けつけて救助すれば、おそらく大丈夫だろう」

「それで、どこの砂漠のどのあたりにいるんだ?」

「そ、そこまでは知らん。運び屋にすべてまかせてある」

「だったら運び屋の連絡先は?」

「……そういえば、ことが済んだら電話するよう言ってあったんだが、ちょっと遅い気がするなァ。そろそろ終わってもよさそうなんだが」

「かけてみろ」

 ボスは言われた通りに運び屋へ電話をかけた。

 けれども、いくら待っても一向につながる気配がない。

「どうやら圏外らしい。しかしそうなると、おそらくまだ砂漠の真ん中にいるということだろうな」

 キンスキーは忌々しげに舌打ちした。「もういい。とりあえず電話番号を教えろ。あとはこっちで直接捜す」

「そ、そうだな。それがいい。それがいい。なるべく急いだほうがいいと思うがね。手遅れになる前に」

 ボスは目に見えて明るくなった。キンスキーをさっさと追い出してしまおうという魂胆だろう。今さら別に構わないが。

「それで、運び屋はもちろん車だろう。車種は?」

「車種……車種か」ボスは手を叩いて笑い出した。「運がいいぞ貴様は。あの運び屋の車ほど目立つ車はない」

「ごたくはいいから、さっさと言え」

「いいか? 車種はキャデラックのエルドラド・ビアリッツ、しかも色はド派手なピンク色だ」

「ほう、ピンクキャデラックか。まさに男の夢だな」

 おまけに黄金郷エルドラドとは縁起がいい。

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