007

 トゥーカムケアリにはルート66を通行する旅行者向けに、数多くのモーテルがひしめき合っている。ローラの目的はそのうちの1軒にあった。

「いらっしゃい。お客さんは運がイイね。残り最後の1部屋だ」

「部屋はけっこう。泊まりに来たわけじゃアないわ。人を探しているの」

 モーテルのオーナーはいぶかしげに、「……もしかして浮気現場でも押さえに来たんですかい、シスター様。世のなかには罪深い男がいたもんだ。まさか牧師様とか? 別に宿帳を見せるくらいかまいませんが、そういうクソヤローはどうせ偽名使ってますぜ」

「承知しているわ」ローラは真剣なまなざしで宿帳に目を通しながら、「このモーテルを開業したのはいつごろ?」

「……3年前ですが」

「そう。ならやっぱり、銀行強盗で稼いだ金を元手に?」

 その言葉にオーナーは何食わぬ顔で、受付台の下に置いてあるポンプアクション式ショットガンに手を伸ばす。

「お客さん、いったい何の話――」

「安心しなさい。見ればわかるでしょう? わたしは警察じゃアないから。銀行強盗の容疑であなたを捕まえに来たのではないし、盗んだお金にも興味はないの。そもそもお金は残らず使ってしまったみたいだし」

「あいにくですが、俺にはアンタの言っていることがサッパリ」

「カール・ギュンター」宿帳に記されたその名前を、ローラは指さして、「つい1週間前に宿泊しているわね。もちろん憶えているでしょう」

「……さァ、ごらんの通り、うちはそれなりに繁盛しておりまして。宿泊客一人ひとりのことなんざ、いちいち憶えていやしませんって」

「だったら、思い出せるように言ってあげるわ。おそらく知っている人間はもうほとんどいないけれど――あの男のフルネームは、クラウス・カール・ギュンター・キンスキーというのよ」

 オーナーは舌打ちして、ショットガンを下から引き出す。けれども弾丸を薬室へ装填してかまえるよりも早く、ローラが太もものホルスターから水平二連のソードオフ・ショットガンを抜いて、先に銃口を突きつけた。「銃を捨てて。両手を頭の上に」

 彼女は警察ではないので、ミランダ警告は続かない。犯罪者の人権を守るつもりもない。観念したオーナーは、言われたとおりショットガンを床に落とし、両手を挙げて頭の上で組んだ。

「右に散弾、左にスラッグ弾が装填されているわ。どちらがいい? 好きなほうを選ばせてあげる」

「やめてくれよ。お願いだから撃たないでくれ」

「それはあなたの態度しだいね。素直にキンスキーの居場所を吐いてさえくれれば、命までは奪わない」

「そうは言ってもなァ……。1週間前、ヤツがここへ泊まったのは間違いないが、次の行き先まで聞いちゃいねえよ」

「なら、ヤツと何を話したのかしら? お友達の経営するモーテルに泊まって、まさか宿泊費をサービスしただけなんてことはないでしょう」

「カンチガイしないでくれ。別に友達ってほどの仲じゃない。アンタだってご存じなんだろ。たった一度、銀行強盗のために組んだだけだ。……まァ、せいぜい世間話くらいさ。なんつーか、お互いの近況とか、そういうあたりさわりのない話」

「本当に?」

 撃鉄が落ちる音――ではなく、ローラが板チョコを噛み砕く音だ。口のなかに呑まれたチョコレートは、舌の上でもてあそばれ、ゆっくりと蕩かされる。

 ローラのまっすぐ射抜くような視線でジッと見つめられて、オーナーは憐れなほど目を泳がせる。そして観念したように肩を落とした。

「やっぱり知っているのね」

「カンベンしてくれ……。俺がしゃべったってバレたら、あいつに殺されちまう。あいつは裏切り者を絶対に許さない」

「安心しなさい。キンスキーはわたしが仕留める。神に誓うわ」

「……エル・パソだ」

「エル・パソ? テキサス州の?」

「そうだ。あそこにはデカい銀行がある。今度キンスキーはそこを襲うつもりでいるらしい。……実は俺も誘われたんだ。断ったけどな」

「なぜ?」

「不死身のバンパイアに付き合わされるのはもうごめんだ。命がいくつあっても足りゃアしない。それに、俺は今の生活で充分満足しているよ。もう歳だし」

「なるほど、賢明な判断ね」

「――さァ、もう用は済んだろ? その物騒なモンを下ろして、さっさと帰ってくれ。商売の邪魔だ」

「ええ。言われてなくてもそうさせてもらうわ」

 ローラは銃口を下ろして、きびすを返した。そのスキにすかさず、オーナーはショットガンを拾って構える。

 だが引き金を引こうとしたとき、「ああ、あと言い忘れていたけれど」

 ローラが足を止めて、背中を見せたまま語り出す。

「この距離なら散弾は狙わなくても当たるし、殺傷力も充分ある。護身用としては最適ね。――ただし、相手がバンパイアでなければ。動きを止めるくらいならできるけれど、超至近距離でもないかぎり、心臓を潰すには威力が足りない。トドメを刺す用にもう1挺持っているのなら、話は別だけれど」

 オーナーは今度こそあきらめて、ショットガンを下ろした。

「さっき素直にキンスキーの居場所を吐けば、命までは奪わないと約束したわね」

「そうだ。だからもう帰っ――」

「あれは嘘よ」ローラは振り向きざまオーナーをショットガンで撃った。

 致命傷だが、即死には至らない。オーナーは血反吐を吐きながらうめく。「苦し、い――殺して、殺してくれェ」

「あいにくムダ弾を使う趣味はないの」

 ローラはオーナーが息を引き取るまで、ただ見ていた。もがき苦しむ姿を。

「喜びなさい。最後の最後で正しい行いができたあなたは、きっと神に選ばれている。たとえあなたが盗っ人でも。だってイエスは盗賊とともに死んだのだから」

 一度でも銃口を向けてきた相手を信用する気はない。それに彼はバンパイアではなかったが、一味として懸賞金がかかっていた。はした金とはいえ、もらえるならそれに越したことはない。

 バンパイアは神と人間の敵だ。それを殺して金が手に入るのなら、すなわち手にした金額こそが信仰の証になる。

 金を稼げ。金を蓄えろ。金を使うことを考えている時間はない。そんなヒマがあるのなら、そのぶん金を稼ぐことに費やしたほうが正しい。

 なぜならそうすることが、神の召命なのだから。

 ローラは鼻唄まじりに讃美歌を謳いながら、事務所にあった金庫をこじ開けて、モーテルの売上金を漁った。

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