ファイブ・ヘッド、パンプキン・ナイト その1


「なんだぁ……俺ぁ、夢でも見てんのかね」


 魔導二輪車をのろのろと。門の前で行列を作る、馬車の群れに合わせながら。

町の入り口に盛大に掲げられた看板を見上げ、俺は呆然と呟いた。


「ニホンでは、頬をつねると夢から覚めることが出来るそうですけど。やってみますか?」

「いや、お嬢にやられると痛そうだからいい」


 そこまで強くしませんよ、とぷうぷう頬を膨らませるアニーゼはさておいて。

もう一度、ここからでも読み取れる程に大きく描かれた謳い文句に目を通す。


「何やってんだろうなぁ、あいつら」

「さぁ?」


 まぁ、あいつらだって旅を続けてるのは間違いない。その足跡に、どこかで巡りあってもおかしくないとは思っていたが。

はてさて、一体何がどうなってこうなったやら。


『ようこそハムサタウンへ!』

『パンプキン祭りもうすぐ!』

『特別ゲスト、竜姫デュオーティ様ご来訪!』

『握手会・サイン会開催! 絵姿即売会もあり!』


「とりあえず、アイツいつの間に路線変更したの?」

「……さぁ?」


 なんか、ちょっと見ない内にとんでも無い事になってる竜人のお嬢様に思いを馳せつつ。

俺たちは妙ににこやかな衛兵たちに促され、町へと入場したのである……。






 □■□






『あぁ、ここからしばらく東に行った町で、そろそろ大きな祭りを開くんですよ。私たちはそれを見込んで旅をしてる訳です』


 事の起こりは、いつぞやの芸人一座から聞いた話であった。

すっぱりと忘れていたのをふと思い出したのがつい最近。知る人にとっちゃ有名らしく、なんとなくの目星でするすると来れたのは運が良かったと言えるだろう。


「人が困ってる所に付け込むのは、正直どうかと思うんですけど……」

「諦めろ。勇者なんてそもそも困ってなきゃ必要とされねーんだ」


 祭りとなれば人も来る。人が来れば問題も起こる。となれば四世勇者としての名声を上げるに、丁度いい感じの問題も起きているかも知れん。そう見込んだ訳なのだが。

ちなみにどんな祭りかと言うと、その町特産のかぼちゃを使って散々に騒ぐお祭りらしい。

かぼちゃなんてのは暫く放っとかないと甘みが出ないもんで、つまりは冷暗所に入りきらないかぼちゃを使いきって遊ぼう、と言う趣旨のもと毎年行われるようだ。

かぼちゃ細工に、かぼちゃの仮面。あるいは保管しきれないが質は良いかぼちゃを他の町に売り払ったり、他色々。

まぁなんとも真っ黄色なお祭りだと思うが、楽しげなのは確か。




「ようこそ! ハムサタウンへ!」




 門をくぐって開口一番、第一町人と思わしき男性の発言に、メリーゼがキョトンと瞬きをした。

仕方あるまい。流石に俺も、道行く人にこんな村人A代表のような台詞を言われたのは初めてである。


「やぁ、君たちもお祭りを見に来た旅人かい?」

「あ、ええと」

「何せ今年はあのデュオーティ様も来ているからね。きっとこの年が一番デカいお祭りになるよ。楽しみだぜ!」


 声をかけられたアニーゼも、曖昧な笑顔を浮かべて苦笑していた。

しかし、分かってはいたがデュティはもう来ているか。こりゃ、またしても期待できそうにはないな。


「竜姫様もお綺麗だけど、君も可愛らしいなぁ。きっと将来、美人さんになるよ」

「あはは……ありがとうございます」

「『竜姫様』、ねぇ」


 そりゃなんとも、あのお嬢様が好みそうな二つ名だこと。少なくとも「次席」よりはよっぽど良い響きだろう。

とはいえ、幾ら好きでも自分から名乗るような恥知らずじゃあるまい。絶対に、何かしらいらん事を吹き込んだ奴が居るはずだ。

こっちが勇者様なら、あっちは竜姫様ってか? 様々と言えば、あっちに同行してる魔王様が居たな。


「ま、大方トロワに調子よく乗せられてるってことか」

「……おじ様も似たような事してらっしゃいましたよね」


 知らんね、覚えてない。

乾いた笑いで誤魔化すと、しばらくこちらをジト目で睨みつけていたアニーゼが、諦めたようにため息を吐いた。


「しゃーなし、切り替えて祭りを楽しんでいこうぜ。お前、こんな大規模な人混みを見るのは初めてだろ?」

「ですね……私、あまり祭りの作法というのは分かりませんが、ロマンチックなものだと聞きました」


 なんせ、アニーゼは今までずっと〈天空街〉で暮らしていたのだ。

いくら親戚が多いとはいえ、人口はせいぜい全体で二百人に届くかどうか。ならばこの規模の人数に晒されるのは、はじめての経験のはず。

好奇心の強い質では有るが、流石に見果てぬほどの人の波に飲まれては警戒心が先立つらしい。

やや尻込みした様子でアニーゼが呟く。


「う、うぅん。大丈夫なんでしょうか」

「そう難しく考えるこたぁ無えよ。こういう時にしか見られないご馳走だって有るんだし、それ食おうぜ」

「むー……なんだかおじ様、食べ物さえ与えておけば私の機嫌を取れると思ってませんか?」

「違うのか?」

「そんないつもお腹空かせてる訳じゃありません!」


 ぷぅ、と頬を膨らませた"はとこの子"に、俺はボリボリと音を立てて後頭部を掻いた。

まいったね、食い物ネタが通じなくなるとどうすりゃ良いのか分かんねぇぞ。子供のようにあやしてやるのは、火に油を注ぐだけだろうしなぁ。


「いやほら、俺は腹減ったしな? ついさっき町について、まだ何も食べてねーじゃねーか」

「そういうことを言ってるんじゃないです! おじ様はもう少し、私の扱いをですね……」

「旨いもん食って幸せになるのにガキも大人もねーだろー? ……おっ、キッシュの匂いだ。焼き立てだってよ」


 いいねえ。やっぱ、祭りの食い物と言えばあっつあつのキッシュだろう。

俺のイメージじゃほうれん草がスタンダードなんだが、ここじゃ名産品だけあって代わりにかぼちゃがゴロッと入ってる。

ベーコンも分厚く切られてて、こりゃなんとも旨そうだ。それに何と言っても、看板娘がけっこうな美人さん。


「いやー、いいねえいいねえ」

「もう、デレデレして」


 アニーゼから感じるプレッシャーがちょっと怖いが、残念ながら色気と出すには5年は早い。

見ろ、この惜しみない肉の量。どうもお祭りの時だけ奮発してるわけでもなく、元から結構豊かな土地のようだ。


「かぼちゃのキッシュ、お一つでよろしいですかー?」


 そんなお姉さんがキッシュにさくりと包丁を入れると、焼けた卵のなんとも言えない甘い香りと焦げ目の香ばしい匂いが弾け、あたりの空気に混ざっていく。


「で、お一つでよろしいのか?」

「…………二つで!」


 ははん、ちょろい奴だ。



 ……

 …………

 ………………



 腹も膨らみ、なんとか宿もとった後。俺たちは特に目的もなく、祭りのなかをぶらぶらと散策していた。

祭りと言うだけあって、普段店を出していないだろう場所にも色んなもんが並んでる。

目新しいのはアニーゼにとってだけでは無く、俺にとってすら用途のよく分からんもんがびっくりするような高額で売り買いされる事もあった。


「おじ様、あそこは何のお店でしょう?」

「あー? 気になったなら覗きに行ってみたらどうだ」


 奥まった路地でひっそり店を出す、とある果実をかたどった看板を指差してアニーゼが首を傾げる。

俺の言葉に従ってトットッと駆けて行くアニーゼの尻尾が、その店の戸を開けた途端にビクンと上を向いた。

鼻を抑えてやや涙目になりながらトボトボと帰ってくる様を見て、俺はついに笑いを抑えきれなくなる。


「うう、凄い香水の臭いでした……まだ鼻がツンとします……」

「わはははは、何の店だと思ったんだ」

「ひょっとしたら果物屋さんかなーって……あるいは、ジャム屋さんとか」


 林檎でも食いたかったんだろうか、この食いしん坊勇者は。


「残念だったな、ありゃ風呂屋だぞ」

「お風呂屋さん……確かに、湿気も凄かったような。身体を綺麗にしてもらえるんですか?」

「おう、身も心もピッカピカだ。看板がレモンやライムなのはな、昔は少し乾かした柑橘類の皮で身体を洗ってたからだとさ」

「レモン……それならそうと言って下さいよ、絶対近づかなかったのに……」


 この勇者、良い子らしく好き嫌いが無いかといえば決してそんな事はない。どうやら相変わらず、レモンだのライムだのといった酸味の強い柑橘類は苦手らしい。

犬系獣人の血か、強い臭いが生理的に駄目なのだ。なんだかんだ柑橘類の香りは安価な匂い消しとして使われる事も多いので、そういう所は不便そうで同情する。

ま、だからといってレモンを大量に用意すればこいつの戦闘力が下がったりするかと言うと、そういう訳じゃないんだが。


「お風呂かー、良いなー……旅をしていると、やっぱり中々温かいお風呂に浸かるわけにはいきませんから」

「お、行ってくるか? まぁ俺は止めないぞ、店員のねーちゃん達は怪訝な顔をするだろうが」

「怪訝? 肩までお湯に浸かりたいって言うと、やっぱり変に思われるのでしょうか?」

「ま、気持良くはしてくれるだろうけどな。裸のおねーちゃんが、誠心誠意」

「……? ……! ……ッ!?」


 アニーゼの眉が三段階に分けて傾いた後、スッパァァンとかつてない勢いで俺の尻が叩かれた。

その痛みたるや、俺が声を上げる間も無く膝をついて崩れ落ちる程だ。というか下半身ごとごっそり持って行かれたかと思った。

流石に恥ずかしさがこみ上げてきたのか、珍しく怒鳴るような怒り方でアニーゼが俺を誹る。


「あなたッ!! わっ、分かってて行かせましたね!? ああもう、どうりで……」

「……いっつつ……どうりで何だ、なんか変なもんでも嗅ごぶっ!!」

「最低です! 流石の私でも、許せないことだってありますよ!?」

「わか、げふっ! わかったぐはっ! 反省したから尻尾で頭叩いてくるのやめろ!」


 起き上がれない俺の上半身を、反対向きで頬を膨らませたまま無慈悲な肉の鞭が叩きのめす。

いや、そんなん大して痛くねぇだろって思うやつは、一度直径15センチくらいある肉の束で思いきり叩かれてみろ。

こちとらそれに薄っすらと光刃エンチャントすら付いてんだぞ。くっそ痛いわ。紫色の痣ができるかもしれん。

もしここで顔を上げられれば、ほっぺたまで真っ赤にして唇を尖らすアニーゼというめっちゃレアな表情が見れたんだがね。

まぁ、そこまでの根性は無いんだから仕方ない。俺は地面に這いつくばり、アニーゼが叩きつけてくる尻尾から必死で顔を守るくらいしかできんのであった。

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