アインス、始まりの街 その2


「こんな小娘が勇者だと!? いらんいらん! 町を守るのはな、伝統ある町兵の仕事だ!」


 さて、「詳しい話を聞かねばならぬ」と張り切って兵士の詰め合い所に行ったのは良いのだが。

歴戦の兵士と思わしき爺さんに、こんな感じで追っ払われる俺達であった。


「あのおっさん、全然話を通せてないじゃねーか……」


 俺1人なら帰って寝る所だが、この先「勇者筆頭」として活動していくならそうも言ってられん。

当のアニーゼも、面と向かってこんな事を言われるのは初めてのようで、なんと答えていいか分からぬらしい。

おいおい頼むぜ、ここは勇者らしくビシっとしてくれよ。


「え、えっと、おじ様? こういう場合は、どうしたら良いのでしょうか」

「よし、俺の後に続いて復唱しろ。まず挨拶は『ヘイ! 税金泥棒は儲かってるかジーサン!』からで……痛ってえ!」


 大人の尻を軽々しく叩くのは止めろと、何度言ったら分かるんですかね、勇者様!


「やればできるんですから、勇者の血に相応しい振る舞いをして下さいと何度言ったら分かるんでしょう、あなたったら」

「くそっ、お前は俺の親戚か何かか、丁度同じようなこと考えやがって…」

「あなたにとっては"はとこの子"でしょう?」


 そうでしたね。くそっ、スケコマシ勇者め、遠慮無く種をばら撒きすぎだ。

苦々しくウェットシガー(薬巻たばこ:薬草などを巻いて乾かしたもの。火をつけないタイプを指す)を噛み潰していると、アニーゼの眉の角度が険しくなってきた。

そもそも、俺への呼び名が「あなた」に変わった時点でそれなりに怒っている証拠である。

これ以上尻が腫れてはたまらんので、俺は両手を上げて降参の意思を示した。


「分かった分かった、真面目にやるよ。まぁ、町長さんが嘘を付いてごまかしたようにも思えねぇ。つーことは多分、本気で困ってる人らは別に居て、このジジイは意地張ってるだけってこった」

「意地など張っとらんわい、若造め!」


 意地を張ってる奴ほどそういうことを言うのだ。酔っ払いと同じ理屈である。


「すみません、勇者様。私が町の守備隊長で……ん?」

「ライナス! だいたいなんだお前たちは、不甲斐ない! たかだか畑荒らし相手に、足を噛まれたくらいで臆病風に吹かれおって!」

「は、畑荒らし……ですか?」


 そりゃあなんとも、しょぼくれた話だ。流石のアニーゼも困惑顔である。

大概の町じゃ、多少はともかく畑を全部石壁の中に入れる訳にはいかない。

理屈は簡単、人が増えりゃあ畑は増える。だが畑を広げるたびに、石壁を積み直していく余裕なぞ無いからだ。

ま、守る立場は大変ってのも分かるんだがね。そんな事でいちいち呼びつけられちゃ、勇者としてもたまったもんじゃない。

俺たちの懐疑の視線が突き刺さったんだろう。ライナスとかいう警備隊長は、首をぶんぶんと振って否定した。


「とんでも無い! 奴は畑荒らしなんぞに収まるものでは有りませんよ。それに足を噛まれたと言うのだって、ブラウンの足は鉄の脚絆ごと噛み砕かれたんですよ!?」

「む、それは確かに厄介ですね」


 隊長さんの話を聞き、アニーゼの顔つきに緊張感が戻る。

鉄の脚絆ごと噛み砕くとなると、確かに生半可な顎力じゃないな。

俺達の想像が、ほっかむりを被ったゴブリンのようなのから、恐ろしい牙を持った魔獣へと変化する。


「だから、それが情けないと言っておるんだ! ワシが手本を見せてやると言っているだろう!」

「年寄りの冷水はよしてくれ爺さん! アンタにゃ感謝しているから、余生を楽しんでくれりゃだな……!」


 2人の兵士による主張の差異は、いつしか卓を挟んでの大激論になっていた。

アニーゼの尻尾もだらんと垂れ下がり、やや不安げといった所。ま、こんな場所でうだうだしてる時間が勿体無いのも確かだ。

こっちはこっちで話を進めるとしようじゃないか。


「……ふむ、『ドレイクモール』か。こんな人里近くまで出てくるのは珍しいんじゃないか?」

「おじ様?」

「まぁ、聞き齧りなんだがな。えーと確か、魔獣図鑑によると……」


 ザックの中から一冊のノートを取り出して、ペラペラと中身を眺める。

あぁ、そいつは雑食性のモンスターで、普段は地中から顔を出さず木の根っこなどを食い荒らして生活しているらしい。

多少の岩盤なら噛み砕く牙を持ち、時折自らが掘り進んだ溝に落ちてきた動物なども、残さず食いつくすのだとか。

こいつが一匹住み着けば森が死ぬので、長耳種エルフなどからすれば怨敵だ。

設定辞書データブック】の奴は、危険度はだいたいBランクくらいだとか言っていたが……


「たしか、凄えタフなんだよな。それこそ、胴体をちょん切ったくらいじゃ死なないそうだ」


 ノートの中ではHPの欄が星6つくらいで記されて、そのタフネスをアピールしていた。

この手の相手に俺のチートは相性最悪だな。ただ「当たる」だけのチートは、とにかく火力が足らん。

言い換えればアニーゼの【光刃貴剣エンチャントノーヴル】にかかりゃちょいとタフな程度の敵ってこった。

気高き心が武具に光を纏わせる【光刃】のチート。百年前に邪神すら一刀両断にしたとかいうそれが、ただのしぶといモンスター程度に遅れを取るはずもない。


「まぁでも、お嬢なら頑丈なだけの相手なんざ怖くないだろ?」

「はい! 勇者として、悪を斬らせて頂きます!」


 あとは斬るだけとなれば、この頼もしさである。ま、ちょっとした作戦もあるし、そう苦戦もしないだろう。

未だ口論の収まらぬ二人の兵士は放っておいて、俺達の仕事を始めようじゃないか。






 □■□






 月の登る夜、バァン、と火薬樽の弾ける音が空に轟いた。

目の退化した奴ってのは、総じて別の部分が敏感だ。けたたましく地響きが鳴り、鏃のような嘴を震わせ、土の中から「そいつ」が現れる。

人をたやすく飲み込む直径に、10メートルはあろうかという全長。鋼のように硬い鱗と分厚い皮膚の下は、糊のようなゲル状の脂で覆われているとかいう面倒な相手だ。

別名『森殺し』とも呼ばれるドレイクモールは、普段は餌の豊富な原生林の中に住み、数年で根っこごと食い尽くしては別の餌場を探して地中を移動していくらしい。


 ……どうやってこの巨体で移動してんのかと思ったら、ドリルの様に身体をひねって穴を掘り進んでるのか。

こういうのは、実際に見てみないとわからんもんだな。


「気をつけろよアニーゼ。ちょっとたたっ斬ったくらいじゃ、すぐに傷口が塞がって致命傷には至らないとかいう話だぞー」

「はーい、分かりましたー」


 なんせ、輪切りにしても上半身のみで生き延びて逃走した記録があるくらいだ。

流石の勇者でも、地中を高速で逃げる相手を追うのは無理がある。この場で仕留め切れなきゃあちょっと面倒な事になるから、決めるなら一撃で決めてほしい所だな。


 アニーゼの邪魔にならんよう遠くに下がった俺を、やや白い目が出迎える。

結局隊長さんは爺さんを抑えきることができず、万が一の時の見届人という名目で二人とも連れてきたのだ。

……まぁ、実際にはワシが出ると言って聞かない爺さんを抑えてもらう為にもう一人呼んだんだけどな。

下手なことされて、いらん犠牲が増えるのも面倒だ。ここはアニーゼにちゃちゃっと片付けて貰わんと。


「……おい、本当にあの嬢ちゃん1人に任せて何もせん気なのか。お主も勇者の端くれじゃろが」

「バーカ、筆頭様と出がらしを同じに並べんじゃねえよ。それに何もしてない訳じゃない、ちゃんと囮用の火薬樽を投げただろうが」

「いや、それは結局なにもしてないというのでは……?」


 かー、これだから素人さんは困るね。あれにはちゃんと俺の【十中八駆ベタートリガー】が仕掛けてあったんだ。

まあ運良く直撃とは行かなかったようだが、ちゃんと誘い出せたんだから及第点だろう。


「いいから黙って見とけって。お嬢の戦闘の邪魔をするわけにも行かないんだから」


 そうこう言っている内に、夜の闇を金色の光が照らし始める。

アニーゼが戦おうとしている証、【光刃貴剣】の光の色だ。


「……来なさい、化け物」


 自身の背丈とそう変わらん刃渡りの剣先を、ブレさせることすらなく敵に向ける。

小さく柔らかいが、あれで実はみっちりと肉の詰まった身体だ。生物としての格の違いに圧され、ドレイクモールがやや腰を引く。


「でなければ……こちらから行きます!」


 だが、あちらにも森の暴君としてのプライドが有るのだろう。溜めきったバネを解放し、お互いが交差するように飛びかかった。



 ――ギャアアアアッ!?



 頭を貫かれたモンスターの悲鳴が、夜の野外にこだまする。

ドレイクモールよりも、僅かに高く飛び上がったアニーゼが【光刃エンチャント】ごと大剣を投擲。

頭蓋骨を貫通した刃は相手の頭部を地面に縫い止め、慣性によってそのまま胴体まで引き裂いたのだ。


「……あら? これで終わりです?」


 着地したアニーゼは大地から自身の獲物を引き抜くと、不思議そうな顔をしてそう言った。

ピクリとも動かないモンスターからは、デロリとした脂が垂れて地面を汚している。ここから起き上がってくるなら、それはもう別のアンデッドか何かである。


「だから言ったじゃねーか。あんまり期待するなって」

「ええー……真っ二つになっても死なないって話だったのに……」

「そりゃ横にちょん切られた時の話だ。誰が縦にやると思うか」


 ポカンと口を開けて呆ける隊長さんほどじゃ無いが、俺だって信じらんない物を見た気持ちだよ。

苦戦するはずとは言わないが、まさかこんな形で両断するとは思わなかった。お前これ、魚をおろすんじゃ無いんだぞ?


「……ふ、ふん、なるほど。討伐されたと言うなら文句は無いじゃろ。早いとこ死骸を見せて、小心者を安心させてやるとしよう」


 年の功か、どうにか威厳だけは保っていた爺さんがそう言って、アニーゼも不完全燃焼ながら納得したようだった。

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