第38話

 マリオン軍基地では、サイードが到着するやいなや、緊急軍事会議が召集された。自衛隊の隊員の多くは、今回の襲撃によって負傷した人々の救出活動に駆り出されていた。他国も同様であったが、ゴダリア軍だけは、多くの兵がまだ基地に残っていた。

 凌介は、緊急軍事会議が終わるまで待機するように言われ、宿舎の部屋に戻った。部屋でコーヒーを飲みながら、義足のデータを取っていると、剛も戻ってきた。

 「ゴダリア軍もようやく出撃したらしいが、まだ交代要員への引き継ぎが終わってないとかで、大半は残っているそうだ」

 「ふーん。それじゃ、マリオン政府に不信感を持たれてもしょうがないね」

 剛は日本から持参した緑茶のティーパックを取り出し、カップに入れてポットのお湯を注ぐと、それを持って凌介の対面に座った。

 「ゴダリア軍が今日派遣部隊の入れ替えをするという情報がNESに漏れたんじゃないかと言っている人間もいるそうだ。ゴダリア軍の動きが悪くなる日を狙ってNESが攻撃してきた、というわけだ」

 「なるほど……ここにNESのスパイがいるなら今朝の件も説明が付くな」

 「何のことだ?」 

 「俺達がサイードさんの事務所に行くって話は他国の軍も知っていたんだろう?」

 「ああ、マリオン政府から要請があったと昨日の全体会議の場で発表されていたからな」

 「じゃあ、今朝トラックに仕掛けられていた爆弾は、この基地の人間とつながりのある者なら仕掛けることができたわけだ」

 「まぁ……そういうことになるか。ここから行くとなると、普通はあの道を通るだろうからな。だが、なぜ俺達を狙う必要がある?」

 「俺はゴダリア軍の基地でNESの人間を見ているからな。口封じかもしれない」

 「ってことは、情報を漏らしたのもゴダリア軍か……だが、ちょっと信じられねぇな。NESと戦っていないというなら、日本だって同じだぜ。俺が言うのもなんだが、まだNESに対する積極的な武力行使は認められちゃいねぇんだ。それに、NESは四年前、ゴダリアを襲ったじゃねぇか」

 「そうだ。だが、NESがゴダリアに進攻したのは、その一回だけだ。その後の四年間でNESはかなり勢力範囲を広げているのに、ゴダリアには手を出していないんだ」

 「アイツらは、まずはマリオンを制圧したいんじゃねぇのか?」

 「そうだとすると、四年前は、なぜゴダリアを襲ったんだろうか」

 剛はテーブルの緑茶を一気に飲み干した。そして、椅子の背にもたれかかり、天井を眺めながらつぶやいた。

 「……取引があったのかもしれんな」

 「取引?」

 「再び襲われたくなければ協力しろ、ってNESがゴダリアを脅迫して、ゴダリアが応じたってことだよ。ゴダリア政府はテロの直後、NESを全滅させるって息巻いてたが、ありゃ嘘だったのかもな」

 「裏ではNESと取引していたってことか。NESは資金と武器を手に入れることができ、ゴダリアは国の安全と鉱物資源を手に入れることができる……拉致された学者たちもゴダリアとの取引に利用されたんだろうか」

 「どうかな。想像するのは勝手だが、証拠もねぇし、いくら考えても俺達には真実なんてわかりゃしねぇよ。副大統領が調べてもわかっていないことだぜ」

 「そうだな……情報収集が必要だ。じゃあ、今後の捜索のプランを練ろうぜ」

 「お前、まだ捜索を続けるつもりか?」

 「当たり前じゃないか。お前にとっても任務のはずだ。調べる場所ももう決まっているだろう?」

 「それってのは、鉱山病院か。ったく、しょうがねぇやつだな。ちょっと調べてくるから、お前はここで待ってろ」

 そう言うと、剛は後頭部をかきながら部屋を出て行った。凌介は、剛が戻って来るまでの間、義足から取り終わったデータを永井に送り、自分達が無事であることを、メールで両親や大学の研究室のメンバーに連絡した。今朝の襲撃は日本でもニュースになるはずだ、と凌介は考えた。また、サイードとの約束通り、永井には、ニューロ・アイから流れてくる画像を全てサイードにも送るように依頼した。

 そうして、凌介が一通り連絡を終えた頃、剛がノートパソコンを持って戻ってきた。剛は遅くなったことをびると、ノートパソコンをテーブルに置き、凌介と並ぶようにして座った。

 「衛星から撮ったバラム鉱山の写真を集めてきたんだが、鉱山病院の周辺も兵士だらけだぜ。ちょっと見てみろよ」

 そう言って剛は鉱山病院付近の写真を拡大した。

 「この白い建物が鉱山病院か。たしかに、銃を持ったNESの兵士らしき姿があちこちに見えるな。それ以外の人間も多いようだが……これは鉱山で働いている人達か?」

 「そうだ。鉱山周辺に住む人達が働かされてる。子供が多いぜ。これじゃ空爆もできねぇよな」

 凌介は鉱山病院が写っている他の写真も確認した。

 「鉱山病院に人の出入りはあるんだろうか?」

 「それだが、この写真を見てみろよ」

 剛が拡大した写真には、白衣を来た人間が写っていた。

 「服装からすると、医師のように見えるな」

 「俺もそう思う。それと、こっちは夜中の写真なんだが、電気も点いているだろ? 建物自体は使われていそうだぜ」

 剛が次に拡大した写真では、病院の窓から明かりが漏れていた。

 「そのようだな。夜の写真は他にもあるのか?」

 「ああ。昨日から一か月前ぐらいまではあるぜ。暗くてよくわからんのが多いがな」

 凌介は夜中に撮影された鉱山付近の写真を一つ一つ時間をかけて確認した。そして、地図のデータベースにアクセスし、鉱山付近の地図を細かく調べた後、意を決したような面持ちで剛の方を向き、言った。

 「剛、今晩だ」

 「はあ? 何がだ?」

 「今晩、鉱山病院に行くんだよ。昼間に比べると警備は手薄だし、北東の森を抜けたところに鉱山病院はあるから、このルートで近付けば、兵士に遭遇する確率は少ないと思うんだ。それに今日は新月だ。鉱山病院までのルートに照明は無いから、闇に紛れて近付けるはずだ」

 「だが、真っ暗じゃ、こっちだって進むのは難しいだろう」

 「それは問題ない。このニューロ・アイには赤外線カメラも搭載しているんだ。暗闇でも見えるんだよ。昨晩試してみたんだが、問題なかった」

 「夜中に出て行ったのはそのためか。お前はいろんな目を手に入れたんだな。で、俺はお前に付いて行けばいいわけか」

 「いや、今回は俺一人で行こうと思う」

 「何だと?」

 「偵察に行くだけなら、俺だけの方がいいだろう?」

 「……」

 「ただ、森の北端までは車で送ってもらえないか? さすがにあそこまで歩いて行くと、義足の電池が持たない」 

 「お前、どれだけ危険かわかっているのか? 平気で人を撃ち殺す奴らの基地に行くんだぜ。お前の逃げ足が速いのは知っているが、銃弾よりは遅いだろうが。防弾チョッキも当てになるもんじゃねぇ」

 「ああ、わかってるさ。基地のある坑道の方には行かないし、鉱山病院の中を少しのぞいたら、帰ってくるつもりだ」

 「……ダメだ、ダメだ。いくら何でも無謀だぜ。上の許可も出るわけがない。悪いが、今回ばかりは協力できねぇよ」

 そう言うと、剛は上着を脱ぎ棄て、身を投げるようにしてベッドの上に寝転がった。そして、腕を頭の下で組み、目を閉じたまま、何も言わなくなった。

 「わかったよ。巻き込もうとして、悪かった……ゴメン」

 そう言うと、凌介は部屋を出て行った。剛は黙ったままであった。

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