Six Cats 浜辺の哲学

 海鳴りが、ネコミミに響き渡る。バスケットを手に持ったチャコは、砂浜へとやって来ていた。

白い浜辺を覆う波を追いかけ、チャコは視線を遠方へと向ける。壁の手前にいくつもの巨大な風車が聳え、唸りながら回っている様子が見てとれた。

低い回転音は、海鳴りとともにチャコのネコミミに響く。

「風力……発電……」

 ふと、そんなチャコのネコミミに聴き慣れた声が届いた。砂浜の左手へと顔を向けると、砂浜の上にちょこんとハイが座っている。

 ハイは砂浜に積み上げられたたくさんの本に囲まれていた。その本の中心で、ハイはじぃっと三白眼を開いた本に向けている。

 本の山に近づき、チャコはその1冊を手に取ってみる。

「イブの7……女と良い?」

「イブの七人の娘たち……。本の、題名……」

 本の表題はニホン語で書かれており、チャコには難しくて読み解けない。そんな本の題名をハイはすらすらと答えてみせた。

「分かる……。そのくらい」

「漢字読めなかったくせに……」

 むっとチャコはハイを睨みつける。ハイは本のページに視線を向けたまま、返事をよこした。

マブが統制する箱庭地区では、基本的に英語が公用語として使用されている。

学園ではチャコたちのご先祖様であるニホン人が使っていたニホン語を勉強するが、読める子供はほんとうにいない。

チャコもひらがなとカタカナは少しだが読める。でも、漢字となるとお手上げだ。音ではなく意味がある文字を無数に覚えなければいけないなんて、面倒くさいとしか感じられない。

ニホン語が読めるのは、学園でもトップクラスの成績を修めているハイのような秀才ぐらいだ。

「細胞内に存在するミトコンドリアは母親由来のものであり……そのミトコンドリアの遺伝子を遡ることによって人類のイブを突き止めた……サイエンスドキュメンタリー……ブライアン・サイクス著……」

「また、そんな難しい本ばっかり読んでる。牛乳入手作戦のこともそうだけど、ハイって変なことに頭使い過ぎだよ」

 はぁっと溜息をついて、チャコは本を元に戻す。本当に、この双子の弟は何を考えているのかよくわからない。

「姉ちゃんが、空っぽ過ぎるだけだよ……」

 ぴくりとネコミミを動かし、ハイが喋る。本から眼を放して、ハイはじぃっとチャコを見つめてきた。

「姉ちゃんは、良い子すぎる……」

 ハイの声が哀れみを含んでいると思ってしまうのは気のせいだろうか。見透かすようなハイの黒い瞳からチャコは眼を逸らすことができない。

「そんなんじゃ……大人たちに……騙されるだけ……」

「別に、騙されてなんて」

「生理的早産……」

 チャコの言葉をハイが遮る。

「通常ヒトの新生児は他の哺乳類と比べ……とても未熟な状態で生まれてくる……。これを生理的早産と呼ぶ。ヒトは直立二足歩行による骨盤の矮小化によって母体での成長に限界がある。そのため……本来ならば21ヶ月で誕生するところを……大脳の成長を優先させることにより10ヶ月に短縮して生まれてくる……。でも、ボクたち人工子宮で育てられるチェンジリングは21ヶ月で誕生する……」

「それが、どうしたの?」

 どうしてハイはそんなことを聞いてくるのだろう。チャコは困惑にネコミミをゆらしていた。自然分娩で生まれた赤ちゃんをチャコは見たことがない。だが、ハイが言っていることはシスターたちに教えてもらったことだし、学園でも繰り返し習う。

 生理的早産を人工子宮によって克服したことにより、チャコたちチェンジリングは他の乳幼児と比べて出生後の死亡率が極端に低い。育児も容易なものとなり、子育ての経験がないシスターたちでも育てることが出来るようになるのだ。

 自然分娩と違い未熟児が生まれないメリットだって人工子宮にはある。自然分娩より安全だし、赤ちゃんだって育てやすい状態で生まれてくる最高の方法だと大人たちは言っている。

「ボクと姉ちゃんは……10ヶ月で生まれた……。それにね、知ってる姉ちゃん……?。ナンバリングが被った状態で生まれてきたチェンジリングは、ここ数十年存在しないんだ……。ちゃんと調べてないから分からないけど……、特定のナンバリングを持ったチェンジリングが被った状態で生まれてくる場合、先に生まれていた方のチェンジリングがすぐに亡くなってる。病気とか……事故とか、亡くなり方は色々だけど……。まるで誰かが……遺伝子のまったく同じチェンジリングを生み出さないように……調整してるみたい……」

「それって……」

 チャコの脳裏に、さきほどまで一緒にいた赤ちゃんの姿が過っていた。ハイとよく似た三白眼を持つ、ハイと同じナンバリングの弟。

 まるでハイは、その弟が自分の身代わりとして生まれてきたようなことをいってくるのだ。

「姉ちゃんは平気……。今日生まれた赤ちゃんの中に、姉ちゃんと同じナンバリングの子はいなかった……」

「ハイっ」

「ボクはもう、用済みなのかもしれない。ボクが――」

「ハイってばっ!!」

 喋るハイの言葉を、チャコは怒声で遮っていた。きょとんと自分を見つめる弟に、チャコは持っていたバスケットをずいっと押しつける。

「朝ごはん。お腹すいてるから、変なことばっかり考える」

「お仕置き……。食べさせて、もらえなかった……」

 バスケットを受け取り、ハイはしゅんとネコミミをたらしてみせる。お仕置きのために第二次牛乳入手作戦に加担したハ子供たちは朝食を抜きにされてしまったのだ。

作戦に失敗したハイを待っていたのは、シスターのお説教とチビ茶トラたちの文句の嵐だった。そんな状況から逃れるために、ハイはマブの館の前方に広がるこの海岸まで逃げてきたのだ。

 チャコは朝食を持参して、そんなハイを追ってきた。

「ご飯……なに?」

「鯖サンドだよ。牛乳も入ってるっ」

「うぅー!!」

 にっこりと笑うチャコの言葉に、ハイは弾んだ声をあげる。ハイは両手でバスケットを捧げ持ち、ネコミミをぴょこぴょこ動かしてみせた。

「鯖! 鯖!!」

「本当に、ハイは鯖好きだよね」

「うぅー!!」

 バスケットを砂浜に置き、ハイはその蓋を嬉々を開けていく。

「うぅ……?」

 バスケットの中身が顕になったとたん、ハイのネコミミはしゅんとたれさがった。

「どうしたの?」

「鯖サンドとは似てもにつかない……謎の物体が……ボクの目の前にある……」

 冷めた眼でバスケットの中を覗き込んだまま、ハイは答える。バスケットの中には、ラップで乱雑に包まれた歪な形のサンドイッチがあった。

 本来四角形であるはずのパンの部分はボロボロに崩れ落ち、そこから黒い炭化した物体が顔を覗かせていた。

「鯖……?」

 ラップに包まれたサンドイッチを摘みだし、ハイはパンに挟まれた物体をマジマジと見つめる。

「仕方ないじゃない。キャリコさんに手伝ってもらったけど、上手くいかなかったんだから……」

「やっぱり……姉ちゃんが作ったの……」

 眉間に皺を寄せ、ハイはチャコに迷惑そうな眼差しを投げかけてくる。弟の避難の眼差しに耐えることが出来ず、チャコは叫んでいた。

「あぁーもぅ仕方ないでしょう! 私、料理なんてちっとも作んないもんっ。でも、キャリコさんだって、すっごく真剣に手伝ってくれて――」

「あの人が……」

 がしがしとネコミミを掻きむしるチャコに、ハイが声をかけてくる。驚いたように眼を見開いて、ハイは鯖サンドを見つめていた。

「そうだよ……。あの人、私も苦手だけどさ、悪い人じゃないと思う……」

 ハイを見つめ、チャコはキャリコの言葉を思い出していた。

 ――育ち盛りなのに、朝ごはん抜きなんておかしすぎるわ!!

 そう怒りながら、キャリコは鯖サンドの作り方をチャコに教えてくれたのだ。チャコにサンドイッチの作り方を教えてくれる彼女の姿は、とても楽しそうだった。

 だから、チャコは分からなくなる。自分の母親になってくれるというこの女性が何を思い、感じているのか。

 ハイはくんくんとサンドイッチの匂いを嗅ぎ、ラップを小さな手で外していく。ぱくりとサンドイッチを一口食べて、ハイは言葉を発した。

「炭の味がする……」

ぐわっとハイの眉間に皺が寄る。眼に涙をじんわりと浮かべながら、ハイは大きな口を開けてサンドイッチをぱくりと食べた。ぶわりと、ハイの三白眼から涙がこぼれ落ちた。

「不味い……」

「悪かったわね……」

「でも……吐き出すほどじゃない……」

「フォローになってないから」

「キャリコさんが……作れば良かったと思う……」

「あぁー、もぅ作んないからっ! ほらっ学園に行くよ。チビたちはもう出発してる」

 叫んで、チャコはハイの手を握り締める。その手をハイは振り払った。

「ハイ?」

「シスターたちに言われた……。今日はボク学園お休みだって……。カルマ先生の治療を受けなきゃダメだって……」

「ケットシーの治療?」

 チャコの言葉にハイは視線を合わさず首を縦に振る。

 チャコはハイの言葉に顔を曇らせていた。

 カルマ・イエイツ博士は、箱庭01地区ロンドンからやって来た優秀な催眠療法家だという。幼少期にケットシーの能力を発言させたハイは、彼の催眠療法によってその能力を抑え込まれているというのだ。

「催眠療法……。ケットシー化は……強い感情体験を得て、体内のキャットイヤーウイルスが変異して……起こる現象……。だから……原因になる思いそのものを忘却させることにより……キャットイヤーウイルスの変異を抑え……抗生物質などの投与により……根治させることが理論的には可能である……。ただし……人の記憶はその人物を形作るアイディティにほかならない……。記憶によって……人格は作られる……。故に……ある程度成長したキャットイヤーウイルス感染者にこの治療は効果を発揮しない……。その者にとって、ケットシーとなった感情体験は、人格を形作る上で重要な要素となっているからである……。効力が発揮されるのは……まだ自我の確立していない幼少期にケットシーとして能力を発現させた個体のみである……」

「ハイ……」

 しゅんとネコミミをたらして、ハイは言葉を続ける。

「ボクは実験ネコみたいなもの……。ちっちゃいときにケットシーになって……ボクだけが、ケットシーから普通の感染者に戻った……。でも、完全じゃないんだって……。たまに記憶が戻りかけてるいるらしい……。だから……カルマ先生の治療をずっと受けなきゃいけない……」

 治療を辛いと、ハイは言ったことがない。でも、ハイのしゅんとたれさがったネコミミを見つめていると、チャコは悲しい気持ちになるのだ。

 チャコは小さな、弟をぎゅっと抱きしめていた。

「姉ちゃん?」

「寂しい人にはね、ぎゅっとしてあげるといいの……」

 抱きしめたハイの体は、同い年の自分よりもずっと小さくて細い。変異したキャットイヤーウイルスのせいで、ハイは長年闘病生活を送っていた。その影響が、発育の遅れとして現れているのだ。

 ハイの体を抱き寄せる。小さくても、ハイの体からははっきりと心地よい心音が聴こえた。

「サツキママの受け売り……?」

「どっちかっていうと、リズ姉かな。ねぇハイ。わざと、騒ぎ起こしたでしょう?」

「なんの、こと?」

 眼に優しく微笑みを浮かべ、チャコはハイの顔を覗き込んでいた。ハイはこくりと首を傾げ、しらばっくれてみせる。

「ボクは……牛乳が飲みたかっただけだよ……。姉ちゃんこそ……どうして、ボクの作戦が分かったの?」

「歌がね、教えてくれたの?」

「歌……」

 そっとチャコは海を眺める。砂浜に打ち寄せる漣の音をメロディに、涼やかな歌声が聞こえてくる。

 サクラ・コノハの声を持つ誰かの歌声。その歌声が、チャコを妹たちの魔の手から救ってくれたのだ。

 妹たちに襲われた瞬間、その歌声は妹たちに語りかけた。

 私と一緒に遊びましょうと。

妹たちはその声に導かれるように、外へと出て行ってしまったのだ。そして、歌声はこうもチャコに語りかけてくれた。

 イタズラ好きな鯖トラたちが悪巧みをしていると。

「何か、想定外過ぎる……。何でもありだね……この歌声」

「本当、凄すぎだよね。どんな子なのかなぁ……」

 ふっとチャコはネコミミを歌声に傾け、眼を瞑っていた。瞑った眼の裏側に、かすかに覚えているサクラママの姿が浮かび上がってくる。

 長い銀髪が美しい、白猫のような人だった。いつも彼女は、太陽を想わせる金の眼に微笑みを浮かべていたものだ。

 そして、自分の家にいる小さな白猫の話を何度もチャコにしてくれた。

 とても幸せそうに声を弾ませながら。

「ボクも……会ってみたいかも……」

 嬉しそうなハイの声がネコミミに響く。チャコはびっくりして、眼を開けていた。

「ボクも……白猫に会いたい……」

 ハイが微笑んでいる。嬉しそうなハイの笑顔を見て、チャコは微笑みを浮かべていた。ハイの額に自分の額を押しつけ、囁きかける。

「探そうよ、白猫。リズ姉もきっと喜ぶし……」

「姉ちゃんも……喜ぶ?」

「うん、会えたら嬉しいかな?」

「じゃぁ……ボクも嬉しい……」

 笑みを深め、ハイはチャコに言葉を返す。

 笑い合う2人を優しい歌声が包み込む。チャコとハイは両手を繋ぎながら、海を眺めた。

まるで、2人に会いたいと歌声の主は囁いているようだ。

「大丈夫、会いにいくよ!」

「うぅー!」

 歌声に2人揃って明るい声を送る。少女の声は、嬉しそうに弾んだ歌声を返してきた。

「楽しそうだね。2人とも」

 そんなチャコとハイに声をかけるものがあった。ひゅっとハイがネコミミを逸らす。弟の険しい表情を見て、チャコは眼を伏せていた。

 ハイが声のした後方へと体を向ける。ふわんと赤いネコミミを海風になびかせる男性が立っていた。風は、適度に纏められた彼の長い赤髪もゆらしていく。鼻梁の高い容貌は、一目で彼が西洋人であることを分からせてくれる。金がかった緑の眼に笑みを浮かべ、彼はチャコたちを見つめていた。

「カルマ先生……」

「おはよう、ハイくん。暇だから迎えに来ちゃった」

 纏っている白衣を翻しながら、カルマは颯爽とチャコたちに近づいていく。ハイは怯えたようにネコミミを震わせ、チャコの背後に隠れてしまった。

「あれ、ハイくん?」

 チャコの目の前にやって来たカルマは、背後にいるハイを心配そうに眺める。

「うぅ……」

 ひょっこりとチャコの背後から顔を覗かせ、ハイはカルマに唸ってみせた。

「あぁ、鯖カレーも牛乳もあげてるのに、なかなか懐いてくれないなぁ」

「すみません。先生」

 苦笑を浮かべ、チャコはカルマに話しかける。カルマはチャコに顔を向け、にっと笑ってみせた。

「いいの。いいの。私は可愛い男の子が大好きなんだぁ。照れてるハイくんも見ものだよ……」

「うぅ!!」

 でれっと表情を崩し、カルマはハイをうっとりと眺める。ブルリとネコミミを震わせ、ハイはチャコの背中に完全に隠れてしまった。

「はぁ、男の子好きなんですね……」

「うん、大好き。可愛いもん。もちろん、チャコちゃんみたいに可愛い女の子も好きだよ。ショタとロリは、ガチで正義だと思うなっ」

 幸せそうに笑うカルマを見て、チャコは顔を引きつらせていた。

 ロリータという小説の話をチャコはハイから聞いたことがる。ロリータという幼い少女に恋をしてしまった男性が、その思いを叶えるために彼女の母親と結婚してしまうという無茶苦茶なお話だ。

 その話に因んで幼い少女に思い寄せる人間のことをロリコンというらしい。逆に幼い少年に思いを寄せる人間はショタコンと呼ぶ。

 チャコたちのご先祖様であるニホン人たちには、この人達のことを変態と呼んでいたそうだ。

そして、カルマ先生は正真正銘の変態なので近づいてはいけないとハイは言っていた。

「あれぇまた隠れちゃって、この照れ屋さん。可愛いお姉ちゃんが大好きなんだねぇ」

 カルマはうっとりとチャコを見つめる。背中に悪寒が走るのを感じ、チャコはネコミミを震わせていた。

 チャコは変態がどういった人間なのか知らない。でも、カルマ先生の不気味な視線や笑顔を見ていると、とても気持ちが悪くなってくるのだ。

 顔がそれなりに整っているせいか、カルマ先生はチェンジリングの少女たちの間でも高い人気を誇る。でも、チャコにはその良さがわからなかった。

「チャコちゃん失礼。ほら、ハイくん治療の時間だよぉ」

「うぅーー!!」

 ぐわりとチャコを押しやり、カルマは背後にいるハイへと手を伸ばしていた。ネコミミをビリビリと震わせ、ハイは悲鳴をあげる。きっとカルマを睨み、チャコは彼の手をぺちりと叩いていた。

「痛っ」

「隙あり……」

「ちょ、痛い。痛いよ、ハイくん!」

 きらんと三白眼を光らせ、ハイは彼の手にネコミミの連打を叩き込む。

「先生が無理やりハイを抱っこしようとするからですよっ! ハイはちっちゃい子みたいに扱われるのが嫌いなのに」

「うぅ……。ヘンタイに触られたら……変態が感染する……」

 すりすりとネコミミを両手で撫でながら、ハイは冷たい眼差しをカルマに送る。

「厳しいよぉ。2人ともぉ……」

 カルマは眼に涙を滲ませながら、2人に叩かれた手を摩っていた。相当ショックだったのか彼の長毛な赤ネコミミはへろんとたれさがっている。

「うぅ……ヘンタイ。ヘンタイ……」

「もうっ! 抱っこしないから変態連呼するのやめてっ! 本当にこっちは傷つくからっ!」

 叫ぶカルマに、ハイはぎろりと三白眼を向けてくる。

「うぅ、悪かったよ」

「分かれば……いい」

 ぐわっと眉間に皺を寄せ、ハイは低い声でカルマに告げる。そんな2人の様子をチャコは笑いながら見つめていた。

「ほら、ハイ。先生のところに行ってあげなよ。もう、反省してるみたいだし」

「うぅ……」

 背後を振り向き、チャコはハイに笑いかけてみせる。ハイは不機嫌そうに鳴いて、チャコの背中にぴたっと体を押しつけてきた。

「変態と……一緒にいたくない……」

「悪かったね、変態で!」

 白い眼でカルマを見つめながら、ハイはぼそっと答える。そんなハイをカルマは怒鳴りつけていた。

「ほら、ハイ」

「うぅ……」

 チャコは苦笑しながら、ハイに前方に出てくるよう促す。眉間に皺を寄せながらも、ハイはしぶしぶチャコの背後から前方へとやってきた。

「ほら、お手々繋ごうか」

「うぅ!!」

「痛ぅ」

 笑顔で差し出されたカルマの手を、ハイは容赦なくネコミミで攻撃する。

「変態……変態」

「悪かったから、それやめてぇ……」

「ハイ、許してあげなよ」

「うぅ……」

 不機嫌そうに唸りながら、チャコはカルマの手を握る。大きなカルマの手に包まれたハイの手は、とても小さく見えた。

「あれ、手繋いでくれるの?」

「姉ちゃんが許せって言った……」

「私のせいっ!?」

「うぅ……」

 ぎろりと不服そうな三白眼をチャコに向け、ハイは唸る。

「はぁあ、ハイくんは本当にシスコンだねぇっ!」

「うぅ!!」

「痛っ」

 爽快に笑うカルマの腕をハイは容赦なくネコミミで叩く。痛がるカルマの手を引き、ハイは言った。

「そろそろ行く……。治療の……時間……」

「そだね。行こっか」

 ハイのネコミミを優しく撫で、カルマは微笑んでみせる。ハイは微笑むカルマを一瞥し、じぃっとチャコを見つめてきた。

「ハイ?」

「いって……らっしゃい」

首を傾げるチャコに、ハイはゆっくりと手を振ってきた。チャコはニッコリと笑い、元気よくハイに言葉を返す。

「行ってくるね! ハイ」

「うぅ……」

 ひらりと制服のスカートを翻し、チャコはハイに背を向ける。砂浜をかけるチャコのネコミミに心地よく少女の歌声が響いていた。


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