010_0400 現代を生きる《魔法使い》Ⅳ~イクセスという《使い魔》~


 三人連れ立って来たのは、人の行き交いがほとんどない、敷地隅にひっそりと建つ平屋の建物だった。


「あれ? 部室のシャッターが開いてる……?」


 普段は電動シャッターを閉めているプレハブ小屋を見て、樹里が首を傾げる。


 元ガレージだったのだろう。普通車が二台は置けるスペースには、スチールデスク、ソファセットにティーテーブルなど、粗大ゴミ置き場から拾ってきたような古びた家具が設置されている。その側や上にはまだ新しいパソコン、冷蔵庫、電子レンジといった家電製品が置かれている。

 家具のない壁は本棚とラックで埋め尽くされている。背表紙からして難しそうな内容の本はあるが、ほとんどはマンガや小説、ゲームのパッケージや映画のDVDといった娯楽品、あとは中身の知れないダンボール箱が詰め込まれている。

 最近の子供は作らないのかもしれないが、秘密基地を連想する空間を彼らは部室にしていた。


 ただし彼女たち三人にとって、見慣れたものがなかった。いつもはコンセントの前に居座っているのだが。


「さぁ、番犬がいないのは、どっちだと思う?」


 を、代表して十路とおじが訊いた。


「番犬?」

「《バーゲスト》って、犬でしょう?」

「あぁ~……『どっち』というのは?」

「自分で出ていったか、誰かが持ち出したか、どっちかっつー意味ですわよ」


 樹里に説明して、コゼットは十路に文句をつける。


「堤さん、ちゃんとアレのしつけしなさいな」

「部長も知っての通り、俺が言って聞くようなヤツじゃないですよ」

「行儀の悪い犬ですわね……」


 部の備品なので当然共用だが、『それ』を使えるのが十路しかいないため、半分彼専用になっている。

 しかしそう言われても迷惑だと、十路は顔をしかめた。


「……あ。まさか」


 十路は昼休憩を思い出す。許可を出した記憶はない。


「……そこに転がってるのが全部知ってるか」

「ですわね」

「どうしてここで寝てるんでしょう……」


 コンクリート打ちっぱなしの床に、十路が見慣れはじめた人体が転がっている。当然部室に入った時から三人とも気づいているが、あえて無視していた。


「おい、和真かずま。なんでここで寝てる?」


 十路クラスメイトの問いに、彼は寂しげに倒れたまま答えた。


「……ナージャさんと二人乗りタンデムしようとして、悲惨な目に遭いました……」

「変なところ触ろうとしたんじゃないだろうな?」

「そんなことしてないです……ちょっと気分に浸りたかったんです……」

「お前、よく懲りないな……」


 和真とナージャは、自分たちの部活をサボって、娯楽品が大量にあるこの部室に押しかけて、よく居座る。だから後輩である樹里や、大学生のコゼットとも顔見知りだった。


「お姫様ぁ……」

「なんですのよ?」


 床に伏したまま、和真はあわれっぽい声を出した。

 コゼットはこの場では王女扱いされるのを嫌うが、和真のそれはあだ名と理解している。


「俺をなぐさめてください……」


 本当に王女扱いしてるなら、こんなこと言わないだろうから。

 だからコゼットも地の性格のまま、遠慮がない。


「なにアホ抜かしてますの?」

「…………」


 プリンセス・モード――猫を被っている時の彼女なら、誰もがあこがれるしとやかな王女の微笑で、曖昧あいまいに受け流すだろう。しかし今は真顔で一刀両断だった。ありがたすぎるお言葉に、和真は涙も出てこない。


「樹里ちゃん……」

「ふぇ!? 今度は私ですか!?」


 心優しい後輩の少女は、傷心の先輩男子高校生に対し、迷った末にオブラートに包んだ言葉を選んだ。


「え~、や、あの……高遠先輩でしたらきっと、私よりずっと素敵な女性がおられるかと……」

「…………」


 一応は笑顔を作っていたが、目を泳がせたかなり微妙な反応だった。


 リアクションに困ったか、和真は残るひとりに話を振った。


「……なぁ、十路」

「俺がなぐさめるとか、冗談じゃないからな」

「そうじゃなくて。お前の周りの女の子って、俺に優しくないよな?」

木次きすきも部長もナージャも、無視せずちゃんと反応するんだから、充分優しいと思うけど?」


 『なんでこんな節操ナシに付き合わないとならないのだろう?』と思いつつも、十路もちゃんと反応する。


「無視してーですけど、そうするとこの方、余計うるさいんだっつーの……」


 コゼットは文句を言いながらも、なんだかんだで面倒見がいい。


「高遠先輩って、素材はいいんですから……」


 樹里は基本、誰にでも優しい。


「例えばサボってないで部活で練習してたら、すぐに彼女さんできると思うんですけど……」

「めんどくせー」


 そんな彼女たちの言葉しんせつも通じないらしい。一度倒れたら気にしないのか、和真は砂にまみれるのも構わず、床の上をゴロゴロとガレージの壁際まで回転する。


「……視界に入って邪魔ですわね」


 そんなことをコゼットがつぶやいた時、外から駆動音が聞こえた。音は徐々に大きくなり、真っ直ぐこの場所に急接近している。


「ひゃっほぅ!」

「どわぁぁぁぁぁっ!?」


 そしてガレージに突入し、スキール音を響かせて、床に転がる和真をく寸前で急停止した。


「やっぱりナージャが乗って出たのか……」


 想像通りだったと、十路がぼやく。

 部室に飛び込んできたのは、大型オートバイにまたがったナージャだった。六月には使わない高等部男子指定のジャケットを着て、その中に長い髪を入れ、スカートの下にはレギンスをはいている。


「ナージャさん! 危ないじゃないですか!?」

「というか和真くん。地面に転がってたら危ないじゃないですか」


 さすがに起き上がった和真の非難は無視して、ナージャはオートバイから降り、ヘルメットを脱いで髪を外に出す。


「ふぅ……フルフェイスだと暑いですね」


 少し紅潮した顔でナージャがかぶりを振ると、ジャケットとヘルメットに押さえられていた髪が跳ねる。それだけでクセが消え、白金色の髪はサラリとしたロングヘアに戻る。


 ナージャは女性にしては長身の上、腰の位置も高く足も長い。しかも完全に西洋風の顔立ちの美人であり、またがったオートバイから降りる姿は、かなり様になっている。赤くなり始めた陽射しの中での彼女の仕草は、まるで映画かドラマのワンシーンだった。


「わ……」


 相手は同性ながら、その様に樹里は小さな感嘆の声を上げさせる。


 しかしナージャは、ジャケットのポケットに突っ込んでいたビニール袋を掲げてのドヤ顔で、全てをブチ壊す。


「芋ヨーカン買って来ました!」

「毎回思うんですけど、貴女も中身が残念な方ですわよね……」


 女性ライダーの姿は一瞬でかき消えた満面の笑みに、二面性で地が残念な王女が半眼を返した。


「いや~。お店が遠くて。だけどお昼に急に食べたくなって」

「ウチの部の備品なんだから、勝手に使うんじゃない……あと俺のメットとジャケットも」

「いやでも、ご本人さんが乗せてくれましたし」

「お前も隙あらば勝手に出歩こうとするな……」


 ナージャから矛先を変えて、十路がごく自然に文句をつける相手は、オートバイだった。

 レース用のスポーツバイクのようだが、ボディが欠けて風防カウルがない。分類するなら『ストリートファイター』と呼ばれる大型車に見えるが、メーカーカタログでは見ることのできないフォルムだった。

 赤と黒でペイントされたボディには、炎を意匠した文字で"Bargestバーゲスト"とロゴタイプされている。イングランドの伝承に登場する犬の姿をした邪悪な精霊が、この車体につけられた名前だ。


【無人で走る幽霊バイクの噂を広めるのと、どちらがいいでしょうか?】


 普通あるはずない返事が、理知的な女性の声で、少し不機嫌そうにあった。

 黒猫やカラスや白フクロウではないので奇異に見えるが、彼女はファンタジーの世界では馴染みの存在だった。


「あのな、イクセス? 仮でも俺の《使い魔》なら、勝手に目の届かないところに行くな」


 十路の転入に際して作製されてこの部室にやって来た、その名が示す相棒役だった。車体は《バーゲスト》と名づけられているが、彼女という人格はイクセスという名前を持っている。


 彼女は《使い魔》の名に反し、《魔法使い》に従う性格ではない。法的な扱いは部の備品であり、十路の所有物ではないので、大人しく言うことを聞く気がないらしい。ただでさえ慇懃いんぎん無礼で、言い方にトゲがあるのに、だ。


【動かないと調子が悪くなるんです】

「だったらひとまず整備させろ。お前、俺が整備しようとしたら、いつも逃げるだろ」

【トージはエロいですね……】

「なぜさげすまれる?」

【私を裸にき、敏感な内部機構アソコをいやらしくいじり倒し、太くて固くて黒光りする工具モノを無理矢理挿入れようだなんて……】

「イクセス……? 自分がバイクだって自覚あるか?」

【自覚があるからこそ、私からすれば、整備はそういう行為です】

「…………」


 十路は反応に困る。乙女オートバイの気持ちなど、理解できるはずがないので。


「女の子をムリヤリだと……!?」

「わ……十路くん、最低ですね」

「……おけ。わかった。了解。お前ら、どうしても俺を歪めたいようだな」


 ちなみに和真とナージャは、このしゃべるオートバイに、ほぼ最初から馴染んでいる。


――変形合体するんスか?

――へぇ~。最近のバイクってしゃべるんですね。


 これが初めて見た時、ふたりが発した言葉だった。十路たちがむしろ『それでいいのか?』と思うほどに呆気なかった。ちなみに変形合体はできない。


 そんなこともあり、普段は混乱を避けるために普通のオートバイとして振舞う中で、イクセスの正体を知っている数少ない部外者となっている。いつも部室に遊びに来るので、仕方なく正体を教えるしかなかったとしても。


「というか貴方方あなたがたね……いい加減、ここに集まるの、やめてくださらない?」

「まーまー部長さん。お茶請けを買ってきましたから、紅茶と一緒に楽しみましょう」

「え? ナージャ先輩、芋ようかんに紅茶ですか……?」

「紅茶大国ロシア生まれですから」

【カズマ。私のケーブルをコンセントに挿してください】

「バイクにまでアゴで使われる俺って……」

【部外者なのですから、ヒエラルキー最下層に決まってるでしょう】


 部員+備品+部外者という奇妙な面子がそろい、ガレージを改装した部室内で、よくこうして騒ぐひと時も珍しくはない。

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