第四十四幕 人喰雷獣との戦い
七月の四日の夜を過ぎてからの五日未明の深夜のことであった。
俺とすずさんとおあきちゃんの三人は、ここ本所の
「今夜に
俺は、すずさんに尋ねる。
「すずさん、今回はどんな妖怪かはわかっているんですか?」
すると、すずさんが応える。
「さぁねぇ、それがわからないんだよ。人が
その言葉に、隣にいるおあきちゃんが俺の手を握る。
俺たちが路地に入って裏手に回ると、すずさんが
カチャリという音と共に開いた錠を取り外し、俺たち三人は中に入る。
すずさんが暗い部屋の中に狐火を浮かばせて口を開く。
「うーん……
その言葉に、俺は返す。
「
すると、すずさんが闇の中を指差して俺たちに顔を向ける。
「りょうぞう、おあき、いたよ。ありゃあ
宙に浮いているすずさんの
緊張の糸が
「珍獣って……ただのラクダじゃないですか」
ところが、俺と手を繋いでいるおあきちゃんは、あからさまにうきうきした口調になる。
「すごぉい! あれが
なんだか、おあきちゃんが想像以上にはしゃいでいた。俺はおあきちゃんに声をかける。
「……おあきちゃん? ひょっとして、ラクダ見たことないの?」
「初めて見る! 背中に
すると、すずさんがおあきちゃんに伝える。
「おあき、海の向こうには
「へぇぇ! そんな
おあきちゃんが興奮した様子でラクダの柵の隣を指差すと、そこには地面に胴体を下ろしてすやすや眠っているクジャクがいた。
この時代の人にとっては、これでも充分に見世物としての興行が成立するものらしい。
――もしもキリンやペンギンを江戸時代の人たちに見せたら、どういう反応を返すのだろうか。
すずさんが振り返り、俺に伝える。
「あれ? りょうぞう、あまり驚いてないねぇ? もしかして、未来ではもっと珍しい
俺は乾いた笑い声を出して応える。
「あはは……まぁそうですね。未来には世界中の珍しい鳥や
俺がそう言うと、すずさんはきょとんとした顔を見せた。
「おかしな事言うねぇ?
――もしかして未来では天然記念物のトキが、生ごみ袋を集団で荒らす
「あー……えっとですねぇ……」
二十一世紀では、日本由来のトキもオオカミも絶滅していることを言おうかどうか
「じゃあさ、りょうぞうに今度、
「大変興味深いですが……遠慮しておきます」
トキの肉の味を確かめるなんて機会、二十一世紀では絶対にないのだろうが、やがてトキがどういう運命を辿ることになるかを知っている俺は断った。
おあきちゃんが口を開く。
「すず姉ぇ、あっちの部屋じゃない?
そう言って指差す先には戸のないくぐり口があり、珍獣がいる部屋とは別になっているようであった。
すずさんが口を開く。
「ああ、中に二つ部屋があるんだね。向こうの部屋の方が入り口近くにある部屋だから、こっちより大したことない見世物があんじゃないかねぇ? そこで更に銭払った奴だけがこっちの部屋に来て、
すずさんはそんなことを言いながら、くぐり口をくぐる。俺とおあきちゃんもそれに続く。
部屋の中に浮かんだ狐火によって照らされたその見世物とは、虎の絵が描かれた大きな
そして中心にて
俺はすずさんに尋ねる。
「すずさん、この大きなのは未来で見たことがあるので
すると、すずさんが応える。
「こりゃ、おそらく
すずさんがそこまで言ったところで、
俺は叫ぶ。
「すずさん! この
俺の叫び声から間を置かず、向こうの部屋から鳥のような高い鳴き声が響いてきた。
「ヒュアー! ヒュアー! ヒュゥアー!」
――何だ!?
一瞬だけ視線を
――
「おあきちゃん! 君は鉄砲に化けて!」
俺がそう叫ぶと、俺の手を握っていたおあきちゃんはしゅるりと
すずさんと視線を交わして
するとそこには、この前に
俺は即座に叫ぶ。
「お前らがなんでここに!?」
すると、俺から遅れてくぐり口をくぐったすずさんが口を開く。
「泥棒かい!? 今は泥棒なんかにかまってる暇なんてないんだよ! さっさと帰りな!」
すると、
「あっ! てめぇ! こないだの野郎じゃねぇか! こないだの借り返させて貰うぜ! 動くなよ!」
すると、
「なんだよ、また女連れじゃねぇか。おい、こっちの女は飯盛り宿にでも売ればいい金になるぜ」
そう言いつつ、俺たちに近寄る。
すずさんが、いなすように叫ぶ。
「馬鹿が! 今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ! 命が惜しければとっとと帰りな!」
もちろん、
いきなり、
「あいてて……ちっ」
右向きに床に寝転んだ
バリ ガリ ボリ
骨の入ったままである動物の部位を、骨ごと
地面に右を下にして寝転んだままの
「あ……あれ? 右腕がねえ……あ……あれ? あはは……右足も……なんでぇこれ……」
がぶり。
「ぎゃぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶ
バリ ガリ ガツガツ バリバリ
今度は、頭蓋骨を噛み砕くような音が見世物小屋の中に響く。
すずさんが叫ぶ。
「ちぃっ! やっぱり
すずさんが、壁に手をつけて俺の方に反対の手を伸ばす。俺を連れて影を通り抜けて、開けた大通りに出るつもりなのだろう。
しかし、俺はすずさんにおあきちゃんの化けた
「りょうぞう! そんな奴のことなんて放っておきな!」
すずさんの声を背中に受けるも、俺は
そして、目の前で仲間が食い殺されて腰を抜かしている
「掴まれ! 助けてやるから掴まれ!」
すると、
すずさんが、後ろから叫ぶ。
「りょうぞう!
良くない気配が、ぐんぐん俺の近くに寄ってきているのが感覚で理解できた。
右手で
「おあきちゃん! もう一度、ひとつの鉄砲に化けなおして!」
すると、俺の体が
左手に握られている
俺の左手に握られているおあきちゃんの化けた実体である
ガジリ!
さっきまで俺のいた場所を、地面からにゅっと出てきた
「ひ、ひぃぃぃ!」
その様子を見て、俺に掴まっている
すずさんに勢いよく向かっていった俺は、すずさんに
「ケェェェェッェン!」
タタタン! バス! バス! バス!
俺が放ったオート連射の銃弾が三発とも、
「グケェェェェッ!」
「外に出るよ!」
俺たちの手を取ったすずさんが叫ぶと同時に、俺と
――外に出た。
月明かりはないものの、夜空には星が輝き、大通りに置いてある
俺はすずさんに叫ぶ。
「すずさん!
すると、すずさんが即座に返す。
「殺気をぴりぴり感じるよ! あたいらを皆殺しにする気だろうさ!」
俺は、
俺は大声で
「おい! 今は逃げろ! このままだとお前も喰われるぞ!」
その言葉に、
すずさんが、俺に叫ぶ。
「りょうぞう!
すずさんがそこまで言ったところで、別の男がすずさんの首に両方の腕を回した。
「おい、
その男とは、俺をリンチした三人のうちの一人、
すずさんが叫ぶ。
「馬鹿! 今はそんな場合じゃないんだよ! 死にたいのかい!」
すると、腰を抜かしていた
「おい!
俺も続けて叫ぶ。
「何やってんだ! 刃物を捨てろ!」
すると、
「あっ! てめぇこないだの野郎じゃぁねぇか! 俺ぁ、
ドッカーン!
空気を切り裂く轟音と共に天から閃光が走り、
三秒か四秒くらい経って、すずさんがどさりと地面に倒れた。すずさんの白衣の袂からは、
すずさんは無傷なようであったが、落雷のショックで気絶してしまったのだ。
呆然とする
「うわぁぁぁぁぁ! ぎゃぶっ!」
「すずさん!」
俺は叫んで、両手で持った
ドッカーン!
目を光らせてから二拍か三拍ほどの時を挟んで、拳銃を持っていた俺の両手を雷撃が貫いた。
俺の両手は大電流の
「ぐぅっ!」
重度の火傷を負ったというのに、全く痛くない。その痛くなさ具合が逆に恐ろしかった。
「りょう兄ぃ!」
すぐさまおあきちゃんが変身を解いて、俺の両手に治癒の妖術をかけてくれる。炭化していた両手はすぐさまもとに戻った。
少し離れた所にいる
そして、
バリガリ! ガリガリ! ボリボリ!
再び、全身の骨を肉と一緒に砕くような音が夜の大通りに響く。
すぐ近くから、気の触れたような笑い声が聞こえてきた。
「あへへ……あげげ……そうだ……こりゃぁ、夢だろ……そうにちげぇねぇ……」
おあきちゃんが、俺の手に触れて大声を上げる。
「りょう兄ぃ! 強そうな
そのおあきちゃんの言葉に、俺は小学生のときに訪れた動物園で見た、アムールトラの姿を心に思い浮かべる。
瞬く間に、おあきちゃんの姿が体長二メートル半はある、
「ガオォォォォォ!」
おあきちゃんが化けた
「すずさん!」
俺は叫んで、すずさんの近くに駆け寄る。
すずさんの近くに駆け寄って、すずさんを背負い、急いでその場から離れる。
すずさんを背負った俺は、走りながらすずさんに話しかける。
「すずさん! 起きてください! すずさん!」
しかし、すずさんは起きない。
そこで俺は、すずさんの気付けをするための薬品がスポーツバッグに入っていたことを思い出す。
――あれならば、臭いで直接に気絶を覚まさせることができるかもしれない。
スポーツバッグにたどり着いた俺は、急いでジッパーを開け、救急箱を開く。取り出したのは、アンモニア水が主成分になっている虫刺され薬だった。
――これなら、気絶したすずさんを起こすことができる!
俺が虫刺され薬の蓋を開けたところ、すずさんを背負った首筋の後ろに、獣の生暖かい吐息が這い流れるのを感じた。
「フシュゥゥゥ、フシュゥゥゥ」
その吐息は、
――喰われる!
俺は
バシャッ!
「ケェェェェェェン!!」
鋭い爪の生えた毛むくじゃらの
「ガォォォォォ!」
おあきちゃんの化けた大虎が、のた打ち回る
「ケェェェェッェェン!」
すると、爪が突き刺さる寸前に
俺はそこで理解した。この
この
「ケェェェェェェン!」
今、
二頭の巨大獣が
――このままじゃいけない。
そう思った俺は、すずさんをその場に寝かせてすずさんが
そこで俺は、日本刀の柄を手に取り構え、叫びつつ
「うぉぉぉぉぉぉ!」
虎と格闘している
次の瞬間には俺は
ドッカーン!
「ケェェェェェッェェン!」
「ガルルルルルル!」
アムールトラの前脚の爪が、
「ケェェェェェン!」
大型の
しかし、少しだけおあきちゃんの化けた
そこで俺は、すぐ近くに落ちていた
「うへへ……これは夢だ……夢だ……俺は今、あったけぇ布団の中に……」
俺は手を開いて、おもいっきり
バッシーン!
ビンタの音が、夜の本所の大通りに響く。
俺は言い聞かせるようにしっかりと声を張り上げる。
「これは夢じゃない! れっきとした
すると、
「……しにたくねぇ……俺ぁ……死にたくねぇ!」
俺は大声で続ける。
「ならば力を貸せ! 死にたくないなら力を貸せ! 男なら震えてんじゃない!」
俺の叫びに、
俺が振り返ると、おあきちゃんの化けた
俺はすぐ近くにあったスポーツバッグからテーピングテープを取り出して、
そして俺は、別の小道具を取り出し、もうひとつの小道具と組み合わせる。
――これでよし。
そう思った俺は、そのできあいの組み合わせた小道具を
俺は
「俺が合図したら、これを天に向かって放り投げてくれ! なるべく、できるだけ高くだ! いいな!?」
その小道具を
俺は小刀が柄の先に固定された
「お前の相手は俺だ! うおぉぉぉぉぉ!」
当然のごとく、
即座に俺は叫ぶ。
「今だ! 投げろ!」
俺の言葉に、
ドッカーン!
天から落ちてきた
そしてドライヤーへの落雷電流はそのまま絶縁体にて被服されたコードを伝導して、延長コードを介して地面に刺されたコンセントプラグへと流れる。つまり、あのドライヤーと繋がれた延長コードが、
「ケェ?」
ガズッ!
この
「ケェェェェェェン!!」
俺が手を離してから一拍の間を挟んで、殺人電流の光が
ドッカーン! ボッガァアァアァァン!!
顔というか首から先が爆発によって吹き飛んでしまった
そして、その妖怪の胴体からは命の油が蒸発するように、明滅が飛び出していた。
俺は安心して大きく息を吐く。
「ふぅ、なんとか調伏完了できたか」
すると、
「おあきちゃん、その格好で甘えるのはちょっと」
そこで俺が後ろを向くと、
「えっと……どうすればいいんだろうね? こういうとき?」
俺の言葉に、おあきちゃんが化けたアムールトラが首をかしげて「グルゥ?」と鳴いた。
雷が落ちたことなど嘘であるかのような、夏の銀河が横たう満天の星空の下でのことであった。
そして後日談。
結局あのごろつき三人組のうち一人だけ生き残った男、
きっちり修行して僧侶となって、これまで背負ってきた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます