第十七話 落下

「あ? 何だって?」

「ごめんなさいごめんなさい!」

「どうしたのだ突然」

「本当にごめんなさい!」

 しまった思わず無線機に向かって憤慨してしまった。こんなところでのんびりとしている暇はないのだった。

「こんなことしてる暇ないだろ?」

 平然とドアを開けて男が現れた。

「グレイさん、いきなり後ろから現れないでください! びっくりしたでしょう!」

「その言い方はないだろ……お前が全然無線に応答しないから心配で来てやったんだぞ?」

 それにしてもタイミングの悪い人だ。

「で、どっち行けばいいんだ?」

「それもわからずよくここまで来ましたね……」

 とにかく一番下まで行ってみるべきだと僕は話したところ、おもしろいほどすんなりと了承してしまった。表面上は立ち直ったように見えても、いろいろ思うところがあるのだろう。その不安を拭いきるには、この計画を成功させるしかない。

「では、向かいましょう」

 と言っても何度も何度も階段が途切れ、別の位置にある階段を探さねばならなかったのでまるで迷路だ。不思議と深く進めば進むほど、ドローンの数は減っていった。今度は鉢合わせになってもグレイさんが処理してくれるので随分楽だが。やっとの思いで下への階段がないフロアまでやってきた。他のフロアと比べて不自然なほどに狭かったので、最終階とみるのは難しくなかった。シンプルにドアが一つあるが、今までのものよりずっと頑丈そうだ。

「どうしますか……?」

「壊す」

「えぇ?! どうやって――」

「上の階の床からこのドアの奥の天井に出れば、問題ないだろう」

 なるほど。ドアは頑丈そうだが別の部分からなら手法もあるかもしれない。刃の欠けたナイフを持ち直して一つ上の階へと向かう。床に輪を描き、外すと大量のパイプが下の階までの間に立ちはだかっていた。

「ど、どうします?」

「壊す」

「やっぱり……」

 ナイフで太いパイプを一周して一部を外す。外す。外す。細いものは数が多いが間が離れているから人一人は通れそうだ。そこに身を落とす。足元に輪を描き直す。だいぶ時間がかかってしまったが、これで到達できるはずだ――

「――あああっ!」

「どうしたヒューイ?!」

 自分の足元に輪を描いていることに対して、蹴って外す手間が省けていいという感覚しか持っていなかったため、外れた部分ごと落ちるという考えが欠如してしまっていた。我ながら間抜け過ぎるのではないだろうか。

「だ、大丈夫です。中に入れました」

 その部屋はまさに電子の要塞だった。数えきれないほどのモニタ、それに繋がれている多くの入力機器、さらには前方の壁が巨大なスクリーンになっている。様々な文字が表示されているが、少し埃を被っていて見辛い。何とかして情報を得たいところだが、僕達では数字しか文字を理解できない。できればムービーや音声ガイダンスがあればいいと思ったが、そう都合よく便利なものがあるわけでもない。よくわからないので手当たり次第にボタンを押してみるが、何も起きない。

「何かわかるか?」

「駄目ですね、今のところ何も……」

「わかった。そのまま続けてくれ」

「はい」

 とは言ったものの、何から始めるべきか。と思った矢先、僕の眼に留まったものがあったあった。

「グレイさん……紙です」

「何?! 白紙か?」

「いえ、何か書き込まれていますが……まるで情報端末の画面を直接紙に写しとったみたいに綺麗だ」

「売れるレベルのはないか……」

 グレイさんは意気消沈気味だが、僕は心躍っていた。先輩は昔の情報伝達や保存は紙で行われていたと言っていた。事典を見る限りそれはわかるが、先輩の時代には既に情報端末が現れていたはずで、僕にはそれが納得できなかった。全て情報化しておけばかさばらないし、無線で送ることもできるはずだからだ。しかし、当時の最新施設でさえ紙を使っていたということだ。思わず手に取る。先輩がWSホワイトシチューの側面に書いた文字に近いもので構成されていた。これはアルファベットと言うものだと先輩から教えられていた。が、意味は理解できない。そもそも僕達の話す言語とは異質のものらしいから文字が読めても単語の意味がわからないそうだ。それでは二度手間だし、通常の漢字を覚えるほうが僕は好きだった。しかし、数ページ後に絵図があった。見ただけでマスドライバー関連のものと直感できた。あの独特なカーブを持つレールが描かれていたからである。

「資料っぽいものがありました!」

「でかしたぞ! 続けてくれ」

 ペラペラと紙をめくる。右上に何か金属片があり、これが何枚もの紙を繋ぎ止めているようだった。

「なるほど……」

 純粋に感心してしまう。マスドライバーの図の隣には円筒状の絵図もあった。次の紙には同様のマスドライバー図からその円筒が少しずつ発射される様子がそれぞれのタイミングごとに描かれていた。一つ一つに数字が付随しているので経過図だと確信できた。おそらく、この円筒ポッドが燃料も搭載しているのだろう。途中で爆炎を吐く様子の写真まで用意されていた。無線機に手をやる。

「ケイトさん。お願いがあります」

「ヒューイか。心配したぞ」

 そう言えば実証実験室多目的トイレで叫んでからケイトさんとの連絡は取っていなかった。少し罪悪感にさいなまれる。

「すみません。こちらも手間取っていて」

「いや、いい。それで何用だ?」

「えーと、格納庫を探して、円筒状のものを見つけてもらいたいんです」

「わかった。円筒だな」

「おそらくですがマスドライバーのレールと適合すると思うので、参考までに」

「承知した」

 ケイトさんは言えばスムーズに動いてくれる。言葉が堅すぎる部分もあるが、顔にはすぐ出るので扱いやすい。

「さて……」

 僕は他の書類を探すことにした。鍵のかかっている引き出しはナイフで開く。シンプルな金属板ならこのナイフの得意分野だ。中には情報機器のケーブルが詰め込まれて書類のないハズレもあったが、根気強く全ての引き出しを漁っていった。


「では計画の手順を説明します」

「よっ、待ってました」

「グレイ、茶化すべきではないと思うぞ」

「そう堅いこと言うなって」

 グレイさんは笑ってくれている。僕自身不安なので、彼の心遣いは嬉しかった。

「まず、ケイトさんの発見した円筒ポッドにアテルイを搭載して発射台に接続します」

「うむ」

 ケイトさんは得意そうだ。グレイさんのように気を遣ってくれたのかと思ったが、顔を見る限り本心からくるものようだ。少し安心した。

「この時点でグレイさんはアテルイに搭乗。僕は管制室、ケイトさんはレイフ搭乗の上、発射場周辺で待機」

「わかった」

「で、後は管制室側でなんとかしなくちゃいけないんですけど……まぁ手当たり次第にやってみます」

「おいおい大丈夫かよ」

「確かに不安です。なので予行として一度、何も搭載せずに円筒ポッドを打ち上げてみようかと思います」

 グレイさんは胸を撫で下ろした。いくら博打打ちギャンブラーとは言っても、いきなり打ち上げられるのは心穏やかではないはずだ。

「そして、グレイさんには打ち上げ前にの基礎知識を叩き込んでもらわなければなりません」

「いっ?!」

 グレイさんが如何にも面倒そうな顔をした。よし、授業の始まりだ。

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