第三十三話 艦長、私も告白です。

「だから、俺は単騎だろうと敵陣突っ込んでも死にゃしねぇって!」

「無茶も休み休み言え」

「俺の無茶に休みはない! 主人公だからな」

「誰かコイツをつまみ出せ! パイロットの腕があっても頭は空だ」

「はぁ……話が一行に進まん……」


 艦長不在での教室内の話し合いも難航し、全員の舵が取れずに数人が頭を悩ませていた時、勢いよく扉が開けられて、相馬が教壇へと立ち上がった。


「今更なにしに来たんだよ」

「フン、いつまでたってもまとまらないお前達を、クラス委員長としてまとめに来ただけだ」

「……できるのか、お前に?」

「愚問だな──これは私にしかできない!」


 試す口ぶりの飛鳥の言葉に、どこからそんな自信が出てくるのか、相馬は力強くそう宣言した。


「カグヤ撃とうとしたくせに」

「フッ、あれは緻密な作戦だ。あそこで手を出さなければ、君達は今ごろ宇宙の藻屑だ。神野飛鳥が止めに入り、奴を追い払うと予想しての私の作戦だ」


 その場の感情に支配され、躍起になっていた男は、その行動を緻密な作戦と言い張り、一切動じることはなかった。


「結構偉そうですけど相馬さん──いえ、そこまで自信があるのなら、とでも言いましょうか……今後の作戦はもう考えてあるんですか?」

「勿論だ……なにせ私は艦長だならな!」

「いや、代理だろ……?」

「うるさいぞ神谷大輝! 相馬さんが艦長と言えば、艦長なのだ!!」

「はっ、はい!」


 相馬の隣に立つ貴理子は、大輝を名指ししながら指差すと、訳の分からない理屈を押し付けて、黙らせる。


「それでは、作戦を伝える……」


 恋をして変になった二人の暴走を止められるものはおらず、相馬の考案した作戦に、みんなは渋々耳を傾ける事にした……。



 ……



 相馬の立てた作戦にいくつかの修正を加え、エーテリオンの作戦会議は結果的に無事終わり、後は作戦準備を待つだけとなった。


「……」

「どうしたんですか飛鳥さん、珍しく黙っちゃって……主人公らしく黄昏てるんですか?」

「命か……ま、色々な」


 昔からの憧れでもあった宇宙を放心状態で見続ける飛鳥。


 みんなのいる中では明るく振る舞っていたが、彼にとってやはりカグヤの喪失は心に大きな穴となっていた。 


「……飛鳥さん」

「ん?」

「私と初めて会ったとこの事、覚えてますか?」

「ん? んー………………ごめん、覚えてない」

「私は覚えてますよ。飛鳥さんが声をかけてくれたときの事……誰とも馴染めずに一人でいた私に声をかけてくれたのは飛鳥さんでした……」


 当時の命は中学校時代、その趣味故のイジメを受けた後だった事もあり、エーテリオンの他の仲間とは馴染めずにいた。


 他の生徒からまたイジメられたらどうしようか? そんなことばかりを考え、誰とも話すこともなく、1人うつむいたまま席に着いていた。


 そんな彼女に声をかけたのが飛鳥であった。


「俺は神野飛鳥、今日からよろしくな……って、まあ、ただ隣の席だったから挨拶してくれただけだと思いますが……私は嬉しかったです」

「嬉しかったって、大袈裟だな」

「大袈裟じゃないですよ。それから飛鳥の事をいっぱいからかいました、沢山ちょっかい出しました、結構自分から声だってかけました……飛鳥さんの事が大好きだから……」

「そっか…………ファッ!?」


 気を抜いて聞いていた飛鳥は、命の唐突の発言に耳を疑い、素っ頓狂な声を発する。


「毎日とっても楽しかったです、焦らせば赤くなりますし、悪戯すればすぐに引っ掛かりますし、それに──」

「待て待て! 何て言った、お前?」

「……何度も言わせないでくださいよ……大好きです、飛鳥さん」


 その場の勢いに任せてか、命は大胆にも飛鳥の肩に手を置くと、そのまま自分の顔を飛鳥の顔へと引き寄せる。


 ──しかし、その唇は飛鳥の顔へと向かう前に、飛鳥に止められてしまう。


「……ごめん、それはできない」

「……ああ、一度断ると見せかけての、オッケーってやつですね? さっき見ました、テンプレ通りのデジャブで──」

「俺はカグヤが好きだ、だから命とはつき合えない」


 そこに言葉には一切の嘘はなく、彼女に一つの希望も持たせないように、キッパリとした言葉で、彼女の思いを断った。


「……カグヤさんは宇宙人ですよ?」

「カグヤはカグヤだ」

「もう帰ってこないかもしれないじゃないですか」

「俺が必ず連れ帰る」

「だって、でも──」

「命!」


 頭が混乱し始めている彼女の名を強く呼ぶと、飛鳥は彼女の事を強く抱いた。


「……足りないとは思うけど、これで我慢してくれ」

「…………飛鳥さんは、なんで優柔不断な主人公じゃないんですか……? 少しぐらい勝ち目があってもいいじゃないですか……」

「優柔不断な主人公なんてさ、それはもう俺じゃないだろ?」

「……それもそうですね」


 パシャ!


「え?」

「フフフ、私の演技に騙されましたね。撮っちゃいましたよ、飛鳥さんの好きなカグヤさんに見せたら、マズーイ写真が」


 飛鳥の腕からスルリと抜け出した命は、無重力空間に浮かぶ携帯を手に取ると、タイマーで撮った二人が抱き合う写真を飛鳥に見せつける。


「お、お前! ってか演技!?」

「そうですよ。もしかして自分は結構モテるとか勘違いしちゃいましたか? ないですよそんなことー、あーっはっはっはー」

「くっ、命ーッ! 覚えてろよ!!」


 彼女らしい元気のない高笑いと共に、命は飛鳥の前から姿を消した。


 もちろん、演技などでは談じてない。ずっと溜め込んでいた思いをありのままに述べた。傷心している今を選んだのも卑怯ではあるが成功確率を上げるためだった。


 ──だが、断られた。


「あーっはっはー──っと、綾瀬さん、どうしま──んぐ……」


 廊下を曲がり告白に失敗した彼女を待ち受けていたのは、同部屋に住む綾瀬であった。


 命は抱き締められ押し込められた彼女の胸元から顔を出すと、この行為についての意味を投げ掛けた。


「あの、私男同士は好きですけど、女の子同士──しかも私自身にはそういうキャラではないんですが?」

「泣きたいときは、泣いてもいいんですよ」

「だから、私はそういうキャラじゃ……ないですって……人のことおちょくって、バカにして……空気読まない……サブヒロイン……」


 メインヒロイン主人公の本命になれなかった命は弱々しく呟くと、出した頭を再び綾瀬の胸の中へと埋めていった。



 ……



「──では、姫様のこれからの処遇は地下への幽閉、ということでよろしいか?」

「ええ」

「姫に子を産む前に死なれてはローメニアを再び戦火で焼くことになる。それが妥当だ」

「俺はそれでも構わねぇけどな」


 主に過激な案を出すブラム卿を抑えるのに時間がかかった会合もようやく終わりが見え、ディオスはその時を今か今かと待ち望む。


 幽閉場所へ送る途中で抜け出す算段は既についており、城内の兵は既にディオスの手が回っているのであった。


「で、ではここは婚約者である私が、彼女を──」

「まあ、待ちたまえディオス卿。幽閉といっても彼女の身分は姫なのだから、それ相応に必要なものを牢の中に置いてもいいだろうから、彼女の欲しいものを聞こうと思う」


 この場から離れようとするディオスを、アルゴ卿が呼び止め、彼に意見を述べた。


 たしかに、愛する嫁をただ何もない牢へと送るのは、夫としてはおかしいことだ。周りから怪しまれてしまう。


 ディオスは冷静になり彼女から手を離すと、その場に立ち止まりアルゴの意見に同意する事にした。


「ではアヤセーヌ姫、何か必要な物は──」

「お待ちくださいディオス卿。姫も年頃の女の子、洗脳されているとはいえ、婚約者に伝えるには恥ずかしい物もあるでしょう。ですからここは私が個人的に話を聞きたいと思いますが……よろしいでしょうか?」

「なにっ!? あ、いや……ゴホン、それでいい……頼むぞアルゴ卿」

「お任せあれ……抵抗の意思がないのならこちらへ、姫様」


 カグヤはチラリとディオスの顔を伺う。あくまでここで一番偉いのはディオスであり、自分が手元から離れて困るのもディオスである。


 本当に行ってもいいのかと確認するカグヤに、ディオスはアルゴを顎で指した。


 行ってもいい、ということらしい。


 会合の場から隣の個室へと移ったカグヤとアルゴ。


 アルゴは鍵をかけることなく椅子に腰かけると、カグヤも相手の出方を伺いながら慎重に椅子に座る。


「さて、話を──」

「私の欲しいものは自由と権力とあんた達を倒せるだけの兵力よ。牢に入るものだけなら、C4と小銃と弾をよこしなさい!」

「はは……これは随分な物をご所望で……だが、残念ながらそれはできないよ」


 手錠をかけられながらも強気に発言するカグヤに、思わずアルゴは小さく笑うと、優しくカグヤの意見を却下した。


「……ところで姫様」

「何よ、他に欲しいものはないわよ」

「洗脳なんてされてませんよね?」

「だから欲しいものは……は?」


 思いもよらないアルゴの発言に、カグヤは耳を疑った。


 洗脳された姫として会合を済ませたはずなのに、その男は端から知っていたようにカグヤがなにもされていないことを見破ったのだ。


「なんでそう思うのよ……まさか、あんたが黒幕ね!」

「いやいや、私に野望なんてありませんよ。平和が大好きですから……」

「ローメニアの平和好き詐欺はもういいわよ、どうせアンタも侵略派なんでしょ?」

「いえいえ、私は中立派です。攻めることもなく、また攻める彼らを止めることもない。傍観者です」

「……一番タチが悪いってことかしら?」

「周りをよく見ている、と言ってくれると光栄ですが……まあ、いいでしょう。あなたが洗脳されていない根拠だってちゃんとあります」


 ポリポリとこめかみの辺りを人差し指で掻きながら、アルゴは持論をカグヤへと伝え始めた。


「まず一つ、十二年の間、ロクにこちらのアモールの相手も出来ない連中が、洗脳のような高度な技術を持っているとは思えない」

「エーテリオンを動かすために十二年掛けて開発したか、十二年掛けて私を洗脳したかもしれないじゃない」

「それなら私は十二年掛けてエーテリオンを改造するか、複製艦を作ります、姫様無しでも動かせるような艦をね。わざわざ洗脳などという不確定な事をするよりはそっちのほうが安全だ……しかし、エーテリオンは十二年前のまま稼働した……武装の強化もなくそのままね。つまり、艦を稼働できるように維持はできるが、改造する技術はないということだ」


 カグヤは話が面倒になるのがいやなので、先日エーテル生成炉を使い大改造をやってのけた男の存在は、敢えて伏せることにした。


「次に目的だ。彼等の目的が防衛だというのなら、今こうしてティーターンを追ってくるのはおかしい。そのまま星にいればいいのだから……」

「日頃の連勝で調子に乗って攻めてきたのかもしれないじゃない」

「こちらの戦力がアモールだけでないのは、アルテーミスやティーターンと戦闘を交えたならば予想できるはずだ。そちらは一隻、こちらの戦力は未知数……それなのに攻めるということは、余程の馬鹿者か、余程攻めにいかなければならない理由があるか、だ。先程の戦いの騙し討ちや、戦法を見るところ、馬鹿ではない……つまり、なんとしてもここに来る理由があった」

「 ExGが欲しかっただけかもしれないじゃない」


 今まさにディオスの求める物の名を、アルゴに向けて放つが、それを簡単に論破させる。


「それならばアルテーミスが来る前に、エーテリオンはこちらへ来たはずだ……十二年間なんとかアモールと戦い生き延びてきた星なんだから、今更次々現れる敵を倒す必要はないだろう? むしろ、そんな戦いで大事な艦が壊れては元も子もない」

「……」

「最後に、ディオス卿には怪しい節が多い、彼の言葉を聞けば、その目的はだいたい読める」

「……だったら姫としての命令よ、今すぐ私を解放して、アイツを倒しなさい!」

「……それはできない」


 真実を確認したアルゴは、カグヤの命を却下した。


「なんでよ! 真実がわかったなら──!」

「確かにわかったが、今貴方を助けたとしても、個室で洗脳されたと言われれば反論は不可能だ……ぶつかったとしても、あの二人相手には勝つことはできない。なんとか持ちこたえたとしてもこちらの犠牲は甚大だろう……」

「それでも……!」

「民に死ねと言いますか? 平和のためには仕方ないと……たしかに、貴方にはその権利があります──が、私はそうなるぐらいなら、一人の犠牲で平和を手にします」


 椅子に座ったまま、アルゴは腰から取り出した拳銃をカグヤへと向ける。


 その目には人の良さそうな先程までのアルゴとは、別人のような殺気を感じた。


「……わかったわよ、もう何も言わないわ」

「ありがとうございます……奴が尻尾を見せたとき、その時は私も協力しましょう。それまでは姫を使い、泳がせてもらいます」

「アンタ、この星が平和になったら、その顔を平和じゃなくしてあげるから、よーく覚えてなさい」

「それはこわいこわい──!」


 ヴィーッ!! ヴィーッ!! ヴィーッ!!


 アルゴが苦笑いを見せた瞬間、城内に警報音が鳴り響く。


 敵襲──つまりエーテリオンが現れたのだ。


「敵大型艦、ワープによりローメニア近海に出現! こちらへ向かってきます!!」

「奴らめ、アヤセーヌ姫を取り戻しに来たか!」

「来たか! じゃあな、俺は行くぜ! おい、二番艦の火を着けろ! 出航だッ!!」

「くっ、奴め、また勝手に……アールパイスの出航準備を──!」

「待たれよ、ウルカ卿」


 カグヤを連れて戻ってきたアルゴは、ブラムに続き出航しようとするウルカを留まらせる。


「アルゴ卿、何故お止めになる」

「ディオス卿は姫を連れて城内下層部へお逃げください」

「わ、わかった!」

「アルゴ卿!」

「奴等にはジャンナがいる。ならばこちらの戦力も知らずに正面から来るなどあり得るはずがない」

「勝てぬと分かった上での決死の覚悟やもしれぬ」

「フッ、決死とは何かを成すためにする覚悟の事、自殺とは違う。奴等には勝つための策がある」

「では、ここで待てと言うのか!」


 分からぬ策のために、みすみすブラム卿に遅れをとるわけには。ウルカは焦りを感じアルゴに対し怒声を浴びせる。


「アルゴ卿、ウルカ卿!」

「何事だ!」

「き、奇襲です! ワープによりEGが三機、六番アモール生成工場に攻撃を開始!」

「これが奴等の策か! わかった、今すぐ──!」

「待たれよ、ウルカ卿」

「何を馬鹿なことを申すかアルゴ卿! 奴等の狙いはハッキリした。外の戦艦を囮に、こちらの戦力を削る──」


 またも引き留めるアルゴ卿に対し、ウルカ卿はその言葉に対し意義を唱える。

 しかし、アルゴ卿はその意義に対し、即座に答えを返す。


「ならば巨大な一番から三番の工場を狙うだろう……わざわざ我らが近くにいるこの六番工場へは攻撃しない……」

「では奴等の狙いは!」

「──だ。工場の敵は私が抑える、ウルカ卿は──」

「言われなくともわかっておる、そちらは任せたぞ!」

「任せよ」


 ウルカ卿とアルゴ卿はそれぞれの役目を果たすため別方向へと駆け出した。


 この戦いが、最終決戦へと続くとも知らぬまま……。

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