第十三話 艦長、スパイです。

 潜入任務……それは、相手に自分の素性を知られぬまま相手の持つ情報を引き出し、それを仲間に伝え、戦況を優位にする為の任務。


 故に、私の素性──合衆国軍所属EGのパイロットとしての素質があることが知られては絶対にならない。


 幸いにも能力を持っていることを知られなければ、私とパイロットの関係を繋ぐものはなにもない……だから、絶対にE-actを持つ者であることを伏せ続けなければならない。


 まぁ、そもそも相手は平和ボケした素人集団……そう簡単に悟られるわけがない!


 ──そんな事を頭の中で考えていたシャロは、自信満々な様子でエーテリオンへの潜入を開始した。


 根っからの軍人故に、フラグという存在も知らずに、一人失敗フラグをそこら中にばらまきながら……。



 ……



「転校生のシャーロット・エイプリーです。短い間だとは思いますがよろしくお願いします」


 教壇に立ち頭を節度良く下げるシャロに対し、数名の生徒を除き拍手が送られる。


「ということで、ちょっと違例だけど転校生のシャロちゃんよ」

「ちょっとではないだろう月都カグヤ! 連れてきた経緯は聞いたぞ、もしもその子がどこかの国のスパイだとすれば、三蔵はハニートラップに引っ掛かったということになる。素性を調べなければ納得できん」

「あんたねぇ、いくら堅物だからって、こんな可愛い子がスパイなわけないでしょ? そもそも恋に溺れさせてにハメるどころか、溺れていたところを危なく三蔵に可哀想な子なのよ?」

「しかしだな……」


 不服な顔色を浮かべる相馬だったが、どうも周りの──主に女子からの視線が痛く、強く反対の言葉を言い出せない。


「だ、だが、それだけならば非戦闘員のいる医療班でもいいではないか! ここはエーテル技能の高い、パイロットとブリッジクルーのみで構成されているはずだ!」

「なんだ、そんなこと……」

「なんだとはなんだ」

「フン、安心しなさい。たまたま計ったんだけど、シャロはパイロットとして問題ないほどの能力を持ってるのよ。このまま長く帰れなかったら、いっそ正規のパイロットとして運用するつもりよ」

「が、がんばります……」


 複雑な笑顔で、シャロはみんなの前でぎこちなく笑ってみせた。


 シャロの隠そうとしていた秘密は、このエーテリオンに着き数時間後にバレてしまったのだ。


 全ては偶然だった。カグヤがおもしろ半分に能力検知機を使用したせいで、エーテル技能持ちだと判明したのも、相馬が核心に近いことを喋った事も、全てはフラグに誘われた必然に近い偶然……誰も答えにたどり着いているわけではない。


 ──が、シャロとしては出鼻を挫かれたことに内心焦りを感じ、少し挙動不審になっていた。


 まさかすでに正体が判明された上で、彼らに踊らされているのではないか、とも思えていた。


「なんか、キリッとしてるみたいで案外ドジっ子そうにモジモジして可愛いな。しかも純正の金髪に白い肌、スタイルも……そこそこ」

「大輝さんって、ホントのところ女の子なら誰でもいいんじゃないですか?」

「そ、そんなことねぇよ!」

「なに、大輝も三蔵と一緒なの?」

「俺をあんなハゲと一緒にするな!」

「何で俺を引き合いに出した! 言え!!」


 あれ以降消沈気味だった三蔵が、大輝の言葉に反応して椅子から立ち上がって今にも掴みかかりそうな勢いで声を上げる。


「だって……なあ?」

「ねえ?」

「異議あり!! その不当な扱いに異議を申し立てる!」

「桑島三蔵の異議は却下します。この扱いは不当ではなくって言うのよ」

「勝手に妥当にするなよ! どう思いますか、シャロさん!?」


 クルリと振り向いて、自分を助けてくれると信じて止まないシャロに問いかける。

 が、忘れてはいけない、そもそもこんな扱いを受ける事になったのは彼女が原因であると。


「妥当だろう」


 言葉を一切詰まらせることなく、バッサリと切り捨てるように冷たく言い放った。

 慈悲は無い。何故ならその男は自分に不名誉を着せた張本人なのだから。


「ま、諦めろ三蔵……お前に勝ち目はない。主人公じゃないお前にはな」

「女子風呂侵入した挙げ句、汚物に落ちた奴が主人公を語るとは片腹痛いわ!」

「んだとこのタコハゲッ!!」

「黙れこの三流主人公がっ!!」


 擁護に入った飛鳥だったが、そのフォローになっていない言葉は逆に三蔵の怒りの炎に油を注いだ。


 油を注がれた炎は炎を呼び、瞬く間に教室にいる全員による口喧嘩が勃発した。


 やれ禿(ハゲ)だの、やれ無責任艦長だの、やれ眼鏡割るぞだの、やれやれやれやれ……etc.

 しかし終わりの見えない口喧嘩などは、毎度のごとく現れる敵のおかげで終了を迎えることになった。


(警報音、敵が来たのか……? だが、こんな連中がまともに戦えるとは……)


「WC出現、場所は南米、規模は大」

「了解、全員戦闘準備、整備班は全機スタンバらせなさい!」

「了解だ、予備機含めてすぐ終わる!」

「シャロちゃんは二番隊のサポート、いきなりだけどできる?」

「え、あ、シミュレーション通りなら……」


 その教室の空気、カグヤのあまりの変貌にシャロは思わず戸惑いながら返事をする。


 能力を調べられてから、一度シミュレーション機で模擬戦闘訓練を行わされたシャロ。彼女は当然手を大いに抜いて訓練をしたので、強いパイロットではないと判断され、カグヤにはサポートを任されていた。


「ちなみに二番隊というのは?」

「あの三人よ」

「あ?」

「あン?」

「どうも……」


 柄の悪い男女にハゲ一人。シャロは自分の配属された隊に不安しか感じなかった。


 やはり知られているのではないのだろうか? 扱いが良いのか悪いのか、シャロは不安になりながら廊下を走っていった。


「足引っ張んじゃねえぞ!」

「りょ、了解!」


(うう、隊長として守れなかったらどうしよう……)


 隊長としての責任を感じる零。


「邪魔だけはすんじゃねぇぞ!」

「はい!」


(カッコ悪いところ見られたらバカにされちゃうよ……)


 後輩を前に失敗を恐れる宗二。


「君は俺が守る」

「いらん」


(あっれー、やっぱり俺だけ嫌われてる?)


 自分の扱いがやはり不服な三蔵。


(見ていてください隊長、私は負けません)

 

 そして元の隊の事を思い出し、決意を固めるシャロ。

 思い思いの事を抱き、四人は格納庫へと向かっていくのであった。


「ところで艦長、なんでシャロさんを二番隊に入れたんですか? 一番隊のほうがあっていたのでは?」

「三番隊は既に四人いるし、一番隊は飛鳥(バカ)の面倒で手一杯だし。それにエイプリーって4月って感じで、名前に数字のある二番隊に合うかなって思ったし。それにほら、シャロちゃん入れればまともになるかなーっと……二番隊そういう人いないから」

「三蔵さんがいるじゃないですか」

「ダメよ、あのエロ河童、実力微妙なくせに飛鳥並みに調子に乗りやすいから、新型与えられて今ちょっと舞い上がっててまともじゃないもの。よくある負けフラグみたいなの立ってるわ! シャロちゃんに手は出すし」

「まぁ、それはそうですけど……」


 たしかに最近の三蔵は、いつもに比べて口数が多く、少し舞い上がっている傾向はあった。しかし、それでもちょっと変わった程度であり、普通に接していては気づかないレベルだ。


 ──それを彼女は見抜いたのだ。


「それじゃあ、シャロさんのために二番隊に入れたんではなく、三蔵さんのためにシャロさんを入れたんですか?」

「護衛対象がいれば少しは周りを見て戦えるでしょ? ま、いざというときは彼女が助けてくれると思うし」

「模擬の結果でもわかるように、初心者ですよ、あの人」

「そう? 私には接待プレイしてたように見えたんだけど」

「……これ以上話したら、自分の有能という肩書きに傷がつきそうなので黙ります」


 一体どこまでシャロの事や、周りの事を見ているのだろうか……少なくとも自分以上の観察眼であるのは間違いない。


 命は彼女の大きく見えた背を見ながらブリッジへと駆けていった。


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