夢檻〈1〉




 生きたい、と彼は願った。




 たとえ魂を魔女に渡してでも。




 生きて復讐を果たしたい、と。





 ───では、この国の王になると誓いなさい……。




 魔女は言った。





 ……あれは、本当に魔女だったのだろうか。




 毒に侵され、その苦しみに耐えられず、遠のく意識の中で、深く美しい藍色の長い髪が……脳裏に焼き付いた。





 やがてその色は薄闇の中、月光に照らされながら銀青に輝いて揺らめく。



 闇の中で、それはまるで月下の海のように。





 その色はまるで、その姿はまるで……




 魔王が愛したと伝えられる花、サリュウスのようだと彼は思った。





 美しい青い花。




 サリュウスの魔女は囁く。




 ───王になり願いを果たせばいい。




 ───王になり希望を見出せばいい。




 そして……




 魔女が最後に囁いた言葉は……?






 一体なんだったろうか。





 彼の記憶はいつもそこで途切れて。





 真っ暗な闇に包まれて。




 何も思い出せなかった。





 ♢♢♢♢♢



「こちらにおいでとは……。陛下、探しましたよ」





 庭園に設けられた東屋に、よく通る低音が響いた。




 大理石の長椅子に寝そべったままのロキルトは、声のする方へ無言で視線を向けた。




 そこには自分より五歳年上の側近の姿があった。





 薄墨色の髪をした長身の青年が、何やら複雑そうな面持ちで自分を見下ろしていた。





「なんだよ、その顔」





「いえ……。陛下がこちらに出向くのは、珍しいなと思いまして」





「そうか? ここは俺の好きな場所だが……」





「それは初耳です」





「なんの用だ。なんかあったか?」





「先程、早馬が報せを持ってきました」





「そうか……」






 今宵は、ラスバートを西へ向かわせてから二日目の晩。






「ラスバート様の首は繋がったようですね」





 青年の言葉に、ロキルトは口元に僅かな笑みを湛えて言った。





「悪運の強い奴」





「明日の早朝、あちらを立つとしても、ここまで丸一日はかかりますし、到着は明日の晩、もしくは夜半すぎ……遅い時刻にはなるでしょうね」





「愉しみだな。魔女に逢うのは三年振り……くらいか」





「魔女、ではなく魔女の娘では?陛下」





「同じようなもんだろ。……なんだ、浮かない顔だな」





 青年の、細い銀縁眼鏡の奥から、ロキルトに向けられた薄茶色の瞳は暗く剣呑だ。





「私はあの女の娘と聞いただけで、身体中に悪意が増します」





「悪意……か。手、出すなよな。俺の許可なく近付くな。

 それからイジメたりもするなよ。アレの相手をしていいのは俺だけなんだから。

 返事は? ユカルス」





「御意……」





 ユカルス、と呼ばれた青年は、胸に手を当て、僅かに頭を下げて返答した。





「下がれ。少し眠る」





「こんな所でダメです。冷えますよ」





「じゃあ、なんか身体があったまる美酒でも持ってこい」






「かしこまりました」





 ユカルスの遠ざかる足音を聞きながら、ロキルトは目を閉じた。




 目を閉じると必ず、いつも脳裏に深い青が浮かぶ。





 この場所に。




 かつて身を置いていた者の残像が、今夜ははっきりと甦る。





 リサナ。




 おまえ、本当に死んだのか?






 想い出の中で、自分はいつも幼い子供だった。





 瞼を閉じれば鮮やかな色と共に甦るのに。




 その姿が夢に出てきたことは一度もない。





 久しく訪れていなかったこの場所で。



 眠ることができたら。





 ……彼女に。





 あの美しい魔女に逢えそうな気がした。





 夢の中で。





 眠る、などと……





 ロキルトは苦笑する。





 もう長いこと、深い眠りの中に身を委ねたことなどないくせに。




 あの日から、




 眠らなくても構わない身体に変化したのだ、自分は。




 そのほかにも備わってしまった特殊な体質のせいで……




 自分は今、この国の玉座に身を置いている。






 早く来い、青き魔女。




 サリュウスの花……





 ここへ来てもう一度、我に力を捧げよ。





 眠りを知らない少年王は、柔らかく吹く風と、秋に咲く花々からほのかに漂う香りの中にだけ……



 ゆっくりとその身を委ねることにした。







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