魔性の王〈3〉



 ロキルトは威圧感を漂わせながら、リシュとの距離を詰めた。




「言えよ」




 彼の手が伸びてリシュの顎に触れた。



 リシュは反射的にその手を払った。



 パシッ……──。


 乾いた音がした。




 ロキルトは目を見開き、その手に視線を落とした。




「言わないわ! 絶対にっ」



 リシュは叫んでいた。





「あなたになんか教えるもんですか」





 母様が、あなたのこと……どれだけ……わたしに言って聞かせたかなんて。


 あなたに教えるためなんかじゃない。






 これは……





 ロキルトに聞かせるためのものではないと、リシュは思った。






 リサナが教えてくれたロキルトの思い出は……



 きっと、


 こんなふうにわたしが……




 彼を恐れずにいられるためのもの。





 しっかり立って、真っ直ぐに、彼を見つめて話ができるように。



 そのための記憶だ。




 リシュはそう思った。







 母様は予感していたの?


 わたしが彼と出逢うと。


 だからいつも彼のことをわたしに話して聴かせたのだろうか。




 こんな日を予感して。







「やっぱり、おまえ……可愛くねぇ」





(可愛くなくても結構よ‼)



 心の中で叫びながら、リシュは無言でロキルトから視線を外した。





「リシュ、俺をあまり怒らせるな。帰る場所が無くなるぞ」




 その言葉に、リシュは再びロキルトに視線を向けて訊いた。





「……どういう意味?」




「俺はおまえの帰りたいと望む場所を……あの西の街を焼き尽くすことができるって意味だよ」




「自国の領地を焼く……?」




「国の一部を粛清に使う案は前から考えていた。場所が決まらなかっただけでね。いい見せしめになるだろ。王家に……いや俺に逆らった罰として」





 帰る場所……。


 わたしが帰りたいと願うあの館。そして西の街や、そこに暮らす人たちを失いたくなかったら。





「その寝台に上がれと言うの?」




「怖いか? 俺が」





 耳元で囁かれリシュの身体は強張り、言葉を返すこともできなかった。




 そんなリシュを見つめながら、ロキルトはクスクスと笑った。




「安心しろ。べつに今夜抱くつもりでこの部屋を選んだわけじゃない。おまえを怖がらせようと思っただけだ」




 ロキルトの白に近いくらい薄い水色の眼が、愉し気に細められていた。



「怖がらせて、怯えさせて。おまえの中に生まれる悪意を、視てみたいと思ってね」




 ロキルトはこう言いながらリシュから離れ、白い長椅子へとその身を移した。




「どのくらい怖がらせたら……怒らせたら、おまえは悪意を……あの色を纏うのかな……」




 長椅子に腰掛けたロキルトは、その視線をリシュから外し、どこか遠くを見つめていた。





 虚空を。


 ここではない、どこかを。







「それがあなたに備わった力なのね」






 ♦♦♦




 ───リシュ。あの子はね。



 リシュは母の言葉を思い出した。




 ───ロキは人間が持つ醜い毒気が……


 悪意、というものが…….


 自分に向けられた悪意がね、


 色で視えるのですって……






 紫色を主体に、

 その者の持つ悪意の大小によって、視える色にも濃く薄く変化があるそうだけれど。



 まるで紫の服をその身に纏うように、


 視えるって……。





 ♦♦♦





「ああ、魔女の気まぐれで実験台にされた結果だ」




「実験なんかじゃないわ! 母様はあなたを助けるために仕方なく……」





 血を……





「やはり知っていたんだな、リシュ」




 こう言って、ロキルトは長椅子から立ち上がり、再びリシュに向いた。




「リサナが俺に施した治療のことを。盛られた毒が消せたのは、血のおかげだと母親から聞いてるんだな」




 リシュの返事はなかったが、ロキルトは満足気に笑みを浮かべながら言った。





「それは俺が確認しておきたかったことだ」




 言いながら、ロキルトはリシュに近寄った。





「……逃げないのか?

 まぁ、この中じゃ逃げようもないが。おまえにはまだ色が無い。それは俺を拒んでいないと受けとっていいのかな?」




「わたしが悪意の色を纏ってないからって、あなたを受け入れるとは限らない」




「怖くないのか、俺が」




「……あなたは何もかも、色で判断しているの?」





「視えちまうもんは仕方ないだろ。あれは人間の心の毒だな。

 だがおまえだって毒が視える、という意味では同類じゃないか。おまえは俺を否定できないはずだ。拒むことも」




 触れられるほど近寄ったロキルトに、リシュは思わず後退った。




「俺をこんな身体にしたのはおまえの母親のせいでもあるんだ。

 だがそのおかげで、俺が今この国の玉座に乗っているのも事実だ。今まで向き合ってきた相手から、強い敵意や殺意が……心の中に渦巻いてるだろう奴等の毒が視えてきたおかげで、粛清も、そいつらの排除も俺を憎む者たちの首も、斬ることができたのも事実。……でもまだ足りねぇ」




 少しずつ、自分から離れようとしているリシュを見て、ロキルトは妖しく笑んだ。






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