21 夢

「......あれ?」

 いつのまにかベッドに横になり、今の俺の目線は床ではなく天井だった。

「今、たしか......」

 ボーとする頭を使って何かを思い出そうとする。

「......そうだ、レイ!」

 起き上がったが勢いがありすぎてベッドからずれ落ち、また腰を打ち付けてしまった。

「いって~~」

 しかし、その痛みのおかげで目が覚め、頭も働き始めた。そこで俺は今の出来事は夢だったのだと気付いた。

「何だ、タイムスリップじゃなかったか」

 残念と思ったが、過去と現実がごちゃ混ぜになっていたのだからそれはありえない。

「......レイ」

 今もまだレイは姿を現さない。大丈夫だと自分に言い聞かせるが不安は消えない。むしろ夢のせいで余計な悪いイメージが次々と浮かんできてしまう。

 あれは夢だ。本当にもう会えないわけじゃない。夢ならもっと非現実的で突拍子もないことが起きるはずだが、今見た夢は逆に現実的でありえそうな内容だった。嫌でも頭にこびりついて離れない。レイとはもう会えないかもしれない......。

 そんな嫌なイメージを振り落とそうと頭を振る。

「......喉乾いたな」

 寝てる間に汗をかいたようで喉がカラカラになっていたことに気付き、気分も変えようと水を飲もうとした。

 この館に来るときに買ったお茶がまだ残っていたはずだったので、バックの中を漁り始める。しかし、目的の物がなかった。

「あれ、おかしいな。見つかんないな」

 よく探すが見当たらない。途中で捨てたか? いや、そんなことをした覚えはない。

「どこいった?」

 中身を取り出しても見るがバックの中にはなかった。

「あれ~?」

 すると顔の横にお茶のペットボトルが浮いていた。

「あ、サンキュー」

 渡してくれたレイにお礼を言い、お茶を飲み始める。一口、二口、三口......。

「ブハァァ!」

 四口目を飲もうとしたが飲み込まず、おもっいきり吹いてしまった。

「レ、レイ!?」

 振り向くとそこにはレイが立っていた。

「レイ!」

 俺はお茶を投げ飛ばしてすぐにレイの傍に駆け寄った。

「レイ、大丈夫か?」

 頷くレイ。

「頭は? もう痛くないのか?」

 再び頷くレイ。

「心配したんだぞ」

 申し訳なさそうに下を向くレイ。

「でも、無事でよかった」

 心からそう思い安堵した。だが、さっきの夢のせいで完全に不安が拭えたわけではなかった。

「本当に大丈夫なのか?」

 俺はレイに詰め寄る。レイはその分後ずさった。なぜかレイの表情がひきつっているようにも見える。

「まさか無理してないよな?」

 俺一歩前進。レイ一歩後退。

「本当にもうどこも痛くないのか?」

 俺一歩前進。レイ壁に突き当たり停止。

「あんなに苦しんでてもう大丈夫なのか? 本当に?」

 俺一歩前進。俺とレイは至近距離にいる。

「本当に本当にだいじっ!」

 後ろから頭に衝撃を受け、振り向くとさっき飲んでいたペットボトルが浮いていた。どうやらこれが当たったらしい。そしてペットボトルはまた俺の方へ飛んできた。

「うわ!」

 俺は慌てて避ける。レイが操っていることは明白で、ペットボトルは方向転換をし、俺に再度襲い掛かる。

「追尾ミサイルか!」

 ツッコミを入れるがレイは止めようとしない。しばらく避けて追われての攻防が続いたが、俺が叩き落としたことでその戦いに終止符を打てた。

「おい、これが心配した相手への行動か!?」

 そっぽを向くレイ。

「聞けよ!?」

 レイはいつも通りの様子に戻っていた。どうやら本当に問題ないようで嬉しい。普通に嬉しいが、あれだけ心配しただけにこの態度を見るとちょっと腹が立った。

「ったく」

 ベッドに座り、ペットボトルをぶつけられた頭を撫でる。口の部分が当たったので微妙に痛い。

「せめて底でぶつけろよな」

 ぶつぶつと文句を言っていたら、手元にひらがな表記表が落ちてきた。顔をあげるとレイが傍まで近付いており、指を差し始めた。

『思い出したよ』

「何を?」

『私の事』

「それって記憶が?」

 頷くレイ。

『あの記事を見たとき頭の中に一気にいろんな情報が入り込んできたの』

「じゃあ、あのとき頭を抱えたのは......」

『うん、ものすごく頭が痛くなったの。たぶんその記憶が戻ってきたことによるものだと思う』

 記憶喪失の人が何かの拍子で記憶を取り戻すとき、頭痛が引き起こされると聞いたことがあった。

「じゃあ、犯人の事も......」

 しかし、レイは首を横に振った。

「え、でも思い出したんだろ?」

『全部じゃないの。断片的に思い出して、まだ抜けているところがあるの。虫食いみたいな感じで。はっきりと思い出せたのは私の事』

「レイの事......」

 俺達がずっと知りたかった情報の一つ。記憶を取り戻した自分の事をレイはゆっくり話始めた。

『あの記事にもあったように私の本名は速見紗栄子。地方から上京してきて、一人暮らしをしながら大学に通ってた。学部は教育学部。私ね、将来学校の先生になりたかったの』

 レイが自分の夢を語りだした。

『小学校の頃に友達がいじめを受けていてね。三人から物をなくされたりぶつけられたりしてたの。可愛そうになって私はその子を庇った。そしたら今度は私がいじめられるようになった』

 よく聞く話だ。いじめを止めに入ったことで生意気とされ、標的が変わる。

『物がなくなることなんて日常茶飯事。酷いときにはお弁当にゴミを入れられたこともあったわ』

 それはもういじめの域を越えている。ただの暴力と大差ない。

『でもそれだけのことをされても誰も助けてはくれなかった。前にいじめられていた友達でさえ話すどころか近付いてすら来なかった。私は助けたのに......』

 いじめを止めに入ることはとてつもない勇気がいる。友達を助けに入ったレイは勇気ある女の子だ。だが、みんなに勇気があるとは限らない。もし助けに入ったら今度は自分が標的にされてしまう。中学、高校ならまだしも、その時はまだ小学生。勇気よりもいじめられないようにという自己防衛が働いても不思議ではないし誰も責められないだろう。

『誰も助けてくれない。だけど家に引き籠るようなことはしたくなかった。親にも心配させたくなかったから。いつも通りに学校に登校して、私は何をされても平気なふりをした。でも、本当は今にも泣き出しそうなくらい辛かった』

 いじめを受けたこともなく、成長してしまった俺には、その辛さは想像するしかなかったが、当時のレイにはその想像の比ではないくらい辛かったはずだ。

『ある日、みんなが下校しても私は一人教室に残っていたの。もう我慢の限界で、誰もいない教室で思いっきり泣こうと思った。でもその時教室に担任の先生が入ってきたの』

 その先生は女性で、たまたま忘れ物を取りに戻ってきたそうだ。

『先生は私が一人残っていることより私の様子がおかしいって思ったんだろうね。真っ先に私に近付いてこう言ったの』


 ******************


『どうしたの速水さん?』

『せ、先生......』

『何があったの?』

 まさか先生が来るとは思わなかった。誰にも知られたくないし、見られたくなかったのに。

『な、何もありません』

『嘘おっしゃい!』

 先生の叫びにビクッと私は身体が縮こまった。先生は私が恐がっていることに気付き、一度大きなため息をついて気持ちを落ち着かせ、優しい声で言った。

『速水さん、何があったのか話してくれるわね?』

『先生......。せんせい......せんせ、う、う、うわぁぁぁぁぁぁ!』

 私は先生の胸に飛び込んで思いっきり泣いた。



 泣いたおかげでいくらか気分が晴れ、落ち着いた状態で先生に事情を話した。

『どうしてもっと早く言わなかったの』

『ごめんなさい』

『まあ今さら言っても遅いわね』

 先生に知られたってことはきっと親にも知らされる。ずっと隠してたのに......。

『ごめんなさい、速水さん』

『えっ?』

 顔をあげると先生は私に頭を下げていた。

『何で? 何で先生が謝るの?』

『私は担任でありながらあなたがいじめられていることに気付かなかった。本当にごめんなさい』

『違うよ、先生は悪くないよ!』

 先生はまだ頭を上げようとしない。

『いいえ、あなただけの責任ではないわ。私はあなたたち生徒たちのことを理解しているつもりでいたわ。でもそれは間違いだった。理解したつもりでいただけだった。私はもっと一人一人向き合っているべきだったのよ。そうしていればあなたの事にも気付けたはず』

『そんなことないですよ。先生は私達に親身になってくれているじゃないですか』

 私の担任は校内で一番の人気がある先生だと聞いている。しかも、教育委員会だかなんかにも理想の教師像とか言われてすごく評価されているという噂を聞いたことがある。

『でも、私はあなたの事を見抜けなかった。本当にごめんなさい』

 先生は本気で、真剣に私に謝り自分を責めていた。

『先生、もう顔をあげてください。これじゃ逆になってますよ』

 本当なら私が先生に頭を下げていなければならなかったはずだ。

 そう言うと先生はゆっくり頭を上げた。

『速水さん......ありがとう』

『うんうん、苦しゅうない』

『こら、調子に乗るんじゃない』

『あいた!』

 軽く頭をどつかれ、次の瞬間私と先生は同時に笑いだした。

 その後は世間話を少しして、楽しい時間を過ごしていた。

『あの、先生。お願いがあるんですけど』

『何?』

『このことは、あの、親には言わないでくれませんか?』

『それはダメよ。きっと親御さんだって心配して--』

『だからです!』

 私は強く否定した。

『たぶん親は私がいじめられていることを知らないと思います。もし伝えたらそれが知れて余計に心配かけちゃいます。だから内緒にしてください。お願いします』

 今度は私が頭を下げた。

『どうしてそんなに親に知られたくないの? もしかして親御さんと仲が悪いとか?』

『いえ、それはないです。お母さんもお父さんも仲良しですし、今度の休みには家族で出掛けますから』

『じゃあどうして?』

『その、何て言うか』

 私は気持ちを素直にぶつけた。

『......逃げたくないんです』

『逃げたくない?』

『はい。何て言うか、親に言ったら負けた事になりそうで』

 詳しく説明する。

『あんなせこいやつらに負けを認めたくないんです。誰か協力者がいないと何もできない臆病者に背を向けたくないんです。私は正面からあいつらと向き合って、あっちが負けを認めるまで引きたくない』

 真剣に思いを伝える。そうだ、私は間違っていない。間違っていないのになぜ負けを認めなくちゃいけないんだ。

『......分かったわ』

『ホントですか?』

『ただし、一つ条件を出します』

 一本指を立て私の顔の前に突き出した。

『これからは一人で抱え込まないこと。何かあったり辛かったらすぐに先生に話す。いいわね?』

『はい、ありがとうございます!』

『じゃあ約束』

 そう言って先生は小指を差し出し、私と指切りをした。

 それからは徐々にいじめの回数が減り続け、最終的にいじめはなくなった。別に咎めたり説教したりしたわけでもなく、自然となくなったのだ。私は完全な勝利を勝ち取ったのだ。

 その後も私は卒業まで先生とよく放課後に話をするようになった。先生の話はどれも魅力的で、知的で、卒業間近には憧れるようになった。

 そして私は卒業式の日、先生に将来の夢を伝えた。

『私、先生になる。先生みたいな格好良くて、美人で、物知りの先生になる。それで、先生が私にしてくれたように一人の生徒を救えるような、そんな先生になる!』

 

 ******************

 

 

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