弱兵・新参者転禍為福
「晴天さん!?」
決着。
「無念だろ、晴天」
晴天は胸を抑えて俯いている。その表情は伺えない、が。
「お前んとこの仏様においで願ってまでこいつを防げなくて」
「う、うわぁあああああああああああああああああああ」
狼男の咆哮のごとく叫び声をあげる。その顔は苦痛に歪み、せっかくの優男面が台無しだ。まぁ、精神にそれだけの負荷がかかっている証拠だから仕方あるまい。
「この術式の構成は実は単純だ。邪気払いの不動金縛りに転生の概念を付与しただけにすぎないからな。まぁ条件が揃わなきゃいけないし、俺以外が使おうにもかなり歪曲解釈してるから厳しいだろうがな」
「お前晴天さんになにしやがった!?」
「今解説してんだから黙ってろ。五行相剋を星と捉えセーマンを生み出し、その循環を円に例える。そして金気に満ちた場を利用することで強大な火界咒を実現し、これに転生の概念を付与することで、鳳凰の如き蘇る浄化の炎を生み出した」
「それでどうやったら晴天さんがこうなるんだよ!? 晴天さんの周りに炎なんてないじゃないか! しかも、千手観音様の加護までついてたんだ! こんな苦しむようなこと起こるはずないじゃないか!」
「お前は無知だな。とりあえず先達の解説を黙って聞くくらいの分別はつけろ。この浄化の炎だが、俺の新しく開発したこの札、正式名称を精神感応札弐式で精神に極端に作用するように調整されている。精神の穢れを祓うはずの炎は、晴天の心に潜む闇へと襲い掛かり、それを燃やそうとした」
この精神感応札弐式、名前付に関してあまりにも才能がないと久咲にはだめ出しされたが、性能としては素晴らしいものがある。
その名のとおり人の精神に深く作用し、強力な結界であっても物理結界であるならばそれを透過するほどの術式強度を実現する。
霊体に強く反応する術式を組めるように最適化されており、人の精神だけではなくあやかしに対しても特攻威力を発揮する。
つまり、物理術式を使わないならばこれほど有用な札は存在しないということだ。
強固な精神防壁を張れる相手だったり、そもそも精神が存在しなかったりすると効果が激減するために相手を選ぶが、それでも俺の実力と相まって大概はこの札一枚で対処できるはずだ。
実際、試験運用のつもりで使った今回ですら、彼の晴天を倒せたのだから。
「だが、この炎は蘇る。そこに俺はさらに解釈を加えた。この炎は蘇る時に種火がないのでは困るから、今まで燃やしていた悪しきものも一緒に蘇らせるようにな。つまり、だ。晴天は今、過去の消し去りたかった記憶を無限に再生し続けられている」
俺の解説が終わった瞬間、辺りは一瞬の静寂に包まれた。直後に仔犬が鳴き出すのはわかりきっていたが、その一瞬の静寂に浸りたい俺なのだった。
「ふざけんな! じゃあ晴天さんは今どれだけつらい目にあってるってんだよ……お前は晴天さんの過去をしってそんなことしてんのかこの人でなし!」
まぁ、そうくるよなぁ。半泣きで訴えてくる仔犬の反応は正当だ。でも、言っていいのだろうか。
俺は晴天が見ているだろう過去の記憶に心当たりがある。というよりも、それを見るように誘導すらした。そして、あの狼の咆哮のような叫びには聞き覚えがあるのだ。
十中八九見ている記憶がなんなのか当てられる。
だが、これを他人に開帳していいのだろうか。晴天自身あれだけ叫ぶほど苦悩していたものだ。今でも彼の傷として残っているだろう。
それを本人の許諾なく他人に教えるだなんて……。
「いいだろう。教えてやる」
仕方ないなー。晴天の部下が知らないんじゃ不憫だもんなー。
「やつが見ている悪夢はな」
仔犬が意味もなくごくりとつばを飲み込む。
俺ももったいぶって大仰に話す。
「俺が女装した時に一目惚れ、女装だということに気づかずに告白した挙句、直後に俺だと知り絶望していたら、晴天が男色家だという噂が流れ始めて、多くの男に連日告白を受けた忌まわしき記憶だ」
それを聞いた瞬間、こちらに歩み寄りつつあった女子二人の肩が跳ねたのを俺は見逃さなかった。
久咲の耳がぴくんと動いたのも視認したが、こちらに関しては全力で無視した。
女子二人の頬が紅く染まっているのは気のせいではないだろう。多少俺に被害が来るかもしれないが、そんなことよりも晴天が男色家という噂が流れる方が重要なのである! これで女の娘が俺の方にも流れてくるだろうよ!
完璧な計画だ。
「あの時の晴天はひどかった……あまりにも惨い仕打ちだった。当時同部屋だった俺ですら誠心誠意慰めたくらいだ。おかげさまで女子連中に黄色い声で囃し立てられもしたが」
「せ、晴天さん……」
見ろ、仔犬の顔が哀れみに満ち、先程まで晴天が苦しむ何がしかの要素を探していたのに、原因を知った途端にそれが慟哭であることを理解してしまったのか、言葉までなくしてしまったようだ。
そう、晴天は今精神的苦痛は受けているが、それ以外は何の影響も受けていない。術式は単純ながら対人間においては決戦兵器となるこの術。
名を虎馬鳳凰縛心。
蘇り続ける浄化の炎を悪用し、人の心を悪夢に縛りつけることで動きを封じる捕縛術だ。
ちなみに、愛染明王の魅了の呪によって男、しかも一度は一目惚れしたことのある俺を意識させたことで、今回の男色家疑惑の記憶を想起しやすくしておいた。
根回しは流麗にだ。晴天には余計なお世話だったろうがな。
「さて、というわけでそろそろいいだろう。俺の気も晴れたし、強さの証明もできた。これでお前も満足だろう?」
がくっと膝から崩れ落ちた晴天の表情は虚ろだった。慌てて晴天さん! と叫びながら三人組が走り寄っていくから、きっと大丈夫だろう。晴天だって精神が弱いわけではないのだ。
別に虎馬鳳凰縛心だって先に存在を知っていれば、精神防壁を強化することで防げただろう。ただ、俺の存在そのものが初見殺しであるのは否定し難く、つまるところ俺が晴天に勝つ場合は大概こんな状況になるのであった。
南無三。
「今日のところは認める! あれほどの戦いなんて初めて見たからな。確かにあんたはすごい。でも、敬語は使わないし名前も呼ばない。きちんとしてほしければ態度もなおすんだな!! いいか! どっちもすごい晴天さんはすごいんだから! 覚えておけよ!?」
晴天の傍からこちらを振り返りもせずに吠える仔犬は、どんな顔をしていたのだろうか。見ようと思えば見れたが、野郎の照れ顔なんぞに用はない。
例え背の低い紅顔の美少年だろうと、それは仔犬に例えられるものでしかない。愛らしくはあるが俺は犬が好きではないのだ。
狐も犬の仲間だと前に久咲に言われた記憶もあるが、あんな下品な動物と上品な狐を一緒にするなんて自己否定が過ぎる、と逆に叱り返した覚えがある。
別にああも構え構えとうるさくなければ、一番普及したもふもふの動物なのだから犬の一匹や二匹うちの屋敷にもいただろうに。
「そんなことはお前以上に知ってるよ。じゃあな、晴天は頼んだぞ。今俺が話しかけると逆効果だからな、そいつ」
三人が必死に晴天を介抱するのを尻目に俺は踵を返す。一瞬呪力の使いすぎで足元がふらついたが、すかさず俺を支えた久咲のおかげでなんともなかった。
こういう細かい気遣いが本当に嬉しいんだよな。
「すまんな」
「いえ、これから資料探しに行きますか? それとも昼食に?」
「んー、資料を回収して昼飯食いながらそれの検分。食い終わったらその情報をもとに我らが親方の所に行こう。土産持ってくから後で一旦家に戻る」
「あやつのところですか。いえ、構いません。承りました」
久咲は俺があいつのところに行こうとすると途端に態度が固くなる。これほどわかりやすく嫉妬してくれるなら男冥利に尽きるというものだ。
だが、久咲は俺が新しい式を作ることに嫉妬しているのか、俺があいつに会いにいくのに嫉妬しているのか、今でも判然としない。
後者ならば嬉しいのだが……真実は久咲の心の中だ。
「とりあえず詰所なぁ。あー、今ので疲れたから無性に休みたい。うち帰って寝ちゃあ駄目だろうか。別に期限指定されてないし」
「道臣……急がねばならないと言ったのは貴方ですよ。自分の言ったことくらいは完遂してください。もう他のことは目を瞑りますから……」
こんなに俺について諦めているだろう久咲も、耳を愛でられる時は素直なのだ。別に俺のことを嫌ってるわけじゃなく、むしろ好いてくれているのだろうことはわかるのだが……実際のところどうなんだろうなぁ。
「女心と秋の空、ねぇ」
「何馬鹿なこと言ってるんですか。行きますよ」
冷たいなぁ。せっかく勝ったんだから少しくらい優しくしたってばちは当たらないのに。
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