怒髪天・馬鹿者失職危機

 確かに大寝坊かましたのは俺だ。それに加えて事件を一個収めてきたものだから、そりゃあ遅刻って表現が生ぬるいくらい予定の時間を超えてしまっているわけだが、だからといってそれで殺されるのは割に合わない。

 規則に厳格な彼からすれば、もう俺の遅刻芸に堪忍袋の緒が切れて殺しにかかってくるというのもあながちわからなくはないのだが、素直にそれに従うわけにもいくまいて。俺だってまだまだ若盛り、人生先は長いのだ。


「や、やだなぁ局長冗談ですよね? ちょっと勢い余ってその太刀抜いちゃっただけですよね? 本当に切る気なんてないですよね?」

「残念ながらお前に対する慈悲もこれでおしまいだ。いや、今までが甘すぎたのだろうな。反省が全く見られないお前を野放しにしすぎた」


 ん、ちょっと待って欲しい。この構図俺はどっかで見たことがある気がする……そう、例えばついさっきとか。って、これ馬鈴薯さんたちと俺との構図そのものじゃん! 確かに遅刻は繰り返すし態度もいいとは言えない俺だけど、仕事はきちんとやってるし罪人扱いされるほどじゃない。さすがに横暴である。


「局長! 確かに局長が怒るのも無理はないと思います。でも、だからっていきなり首切りしにくるってのはちょっといきすぎじゃありませんか?」

「あぁ、まぁ本当に切る気はほとんどないのだが」

「いや言い切ってください」

「今回のことはさすがに帝も看過できないらしくてな。お前を処罰せよとのお達しが出ているのだ。今日の参内に関しては俺は聞かされていないから、なんの用だったのかは知らないが、あの帝がお前にこれほど厳しく当たったのは初めて見た」


 あの帝が、俺に処罰を……いや、当然か。は彼にとっても俺にとっても重要なことだった。そんな日に遅刻するなんて、信用をなくして当然だ。普段は優しい帝といえど、許せないこともある。俺はその逆鱗を踏んでしまった。


「ああ、仕方ないのです。今日ばかりは帝が激怒されるのも当然でしょう。で、あるからして俺はその処罰を正しく受けねばなりません。処罰はなんなのですか?」

「お前にしてはいやに物分りがいいな。いや、帝に対してはお前はいつも素直だったか。ふん、今回の処罰のことに関してだが、帝直々にお前に伝えられるとのことだ。処罰を与える旨だけが俺には知らされている。今から帝のもとに出向いてくるがいい。その後ろの罪人どもは俺が預かろう」


 そう言って彼は、後ろの車二台の支配権を渡すように俺に促す。俺もそれに素直に応じる。でも、今から帝に会いに行っても大丈夫なのだろうか?

 彼は政務で忙しいはず。その貴重な時間を俺を待つために四刻も使ってしまったのだから、なおさら時間がないはずだ。伺いの目を局長に向ければ、彼はそれだけで察したらしい。


「帝はお前を待っている間に政務をしていた。お前が遅れてくることも帝にはお見通しだったようだが、さすがに遅れすぎだ、馬鹿者め」


 また叱られるたねが増えただけだった。俺反省。


「さ、こいつらの受け渡しも終わった。今日のところは俺からは見逃しておいてやる。こってり絞られてくるといい」


 その鬼瓦のような厳つい顔を緩め、纏っていた呪力を開放しながら局長は言う。頭頂部から天を貫かんばかりに自己主張していた見事な一本角も、それとともに見えなくなる。別に彼は好きであの角を出しているわけではないのだ。

 局長。俺が所属する退魔局の頭であり、おそらく現在国内最強の術者。その力は地を裂き、天をも揺るがす。と、噂されているがさすがにそこまでの力はないはずだ。

 いや、今までで一番力を出した時ですら全力じゃなかったみたいだし、本当のところは俺ですらわからないのだが。

 ちなみに国外には実際に地を裂き、天をも揺るがすようなやつがいる。完全に物理全振りした結果そうなったのだが、おかげで頭の中身まで筋肉で染まってしまった可哀想なやつである。何事もぶん殴れば解決すると思ってやがる。

 あいつのせいで俺とがどれだけの被害を受けてきたと思ってんだ……思い出したら腹がたってきた。宮へと続く道を俺はずかずかと歩いていく。


「道臣」


 ここまで黙ってついてきていた久咲が俺に話しかけてくる。


「これは、結局どっちだと思いますか? 私の予想だと、職は守られた代わりに手痛い代償を払うことになると踏んだのですが」

「あぁ、俺も同意見だ。あの変態腹黒野郎が俺に処罰を言いつける……しかも、それに断れないような理由をつけて、だ。絶対になにかろくでもない案件を押し付けられるぞ。久咲、覚悟しておけ」

「心得ています。はぁ、今度は一体どんな無理難題を押し付けられるのでしょうか。前回は百目百足の討伐でしたよね。私はもう二度とあんな化物を祓いに行ったりしたくないのですが」

「全く同感だ。なんであんな強力なあやかしが今更人を襲うことになったのやら。あいつなら自然のままに好き勝手生きられただろうになぁ」


 久咲とする雑談は楽しい。俺は久咲が初めての識なのであまりよくわからないのだが、従者従者と呼んではいるものの、俺は久咲に従者というより家族に近い扱いをしている。久咲との関係というのも大きな要因なのだろうが、周りの家々がそうやってあやかしに対して接していたのもあるのだろう。

 あやかしはしもべではなく共に生きるものである。かれらはつねにとなりにいる。

 それが極東での主なあやかしに対する姿勢といえる。地方の村々であっても、式たちが野生のあやかしたちから村を守っていたりするのだから、そうやって生きていくのが結局のところ一番正しいのだろう。


 ならば、旧文明はなにを目指して彼らを忘れていったのだろうか。ここらへんはあんまり俺は詳しくない。旧世界の神話や説話についての知識ならば、それこそ誰にも負けることがないくらい溜め込んでいると自負しているが、機械文明については素人そのものだ。

 だから、この頃都に流行るもの、こんぴゅーた、けーたい、すまほ、げぇむ、一切俺には扱えない。近所の子供が説明するところによると、なんと人が考えるよりも早くその機械が考えるてくれるらしい。人よりも優れた演算能力を持つとは、なんともあやかし染みた機械である。

 化けて出なければいいのだが。


 さて、そんなこんなで雑談しながら久咲と歩けば、横手にずっと見ていた立派な壁が途切れ、これまた大きな門が現れる。これを応龍門と呼び、これがこの遠野の中心にあたる。この応龍門から見て東に我らが退魔局の詰所があるのだ。

 ちなみに、本局に関してはこの中にある。この応龍門の中には各省庁が並び、名実ともに遠野の中心として日夜人々が働いているのだ。


 その応龍門を抜けてまっすぐ進めば、そこにあるのが表内裏。なんだかややこしい名前だが、昔の名称を使いながらも茶目っ気を出したらこうなってしまったのだそうだ。我らがご先祖はなにをしているのだろうか。

 表内裏を抜け、さらに奥へと続く扉へとさしかかる。ここから先は許可されたものしか通ることができない。扉の右手側につけられた、よくわからない機械に人差し指で触れる。こうすることでこの扉が開くのだ、と二年前に扉を付け替えた時に言われたのだが、今でも理屈はわかっていない。

 俺の呪力でも読み取っているのだろうか? 全ては謎に包まれている。


 そして、扉を開ければそこには丁寧に剪定された庭が存在する。その見事さは、さすが国外の要人を招くための施設であり、国家元首である帝がいるにふさわしいと思わせる。

 あの松の枝ぶりなどここ以外では見ることのできない流麗さだ。傍にある池に飼われている錦鯉も華麗だし、広大な庭の反対側にある枯山水はいつ来ても乱れることなく時間が止まったかのようにそこにある。

 そんな枯山水の傍に、一組の男女がいる。


「ああ、やっと来たんだ。僕は待ちくたびれたよ?」

「ほっほ。こやつが拗ねると長いのじゃから、こんな日くらいは遅刻しないでもらいたかったのぉ」


 男はその身を水干に包み、女の方はその十二単の着物に紛れて九本の狐の尻尾を垂らしている。帝とその嫁・玉藻前である。

 なんで帝はいつ来ても束帯着てないのかとか、妻じゃなくて嫁なのはなんのこだわりがあるのかとか色々とつっこみどころはあるのだが、一応こんなのがこの国・極東の国家元首である。


「いやー、今日こそは久咲くんと玉藻の毛並みのどちらがよりもふもふかを比べるはずだったじゃないか。それなのに、君ともあろうものがこんなにも大遅刻してくる! 君は僕にも並ぶ”もふりすと”だろう!? その程度の気概で彼女たちの毛並みを今まで堪能していたというのかい!? 僕は失望したよ! だから君には処罰を言い渡すことにした!!」


 ……そう、こんなのがこの国の頭なのだ。いやになっちまうだろう?





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