13

 急いだ甲斐があって、それなりに見やすい位置を確保することができた。それにほっと胸を撫で下ろしながらコートへと視線を向ける。今は作戦会議の時間らしく、互いにコートの外で集まって話し合っている。ここからでは何を話しているのか聞こえるはずもないのだが、選手たちの緊張感と並々ならぬ闘志はこちらまで伝わってくる。

「ねえ、どっちを応援するの?」

 コートを指さして無邪気に尋ねた千恵に、悠と望美は動きを止めた。

「……どうします?」

「正直、どっちを応援しても角が立つ気がしますね……」

 うかがうように視線を向けた望美に、悠がため息混じりに答える。あの二人の望美の気に入りようは並大抵ではない。片方を応援すれば、きっともう片方がどうして応援してくれなかったのかとごねるに違いあるまい。その様が容易に想像できて、悠はさらに大きなため息を吐き出した。

「ですので、応援はせずに見ているだけにしましょう」

詭弁きべんね。けど観戦はするわけだし、一応義理は立つか……」

 やや納得いかないと言いたげな顔でつぶやいた小百合だったが、不意にくすりと笑った。望美を肘でつつく。

「人気者は辛いわね」

 望美は意味がわからないと言いたげに首を傾げていたが、吹き鳴らされた笛の音にコートへと視線を向けた。

 先ほどと同じように薫は第一セットに出場するらしく、コートの中にいた。対する三年側のコートに詩織の姿はなく、彼女はコート脇にクラスメイトたちと一緒に立っていた。望美の視線に気づいたのか、にこりとほほえみを浮かべて手を振ってくる。それに同じように望美も手を振り返す。

 サーブ権は三年にあるらしく、一人がボールを手にコートの外に立っていた。ポーンと高く打ち上げられたボールが落ちてくる。はい、と声を上げながらレシーブしたのは薫だ。それをほかの生徒たちが連携して三年のコートに打ち返す。

 だがさすがに決勝戦まで勝ち残るチームだけあって、今までのようにすぐに得点には繋がらなかった。拾われたボールが二年のコートに返ってくる。同じようにレシーブされ、トスされたボールを打つべく薫が飛び上がる。打ち込まれた鋭いアタックはラインぎりぎりに落ちた。ピーッとホイッスルが鳴って二年側に手が向けられる。

 白熱のラリーが続きながらも、優勢なのは二年チームだった。薫を中心に攻撃を組み立て、見事に第一セットを物にする。

 五分の休憩時間を挟んで第二セットが開始される。今度コートに立ったのは詩織だった。

 サーブを打つのはバレーボール部なのだろう、フローターサーブで打ち込まれたボールは生徒たちのちょうど真ん中当たりへと落ちていく。互いに誰が動くか一瞬戸惑った中、はい、と声を上げて詩織がレシーブした。その声で呪縛が解けたのだろう、ほかの生徒たちも動き出す。

 何度目かのラリーのあと、二年側がアタックできずに返ってきたボールを詩織がそのまま打ち返した。バシン、と音を立ててボールが床に跳ね返る。それで一気に流れが三年に傾いたのか、第二セットは三年チームの物となった。

 そして運命の第三セット。薫と詩織の姿が共にコートにあったのは、ある意味当然の流れであったのかもしれない。

「悪いけど、勝たせてもらうからね、会長」

 ビシリと人差し指を突きつけて宣言した薫に、まあ、と小さく声を上げて詩織は頬に手を当てた。

「常に勝つつもりで挑むのがわたくしの信条ですわ」

 簡単に勝てると思うな、言外にそう言ってにっこりとほほえむ詩織。ガカッと音を立ててコートに雷が落ちる、そんな幻影が見えた気がして望美は思わずまばたきする。だがここは屋内であり、当然雷など落ちるはずがない。

「あの、試合を始めても……?」

 笑顔で睨み合う二人に気圧けおされたのか、おそるおそる体育委員が尋ねる。

「もちろん」

「ええ、初めてくださいな」

 視線は相手から外さぬまま二人は答える。互いに張り付けたように笑顔であるのが空恐ろしい。体育委員はぶるりと身を震わせたあと、試合開始のホイッスルを吹いた。

 サーブ権を握っているのは三年チームらしく、一人がボールを手にコートの外へと出た。アンダーハンドで打たれたボールは天井近くまで打ち上げられ、舞うようにゆっくりと落ちてくる。拾い、繋がれたボールを薫が相手のコートに鋭く打ち込む。

 だがそのボールは落下地点に走り込んだ生徒によってレシーブされる。トスされたボールめがけ、詩織が高く飛び上がり相手コートへと打ち込んだ。緩やかな動作からは想像もできない速度でボールは落ちていく。薫が滑り込むように手を伸ばすが、わずかの差でボールは床を叩いた。とん、とん、と軽い音をさせながら転がっていくのを横目に見ながら、薫は身を起こした。ふっと小さく笑う。

「なるほどね……なら、こっちも全力でお相手しようじゃないの」

 ギラリと凶暴な輝きを宿す瞳に睨みつけられながら、詩織はその微笑を崩すことはない。

「ええ、受けて立ちましてよ」

 笑みを湛えたその眼差しもまた、ひどく鋭かった。

 サーブは三年側から。先ほどと同じように高く打ち上げられたボールを二年が拾う。上げられたトスを受け、アタックを仕掛けるのはまたもや薫だ。先ほどまでとは比較にならない速度で打ち込まれたアタックは、あたかも矢のように体育館の床へと突き刺さった。三年チームはおろか、ギャラリーすら動くことができない中、トン、と床に降り立った薫が髪をかきあげる。

「ま、あたしが本気を出せばこんなものかな?」

 勝ち誇ったようなその言葉に、ピシャーン、と雷が落ちた。落下先は詩織だ。

「ふ、ふふ……」

 うつむいたまま、彼女は静かに肩を震わせる。その口から漏れるのはかすかな笑い声。

「……ええ、そうでなくては面白くありませんわ」

 ひそやかにそうささやいて、彼女はそっと顔を上げる。そのおもてを彩るのは、完膚かんぷなきまでに相手を叩き潰してやるという強い戦意だ。

 再び轟音と共に落ちる雷。そしてそれ以上の音量で以て吼えるのは、両者の背後にそびえる龍虎の影。

「……ねぇ。これ、球技大会よね。学校行事よね」

 何なのこの展開、と小百合が問いかけるが、それに答えられる者は誰一人として存在しなかった。

 それからの試合展開は圧倒的としか言いようがなかった。ソフトバレーボールであることが疑われるように高速で飛んでいくボール。見ている人間が息苦しくなるほどのラリー。もはや学校行事の一環であるとは信じがたい試合が目の前では行われていた。それを行っているのは実質二名、そしてトスを上げるためだけに存在しているかのような、おそらくバレーボール部であろう生徒。

 ズバン、バシン、と音を立ててアタックが打ち込まれる度に高速でボールは相手コートへと飛び、そして驚異的なまでの精度で拾い上げられる。

 レシーブしたその足でアタックのために飛び上がる。そんなことを何十回と繰り返しながら、薫と詩織の両名は息すら切らしていなかった。その瞳に闘志を燃やし、ただひたすらに相手を打ち倒すためだけにコート内を駆け巡る。

 そんな息詰まる試合も、とうとう終局を迎えようとしていた。三十対三十一、三年チームのセットポイント。

 ローテーションでサーブが回ってきたのだろう、ボールを手にコートの外へと立ったのは小柄な少女だった。笑えば大変愛らしいであろうその顔は、けれども今は緊張のためか青ざめている。今にも泣き出しそうな彼女に、詩織がそっと近づいた。

「落ち着いてやれば大丈夫ですわ」

 にっこりとほほえみ、なだめるようにその肩を叩く。それで落ち着いたのか、彼女は小さくうなずいた。詩織が位置に戻ったのを見て、サーブの構えに入る。打ち上げられたボールはやや不安定な軌道ながらもネットを越え、二年のコートへと落ちていった。

 声を上げながら二年生がそれをレシーブし、トスが上げられる。思い切りアタックされたボールは、ぎゅん、と驚異的な速度で相手コートめがけて飛ぶ。

 待ちかまえていたかのようにそれを受けたのは詩織だった。上げられたトスを受け、思い切り腕を振りかぶる。コートのどこへでも走れるように薫が身構えたのを見ると、彼女は不意に腕の力を抜いた。ちょいと触れるようにしてボールをネット間際へと落とす。

 急なフェイントに食らいついたのは前列にいた生徒だった。スライディングでボールの下に手を差し入れるが、無理な体勢から弾かれたボールはあらぬ方向へと飛んでいった。舌打ちしながら走った薫がコート内へとボールを戻す。

 ふわりと返ってきたチャンスボールだが、三年チームは慌てず騒がず攻撃の下準備を整える。高く飛び上がった詩織は渾身の力を込めてボールを叩いた。ボールはまっすぐに相手コートの奥へと向かって飛んでいく。ラインの外か、それとも中に落ちるのか。ひどく微妙な飛び方に一瞬ためらう様子を見せ、薫は床を蹴った。ボールの着地点めがけて腕を伸ばす。

 ぽてん、とどこか間の抜けた音を立ててボールが跳ね返り、強くホイッスルが吹き鳴らされる。腕が伸ばされたのは三年側のコート。一瞬の沈黙の後、悲鳴じみた歓声が三年側、嘆く声が二年側から同時に上がった。それにさらに遅れて観衆からの大歓声が上がる。

 審判によって三年チームの勝利が叫ばれる中、望美たちは一様に詰めていた息を吐き出した。呼吸すら満足にできないほど試合は緊迫していたのだ。

「見てるだけで疲れる試合ってどういうことよ……」

 左手を胸に当て、深呼吸を繰り返しながら小百合がつぶやいた。望美も知らずに握りしめていた両手を開く。手に汗を握るとはよく言ったもので、手のひらは汗でべとべとになっていた。

 口々に試合の感想を語り合う中、あの、と悠が遠慮がちに口を挟む。

「今のうちに体育館から出た方がいいと思うのですが」

 その言葉に、全員が不思議そうに首を傾げて発言者の方を見た。どうして、と問いかけるその眼差しに悠がうなずいてみせる。

「今はまだクラスの人たちと一緒にいますが、いずれあの二人は在原さんのところに来るでしょう。たった今試合が終わったばかりで、互いに感情が高ぶった状態のまま。そんな状態で顔を合わせればどうなると思います?」

 言われて想像した。なんだかものすごく怖いことになる気がして、全員の顔から血の気が引いた。これは間違いなく荒れるだろう。

 誰からともなしに顔を見合わせ、うなずいた。うん、逃げよう。

 祝福のために選手たちへと押し掛ける観衆にまぎれるように、彼女らはそっと体育館を抜け出した。



「……何でお前らそんなにげっそりしてるの」

 一目散にグラウンドまで駆け下りてきた一同を迎えたのは、不思議そうな顔をした恭二だった。

「いえ、女子の決勝戦を観戦していたんですが」

 対戦相手が渡瀬先輩と都筑先輩のクラスだったんです、との悠の説明を受け、なるほど、と恭二が大きくうなずく。

「あの二人な。去年も二回戦でぶつかってすごいことになったらしいな」

 俺は見てないからよく知らないんだが、そんなにすごかったのか? と問いかける恭二。相当です、と全員からうなずかれ、

「へぇ……そいつは見てみたかったもんだな」

 他人事の気楽さからかそんなことをのたまわった。そんな恭二に、悠はじっとりとした視線を送る。

「見てないからそんなことを言えるんですよ……」

 試合運びはさておき、あの息が詰まるような二人のやり取りは見ているだけでも心臓に悪い。何度逃げ出そうと思ったか知れず、そのたびにそんなことをすればかえってあとが怖いと自分に言い聞かせてその場に留まり続けてきたのだ。

「黒崎先輩はこんなところで何をなさっているんですか?」

 試合中ならばコートを抜けてきているということになるが、まさか彼に限ってサボリということもないだろう。かと言って、こんな無人のコート脇に立っている理由が思いつかない。そう望美が問いかけると、彼はああとうなずいた。

「俺は待機中。決勝まで勝ち上がったんだが、相手チームがまだ決まってなくてな」

 あそこで試合やってるの、と向かいのコートを指さしてみせる。彼の指先を追って視線を向ければ、そこには山のような人だかりができていた。その向こうで試合が行われているらしく、声援やかけ声、ホイッスルの音などが聞こえてくる。

「決勝! すごいですね」

 わぁ、と千恵が感嘆の声を上げた。すごいね、と小百合と二人ではしゃぐように手を打ち合わせる。

「どこと当たりそうなんですか?」

 望美の問いかけに、うん? と首を傾げ、恭二は記憶を探るように宙に視線を泳がせた。

「えーっと、たしか三年四組うちのクラスか二年の選抜チームだったかな……」

 その二チームが今試合してるはず、と人垣の向こうに視線を投げる。ちょうど点が入りでもしたのか、わぁっとひときわ大きな歓声が上がった。

「「二年選抜チーム……」」

 げんなりとした顔で揃ってつぶやいた湊と悠に気づき、恭二がニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ああ、そういやお前ら負けたんだっけ?」

 よせばいいのに、わざわざ傷をえぐるような発言をする。それに二人は聞かれたくないと言いたげに顔をそむけた。

 そんな二人をかばうようにか、質問があるのですが、と望美が声を上げた。

「中須くんたちが教師チームと戦った時、様々な手段で先生がたの気を散らしていましたが、なぜ広瀬先生は【魔法少女】という単語に反応されたのですか?」

「あれ、在原知らないか? けっこう有名な話だぞ?」

 望美の言葉に不思議そうに恭二が声を上げ、

「転校してきたばかりの在原さんが知らないのも無理はないと思いますが」

 呆れたようにため息をついて悠がつぶやく。それに同意するように小百合たちもうなずいた。

 それに、そうか知らないか、とつぶやいて恭二は人差し指を立てた。

「あの先生、幼少期に見たアニメの魔法少女にあこがれて、そのまま大人になっちゃった人でな。自分はなれなかったが、魔法少女は実在するって信じてるんだよ」

「……それは」

 なんというか、ものすごく反応に困った。冗談と笑い飛ばすには、語る恭二も、そしてまわりの友人たちの表情も真剣そのものなのだ。むしろ悲壮感すら漂っている。たぶん本当なのだろう。

「まあ、そういうわけであの先生の前では魔法少女の話題は禁句な。あとがイロイロ大変だから。あと、同様の理由で特撮とかアニメとかのヒーローモノの話題も厳禁」

「了解しました」

 こくりと望美がうなずいた時、黒崎、と恭二を呼ぶ声が響いた。よく似た面立ちの二人の少年がこちらに駆けてくる。樋口兄弟だ。

「向こうの試合にケリがついたようだよ」

 そう言って人垣を示す浩明に、ほう、と恭二は声を上げた。

「どっちが勝った?」

 さすがに自分の対戦相手は気になるのか、そう問いかける。それにうなずいて答えたのは直人だった。

「二年選抜チームのようであるな。小林殿もずいぶん張り切ったと見える」

 後輩の活躍が嬉しいのか、どこか誇らしげに直人が語る。うむ、これは次の試合が楽しみであるな。

「ほーう、二年選抜チームと」

 にやにやと笑いながら恭二は悠の方へと視線を向けた。どこか意地の悪い声で告げる。

「仇は取ってやるから」

「いりません」

 それを悠はバッサリと切り捨てた。仇とか必要ないですから。

「まあ、そう言わずに先輩に任せとけっての」

 言いながら、彼は悠の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。どこか迷惑そうな顔をしながらも悠がその手を払いのけないのは相手が年長者であるからか、あるいは気を許しているからなのか。

「試合はこちらのコートでですか?」

「ん? ああ、そのはずだが」

 望美の問いかけに、恭二はようやく悠を解放した。これ幸いと逃げるように距離を取る悠にはかまわず、どうかしたかと問い返す。

「応援していますので、頑張ってくださいね」

 ほほえみを浮かべて望美はそう告げる。樋口兄弟の方にも顔を向け、先輩がたも頑張ってくださいとエールを送る。彼らはそれぞれに笑みを浮かべると、拳を握った右手を掲げてみせた。

「んじゃ行ってくるわ」

 ひらひらと片手を振ると、三人は彼らを呼ぶチームメイトの声に応えて歩き出した。

 しばらくすると、ぞろぞろと向かいのコートからこちらへと向かってくる一団が現れた。先頭に立っているのが小林であることから二年選抜チームであろうと知れた。彼女らは三年チームとは反対側のコートに集まると作戦会議であろう、円陣を組んだ。先ほどは気づかなかったが、二年チームには鈴村の姿もあった。

「あれ、鈴村先輩参加してるんだ」

 驚いたように声を上げた千恵に、小百合が同意した。

「本当、意外ね。あの人は絶対応援側に回ってると思ったのに」

 ねー、と顔を見合わせてうなずき合う二人に、きょとんとした顔で望美は首を傾げる。

「どうしてそう思われたのですか?」

 何か持病があって運動ができないのかとも一瞬考えたが、以前廊下で薫と小林のケンカに巻き込まれた時、彼が二人の仲裁のために走ってきていたことを思い出す。

「何でって、ねぇ……」

「うん……」

 気まずそうに言葉を濁す二人の様子にさらに疑問が湧く。何かよっぽどの事情があるのだろうか。

 そんな望美の疑問に答えたのは湊だった。

「ああ、あの人はただのサボリ魔だよ」

「……サボリ魔?」

 おうむ返しにつぶやいた望美にうなずき、

「そう、サボリ魔。鈴村先輩はよく授業サボって保健室か屋上で昼寝してる」

「授業をサボるのはよくないのでは?」

 そんな望美の指摘は至極当然のものであった。

「それは本人に言ってくれ」

 オレに言われても困る、と眉を寄せた湊に、それもそうかと望美はうなずいた。

「まあ、そんな人だから、球技大会もチーム参加はしないだろうと思ってたんだが……」

 どんな気まぐれを起こしたんだか、と嘆息する湊。

 そんなことを話している間に試合開始の準備は整ったらしい。それぞれ第一セットに出場する生徒がコート内に並び、審判役の体育委員がホイッスルを手にネットの前へと立った。口上が述べられ、試合開始のホイッスルが鳴らされる。

 恭二は一セット目に出るらしくコートの中にいた。樋口兄弟も同じセットのようで姿が見える。サーブを打つのか、恭二はボールを手にコートの外へと出た。彼は一度ボールを地面に打ち付けると空高く放り上げた。飛び上がってボールを叩く。

 打たれたボールはきれいな軌跡を描き、相手コートの奥へと突き刺さった。サービスエースによる先制点だ。恭二は笑顔を浮かべて仲間と手を打ち合う。

 続けて打たれたサーブを、今度は動くことができた二年生チームが拾って返す。前列の生徒がブロックに飛ぶが、鋭いアタックを止めきれずにコートの外へとボールは落ちた。

 今度は二年側からサーブが打たれた。バレーボール部員なのか、見事なフォームでスパイクサーブを決めてくる。しかしさすがは三年と言うべきか、彼らはそのボールをあっさりと拾ってみせた。

「――浩明!」

「任せてくれ」

 直人が呼びかけと共に上げたトスを、浩明が渾身の力で相手コートへと打ち込む。上がったブロックの間をすり抜け、ボールは地面を叩いた。

 一セット目、一進一退の試合を制したのは三年チームだった。

 五分間の休憩時間の後、二セット目のメンバーがコートへと現れる。二年側のメンバーの中には小林と鈴村の姿があった。

 小林がサーブを打つらしく、ボールを手にしている。男子顔負けのフォームと力強さで打たれたボールは、鋭角に相手コートへと飛んでいった。三年側がレシーブするが、弾かれたボールは人垣の中へと沈む。

 納得のいくサーブだったのか、微笑を浮かべて小林がうなずいた。その横顔に、ギャラリーとして混ざっていた女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。

「さすが小林先輩ね……」

「ねー、カッコイイよね」

 小百合と千恵も、どこかぽーっとしたように彼女を見つめている。たしかにフォームはきれいだったが、そこまで騒ぐようなものだろうか、と望美は内心首をひねる。

 続けて打たれたサーブを、今度は上級生の意地にかけてか三年チームが拾って繋げる。打ち込まれたボールはブロックによってコートの外へと弾かれた。

 三年に加点される。誰もがそう思う中、わずかに手を挙げた鈴村がボールめがけて駆けだした。落下地点に走り込むと同時にうしろ向きにレシーブ、放物線を描きながらボールは二年コートへと戻される。上げられたトスを、後列から小林がアタックする。そのままラリーに突入するが、恐るべきは鈴村だった。どこに振られようが走り込んでボールを拾うのである。

「……どこかで見たわね、アレ」

 呆れたようなつぶやきが小百合の口から漏れる。それはおそらくギャラリーたちの共通の思いだっただろう。フリスビー犬、ふたたび。ネット際に落とそうが、コートの両端奥に落とそうが、ラインギリギリに落とそうが、それはもう見事な拾いようであったのだ。

 そんな鈴村の活躍もあり、何よりも小林の的確な攻撃によって二セット目は二年生が制した。

 そうして三セット目。

 三年チームには恭二、浩明、直人の三人の姿があり、二年チームには小林、鈴村の姿があった。互いにチームの主戦力であったのだから、当然といえば当然だろう。

 サーブ権を持つのは三年、ボールを手にコートの外に立っているのは直人だ。やわらかく打たれたように見えたボールだが、そのイメージに反して球速はすさまじかった。どうにかレシーブするも、体勢が崩れボールはコート外へと飛んでいく。だがそこはフリスビー犬二号、もとい鈴村が属する二年チームである。即座に立て直して鋭いアタックを打ち込んできた。

 弾道を読み、着地点で待ちかまえていた恭二がレシーブする。上がったトスに応えて浩明がジャンプするが、実際に打ったのは少し遅れて飛び上がった直人だった。さすがにこのフェイントについていけなかったのか、ボールは二年のコートへと突き刺さる。その後も樋口兄弟は見事な連携を見せて得点へと繋げていった。

 そうして得点は二十三対二十四と、三年側のセットポイントを迎える。

 これを決めれば勝利というその場面、サーブを打つのは恭二だった。彼はボールの感触を確かめるように、何度も地面に向けてボールを弾ませている。大事な局面であるからか、その横顔はどこか硬いように見受けられた。

「……大丈夫でしょうか」

 隣に立っていた悠が、ふとそんなことをつぶやいた。そちらに視線を向ければ、彼はどこか難しい顔をして恭二を見つめていた。

 不思議そうに自分を見つめる望美に気づいたのだろう、悠は視線を恭二から望美へと移す。

「ほら、黒崎先輩ですから……」

 濁された語尾に首を傾げ、彼が何を言いたいのか理解する。例の、あと一歩で勝利を逃すという呪いだ。

「さすがに大丈夫なのでは?」

 あれは【コンクエスト】においてのみだろうと言外に問えば、悠はかぶりを振った。

「いえ、あれはほかにも適用されるのですよ」

 それこそ有名な話です、と悠は語った。テストで回答欄を間違えたなどというのは序の口。あらゆる場面において、恭二はここ一番という時にミスを犯すというのだ。

 どこか不安げに見守る彼女らの前で、恭二がボールを投げ上げた。打たれたボールはネットにぶつかり、三年側のコートに落ちる。

 痛恨のサーブミス。得点は二年に入り、試合はジュースへともつれ込んだ。

「……悪い」

 悔しげにつぶやき、右手で顔を覆った恭二の肩を浩明が叩いた。

「大丈夫、まだ負けたわけじゃない」

「いかにも。次で取り返せばよいまでのこと」

 反対側の肩を叩きながら直人もそう励ます。

 彼らの言葉に、恭二は淡く笑みを浮かべた。気合いを入れるように左の手のひらに拳を打ち付ける。

「そうだな、まだこれからだ」

 自分に言い聞かせるようなつぶやきに、ほかの生徒たちも恭二の肩を叩いて口々に励ます。誰かのミスは、ほかの誰かがフォローすればいいんだって。大丈夫、いつも通りで行こう。

 よし、と全員で叫んで手を打ち合わせると、彼らは各々の持ち場についた。

 今度サーブを打つ二年生は鈴村だった。妙な力みやてらいもなく、ごく自然体で打ち込まれたサーブはゆるやかに放物線を描きながら三年のコートへと落ちていく。声を上げた恭二がレシーブするが、当たりどころが悪かったのかボールは思わぬ方向へと飛んでいった。それを直人が追いかけ、コートへと戻す。

 ふわりと返ってきたボールを、待ちかまえていた小林がダイレクトに打ち返した。目を付けられたのは恭二だ。舌打ちしながらどうにかレシーブする。

「……樋口!」

 トスを上げた生徒の呼びかけに、ほぼ同時に樋口兄弟が飛んだ。腕を振りかぶった浩明が思い切り叩くと見せかけてネットの真下へと打ち込む。さすがのフリスビー犬も後列からネット間際までは届かなかったらしい。伸ばされたその拳の横でボールが地面を叩く。ふたたび三年側のセットポイント。

 ローテーションしてサーブの位置についたのは、やや小柄な少年だった。重圧をものともしない飄々とした笑みを浮かべながらボールを投げ上げ、落ちてきたところへと手を叩きつける。それを拾い上げたのは鈴村だった。トスが上がってアタックの構えに入ったのは小林。力強く打ち込まれたボールは、またもや恭二へと向かって飛んできた。

「ちぃ……っ!」

 舌打ちしながら、それでも意地なのか恭二はそのボールを拾ってみせた。ほぼまっすぐ打ち上げられたボールを直人がトスし、高く飛び上がった浩明が手を振り上げる。

 やや遅れて飛び上がった小林が両手を高く掲げてブロックする。その横には同じようにブロックの構えの男子生徒。

 バシン、とボールが弾かれる鋭い音があたりに響いた。ピッと鋭くホイッスルが鳴らされる。伸ばされた腕は三年側。

 割れるような歓声と拍手がその場を支配する。

「勝ちましたね」

「そうですね、一時はどうなることかと思いましたが」

 拍手を送りながら告げた望美に、悠は笑みを浮かべてうなずいた。彼もまた、勝者へと惜しみのない拍手を送っている。

 互いに今の試合の感想を語り合っていると、人垣をかき分けて恭二が姿を現した。

「言った通り、ちゃんと仇は取ってやったぞ」

 勝ち誇ったようなその言葉に、悠はため息をついた。

「どうにか勝ちを拾ったような状態でよく言いますね」

「お、言ったなコイツ」

 憎まれ口を叩いた悠を捕まえ、恭二はぐしゃぐしゃとその頭をかき混ぜた。やめてくださいと逃げようとするのを、さらにがっちりと抱え込む。

「いや、だから文芸部にエサを与えないでくださいってば……」

 何で生徒会の人たちってこんなのばっかりなの、と頭を抱える小百合をなぐさめるように千恵がその肩を叩く。

 そんなこんなで、球技大会はにぎやかに幕を閉じたのであった。

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