19

 西洋童話エリアのアトラクションにはほかにもいくつかスタンプラリー対応のものがあったのでそれにチャレンジし、無事にクリアした二人は大航海時代エリアへと向かうことにした。

 エリアマップとにらめっこすることしばし。

「ここから一番近いスタンプラリー関連アトラクションは……これですね」

 言って悠が指さしたのは、【船長からの依頼】という名前のアトラクションであった。相変わらずどういった内容のアトラクションか推測できない名前である。

 入場登録を済ませるとパンフレットのようなものと方位磁石を渡され、ほかの参加者と共にボートに乗せられた。それぞれ席に着いたのを確認すると、ボートは静かに発着場を離れて進みだした。

「本日は船長からの依頼にご参加いただきありがとうございます。これより皆様に行っていただく島は、かつて海賊が根城としていた場所です。お渡しした地図を手掛かりに宝探しをしてくださいね」

 船が進みだしてすぐに、スタッフと思しき軍服に身を包んだ女性がマイクを手にそう語りだした。その言葉に、参加者たちが一斉に手元のパンフレットに視線を落とす。望美たちも例に漏れずパンフレットを確認する。

 なるほど、たしかにそれは島の地図だった。ややいびつな三日月のようにも、つぶれたパン生地のようにも見えるものが描かれており、左上には方角を示す記号もある。

 そうこうしているうちにもボートは進む。ゲートのようなものをくぐると、やがて進路の先に島が見えてきた。岸辺にボートが着けられ、参加者たちが下ろされる。

 それでは頑張ってくださいね、と参加者たちを送り出すと、スタッフはクリア済みの参加者と思われる人々をボートに乗せた。また対岸へと向けて音もなくボートが発進する。

 ボートが見えなくなるまで見送ると、参加者たちは思い思いに散り始めた。探索を開始するのだろう。

 無計画に歩き出すのもどうかと思われたので、とりあえずその場で地図をもう一度確認する。現在地の船着き場は地図によると南西に存在した。そのすぐ上は入り江のようになっており、北側に洞窟があるらしい。

「宝があるとすれば、この洞窟でしょうね」

 地図を指さして言った望美の言葉に悠はうなずく。そう思った参加者は多いのだろう、ほとんどの者たちが迷いなく入り江の方へと向かっていった。

「でも、洞窟となると明かりが必要じゃないですか?」

 アトラクションなのでその心配はないのかもしれないが、今いる場所も人工の島にしては本格的に作っているように見受けられた。かつて人が住んでいた無人島、といったコンセプトで作られたのだろう、いい具合に寂れた風情が演出されている。

「それに【宝探し】でしょう? そんなわかりやすい場所にあるとは限りませんよ?」

 探索候補の一つとして有力だが、まずはほかから当たった方がいいだろう。そう語った悠に、望美は依存はないと言ってうなずいた。

「では、今いる位置から反時計回りに島を一周し、最後に洞窟に向かうことにしましょうか」

 そう行動の指針を立てると二人は歩き出した。まず目指すは南東、集落跡があるはずの場所である。



 たどり着いた集落跡地は見事なまでの廃墟であった。平屋の建物がいくつも並んでいるが、そのどれもが壊れて朽ちかけており、放棄されて長く経つと思わせる雰囲気だった。どこからかカタカタと木がぶつかり合うような音が響いてくる。

 雰囲気に圧倒されるようにしばらく廃墟を眺めたあと、我に返った二人は探索を開始した。手近な家に近寄り、ドアノブに手をかける。ぎぃ、と大きくきしみながら開いたドアの向こうには部屋が広がっていた。所々が破れたカーテンから日が射し込むものの、室内はやや薄暗い。おっかなびっくり足を踏み入れると、外から思っていたほど室内は荒れてはいなかった。戸棚などを主に探ってみたが、特に何も見つからないので外に出て隣の家へと踏み入る。

 何軒目かの家に踏み込んだ時だった。戸棚を漁っていた望美が不意に小さく声を上げた。何事かと振り向いた悠の目の前に突き出されたのは、やや大振りなランタンだった。

「これ、使えないでしょうか」

「どうでしょう……蝋燭ろうそくなどが必要かもしれませんよ?」

 悠の言葉に、探してみます、と告げて望美はふたたび戸棚へと向かった。その間に悠は受け取ったランタンを調べることにした。金属と思しきフレームに、四面にはめられた磨りガラスの板。どうにか開けられないものかと試してみるが、しっかりと固定されているらしく開く気配はなかった。

 今度はガラスではなくフレームの方を探ってみる。持ち手の横あたりにどこか不自然な突起が見つかったので押してみると、暖かなオレンジ色の光が辺りに広がった。どうやら電源が内蔵されているらしい。

「在原さん、大丈夫ですよ。これ、バッテリー式みたいです」

 ほら、と明かりのついたランタンを示してみせる。これがスイッチのようだ、と持ち手のところの突起を押すと光が消えた。

「では、これで洞窟探検の準備が整ったことになりますね」

 このまま洞窟に向かうかとの言葉に、悠は首を傾げる。たしかに、財宝があるとしたら洞窟だろう。しかしそんなわかりやすいところにあるのだろうか、とどうしても疑問が拭えない。

「一応、最初の予定通り島を一周しましょう」

 念のためです、という悠の言葉に望美は異論を唱えなかった。



 鬱蒼と茂った森を抜けた先には小高い丘が開けていた。天気の良いこともあり、視界の開けたこの場所からはぐるりと島が一望できる。遠くにはテーマパークのシンボルである城も見えた。眺めはよいが、特に探索するようなものもない。

「すみません、無駄足でしたね」

 申し訳なさそうに謝る悠に、望美は小さくかぶりを振った。

「そんなことはないですよ。こんなにいい眺め、この場所に来なければ見られなかったでしょう? それに、こういうのも宝探しっぽくて楽しくないですか?」

 両手を広げて示された景色に目を向ける。たしかに、近くで見ればおどろおどろしい廃墟もこうして距離を置けばそんなことはない。少し寂れた感じが独特の雰囲気を生んで味を感じさせる。それにここから望む城は絶景だった。白亜のその姿が水面に映って大変に美しい。この景観も考えて作られたのだろうと思えた。

 しばらく休憩がてら景色を楽しむと、二人はどちらからともなく声をかけてまた歩き出した。

 丘を下り、作られた道沿いに入り江を目指す。

「黒崎先輩が動きやすい格好で来ること、と念を押した理由がわかりました」

 不意に発された言葉に、え? と悠が聞き返す。足を止めることなく、望美は周りを示した。

「最初はよっぽど広いからかなって思ったんですけど、こういう探索型のアトラクションがあるからだったんですね」

 服選び間違えたかな、とつぶやく彼女に視線を向ける。青を基調とした膝丈のワンピースはフリルやレースがふんだんに使われ、ふわりとしたシルエットを作っている。それにレース地のベストを合わせ、足下はくるぶし丈の白いソックスとローファー、頭には麦わら帽子をかぶっている。かわいらしい格好ではあるが、たしかに動き回るにはやや適さないかもしれない。だが、テーマパークに遊びに来るのならばこれくらいの格好でも不自然ではないだろう。

「そんなことはないんじゃないですか? だいたい、服装に問題があれば入場時にスタッフが注意すると思いますよ?」

 そう言いながら悠は入場ゲートでスタッフから注意されていた薫を思い浮かべる。おそらく彼の元にも動きやすい格好で、という通達は行っていたはずだが、何を思ったのかレースを重ねたスカートにハイヒールという運動性とはかけ離れた格好をしていた。あれと比べたら断然マシだろう。

「だといいんですが。ご迷惑をかけたら申し訳ないと思って」

 すまなさそうに告げる望美に、大丈夫だと笑みを向ける。そう、服装はきっと問題ない。何せトランプ兵相手にあれだけの大立ち回りを演じられたのだ、彼女の運動能力ならば服装など何のハンデにもなるまい。

 そんなことを話しながら歩いていると入り江にたどり着いた。風が穏やかなせいだろうか、岸壁に打ち寄せる波はさほど高くはない。波打ち際から視線を横にずらすと、そこにはぽっかりと口を開けた洞窟が広がっていた。だいぶ奥まで続いているらしい。

「では、行きましょうか」

 振り向いて声をかけると、こくりと望美がうなずく。持ってきたランタンの電源を入れてかざすと、二人はゆっくりと洞窟へと踏み入った。

 当初危惧していたほど洞窟の中は暗くはなかった。足下や壁などがわずかな光を発している。試しにランタンの明かりを消してみると、キラキラとしたその光は幻想的な雰囲気を生み出していたが、やはり歩くには少々心許ないのでふたたびランタンをつける。

 薄暗い道を歩いていくと不意に道が二股に分かれた。ランタンで奥を照らしてみるが、どちらもそれなりに深く続いているらしい。アトラクション施設に作られた人工の洞窟であることを考えると迷うような構造をしているはずもなく、そして奥深く続いていると言っても限度があるだろう。

 右か左、どちらかに進む方向を決めて行けばいずれ奥にたどり着く、そう結論づけて二人は右手の道へと進むことにした。

 しばらく歩くと、予想通り行き止まりに突き当たった。ならば引き返そうかとなるものだが、そうはいかなかった。

「宝箱、ですね……」

「ええ、どう見ても」

 二人の目の前には宝箱と思しき箱が置かれていたのだ。木製だろうか、わずかに赤みを帯びた茶色い箱はランタンの光を受けてその存在を誇示している。

 何か入っている可能性もあるが、えてしてこういうものは罠がかかっていたりするものである。慎重に行きましょう、と声をかける間もなく、望美が宝箱へと近寄った。ためらいなく蓋に手をかける。

 ごとり、とやや重い音がして開いた箱の中から、みょん、と何かが飛び出した。子どもの落書きのような顔の人形だ。ご丁寧にハズレと書かれた紙をくわえたその人形は、バネの力でびよんびよん跳ね回っている。しばらく跳ね回ったあと、そういう仕掛けとなっているのか人形は自動で箱の中へと戻っていき、蓋が閉められた。

「……おお」

 どこか楽しそうに声を上げる望美に、悠は頭痛をこらえるかのようにこめかみに手を当てた。

「いや、もう少し警戒感を持ちましょうよ。いきなり開けないで、少し調べるとか」

「でもアトラクションですし、怪我をするような仕掛けはないだろうと思いましたので」

 もっともな反論に悠は言葉を失う。たしかにここはテーマパーク内のアトラクションなので、客に怪我をさせるような仕掛けはないはずだ。年齢制限もなかったので、子どもがあと先考えずにあちこち触っても大丈夫なようにもなっているのだろう。だがしかし、自分たちは高校生なのである。触った結果がどうなるだろうかということを考えてもいいのではないだろうか? そうは思ったものの、楽しそうな様子に水を差すのもためらわれて結局悠は口をつぐんだ。

「戻って反対側の道を行きましょうか?」

 ここには何もないようですし、との言葉にうなずくと、望美は先導する悠に続いて歩き出した。



 戻って今度は左側の道を行くと、またもや分岐点に行き当たった。とりあえず今度も右側の道を行く。しばらく行くとやはり行き止まりとなった。先ほどと同じく宝箱が置かれている。

「これは……」

 警戒するように目を細める悠をよそに、ひょいと近づいた望美がそれを開けた。またもや飛び出す人形。子どもの落書きのような顔も、ハズレと書かれた紙をくわえていることも、バネ仕掛けで跳ね回るのも同じだ。

「在原さん……わかっててやってません?」

 呆れたような悠のつぶやきに望美が振り返った。すまなさそうに頭を下げる。

「すみません。面白くて、つい」

 言いながら、閉まったところをまた開ける。飛び出す人形に歓声を上げて手を打ち合わせる様はどこか子どものようでほほえましい。

「すみません、行きましょう」

 充分に堪能したのか、満足そうな顔で笑う望美に仕方ないなと言うようにほほえむと、悠はランタンを持ち直して歩き出した。

 もう一方の道を進むと、今度は分かれ道に行き当たらない代わりに、道の途中に白骨死体が落ちていた。手には何かを握っている。

「何でしょう?」

 ことりと首を傾げた望美が近寄り、骸骨へと手を伸ばす。その刹那、がしゃん、と大きな音がして何かが落下した。

 悠は思わず目を閉じ、かばうように腕を顔の前にかざす。そっと薄目を開くと、鉄格子に閉じ込められた望美の姿が目の前にあった。

「在原さん!? 大丈夫ですか!?」

 叫びながら駆け寄り、鉄格子に手をかける。ひんやりとした感触があると思いきや、握ったそれは非常に弾力に富んでいた。

「……ウレタン……?」

「そのようですね」

 戸惑ったような声を上げた悠にうなずきながら、望美も己を閉じ込める格子を握りしめている。試しに悠が格子を両手で握って持ち上げてみると、少し重くはあったが持ち上げられないこともなかった。格子の下の方を握り、傾けるようにして持ち上げる。身をかがめながら望美が格子を抜けると、ガラガラと音がして格子が引き上げられていった。もしかしたら、落ちてから一定の時間が過ぎると勝手に巻き上げられる仕掛けだったのかもしれない。

「ええとですね、怪しいものは今度から僕が調べますので、近寄らないでいただけますか……?」

 子どもみたいに無邪気なのは可愛らしいが、そのたびに何かあったのでは心臓に悪い。悠の訴えに望美は不思議そうに首を傾げていたがやがてうなずいた。

 さらに奥へと進んでいくと、今度こそ洞窟の最奥へとたどり着いたようだった。いっぱいに金貨がつめられた樽がいくつも置かれており、そのほかにも剣や宝石などの財宝がつめられた木箱がある。

「宝ってこれでしょうか?」

「隠された財宝と言えば金貨か宝石でしょうし、これで間違いないでしょう」

 言いながら樽へと近寄ると、悠はその中から一枚金貨を掴み取った。警戒するも、今度は何も起こらない。望美の元へと戻ると、持ってきた金貨を手渡した。

「戻りましょうか」

「はい」

 笑顔でうなずき合うと、二人は元来た道を引き返して船着き場を目指した。

 船着き場に戻った二人を出迎えたのは軍服を着た青年だった。おそらく彼もスタッフだろう。

「宝は見つかりましたか?」

 笑顔で問うスタッフに、望美は持っていた金貨を差し出した。悠もランタンを彼の手に預ける。金貨を受け取ったスタッフは笑みを深めた。

「クリアおめでとうございます」

 ほかのスタンプラリーの時と同じくカードの提示を求められたので差し出すと、スタンプを印字して返してくれた。

「迎えの船が来るまでもうしばらくお待ちください」

 よろしければあちらで飲み物などもご用意できます、そう言って待合室を示してくれたのだが、なんとなく外の景色を眺めていたくて二人はそれを断った。中にはそういう客もいるのだろう、スタッフは笑顔でさようでございますかと答えると、船が着くまで十分少々です、と言ってほかの客の応対へと回った。時間までに来れば好きに過ごしていいということだろう。

「もう少し時間があれば散策できたんですけどね」

 顔を見合わせてそう言いながら、丘のあった方をふり仰ぐ。あの場所からもう一度景色を眺めたい気もしたが、今からでは少し時間が足りないだろう。そんなことを思っていると不意に望美が小さく声を上げた。そちらを振り向けば、彼女は入江の方をじっと見つめている。

「どうかしましたか?」

「いえ、さっきから誰かがあとをついてきているような気がして……」

 言いながら、望美は周囲へと視線を向ける。悠もあたりを見渡すが、特に人影は見つからない。

「気のせいじゃないですか? テーマパークですし、たまたま同じルートで回っている人がいたとか」

「そう、かもしれませんね。すみません、変なことを言いました」

 律儀に頭を下げる望美に、気にしなくていいと言って悠は笑みを浮かべた。

「もうそろそろ時間ですし、待合室に行きますか?」

 尋ねると、望美は素直にうなずいた。

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