17

 答案返却から数日後、十月頭に控えた文化祭について決めるために一日使ってのロングホームルームであると、出欠を取ったあとに桐生が告げた。

「出し物は模擬店か教室を使った展示、もしくは舞台発表となります。ただし、模擬店は数が決まっている上、上級生優先のくじ引きなのでまず回ってこないと思いなさい」

 そう告げると、案を募るのでしばらく私語を許すと言って桐生は教卓にしまわれていたパイプイスを取り出して座った。私語を許された生徒たちは、席を立つとそれぞれ友人同士固まって話し出す。そんなクラスメイトたちを眺めていると、いつものように友人たちが手を振りながらやってきた。

「文化祭楽しみだね」

 にこりと笑った千恵とは対照的に、小百合は渋い顔でため息をつく。

「楽しみなのは結構だけど、その前に出し物決めないといけないでしょ」

 小百合の指摘に、今思い出したと言いたげに千恵が小さく声を上げた。

「忘れてたわね、あんた……」

 じとりと半眼で見やって突っ込む小百合に、千恵はごまかすようにえへへと笑う。

「舞台か展示のどちらかなんだよね」

「模擬店はまず回ってこないって桐生先生が言ってたしね……」

 やるなら模擬店がよかったわね、と小百合が大きくため息をつく。

「わたしたちが三年になる頃にはできますよ」

「そうなんだけどね……上級生優先のくじ引きってのもなんか不公平よね」

 望美の言葉にうなずきつつ、まだ納得がいかないのか小百合は腕組みする。

「無理なものを言ってもどうしようもないよ」

 ね? となだめるように千恵がそう言えば、小百合もあきらめたようにそれもそうかとつぶやいた。

「出し物は何がいいかなぁ?」

 わくわくと楽しげにつぶやく千恵を見やり、望美と小百合は小さく笑みを浮かべた。

「教室を使った展示というのは、主にどういったものになるんですか?」

「よくあるのはお化け屋敷とかかしら? 迷路作った、なんてのも聞くわね」

 望美の問いかけに考え込む様子を見せたあと、小百合がそう答える。

「あとはオブジェを作るっていうのも多いみたいだねぇ。屋台のゲームみたいなのを作ったとかもあるみたいだよ?」

 それぞれ部活動の先輩からの情報なのだろう、二人は口々に過去の文化祭で行われた展示の例を挙げてみせる。

「屋台のゲームと言うと、輪投げとかそういうのでしょうか」

「そんな感じ。人間モグラ叩きなんてのもあったとか言うわよ?」

 呆れたように小百合はつぶやくが、それに望美は目を輝かせた。

「モグラ叩き。楽しそうですね」

 それはどうかしら、と首を傾げる小百合。

「モグラ役も人間がやるからね……」

「かぶりものとかが凝ってたら、見てて面白いかもしれないけど……」

 実際のところはどうだろう、と言いたげに千恵も言葉を濁した。だが、千恵の言葉に小百合がため息混じりにかぶりを振った。

「ああ、でもうちの学校だしね。凝ってないわけがないわ」

 むしろ無駄に凝ってそう、とつぶやく。

 志貴ヶ丘学園は地域有数のエリート校であるが、同時に知る人ぞ知るお祭り校でもある。そんな学校が文化祭に気合を入れないわけがない。モグラ叩きをやると決めたならば、それはもうこれでもかとばかりに凝ったかぶりものを作っただろう。きっとモグラ役もただ叩かれるだけではなく、フェイントをかけて出てきたりなどと盛大にやらかすに違いあるまい。

 そう語った小百合に、千恵もまた同意した。

「うん、うちならやるねぇ」

 そんなことを話していると、不意に手を打ち鳴らす音が聞こえた。そちらに視線を向ければ、桐生が叩いたであろう手を下ろすところだった。

「はい、それじゃあそろそろ紙を配るから、それぞれクラスでやりたい出し物を書いてちょうだい」

 桐生の言葉に、生徒たちはそれぞれ己の席へとあわてて戻っていく。それを見やると、桐生はアンケートの紙を配り始めた。生徒たちはペンを取ると配られた紙に思い思いの出し物を書いていく。望美もまた自身の希望の出し物を紙に書きつけた。

 しばらくして、合図と共にうしろから前へと紙は送られていき、先頭の席に集まったところで桐生が回収して回る。回収された紙の束は教卓の上にひとまとめにして置かれた。

「はい、それじゃあとは委員長に任せたいと思うけど、いいかしら?」

 そう問いかけ、桐生は窓際の席へと視線を向けた。はい、と答えて少年と少女が立ち上がる。少年の方が委員長で、少女の方が副委員長だったなと思い出す。

 彼らは教卓へと移動すると、そこに置かれたアンケート用紙の内容を黒板に書きつけ始めた。桐生はイスを端の方へと持っていって座ると、その様子を眺める。

 しばらくして作業が終わったのか、彼らはこちらを向いた。

「えー、以上の結果から、このクラスの出し物はお化け屋敷の展示ということになりました」

 黒板を示して告げられた委員長の言葉に拍手が起きる。それが収まるのを待つと、委員長はふたたび口を開いた。

「それでは準備の割り振りですが、その前に委員会やクラブの出し物等で事前準備に参加できそうにない人は挙手をお願いします」

 ぱらぱらとまばらに手が挙がるのを見て、望美もあわてて手を挙げた。放課後の生徒会活動や【コンクエスト】などを考えても、事前準備に参加できるとは到底思えなかった。

 副委員長が挙手した人間の名前を控えていく。

「では、今手を挙げた人には当日お化け役をお願いしたいと思います」

 そう言うと、委員長は必要な役割を黒板に書きつけていく。挙手で役割分担を決めるのを眺めている間に時間はあっという間に過ぎていった。



 昼休みも目前となったところで、不意にスピーカーから校内放送を示すチャイムが鳴った。

『生徒会役員は荷物を持って生徒会室まで集まってください。繰り返します、生徒会役員は荷物を持って生徒会室まで集まってください』

 教室に流れたのは詩織の声だった。なぜ荷物が必要なのだろうと思いながら、うかがうように桐生に視線を向けるとうなずきが返ってきた。行ってよし、ということなのだろう。それならばと、望美は荷物を手に生徒会室へと向かったのであった。

「わざわざお呼び立てして申し訳ありません」

 生徒会室につくと、困ったような詩織の言葉に出迎えられた。

「聞いてはおられるかと思いますが、クラスの出し物の中で模擬店は大変競争率が高くなっています。そのため、どのクラスに割り振るかは抽選によって決定されることが慣例となっています。その準備のためにお呼びいたしました」

「くじは三年から順にまず枠を埋めていって、残った枠をくじで決める。この時も二年から順にくじを引いてもらうこととなる」

 口々に説明する三年生たちに、わずかに首を傾げた悠が発言を求めるように手を挙げた。

「どうして三年生優先なんです? 希望クラスに一斉にくじを引かせるのではだめなんですか?」

 上級生優先は不公平じゃないですか、との言葉に望美もうなずいた。望美自身はさほど模擬店をやりたいとは思わないが、模擬店をやりたがっていた小百合がそう言っていたのを思い出す。

「あー、まぁ不公平に見えるかもしれんが、一応公平性を期してこのシステムになってるんだ」

 困ったように頭をかきながら恭二が言う。

「模擬店は全員がやりたがるから、公平に機会を与えるために三年優先になってるんだ。そうすりゃ、三年間通して一度も模擬店できなかったって人間が減るからな」

 まぁ、あとは準備が一番楽だから、受験を控えた三年に対する温情とも言えるだろ。付け加えられたその言葉に、呆れたように悠がため息をつく。

「受験って言っても、ほとんどが内部進学じゃないですか」

「ま、そうなんだがな。それでも外部受験する奴は多少いるし、成績悪けりゃ進学に響くんだよ」

 冗談めかした声でそう言って、恭二はどこか納得できない様子の悠に人差し指を向けた。ぴん、とその鼻先で指を弾く。

「どうしても納得できないってんなら、おまえが三年になった時にルール変えりゃいいさ。それまでは現状のルールに従っとけ」

「どちらにせよ、書類が来るまではすることはありませんし、まずはお昼ご飯にいたしましょう?」

 鞄を示して言った詩織の言葉に、全員うなずいて従った。

 昼食が終わると、まるで計ったように桐生がやって来た。手には一枚の書類を持っている。

「はい、これが今年の模擬店希望クラスよ」

 そう言って長机の上に書類を置くと、あとよろしくね、と手を振りながらまた生徒会室を出ていく。ひょいとその紙をのぞき込んだ薫が声を上げた。

「あれ、3-3舞台発表なんだ?」

 つぶやいて、問いかけるような視線を詩織に向ける。問われた詩織は笑みを浮かべてうなずいた。

「ええ、今年は劇をやろうということになりまして」

「ふーん、三年で舞台発表ってのも珍しいねぇ」

 そう言って、薫は興味を失ったように紙から視線をそらす。

「えーと、今年は三年除くと七クラスが模擬店希望で、そのうち枠が三つ、と……」

 書類を手につぶやきながら、恭二が棚から箸立てと箱を取り出した。先が赤く塗られた箸を三本、塗られていない箸を四本選び出して箸立てに入れる。

「さて、それじゃ対象クラスを放送で呼び出してくるから、あとは任せた」

 ぴっと敬礼のように手を挙げると、恭二は書類を手に生徒会室を出ていった。数分すると校内放送を示すチャイムが鳴り、恭二の声が流れ出す。

『これより模擬店の抽選を行います。以下のクラスの委員長は生徒会室前まで集合してください――』

 スピーカーを見上げていると、ぱん、と手を打つ音に我に返った。音の出所に顔を向けると、箸立てとバインダーを手にした詩織がいた。

「はい、では役割分担いきますよ。わたくしがくじを引いてもらいますので、渡瀬さんが生徒の案内、記録は……在原さんにお願いしてよろしいですか?」

「了解しました」

「は~い」

 うなずいた二人に満足げに笑みを浮かべると、詩織はバインダーとペンを望美に差し出して廊下へと向かった。

 廊下にはすでに模擬店希望クラスの委員長たちの姿があった。

「はい、それではこれから抽選を行います。まずは二年一組の方こちらへどうぞー」

 片手をメガホンのように口元に当て、もう片方の手を振り上げて薫が声を張り上げる。紺色の制服を着た少女が薫の誘導に従って前に出る。

「はい、ではこちらから一本引いていただけますか?」

 詩織がカラカラと箸立てを振ってから少女に差し出す。赤色が出たら当たりです、との言葉に、少女はしばらく迷うように指先をさまよわせたあと一本を引いた。箸の先は赤く塗られておらず、少女はひどくがっかりしたような顔でそのくじを詩織に差し出す。

「では次は二年二組の方――」

 そうやって順にくじを引いてもらい、どんな強運か当たりくじはすべて残りの二年生が引き当てたのだった。

「では、当たりくじがすべて引かれましたので、これにて模擬店の抽選は終了となります。ご足労いただきありがとうございました」

 そう言って頭を下げた詩織に倣い、薫と望美も頭を下げる。当たりくじを引き当てた二年生は嬉しげに、そもそもくじを引くことすらできなかった一年生はどこか不満げに各々のクラスへと戻っていく。三人もまた生徒会室へと足を向けた。

「さて、とりあえず現状でやれることはありませんので、それぞれクラスに戻って打ち合わせに参加ということでお願いしますね」

 くじに使った道具を元の場所にしまうと、にっこりと笑みを浮かべて詩織が告げた。それに各々返事を返すと荷物を手に各自の教室へと向かったのだった。



「そういえば、生徒会では出し物は行わないのですか?」

 放課後、いつものように部活動の活動報告書をチェックしていた望美がふと思い出したようにそう問いかけた。

「在原さんは何かしたいですか?」

 こちらは写真部の検閲を行っていた詩織がそう問い返す。

「いえ、そういうわけではないのですが」

 生徒会のメンバーが主体となって何かするのも楽しそうに思えたので、との望美の言葉に全員が笑みを浮かべる。

「たしかにこの面子で何かやるってのもアリなんだが……正直やってる余裕がないんだよ」

 苦笑を浮かべながらそう言って、恭二は新たな写真に手を伸ばした。

「運営の方で手いっぱいってのもあるけど、【コンクエスト】もあるからね。出し物を企画してる場合じゃないって感じかな」

 ぽい、と手にした活動報告書を放り出し、どこか残念そうにも聞こえる声音で薫。

「ちなみに【コンクエスト】と言えばだな、文化祭が終わるまではイベント戦闘を除いて行わないことになってるから、そこんとこよろしくな」

「それはかまいませんが、何か理由があるんですか?」

 活動報告書を読むのを中断して悠が声を上げる。たしかに文化祭の準備が大変だろうことは予想に難くないが、恭二の言葉はそれ以外の理由があるように聞こえたのだ。

「ん? ああ、展示物壊すとシャレにならないだろう?」

 眉を寄せた恭二の言葉に、ああ、と一年生二人は大きくうなずいた。たしかに、【コンクエスト】では何が起こるかわからない。勢い余って作成中の展示物を壊すという可能性もあるだろう。

「なんつーか、実際過去にやらかしたらしくてな……そんときゃ大騒動になったらしい」

 それ以降、文化祭が終わるまでは【コンクエスト】は禁止ってことになったようだ、と締めくくられる。

「ま、それ以前に準備に追われるからな、【コンクエスト】なんぞやってる余裕はない」

 わかったらそれぞれ自分の仕事に戻る、と手を叩いて促され、望美は次の活動報告書に手を伸ばしたのだった。

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