第十一話


 ふふふ、ふはははははっ。


 あ、いきなり高笑いで始まってすみません。

 つい気分が高まってしまいました。


 それは、夕べ沈黙の魔法をシルフから教えていただいたのですよっ!

 僕としてはアリスちゃんの声のほうが聞きたいけどね、と言いやがったシルフを拳で黙らせましたけどね。

 アオイちゃんの拳は沈黙魔法の奥義にすらなれるよ、と言われました。

 でも、これで激しい日も安心ですっ!


 ……対策する方向が若干異なっている気がしますけど。



 さて、ベルーシアの町を出てから既に三時間。右手に小さな山がいくつも見えてきました。

 それに伴い、徐々に気温も下がってきています。

 そろそろ上着を着ないと冷えますね。


「ジョニーさん、上着を着たいのでちょっと一回止まってくれませんか?」

「承知しました、我が女神よ」


 流石に時速に換算すると百km以上のスピードが出ている中で、服を着るようなことはできませんしね。

 風圧で呼吸するにも結構つらたんなのですよ。


 さて、ポーチの中から寒さ対策の服を取り出しました。

 革鎧の上から黒い厚手のケープを羽織り、腕にアームカバーを着けます。

 足にはオーバーニーです。

 見た目は正直変ですが、風邪を引いたら大変ですしね。


 生まれてこの方風邪を引いたことはありませんが。

 ダンピールが風邪を引くのかも不明ですけど。


 それにしてもラルツは寒暖の差がないので、あまり寒さ対策用の防具とか売って無いのですよね。

 アーバンに着いたら、厚手の革鎧を買わないといけませんね。

 でもこっちに居る間しか使わないようなものですし、買うのももったいないですよね。

 どうせ魔物が出てもジョニーさんが倒していくのですから、この際革鎧ではなく普通の服で行きますかね。

 そちらのほうが安くあがりますし。


「よし、おっけーです! 行け、黒玉号!」

「は? その名前は何でしょうか」

「ああ、気にしないでください。何となく気分的なものですから」

「そうですか。ではしっかりお掴まりください」


 再びスタートするジョニーさん。

 いやー、ほんと楽チンです。


 さて、右のあの山を過ぎた先にアーバンの町があります。

 あと一時間もすれば着きますかね。

 しかし王都から一週間はかかる道のりなんですけど、四時間足らずで到着ですか。

 ジョニーさんに馬車を牽いてもらえば、なかなか良い商売になりそうです。

 早馬なんぞより遥かに速いですしね。


 あとアーバンに着いたら一つだけ気をつけないといけない事があります。

 アーバンは貴族たちの避暑地として有名な町です。

 今年は夏の年ですので、たくさんの貴族がいることでしょう。

 出来るだけ貴族を回避して面倒ごとを起こさないようにしないといけませんね。


 ちなみに、ギルドマスター、サブギルドマスターの両名は爵位を貰っています。

 一代限りの準男爵ですけどね。

 一応ラルツは王国に所属していますし、その町のトップが王国貴族でないのが問題だそうで、ギルドマスターが変わるたびにくれるそうなのです。



「おお、町が見えてきましたね。あれがアーバンですか」

「そのようですな、我が女神よ」

「そういえば、ジョニーさんってこの大陸の町とか行ったことがあるのですか?」

「いえ、我は二千年ほど封印されていました故、聞いたことの無い町の名ばかりです」


 ああ、そうですね。

 確かに二千年も経っていれば変わりますよね。

 ……あ、そうだ。

 例の冷やし中華という刻まれた文字があったのは、確かゲルミ遺跡でしたっけ。

 もしかすると、ジョニーさんが知っているかも知れません。


「ゲルミ遺跡という名は聞いたことあります?」

「遺跡は知りませぬが、ゲルミという国ならば初代魔人王が滅ぼした、と記憶していますな」

「初代?? あれ、じゃあ今いる魔人王って」

「二代目です」


 あれ、まってください。じゃあ誰が初代魔人王を倒したのでしょうか。


「初代魔人王って誰が倒したのでしょうか?」

「今の真祖吸血鬼たちですな。確かそのゲルミという国に序列一位と二位の兄弟が住んでいたと聞き及んでおります」


 自分の住んでいた国が初代魔人王に滅ぼされたので、怒り狂って倒したということですかね。

 それにしてもあの冷やし中華という文字はゲルミ遺跡から見つかったもの。

 うちの親がそのゲルミという国の出身。


 これって絶対何か関連ありますよねー。

 もしかすると、私が転生した意味もその辺りにあるのでしょうか。


 ……そこまでは考えすぎですね。


「ゲルミという国が滅んだのは、どれくらい昔なのですか?」

「初代魔人王がいたのは今から二万年ほど昔です。そして今の魔人王が誕生したのが一万三千年前ですな」


 初代は倒したのに、今の魔人王は四人がかりで封印ですか。

 単純に言えば二代目のほうが強いんでしょうね。


 それにしても、一万三千年も昔からずーっと戦っていたのですか。

 飽きもせずよくやりますね。

 逆にそれだけ戦っていても決着がついていないのが不思議です。

 まあ互いに不死同士ですし、不毛な戦いなのでしょう。


 あともう一つ。


「そういえばジョニーさんって、どうしてこっちの大陸に来たのですか?」

「毎回同じ相手ばかりと戦うのも飽きましてな。こちらの大陸にも真祖がいると聞き及んで、少々お相手願いたく参った次第です」


 今分かりました。

 この筋肉は戦闘狂なんですね。

 俺より強い奴に会いに行く、的な気分でこっちにきたのですね。


「それでどうやってダークエルフの里に封印なんて事になったのですか」

「アークという迷宮の近くの島に、真祖がいると聞きましてな。そこへいく途中に、ダークエルフどもに絡まれたので、相手をしてやっただけのことです」


 頭にこの大陸の地図を浮かべました。

 確かに魔大陸の中央から迷宮都市アークへいく途中に、ダークエルフの森はありますね。


 きっとこの筋肉魔人の事ですから、魔大陸から走ってアークの迷宮まで行ってたのでしょう。

 羽があるのになぜ走るのかは不明ですけど、おそらく足で走ったほうが速いとか、走ったほうが健康的で且つ筋肉がつくとか、そんな理由でしょうね。

 そしてその途中にあったダークエルフの里を駆け抜けようとして、エピラさんに横から封印された、という感じですか。


 そして今聞いた中で一つ気になる点があります。

 それは、真祖が迷宮都市アークの近くに住んでいること。

 二千年前の情報ですから今も住んでいるのかは分かりませんけどね。


 でもこっちの大陸にいる真祖に会いに行く用事なんてないですし、この情報はどうでもいいですけどね。


 ……この発言はフラグが立つのですかね。



「我が女神よ、町に到着しましたぞ」


 少々考え事をしてたら、いつの間にかアーバンについていました。


「あ、ジョニーさんおつかれさまです」

「勿体無きお言葉」


 私はジョニーさんの肩から降りてアーバンの門番に話しかけました。


「こんにちは、私はラルツ所属のA-冒険者アオイです。エルフさんたちを訪ねようと思って、このアーバンに情報収集がてら寄りました」


 そしてギルドカードを提示。

 門番はそれを受け取って確認した後、返してくれました。


「うん、エルフ目当てか。たまにそういった奴らが来るけど、エルフなんて滅多に会えないぞ?」

「あ、こう見えても私はダークエルフのダンピールですから。一応親族ですし多分大丈夫ですよ」

「うん、まあ町に入る許可は出せるけど、今年はお貴族様がたくさんいらっしゃってるから、騒ぎは起こさないようにしてくれ。俺らの仕事が増えるからな」

「それは分かっておりますよ」

「で、あとうしろのやけに人間離れした兄ちゃんは?」


 彼は私の護衛で……。

 そう言いかけて後ろを見ると、ポージングしてるジョニーさんが目に入ってきました。


「……彼は私の下僕でして、たまにあのようなポーズを取らないと死んでしまう奇病にかかっているのです」

「そ、そうか。それは気の毒にな。ああ、もしかしてエルフを訪ねるのはあの奇病を治すためかい?」


 信じたのですかっ?!

 門番さん、良い人すぎます。


「え、ええ。まあ……それもありますね」

「しかし下僕がいるってことはお嬢ちゃんも貴族かい?」

「いえいえ、下僕を作るのは吸血鬼のたしなみです」

「お、おう、そうか。まああの兄ちゃんなら護衛には最適な身体しているしな。入っていいぞ」

「ありがとうございます!」

「兄ちゃんの奇病、治るといいな」

「はいっ!」


 元気良く門番さんに手を振ってアーバンの門をくぐりました。

 でも、なにか良心が咎められますね。


「我が女神よ、いくらなんでも奇病は殺生すぎますぞ」

「そう思うならポージングしないでくださいよ」

「それにしても我が心の友シュルツハイドはポージングの深い意味が分かったのだが、あの門番は見る目がない奴でしたな」


 シュルツハイドって誰? と思いましたが、ベルージアの門番の名前でしたね。

 というか、ベルージアでも後ろでポージングしていたのですかこの筋肉は。



 アーバンに入って数分、広場っぽい場所に着きました。

 噴水みたいなものが飾られています。

 この辺に川なんてなかったはずですけど、地下水でも引いているのでしょうか。

 そしてメインストリートのようなところが広場の奥に見えました。

 両隣には、この世界にしては洒落たお店が立ち並んでいます。


 ほほー、これが避暑地で有名なアーバンですか。

 軽井沢みたいなイメージを持っていたのですけど、普通の町ですね。


「我が女神よ、まずは宿から押さえますか?」

「うーん、まだお昼ですしね」


 ベルージアを朝に出て四時間。まだお昼なのです。

 この魔人といると、距離感が掴めなくなりますね。

 まずは腹ごしらえと行きたいところですか、今朝カリカリをついたくさん食べてしまって、まだおなか空いていないのですよね。

 朝からカレーかよ、という突っ込みはなしで。


 という事は、まずは私の服でも買いに行きますか。

 ロングコートがあれば良いですよね。

 革鎧の上から着れますし、何しろ一着ですみます。

 普通に服を揃えたら、どれだけお金が飛ぶかわかりません。


「まずは適当な服屋さんに入って、冬用の服を買いましょう。ジョニーさんは冬用の服って……」

「何かいいましたかな、我が女神よ」

「いりませんね」


 ジョニーさんは、上はTシャツっぽいの一枚、下はところどころ破れているジーンズっぽいズボンです。あと私があげたマントを羽織っています。

 最初上半身裸でしたけど、ベールでTシャツっぽいのを買ってあげました。

 もちろんジョニーさんの身体にあうようなサイズは売ってません。大人三人分の布を使って二時間で仕上げてくれた店主に感謝です。


 とまあ、ジョニーさんは真夏の服装ですね。

 ちなみに今の気温は体感十五度くらいですか。

 しかし彼は全然全くこれっぽっちも寒そうにしていません。

 むしろ薄手の服じゃないと、自慢の筋肉を見せびらかす事ができないじゃないか、とでも言いたげです。


 神経ないのでしょうね、きっと。



 メインストリートを歩きながら、両隣のお店をチェックします。


「このお店、なかなか洒落たシックなデザインですね」

「我が女神には、このような大人びた店は似合わぬかと」

「うるさい。取りあえずロングコートを一枚買いますよっ!」

「我が女神よ、革鎧の上にロングコートはないですぞ?」


 筋肉にファッションセンスを問われましたよ?!

 よろしい、ならば戦争だ。

 どちらがより良いコーディネイトできるか勝負ですっ!



 そして二時間後、私は筋肉の前に敗北宣言をしました。


 く、くやしいけど筋肉の選んだ服がめちゃ可愛い。

 私は無難に黒のセーター、黒のロングスカート、黒のブーツに黒のロングコートと黒尽くめなのに対し、筋肉は白のブラウス、深緑のスカート、濃い茶色のロングブーツに明るめの茶色のポンチョ、そしてエスキモーがかぶってそうな灰色の帽子でした。


「我が女神よ、色はせめて二通りは使いましょう。ワンポイントで黒なら白という形で真逆の色を使うことでアクセントになりますし、それが苦手ならば黒と濃い緑や濃い赤と言った形で色調を合わせてやると、落ち着いた感じになります。同じ色で統一は非常に着こなすのが難しいですぞ?」

「くっ」

「上下で明るい色と暗い色でツートーンにしてみるのも良いでしょう。ただし、こちらは着慣れていないと逆にアンバランスな感じがしますので、気をつけましょうぞ」

「はぅっ」

「この辺りの気温は低いので、暗い色のほうがイメージ的にも良いかと思われますぞ。ただ南の暑い地域であれば、淡い色が涼しく見えて良いかと。ただし白一色など同じ色で統一は避けるべきですぞ」

「あうぅ~」


 なんですかこの筋肉は? 本当に魔人ですかっ! もうこの店に就職したらどうですかっ!!


「お会計四万ギルになります」

「……はい」


 意外とかかりました。

 でもロングコート一枚だけで三万五千ギルしますし、私が選んだのより安くあがりました。


 ……今日はもう寝ましょう。


 私は敗北感を引きずりながら、アーバンのメインストリートをとぼとぼと歩いていきました。




「我が女神よ、この服もよさそうですぞ。ってあれ? 我が女神よ、どこへ行かれましたか? わがめがみよーーー!」




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