第九話


 思い起こせば長く辛い戦いでした。

 しかし一体誰がこんな結末を想像していたでしょうか。


「我が女神よ! ぜひご寵愛を!」

「お断りします」


 私たちはダークエルフの里を出て、懐かしのラルツへと戻っている最中です。

 私、アリスさん、そして筋肉魔人ジョニーの三名で……。

 しかもジョニーの肩に私とアリスさんが乗せられたまま、移動しています。


「女神様の盾となってお守りすることこそ、我が人生!」

「別に盾いりませんから。というか暑苦しいので話さないでください」

「ああ、なぜそのようなお言葉を! 我の忠誠心がまだ足りぬと見た!」


 アリスさんは顔が引きつったまま、他人のフリしています。

 肩に一緒に乗っている時点で、アリスさんも他人ではありませんが。


「むっ、魔物です。このまましばしお待ちくだされ」


 私達の前にでかい図体を持つ魔物が一匹居ました。

 あれはCランクのオーガーですね。

 三メートルに達する巨体と、オークより残忍な性格を持つ魔物です。

 よく初心者がオーガの餌食になる事もある、なかなかの強敵です。


 しかしジョニーは私達を抱えたまま、足元にある石をその場で軽く魔物目掛けて蹴りました。

 直後、轟音と共に石が弾丸となってオーガへと迫り、哀れオーガはグロテスクな肉塊へと姿を変えました。


「さあ行きますぞ、我が女神よ」

「は、はい」

「あ、あのお手柔らかにお願いします」


 アリスさんの言葉は全く無視され、地面を蹴ってとんでもない速度で移動していく筋肉魔人。

 私が全速力で走っているよりも速いですよこれ。


 どうしてこうなった?



 あの後、族長のロリっ子エピラさんは何とか一命を食い止めました。

 ダークがつくとはいえ、エルフの集団がたくさんいるのです。

 治癒できる精霊を何体も召喚して、一晩薬漬けならぬ精霊魔法漬けで復活しました。


 そしてその翌日、ぴんぴんしているエピラさんにダークエルフの秘法を授けてもらいました。

 授けてもらったといっても、特に何かが変わった気はしません。

 本当に効果あるのでしょうかね。


 とまあ、ここまでなら大団円だったのですけどね。

 問題は、気絶したまま仮封印を施された魔人の扱いをどうするか。


 普通に考えれば、仮ではなくそのまま未来永劫封印という形に落ち着くはずなのですが、エピラさんの鶴の一声で私が連れて行く事になりました。


 あの封印の間はダークエルフの重要な施設の一つで魔人を封印するためのものではない、この機会を逃せば数千年は使えない、と強固に訴えられましたよ。

 魔人が封印されてから二千年も使えなかったのにも関わらず、今まで問題はなかったのですから、そのままもう数千年くらい続けて封印していても良いのに。


 もちろん私は拒否しました。

 しかし魅了をかけた手前、私がいないといつ何時魔人の魅了が解けるかも知れないという事と、どうせ魔大陸にいくのだから真祖に預けてもらったらどうだと懇願され、連れて帰る結果となりました。


 はぁ……。

 このどこからどう見ても人間には見えない魔人を、どうやってラルツの町に入れるのでしょうかね。


 私の前を悠然と歩いている筋肉魔人を見ていると、頭が痛くなってきました。


 いえ、確かに強いし便利なのは便利です。

 山越えルートを今回は使ったのですが、私とアリスさんは彼に抱えられたまま、一歩も歩くことなく僅か数時間で険しい山を越えました。

 更に荷物も全部彼に預けてあるし、魔物が出たとしても「露払いは我にお任せを!」と叫んで、ワンパンで全て倒していくし。

 彼の前では、どんな魔物も全て子供扱いです。

 露払いどころか、私の出る幕が全くありません。

 サラさんより何倍も役に立ちます。


 ちなみにサラさんは、先日の赤い月で生まれた新しいダークエルフ達の教育係として、里に残ることになりました。



 さて、もうすぐベールの町に着きますね。

 ここまで来るのにダークエルフの里を出て僅か二日ですよ。私が夜中本気で走っても二日では着きません。


「そろそろベールの町に着きますが、今夜はそこで泊まりましょう」

「はい、我が女神よ。我が最高級の宿を押さえます」

「いやいやそんなもったいない。普通の安い宿で十分です!」

「我が女神に安宿など似合いませぬ」


 これさえなけりゃ、いいアイテム扱いになるのに。

 ああ、そうでした。彼にいくつか聞きたいことがありました。

 驚きの連続ですっかり聞くのを忘れていました。


「あなたって」

「我が女神よ、どうかジョニーとお呼びください」

「あ、はい。ではジョニーさんは魔人王の四天王の一人なんですよね」

「それはもはや過去です。今は我が女神様の忠実なる下僕であります」

「さようですかー。と、とにかく魔人王ってどんな人なのですか?」

「我も詳しくは知りませぬ。四天王を命じられたときに一度会ったのみですな」


 はぁ……。完全放置ですよね、それ。

 部下の管理が出来ていません。


 でも確か魔人王って真祖吸血鬼四人の封印で閉じ込められていたんでしたっけ。


「ジョニーさん、確か魔人王と戦ったことがありますよね」

「はい、命じられた際に少々やりあいました」

「どれくらい昔なのですか?」

「一万年と二千五百年くらい前ですな」


 ……禁則事項に引っかかりそうな昔ですね。

 しかしそんな昔に一度会ってから、あとは完全放置ですか。


「我はそれから真祖の二世どもと幾度となく戦いました」

「レムさんやレラさんですか」

「いえ、その二世は他の四天王が相手をしておりました。我は四天王筆頭だった故、アルベルドの二世どもと戦っておりました」


 え? 筆頭?


「ジョニーさんって、四天王の中で一番強かったのですか?!」

「はい、唯一魔人王のみ我が筋肉が通用しませんでした」


 最初に出てくる四天王って絶対、奴は四天王の中でも最弱、と言われている人だと思っていましたよ!

 でも確かに言ってましたね、我が筋肉の前では魔人王のみ超える存在とか。

 という事は、逆に他の四天王よりも強いってことですか。


 そしてアルベルドという名、きっと真祖の一人ですよね。

 筆頭のジョニーさんが戦っていたのですから、おそらくそのアルベルドという真祖が一番強い吸血鬼なのでしょう。


 四天王一人で一人の真祖の二世全員と戦っていたということですかね。

 うわー、そう考えるととてつもなく強いんですね。

 あのレムさんやレロさん、私では全く歯が立たないくらい強い力を持っていました。

 そんな人を数人相手に、この魔人は一人で対峙ですか。


 分かっていましたけど、とんでもない相手だったのですね。


「ちなみにガーラドという名前の真祖は知っていますか?」

「序列二位の真祖です。一位のアルベルドの弟という事を聞いた記憶がありますな」


 ほほぅ、さっきの一番強いアルベルトという真祖がうちの馬鹿親の兄ですか。

 しかし序列二位ですか。

 確か真祖は七人いましたよね。結構な強さですよね。

 果たして殴れるのでしょうか。


「もう一つ、もし真祖とジョニーさんが戦ったらどちらが勝つと思いますか?」

「戦ったことはないゆえ、分かりませぬ。しかし我が筋肉の前では真祖も打ち砕いてみせましょうぞ」


 さようですか。

 でもまあ何となく同じくらいの強さな感じがしますよね。

 最悪このジョニーをけしかければ、馬鹿親殴れますね。


「そろそろ町に着きますが、いかが致しましょうか、我が女神よ」

「あ、はい。じゃあ下ろしてください」

「とんでもございません。我が女神を歩かせるなどと」

「えっと、さすがにこの格好は恥ずかしいので……」


 大きく相槌を打つアリスさん。

 それ以前にこの筋肉魔人をどうしましょう。

 ベールに入れるのでしょうかね。


「ジョニーさんって、人間の姿に変身とかできます?」

「いくら我が女神の頼みとはいえ、我は矮小な人の姿は取れませぬ」


 うーん、どうしましょうかね。

 でもこの筋肉魔人、見た目はかなりマッスルな人間ですよね。

 背中に生えてる羽さえ畳んでしまえば、一応は人間に見えるかも。


「ではその羽だけでも畳むことできますか?」

「む、それならば……」


 渋々とですが、羽を畳んでくれました。

 ついでに、ポーチから大きめのマントを取り出しました。


「ではこれを下賜します」

「おおっ! これはありがたき幸せ! 早速つけさせていただきまする!」


 彼は私達を抱えたまま、器用にマントをつけてくれました。


 うん、なんというか、その、変態です。

 上半身裸にマントですよ?

 これを変態と言わずしてどうしましょう。


 でもまあマントで畳んだ羽が隠れますし、仕方ありません。

 ついでに上の服をベールで仕入れましょう。

 あと、静御前はこの筋肉馬鹿のせいで粉々になってしまいましたし、代えの武器も必要ですよね。



 門番さんにはものすごく怪しい目で見られましたが、とにかくベールに入ることに成功しました。

 さて、ここにきたらまずは例のセットを食べますよね?


 あいにく魔人のジョニーさんは食べ物を食べないということでしたので、私とアリスさんの二人で食べ歩きします。


 普段、私とアリスさんが並んでいるとしょっちゅうナンパされますが、さすがにジョニーさんがいるからか、誰一人として声をかけてくる勇者はいません。

 これは便利ですね。


 それにしてもやっぱりおいしいですね。このお肉。

 幸せを噛みしめています。

 生きてて良かった。


「アリスさん、どうですか?」

「はい、とてもおいしいですけど、ちょっと量が多いかも」

「残すのはもったいないですし、明日の朝ごはんにすればいいのですよ」

「朝からお肉は、ちょっと」

「我が女神からのご提案を蹴るとは、そこの吸血鬼よ、そこへ直るが良い」

「いやいやちょっとまって!」

「とめるな我が女神よ、血族とはいえ主従の関係は重視せねばならぬことをこの女子に聞かせねばならぬ」

「アリスさんは私の大切な血族かぞくなのですっ! もし万が一傷つけたらその場で解雇ですっ!」

「はっ、失礼しました」


 それにしても魅了ってこんなに強力でしたっけ。

 フェンリルを魅了したときは、ここまでにはならなかったんですけど。


 そしてその日の晩もひと悶着ありました。


「我が番をするのだ、邪魔をするな人間よ」

「ですからあなたのような大きな人がドアの前に座っておられたら、他のお客に迷惑なんですよっ」

「貴様、矮小なる人間の分際で!」

「ジョニーさんも隣の部屋を借りて寝ればいいんですよ」

「し、しかし我が女神よ」

「あら、ジョニーさんは隣の部屋にいると私の気配を感じられないと言うのですか?」

「とんでもございませんっ、たとえ千km離れていようが我が女神の危機とあれば即座に参ります!」


 とまあ、こんな有様です。

 脳筋なだけあって、説得は簡単なのですけどね。

 でも所かまわずこの調子だと先が思いやられます。


「で、アオイさん。あの魔人さんどうするおつもりですか?」

「正直どこかへ捨てたい気持ちでいっぱいです」


 ダンボールにあの筋肉魔人を入れて「拾ってください」という紙でも張っておきたいですよね。


「このままラルツに戻っても、また色々とありそうなんですけど」

「そうですよね。どうしましょう」

「ならこのままエルフの里へ向かってはどうですか?」

「エルフ?」


 そうでした。帰り際、エピラさんから「エルフの里には何名かドワーフが住んでおるし、アオイの武器を作ってもらったらどうじゃ?」と言われたんでしたっけ。

 あの静御前はとてもいい武器でした。

 でもやはり武具を作らせたらドワーフの右に出るものはいないでしょう。


 そしてうちのかーちゃんとエピラさんの姉が、エルフの族長なんだそうです。

 ハイエルフ三姉妹ですね。

 私の伯母に当たりますし、融通もしてくれるでしょう。


 それにしても、エルフとドワーフって犬猿の仲じゃないんですね、この世界では。

 どちらも人数が少ないために、共同生活しているらしいのです。


「そして少々残念なのですが、私は一回ラルツに戻っておきたいのです」

「え?」

「ギルドのお仕事がたまっていそうですし」


 ダークエルフの里へ行ってから既に一ヶ月になろうかとしていますしね。

 それにここからエルフの里へ行くには、かなり時間がかかります。

 王都オーギルを超えて更にそこから一週間、アーバンという町の近くにある森の中にエルフの里があるらしいです。

 片道十日以上かかりますね。


 でもあの筋肉魔人に乗っていけば、二日くらいで着きそうですけど。


「ではここで一旦お別れですね、でも大丈夫ですか? ラルツまで送ってあげますが」


 魔人に乗れば一日かからないでしょうし。


「いえ、私が先にラルツへ行って、あの魔人さんのことを伝えておきますから。アオイさんが戻ってくるまでには、ギルドマスターを説得してみせます」

「さ、さすがアリスさんですっ。出来る子!」

「ですから、今夜は少しだけ血を……」


 はにかみながら、上目遣いしてるアリスさんかわいいです。


「はい、じゃあ少しだけですからね」



 そして今夜も私の嬌声が響き渡るのでした。




「あの吸血鬼め、我が女神と何をしているのか! 我も交ぜ……いやなんでもない」


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