第六話


「ふんぬぅ!」


 ボディビルダーのようなものすごい筋肉を持った《魔人》の拳が繰り出されました。


 うちのギルドマスターと同じくらいの身長ですが、横幅が二倍近くありそうなまっちょさんの魔人。

 その拳は先日会った五mの体格を持つサイクロプスの力をも超える威力でしょうか。

 既に力は解放していますが、それでも目で追うのがやっとのスピードです。


 これを貰ったら、私の小さな身体なんて破裂してしまうでしょう。

 やばいですっ!


 全身に力を入れ、私の小さな手を魔人の迫ってくる拳の横にあて、弾いてなんとか逸らせることに成功しました。


「ほほぅ、よくぞ我が一撃を防ぎきった。大抵の相手ならこの拳一発で沈むのだがな」

「非常識すぎますね、あなた」

「まだまだこれからよ。数千年ほど封印されていたせいか身体が鈍っているようだし、少々スパーリングに付き合うが良い」

「お断りしたいですね、あなたはタイタンとでも相撲を取っていればいいのです」


 タイタンは巨人族の中でも最強という伝説の魔物で、魔大陸ですら滅多に見かけない災害指定の魔物です。


「はははははっ、楽しいぞ小娘。魔人王様四天王が一人、このマッスルのジョニーを相手に軽口を叩けるとはな!」


 ま、まっするのじょにー……。

 何というネーミングセンスですかね、この脳筋は。


「この世に筋肉に勝るものなし! 唯一魔人王様のみ、我を超える存在!」


 うわー……ひくわー……。

 しかしネーミングセンスは最低ですが、このパワーは本物です。


 魔人はいかにも軽く私に蹴りを放ってきました。

 人の胴よりも太い足が私に迫ってきます。


「はっ!」


 リンボーダンスのように身体を限界まで反らして避けました。

 顔のすぐ上を魔人の足が通過していきます。

 が、その風圧だけで私は軽く吹き飛ばされました。


「ほんとにぃぃ?!」


 あれ、どうみても適当にえいっという感じで出した蹴りですよね。

 その風圧で私が飛ばされるのですか。

 でも逆にチャンスです。魔人との距離が取れました。

 ごろごろと床を転がりながら、呪文詠唱を始めました。


「我アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」


 火の魔法最強の永遠なる業火。

 呪文の完成と同時に、転がりながら床を蹴って空中へと身を投げ、そして手から生まれた漆黒の火の弾を魔人へ目掛けて投げつけました。

 一度物に当たると、全てを燃やし尽くす火の弾が筋肉へとまっすぐ突き進んでいきます。


 ……しかし。


「我に魔法はきかぬ! 吸引っ!」


 魔人の深緑色の目が光ると同時に、周囲の魔力がかき消されるのを感じました。

 当然、私が放った魔法も跡形もなく消えます。


「魔法などというちゃちい技に頼らず、漢なら拳で語れっ!」

「私は生物学上、女ですが」

「そんな細かいことはどうでもよい、さあ楽しく殴り合おうではないかっ!」

「あなたなんて真龍エンシェントドラゴンと殴り合っていればいいのですっ!」


 真龍はドラゴン族の最上位種であり、あらゆる魔物の頂点に立つ存在です。

 もちろん災害指定の魔物で、一度暴れだしたが最後、大陸の一つくらいは軽く消し飛んでしまうほどの力を持っていると噂されています。



 とまあ、私はダークエルフの里の地下にある封印の間というところで、この筋肉ダルマと戦っています。

 なんでこうなったのでしょうかね。


 話は数時間前に遡ります。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「アオイ殿、やっと我が故郷が見えてきました!」


 サラさんの言葉通り、ものすごく高く大きな木が視界に入ってきました。

 この木なんの木ですかね。


 それにしても時間かかりましたね。結局ミヤキスから五日かかりました。

 この迷子の達人さえもっとしっかりしていれば、二~三日で着く距離ですのにね。


「どうですか、あれが世界樹と言われる、この大陸に二本しか立っていない珍しい木です」


 おおっ、あれがかの有名な世界樹ですか。きっと葉っぱを一枚取れば死んだ人も生き返るのですねっ!

 でも私はダンピールですから、半分死んだ人扱いですけどね。くすん。


「初めてみました。あれがエルフとダークエルフの里にしかない世界樹なのですね」


 半分ではなく全身死んだ人のアリスさんが、感嘆して感極まったように両手を合わせてお祈りのポーズしています。

 そこまで凄いものなのですか。


 それより吸血鬼がお祈りするなんて、世も末ですね。


「世界樹ってそんなにすごいものなのですか?」

「…………」

「…………」


 なぜみんな黙りますか? そんなに変な質問だったのでしょうかね。

 呆れ顔のアリスさんが説明してくれました。


「世界樹は、この大地を支えているとても大きな木なのですよ。世界樹の根はこの世界を覆っていて、もし万が一世界樹が枯れてしまえば、この世界は海の底に沈んでしまうと言われています」


 つまり土台ですか。

 確かに土台がなければ、建物もすぐ崩れ落ちますしね。


「アオイさん、これ一般常識ですよ?」

「センター試験に出ますかね」

「何の試験か知りませんが、誰でも知っているような事をわざわざ試験に出さないでしょう」

「まあまあ、アリス殿は落ち着いて。とにかくいきましょう」

「サラさんは役に立ちませんでしたけどね」

「がーんがーんがーん」


 私は落ち込んでダメージを受けているサラさんを引きずって、ダークエルフの里へと向かったのでした。



 世界樹を擁するダークエルフの里。

 そこは木の楽園とも言うべきところでした。

 世界樹には劣るものの、それでも何千年も経っているような太く高い木がたくさん生えていて、さらにその木の上に家が建っているのです。

 木々の間にはロープが縦横無尽に張り巡らされていて、ダークエルフたちがそこを軽業師のように渡って歩いています。


 里の入り口には一人の男性のダークエルフが座っていました。

 サラさんと同じプラチナブロンドの髪に、銀色の瞳、首には何かのお守りなのでしょうかネックレスをつけています。

 それにしてもさすがエルフ族。イケメンですね。死んでしまえ!


 サラさんを見た彼は手を上げて挨拶してきました。


「サラではないか、久しぶりだな」

「久しぶりだ、アキラス」

「で、今回は何ヶ月迷ったのだ?」

「いや、この方たちに案内していただいたから、わずか五日で着くことができたよ。これは快挙といっても良いくらいの出来事だ」


 地元民ダークエルフとは思えない発言ですね。

 そしてイケメンは改めて私たちのほうを見てきました。


「ふむ、吸血鬼と……ダンピール。しかも同族?! ダークエルフの子供だと?! 一体誰の子……いやまて、この気配はシルフィード家?」


 イケメンが首を傾げながら値踏みしてきてます。

 でもやたらと驚いていますね。そんなにダークエルフのダンピールって珍しいのですかね。


「ああ、こちらの吸血鬼がアリス殿、そしてあちらの方がアオイ殿。驚くなよ、アベリア様のお子様だ」

「なっ、アベリア様?! それは真か?!」

「うむ、あたしたちはこれからエピラ様にお会いしてくる予定だ」

「そうだな、確かにまずエピラ様にご報告は必要だろう。で、そちらの美しいお嬢さんは?」


 今度はアリスさんに質問をしてきたイケメン。

 アリスさんが美しいのは認めますが、何ナンパするような話し方をしてきてるのでしょうかね。

 でもアリスさんがこのイケメンに惚れてしまわないか、少し心配です。


 え? 私は?


 いやですねー。こう見えても元男ですから、男に迫られると拒絶反応がでます。

 ついでに鳥肌も。


「私はこちらにいるアオイさんの血族かぞくで、アリスと申します」

「俺はこのダークエルフの里を守る戦士のアキラスだ。このサラとは同じ時期にダークエルフになった、いわば同僚だな。宜しく頼む」


 そう言って、《私の》アリスさんの手を握ろうとしてきやがりました。

 むきー。


 しかし流石はアリスさん。ギルドの受付嬢をやっているからか、その手の事に関してはあしらい方が一流です。

 軽くイケメンの手を叩いて「女性に対してそう気軽に触れるなんていけませんよ」と言い放ってくれました。わーい。


「こ、これは失礼を」


 慌てて深くお辞儀するイケメンですが、さらにアリスさんはトドメの一撃を撃ってきました。


「それに私はアオイさんに身も心も捧げていますから」


 アリスさん、それは重いです。

 束縛強くないですかね。


「う、うむ。確かに吸血鬼は同じ血族同士の絆が深いと聞く。アベリア様の子の血族であれば里に入るのも問題なかろう」


 イケメンは至極残念そうに私たちを通してくれました。

 へへーんだ。アリスさん愛してますっ!



「ではアオイ殿、こちらへ」

「サラさん、この町の中ならいくらなんでも迷いませんよね?」

「うっ、が、がんばります」


 何を頑張るのですか……。


「い、いえ、族長の家は世界樹の木の上に建っていますから、さすがに迷いません」

「ああ、確かにあれなら目立ちますね。じゃあ適当な木に登ってロープを渡りましょう。アリスさんおいで」

「はい? どうかしまし、きゃっ」


 私はアリスさんを抱きかかえて、一気に木の上まで跳びました。

 下から、アオイ殿あたしはどうすればいいのでしょう、とか聞こえてきますが、正直知らんがな。


「いきなり酷いです」


 拗ねるアリスさんかわいいです。


「眺めいいですよ、ほら」

「うわー、確かにこれは絶景というべきですね」


 森が殆ど一目で見渡せます。先日私が跳んだ高さよりかは流石に低いですけど。

 それでも絶景かな絶景かな。

 携帯があれば、写メ撮りたいところですね。


 二人で暫く風景を楽しんでいると、ようやくサラさんが登ってきました。

 意外とサラさんも身軽ですね。

 まあこの町に住んでいたのですし、当たり前なんでしょうけど。


「アオイ殿、置いていくなんて酷いですよ」

「だってサラさんってこの町の生まれですよね。上り下りなんて慣れているのではないでしょうか?」

「生まれというか、育ちは確かにここが長いですね」


 へー、生まれたところは別なのですね。

 ダークエルフとかエルフって、あまり外に居ないイメージありますから、外で生まれるなんて珍しいのでしょうかね。


「ではアオイ殿、アリス殿。いきましょうか」

「はい」

「分かりました」


 私たち三人は特に危なげなくロープを渡って、族長の家がある世界樹の枝(これは枝というより大きな道幅はありますね)まで行きました。


 さすが族長の家ですね。すごく立派です。

 しかし、素人が頑張った手作り感がハンパありません。

 いや確かに手作りなのでしょう。ダークエルフの大工さんとかはイメージつきませんし。

 しかもドアにはプレートが飾られていて、下手な字で「族長の家である」と書かれています。

 何でしょうかね、この子供の遊び心のようなイメージは。

 そして大きな窓もあって、部屋の中には光が差し込むようになっています。

 窓にはカーテンのような、何かの大きな葉っぱが飾られていますね。


 おや、ちゃんと煙突もありますよ。

 しかしここで火事になったら悲惨ですよね。

 家一軒燃えるだけじゃなく、大陸中が混乱しそうです。


 そんな私に勝手な心配をよそに、サラさんはドアをノックしました。


「族長、サラです。お客人をお連れ致しました。ぜひご報告したいことがあります」

「サラか。五十年もどこほっつき歩いてたのじゃ? せめて十年に一度は帰って来ぬか。まあ良いわ、入るがよい」


 うわっ、とても偉そうな話し方ですね。

 あまりお近づきになりたくない人です。

 それにしても五十年も帰省してなかったのですか。そりゃ寿命の長いダークエルフだって怒られますよね。


「はっ、失礼致します。さ、アオイ殿、アリス殿、中へどうぞ」



 私たちが家の中へ入ると、そこには十歳くらいの子供が椅子に座ってふんぞり返っていました。


 ……もしかして、ロリババア?


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