第三章第一話


「良い天気ですね」

「ちょっと日差しが強いですから、帽子は深くかぶっててくださいね」

「はいっ!」


 私たちはダークエルフの里へ向けて出発していました。

 珍しく朝に町を出て数時間というところです。



 今回はベールの町までいってから、南へ進路を変えてバル連邦国へ向かいます。

 連邦国に入ってすぐのところにあるトレックという港町に寄ったあと、さらに南下して山を越えた先のミヤキスという町まで行きます。

 ミヤキスはダークエルフが住んでいる森の入り口にある町です。

 この町を拠点として暫く行動する予定です。


 ベールまで三日、ベールからトレックまで三日、山越えするのに二日~三日程度と考えれば、余裕をもって十日くらいの工程ですね。

 山越えしなくてもトレックから船で行けばいいのですが、吸血鬼って流れる水が苦手なのです。

 私はともかく、アリスさんには少々辛い船旅になるでしょうしね。


 そういえば、トレックから迷宮都市アークがある島へと渡る船も出ています。

 そのうち暇があれば一度見に行ってみたいですね。



 お天気も良く、虫たちが様々な鳴き声で旅人たちの心を癒しています。

 ミーンミンミンとか、ツクツクボーシとか。


 ……ってセミ?


 この世界にもいるんですね。

 でも鳴き声だけセミで、実は五十cmくらいのムカデみたいなものが鳴いていた、って事もありえます。

 昔、「にゃーん」というとても可愛らしい鳴き声が聞こえたので、猫!? と思って行ってみたら、実は三mくらいあるサーベルタイガーだったという事がありました。

 声に騙されてはいけません。


 それにしても夏らしさ全開ですね。

 正直鬱陶しいと感じる鳴き声ですけど、アリスさんには違うようです。

 初めて町の外に出たからかすごく興奮している様子で、さっきからうるさいくらい話しかけられます。

 いかにも、私は普段どおりですよー、みたいな雰囲気を保とうと努力しているみたいですが、無表情のくせに口元だけ緩んでいるので台無しといったところですね。


「あっ、あの鳥は何というのでしょうか」

「ムシクイナという鳥ですね。羽を毟って食べるととてもおいしいらしいですよ」

「ああ、どこかのお店で食べた記憶があります。と、あの大きな花は?」

「あれは迷い花。周りに幻覚を見せる甘い匂いを出していますので、あまり近づくと危険ですから注意してください」

「なるほど、あれが迷い花ですか。図鑑に書かれていた絵とそっくりなのですね。やはり絵で見るのと自分の目で確かめるのとでは違います」


 図鑑に違った絵が載っていたらまずいでしょう。


「あの大きな鳥は?」

「あれはロック鳥ですね。全長四十mはある巨体で……ってロック鳥!?」


 ドラゴンをも超える大きさを持つSランクの魔物ですよ?!


「アリスさんっ、とりあえず木に隠れてください!」

「は、はい」


 私たちは慌てて木陰に隠れます。

 幸いお相手さんは地を這う虫けらなんて目もくれずに、そのまま海の方向へ飛んでいきました。

 ラルツの町に向かっていなくて良かったです。


「あれがロック鳥ですか。大きかったですね」

「あの大きさだけで討伐するのに苦労するんですよね。少々傷つけたところで向こうにとって見れば本気でかすり傷程度ですし」


 ロック鳥を討伐するには、丸焼きコースがセオリーです。

 でも常に風の魔法で周りを防御しているので、なかなか火の魔法も通じにくい相手なんですよね。


 ロック鳥が遠くまで行ったことを確認してから、また街道に戻って歩き始めました。

 最初からロック鳥にいきなり出会うとはこれから先、苦労しそうな予感です。


 でもそれを含めて二人旅は楽しいです。



 私の頭の中で二日前のことが思い浮かんできました。




「アオイさん、今回は遅かったですね」

「今回は本当に無駄足でした。つい王都で二日ほど遊んでしまいました」


 あれから二日ほど王都を観光してきました。

 色々と歩き回っていたら、米を売っているのを発見しまして。

 高かったのですが、つい一俵ほど買ってしまいました。

 でもこれどうやって炊くのですかね。炊飯器でしか作ったことありませんからね。

 はじめちょろちょろなかぱっぱ、というおまじないくらいしか知りません。


 料理スキル上げておけば良かったです。

 アリスさんもさすがに米の炊きかたなんて知らないですよね。


「そういえば数日前に王都の近衛隊の方がお見えになっていましたけど、もしかしてその関係でしょうか?」

「詳しいことはお話できないのですが、多分きっとそれに間違いありません確信しましたしょんぼり」

「そ、そうですか。それはご苦労様でした。リリックさんにご報告は致しましたか?」

「もちろんです。ではアリスさん、処理お願いします」


 懐から依頼達成の紙をアリスさんへ手渡ししました。


「あら、百万ギルって意外と報酬が高かったんですね。ではこれは私が預かっておきます」

「はーい」


 自動引き落としつらたんです。

 でも以前の報酬で貰った二百万ギルは手元にあります!

 お米一俵買ったら六十万ギルほどしましたがね。高すぎますよね。


「それと留守中に色々とご報告がありまして」

「おや、何かありましたか?」

「はい、それは帰宅後にお話いたします」

「じゃあそれは後で聞きますね。私は精神的に疲れましたので夜まで寝ています」

「そ、そうですか。お大事に」



 その日の晩、アリスさんが帰宅してから色々とお話しました。


「ということで、ついうっかりミノタウロスを討伐してきました」

「なっ、なんという危険なまねをしたのですかっ! Bランクの魔物なんて、ついうっかりレベルで討伐するようなものじゃないですっ! いいですかっ、初心者がBランクの魔物を倒しに行くなんて常識的に考えても間違いなく超危険な行為ですっ!」

「はい、反省しています」

「過ぎた事ですから今更ですが、今後絶対に私の許可無く戦いに行ってはいけませんっ!」


 反省しているように見えますが、心の奥底では次も一人で倒しちゃうぜっ、的なことを考えているに違いありません。

 全く。

 ダンピールの私ですら中々死なないのです。純吸血鬼のアリスさんならば、銀の武器か火で焼かれない限り死ぬことはありません。

 つまり逆にいえば死んでしまったほうが良いと思えるほどの苦痛も、死ねずにずっと感じ続けるという事なんです。


 そういう事も今後は教えていかないといけませんね。


「でも、本当に無事でよかったです」

「……ごめんなさい」

「では反省はこれまでとして、それだけ元気があればそろそろダークエルフの里に行ってもいいですよね」

「えっ、は、はいっ!」


 就学旅行に行く前日の小学生のような笑顔ですね。


「では明日準備をして明後日にいくとしましょう」

「はいっ、もう壊れた革鎧もすっかり直して頂けましたし、他に何か必要なものはあるのでしょうか」

「あの防具屋さん、四日で革鎧を作って、壊れたものを三日で修理したのですか。腕は本当に良かったんですね」

「そ、そうですね。最初の印象とは全く変わっていました。ぜひアオイ女王様に来て欲しいと」


 …………。

 少々頭を殴りすぎましたかね。


「それはダークエルフの里から戻ってきてから行ってみましょう。明日は鍋とかの買出しと、道中の血の購入ですね。それとアリスさん、そろそろ血の欲求が溜まっていますよね」


 アリスさんは、私が王都へ行く少し前に血を補給しました。

 明日で十日ですし、出かける前に一度血の補給が必要ですね。


「あっ、ついミノタウロスの血を吸ってしまいました」

「……ワイルドに育ってくれておかーさん嬉しいです」


 ミノタウロスの血は私も飲んだことがありません。

 どんな味なんでしょうか。

 やっぱり牛エキスが沁みこんだ牛丼の汁のような味わいなんでしょうかね。


「これってアオイさんの血の影響ですよね」

「確かに吸血鬼は親の血が濃く影響しますけど、吸血鬼になって一ヵ月も経たないのにそこまで影響でるものですかね。というか私は戦闘に酔うなんて事しませんが」

「ええっ?!」

「そこっ、そんなに驚かないでください」


 これはどちらかというと、ストレスが溜まってたんじゃないですかね。

 今夜は血祭りでもあげて、発散させてあげたほうがいいですかね。

 ということで、明日は出発前の打ち上げでバーに行きますか。



「苦労のあとの血は格別ですっ」

「一日三杯までだからな」

「えぇ~、もっとぉ飲みたいぃ」

「規則だ」


 ちっ、マスターは硬いですね。

 でも今日は流石にワインはパスします。明日二日酔いになってたら嫌ですしね。


「アリスさんもそろそろ血のおいしさわかってきましたか?」

「はい、ミノタウロスの血よりおいしいですね」

「お嬢さんも魔物の血を飲んだのか。あんたらの血族って魔物の血が好きなのか?」

「たまたまです。それよりマスター、真祖ってどこに住んでいるのでしょうか」

「真祖? 七人居て、うち五人が魔大陸、残りの二人がこの大陸のどこかにいるって聞いたが、俺は会ったことはないな」


 二人この大陸にいるのですか。

 うちの親を殴る手段を教えてもらえないかな。


 そういえば、レムさんとレロさんは魔大陸に戻りましたが、まだレラさんがいますよね。

 彼女にもし会ったら、一度聞いてみますか。


「マスターって千年ほど生きていますよね。それでも真祖に会った事はないのですか」

「俺の親が五世なんだが、その人に聞いたところによると、真祖って二万年くらい生きているって話だぜ。俺のような千年なんてまだまだ下っ端も下っ端だ。拝謁できるようなレベルじゃない。俺の親のは五千年くらい生きているけど、それでも会った事はないそうだ」


 二万年……。とてつもなく古いですね。

 記憶がだいぶ薄れてきていますが、元の世界なら石器時代の頃から生きているということになりますよね。

 メソポタミア文明とかオリエント文明なんて確か1万年くらい前ですし。

 それよりも古い時代からですか。

 気の遠くなるような昔ですね。


 そして先日会ったレムさんやレロさん。

 彼女たちは二世です。

 吸血鬼ってわりと寂しがりやさんで、百年もしないうちに仲間作っちゃいますしね。


 ということはレムさんやレロさんもそれに近いような年齢なのですよね。

 そういえばレロさんが、三世までなら記憶している、とかいうニュアンスの事を言っていましたね。

 となると四世以降は、もはや真祖も誰がいるのか把握していないのでしょうかね。


「マスターってもしかして、真祖の名前を知っているんですか?」

「ああ、知っている。親から聞いた。でも俺が特別なだけで他には知られていないし、言うつもりはない」

「一応名前は伏せさせてもらいますが、もしかして頭に ガ のつく」

「ばっ! 言うな!」


 マスターは慌てたように私の口を押さえてきました。

 でも、当たりですか。やっぱりマスターもうちのくそ親父の系列だったんですね。

 もしかすると真祖は全員頭にガがつくのかもしれませんけど。


「一体どこでその名前を聞いたんだよ」

「ちょっと前に、その系列の二世の人に会いまして」

「二世?! そんな人たちがこっちに渡ってきているのか? って、ああ。あの赤い月の件か」


 やはり赤い月の関係でしたか。赤い月が魔人を生み出す契機になるのは正しい推測でしたね。


「マスターも赤い月と魔人の事を?」

「詳しくは知らんが、真祖と魔人は敵対しているらしい。犬猿の仲なんだろうな。そして赤い月で魔人が生み出された時に、彼らが魔大陸からこっちへやってきて倒していくそうだ。魔人も長生きすれば強くなっていくし、早めに芽を潰しておきたいんだろう」

「敵対ですか。あまり関わりたくないですね」

「一万年以上生きている吸血鬼が戦っているし、向こうからしてみれば俺らみたいな下っ端はいらんだろ」


 吸血鬼にも色々ありますね。

 ところでアリスさんが静かですね、って寝ていますよこの人。

 まあ慣れない討伐していたみたいですしね。


「ではそろそろお暇します。二~三ヶ月ほど留守にしますので」

「ああ、どこへいくのかは知らんが気をつけて行ってこいよ」

「もちろんです」


 私は寝ているアリスさんを背負って行きました。

 明日はいよいよ出発です。久し振りの長旅になりそうですね。


「ん、アオイさん」

「起きまし、ふにゃあ!?」


 起きたアリスさんにいきなり首筋を噛まれて、血を吸われて、っでだめえぇぇー。


「アリスさ、ん、だめっ」

「やっぱりアオイさんの血が一番美味しいです、はむっ」

「はうっ?!」

「きゃっ」


 一気に力が抜けてその場に座り込んでしまいました。

 その拍子に背負ってたアリスさんも投げ出されてしまいました。


「アリスさん、いきなり噛みつかないでください」

「とっても美味しそうな首筋だったもので」


 アリスさんがどんどん吸血鬼っぽくなってきていますよ。

 どーしましょ。


「私なら適量であればいいですけど、人間を襲ってはダメですからね」

「アオイさん以外にはしません」


 これってデレ?


「ま、明日は早いですし、ダッシュで帰りますか」

「手を」


 走る気まんまんの私に、アリスさんは座ったままの状態で手をおずおずと出してきました。


 なんですかね、このかわいい生き物は。


 こけたままのアリスさんの手を取って起こしてあげます。


「ありがとうございます」


 にこっと笑うアリスさん。

 私も釣られて笑い、手を離そうとしましたが、アリスさんはぎゅっと握ってきました。


 これは手を繋げということですかね。

 ここで握力比べもいいですが、そういう空気ではありませんよね。

 血族(かぞく)サービスも必要ですしね。


 決して照れた訳ではありませんっ!


 月が照らす夜道を、私たちは手を繋いだままゆっくりと帰宅しました。


 今までぼっちでしたから、二人というのも良いものですね。


 

(なにこの雰囲気。最近僕の出番全くないよね、不公平だよ。寂しいなぁ)



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