第二話


「アオイさん、ランクアップ試験のお時間です」

「はいぃ?」


 昨晩のことは忘れたかのような、妙に肌がつやつやしているアリスさんは、いつもの無表情な顔でとんでもないことを言ってきました。

 今までは二ヵ月に一回のペースであげていたランクですが、今回はBに上がってからまだ一ヶ月くらいです。

 さすがにこれは急ではありませんかね。


「ちょっと早くないですか?」

「先日の事件の際、アースドラゴンを倒しましたよね?」

「あっ」


 そういえばそうでした。

 たしか大勢の常設隊のみなさんの目の前で、倒しちゃいましたね。


「でも私一人で倒したわけではありませんよ? あの時は常設隊の人に意識が向いていたからこそ、不意打ちできたわけですし」

「不意打ちでもドラゴンの首を一撃で刎ねたのは凄いと思いますし、それと常設隊のみなさんから感謝のお手紙がたくさん届いております」


 彼女は五十通ほどの羊皮紙を机の上にどんっと置きました。

 どこかのラジオ番組みたいですね。

 可憐な美少女冒険者のアオイさんですからナンパはよくされますが、さすがにファンレターを貰うことは初めてです。

 というか、貴重な羊皮紙をそんなことに使わないで欲しいです。


「こんなにたくさん?」

「はい、ちゃんと後で目を通してくださいね。それと試験のことですが、ドラゴンをお一人で倒したとなると、ギルドとしてさすがにそれは看過できませんから二階級特進の試験をご提案いたします」


 二階級特進ということは、つまりAランクにあげるということですか。

 ただでさえダンピールで目立っているのに、これ以上目立つのは苦手ですね。

 でも二ヶ月に一回のランクアップは十分目立っていますから、いまさらって感じですが。


「個人的にですが、アオイさんはSランクにしても良いくらい優秀な冒険者だと思っています。今回のランクアップは私が押しまくってギルドマスターに了承を得ましたので、感謝してくださいね」


 何を自慢げに話してきやがってるんですかこの娘は。

 二階級特進の試験なんて面倒にきまっています。

 ランクアップ自体はお給料があがりますから嬉しいのですが、でも目の前の受付嬢に全部取られちゃいますしね。くすん。

 大黒柱は辛いです。世の中のお父さんは偉大ですね。


「はいはい、わかりましたよ~。面倒なことは嫌いなんですけどねー」

「今回の試験は、前回のようにたくさんの魔物討伐ということはありません。一体のみの討伐ですよ」


 私の投げやりな口調を見事にスルーするアリスさん。

 それにしても一体のみですか。なんだかリッチ討伐の時と同じ嫌な予感がします。


「その一体はどこのどちら様ですか」

「コカトリスです」

「ちょっ!?」


 コカトリスはSランクに属する鶏が大きくなった魔物ですが、特に注意する点は石化の吐息です。

 それに触れられたが最後、あっという間に石になってしまいます。そしてコカトリスは石になったものをあとでゆっくりとつっついて食べるのです。

 石化の吐息さえなければ、ただの大きな鶏なんですよね。

 逆に石化の吐息があるからこそ、Sランクに指定されています。


 もちろんBランク冒険者が討伐するような魔物ではありません。


「アリスさん、無茶振りですよそれはっ!」

「アオイさんなら大丈夫だって、私が思っています」

「まってまって、そんなに買いかぶらないでっ! もっと簡単なものにしましょうよ!」「もう決まったことですから。それとも私と一緒に倒しに行きますか?」

「それこそ無茶ですよっ」


 アリスさんを連れて行っても、石像が増えるだけになります。

 でも事前に上半身裸にしておけば、ヴィーナス像に勝る芸術的作品に仕上がりそうです。


 ……鬼畜ですね、反省します。


「わかりました、試験受けます。一人でいってきますからね」

「はい、ではお願い致しますアオイさん」


 見事なお辞儀をしてくる彼女の耳元で、こう囁いてあげました。


「アリスさん、私が帰ってきたら昨晩の続きやりますか?」

「……なっ!」


 沸騰するかように一瞬で顔を真っ赤にして身体を硬直させたアリスさんを尻目に、私はギルドを出たのでした。

 これくらいの意趣返しは大目に見てください。




 さて、コカトリスの討伐です。

 といっても、人の姿をした石がベールの町へと続く街道沿いに何体も置かれていたのでおそらくはコカトリスの仕業だろう、という事らしいです。

 もしかすると、コカトリス以外の石化させるような魔物かもしれません。

 でも石化なんて珍しい能力を持っているのは、コカトリス、バジリスクかメデューサくらいですね。

 バジリスクもコカトリスと同じSランクの魔物です。こちらはトカゲのような姿ですね。能力的にもコカトリスと似たようなものです。


 そしてメデューサはSランクを超える魔物です。

 髪が全て蛇になっていて石化の瞳以外にも様々な能力があり魔力も高い、災害レベルの魔物です。

 そんなものこの大陸にはいないはずですけどね。



 ……メデューサじゃありませんように。



 ベールはオーギル王国に属する町で、ラルツを除けば一番国境に近いところになっています。

 ラルツは山間の中央にありますがベールは山間の出口近くにあり、ラルツほどではありませんが比較的魔物も多く住んでいます。

 そのためかこの町にも冒険者ギルドがあり、交流は比較的盛んに行われています。

 ベールまでの距離はおおよそ徒歩三日程度。

 私が夜中走れば一晩で着く距離ですね。


 それ以外にラルツと交流が盛んな町は、バル連邦国にある迷宮都市アークです。

 ラルツからは直線距離はさほど離れていませんが、山を越えた先の湾にある一番大きな島の中央に位置していて、なかなか行き難い場所にあります。

 山をぐるっと迂回していくルートになりますから、片道一週間程度かかるところです。

 ここは巨大迷宮のそばに作られた町で、迷宮の最奥にはリッチロードが住んでいるといわれています。

 リッチロードといえば真祖吸血鬼にも匹敵する強さを持っていて、ランクは災害レベルです。

 いつかここにも行ってみたいですね。


 そういえばアークの冒険者ギルドには、白き騎士と呼ばれるエルフの冒険者がいるそうです。

 うちのギルドマスターとライバル関係だったようで、かなり腕の立つ人だそうです。

 連邦の白い騎士は化け物か、といわれるほどだそうで……。

 あー、何と言うか一度会って見たいですね。



 観光案内をしたところで私はゆっくりてくてくとベールを目指していきます。

 いつもならば散発的に魔物が襲ってくるのですが、先日の事件で魔物の数がめっきり減ってしまったのか、一度も遭遇していません。

 まあ魔物は育つの早いですし、半年もすればまたたくさん沸いてくるでしょうけどね。


 そして夜になりました。

 今回はテントを使わず、夜もずっと歩いていきます。

 こうすれば明日の夜中にはベールにつくでしょう。


 ベールについたら、ワインでもひっかけますかね。

 でも昨晩バーで血を飲みましたし、お小遣いが足りません。

 どこかお小遣い稼ぎに魔物でも探して……って、あれ?

 私は推定コカトリスを討伐しにきたのです、観光にいくわけではありませんでした。

 てへっ。


 とそのとき、背筋にぞくぞくするような感覚が走りました。



 ……まるでアリスさんに見られたときのような。



(アオイちゃん!)


 シルフが危険を発しました。

 咄嗟に身体を捻って右横へと避けると、さっきまで私のいた場所に一筋の白い線が通り過ぎていきました。


「おっ、あれ避けたか。なかなかやる嬢ちゃんだな」


 そこへこの場に相応しくない、軽薄そうな声が届きました。

 慌てて声の方向を見ると、そこには一人の背の高い妙に白い目が気になる男が立っていました。


 ……人間ですかね? いえ、人間に翼は生えていません。


 彼の背中には、黒い鳥のような羽が生えているのが私の赤い目に映りました。


「あなたは……?」

「おお、なかなかの美少女じゃん。ってダンピールかよ。でもおまえ《うまそう》だな」


 可憐な美少女冒険者ですから当たり前……ってうまそう?

 どこかの恐竜のようなセリフですが、そっち系な話ではなさそうですね。


「ナンパはお断りします!」

「そうつれないこと言うなよ。少し怪我しているんだからさ、ちょっと食わせてくれないか?」


 怪我?

 良く見ると、彼の右足は妙に曲がっています。あちこちに黒く焦げたあとも見えます。

 それに食わせてって、まるで私を食べるような言い方ですね。

 こいつはヤバい奴です。あの白い目が危険な香りを感じます。

 ここは即効でケリをつける必要がありますね。


「あいにくですがご遠慮します! アオイが契約する、火の四階梯、炎の嵐」


 火の第四階梯の魔法、炎の嵐が私を中心として吹き荒れ、彼を巻き込んでいきます。


「いきなりかよ、嫌われたな」


 しかし余裕そうに言うと、彼は翼をはためかせて空へと飛びあがりました。


 それは想定内ですっ!


「目から冷凍ビーム!!」


 私の赤い目から氷属性のビームが彼目掛けて飛んでいきました。

 ぜったいがつくほうは、命中率悪いんですよね。

 リッチの時のように動かないでいてくれればいいのですが、動いている相手には三割くらいしか当たりませんし。


 まさに彼に当たろうとした直前、彼の白い目から先ほど私を襲った白い線が生まれ、私のビームと衝突し、そして相殺されました。


「おお、こわいこわい。まさか目から飛んでくるとは思ってなかったよ。ダンピールって意外と多彩なんだな」

「あなたは何者なんです?!」

「さあなぁ」

(アオイちゃん、あれは魔人だよ! 逃げて!)


 魔人?!


 私が生まれ捨てられた大陸には、真祖吸血鬼の他には高レベルの魔物がいます。

 そしてその魔物を支配しているのが魔人と呼ばれる存在です。

 一説には、何からの素質あるものが魔に堕ちると魔人となるそうです。


 ……堕ちる?


 そうでした。先日の赤い月。もしかして、彼はあの月に当てられて魔人になったのでしょうか。


「気がついたらこうなっちまってたんだよ。しかも変なねーちゃんに襲われて殺されそうになるしな。早くお前食って逃げないと追いつかれてしまうんだよ。悪いが一瞬ですませるぞ」


 そういうと彼は目から白い光線を何本も出してきました。


 って、うわっ、ちょっと!? あぶなっ!


 必死で避けます!

 しかし何回かは私の身体を白い光線が掠め、そこが徐々にかたくなっていくのが分かりました。


「なにするんですかっ! 危ないじゃないですかっ! って硬く?」


 避けながら、当たったところを見ると、薄っすらと石のようになっているのが分かりました。


 これって、まさか石化ですか?

 では今回の石の事件って、もしかしてこの男が犯人?


「当てるようにしてんだよ!」


 中々当たらない彼は業を煮やして何か溜めるような仕草をし始めました。


 あれを放置していれば、まずい気がします。

 仕方ありません。力を解放しましょう。

 幸い彼は空にいて、こちらからの攻撃手段は魔法か目からビームだけだと思っているようです。

 両方とも避けることは容易いと思っているのでしょう。


 私が本気を出せばあの高さなら、十分ジャンプして届きます。

 そこを静御前で叩き切ってやりましょう。


 私が背中に背負った静御前を手に持ち足に力を入れようとしたとき、凄まじい赤い光がどこからともなく飛んで彼を打ち落としました。


「……え?」


 地面へと落ちた彼は、真っ黒焦げの状態です。

 突然の出来事に一瞬呆然となってしまいました。


「やっと追いつきましたわ。逃げ足だけは速い魔人でしたわね」


 空から声が聞こえてきました。

 彼がいたよりも高い空から、真っ黒な蝙蝠のような羽が生えているメイド服の女性。

 見た目は二十五歳前後で、私と同じ黒い髪に赤い目です。


 ……今度は吸血鬼ですか。


 そういえばさっき彼は、変なねーちゃんに襲われた、と言っていましたがこの人がそのねーちゃんでしょうかね。

 しかもこの人の力、とても強いです。

 私やバーのマスターなんて比較にならないほどの強さを感じます。

 私の血にものすごく近い気配を感じます。


「あら? あなたダンピール? しかもダークエルフ? あらあら、これは珍しいわね。どこの子かしら」


 ねーちゃんが私のすぐ側へと降り立ちました。

 とりあえず、敵ではなさそうです。

 正直、この人相手では本気を出したとしても勝てる気がしません。


「えっと、助けていただいてありがとうございます」


 礼をしてみますが、彼女は私に興味津々なご様子です。


 それにしても……この人、アリスさんを上回る大きさの持ち主ですね。

 けっ。

 何かは明言しませんが。

 決めました。こいつは敵です!


「別にあなたを取って食べるわけじゃないし、そんなに警戒しなくてもいいわよ。同族の血は吸わないわ」


 私の微かな殺気を感じ取ったのでしょうかね。


「でもあなた、私に近い血を感じるわね。いえ、近いというよりガーラド様の分身のような? うーん、あなた何者?」

「見ての通りダークエルフのダンピールですけど?」

「それは分かるけど、なんか私のマスターの血に近いのよね。もしかしてあたしと同クラスの吸血鬼が親なのかしら? でもマスターの二世は知っている限りダンピールを作ったという話は聞いたことがないし」


 もしかして父親の二世でしょうか。

 となると、さっき感じた力にも納得できます。


「私の親は知りません。生まれてすぐ捨てられましたから」

「あらら、かわいそ……って、捨てられた? ダークエルフとのダンピール? まさか」

 彼女は何かに気がついたように私を見てきます。


「良く見ればアベリア様に似ているわ、まさかあなたってガーラド様の子?」

「先ほども言いましたが、私は生まれてすぐ捨てられたので親の名前すら知りません」


 そうか、私の親の名前はガーラドとアベリアというんですね。

 ちぃ覚えた。

 いつか一回ずつ静御前で切ってやります。


「確かにアベリア様は十五年ほど昔、身重だったわね」

「そのガーラドとアベリアという人が私の両親なんですかね」

「わからないわ。でもそうねぇ、その可能性は高いわ」

「わかりました、教えてくれてありがとうございます」

「あなた、あたしと一緒に来ない? マスターの城へ」


 お誘いきました。

 でも、今会ったとしても殴れるほど私は強くないですしね。

 今回はパスしますか。アリスさんとの血の吸い愛いも待ってますしね!


「もしその二人が私の両親なら、一回ずつ殴ってあげないと私の気がすまないのですが、今はまだ殴れるだけの力はもっていません。そのうちきっとお伺いしますから、それまで待っていてください」

「あっははははははは。マスターを殴るっていうのね。確かにあなたから見れば理不尽でしょうしね。わかったわ、この件はマスターに伝えておくわ」

「ぜひお願いします」

「ええ、それとうちのマスターを殴るのであれば、一度アベリア様の故郷を訪ねてはどうかしら」

「ダークエルフの里ですか?」

「ええ、きっと何か得ると思うわ」

「分かりました、近々行ってみたいと思います。あ、遅れましたが私はアオイと申します」

「私は真祖ガーラドの二世レムよ。」


 レムさんですね。

 なかなか良い人ですね。敵ですけど。


 彼女は黒焦げになっている魔人を抱えて、空へと浮かびました。


「他に私の妹が二人この大陸にいるけど、もし出会ったらよろしく伝えて置いてね」

「そのお二人の名前はなんでしょうか?」

「レラとレロよ。同じ服を着ているから分かるわ。ではまたね、アオイちゃん」

「はい、またよろしくです!」


 手を振って分かれた後、私はふと気がつきました。



 レム、レラ、レロ?

 どこの妖怪な人間でしょうかね。


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