第二話


 ここはラルツの町でも高級なレストランです。

 私はランクアップのお祝いと称して、自分へのご褒美で食べに来ました。

 たまには贅沢もいいですよね。

 あのオークから奪った武器が、思ったより高く売れた事も後押ししてくれました。


 ちなみに私はぼっちです。

 ずっと一人でいました。


 寄ってくるのはナンパ男しかいないのです。

 そりゃー可憐な美少女のアオイさんですから、男としては声をかけたくなるのは分かります。元男ですからね。

 私も男だったら声をかけていたかもしれません。


 でも三十路の男が十五歳の美少女に声をかけたら犯罪ですよね。

 いや、美少女から声をかけられても、何処かの掲示板に載るかも知れません。


「十五歳の少女が、三十歳くらいの男性に声をかける事案が発生」とか。



 さてそれはどうでもいいとして、どうせパーティ組むなら女の子がいいですよね。できれば処女の。

 でも私がダンピールなのを警戒されて、誰も仲間になってくれないのです。くすん。

 ほんの少し齧る程度なのになー。



 それにしてもこのサラダおいしいです。

 魔素がたっぷり含まれていますね。

 よくいく安い定食屋に出てくる野菜と比べると、雲泥の差ですね。

 さすが値段が倍以上違う高級店です。


 そうそう、私は半分エルフのせいか肉はあまり食べません。

 菜食主義ではありませんが、肉よりも野菜のほうが好きなんですよね。



 ……それにしてもパーティですか。


 ふと周りの客を見ました。

 どこかの冒険者パーティが五人で、楽しそうに会話しながら食べています。


 そんなのを見ていると、なんか鬱になりそうです。


 せっかくのご褒美なんですから、こんな気分ではいけません。

 店主、高級ワインもってこーい!




「アオイさん、何こんなところで酔っ払っているんですか」


 ふと名前を呼ばれ顔を上げると、そこにはギルドの受付嬢アリスさんが立っていました。何やら呆れ顔です。


「あら~、アリスさんじゃないですかぁ~。どうですか駆けつけ一杯?」


 ワイングラスを差し出した私の手を、冷たい目で見てきます。


「ここは酒場じゃありません」

「もー、アリスさんってば堅いんですから~。少しくらい飲んでもいいでしょ? ついでに私に血を吸わせてください」

「お断りします」


 アリスさんの蔑んだ目が私を見ています。

 わっ、今ぞくってきましたよ。

 なるほど、これは癖になりそうです。



 アリスさんは何だかんだ言いながら、私と同じテーブルに座ってきました。

 これがツンデレですねっ。

 全くデレてない気もしますが。


 それにしても冒険者ギルドの職員ってよっぽどお給料いいんですね。こんな高級レストランに食べに来られるんですから。うらやましいです。


「はいアオイさん、お水飲んでください」


 アリスさんが水の入ったコップを私に差し出してきました。

 クールな表情がたまりません。

 そこらの男なら一発で落とされることでしょう。

 だがしかし私は今は女なのです。


 だが断るっ!


「いまは~、おみずよりぃ、おさけなんですぅぅ」

「うっわ、うぜぇこの女」

「あはははは~、はじめてアリスさんの丁寧語以外の言葉ききましたよ~~。今日は~、その記念日ということで~、アリスさんも呑みましょう~」

「全く、ファミリーレストランでこれだけ酔っ払う人も珍しいです」



「え?」



 一気に酔いが冷めました。

 今アリスさん、何と言いましたか?


「ファミリー……レストラン?」

「はい、そうですよ? ここは酒場ではありません」

「こんなに高いのに!? 高級レストランじゃないんですか、ここ!?」

「どこと比べているのかは分かりませんが、価格的に言えば中の下くらいのお値段です。高級レストランならこの地区ではなく、ギルドマスターの家がある地区に並んでいますよ」

「なん……だと? ティスの定食屋さんに比べて倍くらい高いですよっ、ここ!」


 定食屋さんのディナーはボリューム満点、野菜もたっぷり量が入ってて六百五十ギルです。

 しかしこの高級レストランは野菜だけで五百ギルもするんです。

 料理まで頼めば千五百ギルくらいは取られます。


「あの定食屋は下位ランクの冒険者向けですから、お値段はこの町の中でも一番安いランクです。確かにそこと比べれば、ファミリーレストランは少々値段は張りますけど、特別高いという訳ではありませんよ」

「そんな……。この辺じゃ一番高いお店なので高級レストランだと思ってたのに、世界に絶望しました」

「それくらいで絶望しないでください」


 でもショックです。自分へのご褒美と思っていましたが、それがファミリーレストランとは。

 そこまで貧乏性だったのでしょうか、私。

 前世で安い給料でこき使われてた影響かもしれません。


「アオイさん、なぜそこまで節約するんですか? あなたBランクですよね。かなりお金は稼いでいるはずなんですけど」


 確かに私はBランクです。

 お給料も月に換算すれば百万ギルくらいは稼いでいます。

 しかし税金で二割も取られ、月の家賃だって四万ギルも取られますし、食費だって毎日千ギル使えば月に三万ギルの計算になります。

 その他に、装備のメンテナンス費用や冒険に必要な雑貨などで二十万ギルは飛んでいきます。


 手元に残るのは五十万ギル少々になります。

 一年間頑張って貯めても六百万ギルにしかなりません。


 私の美少女を囲う夢には少なくとも億単位のお金は必要でしょう。

 このペースじゃ全く手が届きませんよね。

 以上、節約思考という訳ではない証明が完成しましたっ!


 ……理系ではなかったので証明は苦手なのです。しょんぼり。


「まあいいです。それより明日お時間はありますか?」


 これはっ、もしかして吸血デートのお誘いですか?


 吸血デートというのは、処女の美少女が一時間に一回、十ccくらいの量の血を飲ませてくれるものです。

 朝の十時から夜の二十時まで、十時間の間。

 つまり百ccですね。

 今、吸血鬼に超人気のあるデートなんですよ。




 三万ギルほど取られますけどね。




「はい、ありますけど。もしかして血を……」

「違います」


 言いかけた私に対して、凄く冷たい目で見つめられました。

 そんなに見つめられると、困ってしまいます。


 もっと見つめてっ! 私を蔑んでっ!


 っと、いけません。思わず理性が飛びそうになりました。

 魔性の女ですね、この受付嬢は。



「アオイさんってたまに男のような目付きになりますよね」

「はっ、そそそんなことないですわよっ。この清純な目をみてください!」

「誰が吸血鬼に対して正面から目を見るんですか。魅了されてしまいます」

「ちっ」

「言っておきますが、魅了使えば犯罪ですからね」

「分かっています、冗談ですよ。それより明日って何かありました?」


 確か明日はイベントごともなかったはずです。

 もしかして緊急呼び出しでしょうか。


 そう思って私は懐に閉まってあるギルドカードを取り出して、見てみました。

 すると、カードの右上に「明日九」という文字が赤く点滅しています。


 やばっ、緊急集合じゃないですか。


 このギルドカードは高性能で、ギルドマスターが任意の人に対して用事がある場合、ギルドカードへ念を送ればこのように点滅する仕組みになっています。

 要はポケベルみたいなものです。


 そして色でランクが分けられていて、青が任意、黄色は他に用事がなければ、赤は遠方ではない場合必ず、という区分に分けられています。

 そして、明日九というのは、明日の朝九時にギルドへ出頭せよ、という意味になっています。


 しかし便利ですよね、これ。

 お仕事がどこに居ても飛んでくるので、平社員としては迷惑な部分もありますけどね。


「酔っ払ってて気がつきませんでした。てへぺろ」

「やっぱり見てませんでしたか。明日緊急集合ですので、朝九時にギルドへ来てください」

「わかりました。でも緊急って何でしょうかね」

「私には分かりかねます。説明は明日ギルドマスターから直接お聞きください。ではそろそろ失礼します」


 そういってアリスさんは立ち上がった。

 というか、いつの間に食べ終わったのですかね。

 全く気がつきませんでした。



 アリスさんが去った後、私も残ったワインを飲み干して席を立ちました。





「お会計五千七百ギルになります」

「ええっ! ワイン飲みすぎました、あうぅ~」


 予定では二千ギル以内に押さえるつもりでしたのに。

 美少女を囲う私の夢は、まだまだ手に届く範囲にはないようです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る