第三話


「あの時のダンピールのお嬢さんじゃないか」

「我が女神よ、どうしてここに?」


 ここはベールの町にある、とある酒場です。


 翌日、ラッキーさんはエバン方面、私がベール方面へとジョニーさんを探しに行く事になりました。

 ベールに行くついでに、例のお肉とワインのセットでも食べようかと思っていましたが、先に酒場へ行って見ようと思って寄ったのですが。

 なぜか杯を互いに掲げて、お酒を飲んでいる二人を発見したときは目を疑いました。


「えっとジョニーさん」

「はっ、何でしょうか我が女神よ」

「何故ベールの酒場で、その闇の帝王ダークエンペラーさんと飲んでいるのでしょうか」


 そう言った途端いきなりダークエンペラーさんが立ち上がって私の手を握ってきました。


「おお、オレの名を覚えていてくれたのか!」

「そりゃこれだけ濃い名なら一度聞けば覚えてしまいますよ」

「改名したかいがあったよ! ありがてぇありがてぇ」


 涙を流しながら喜んでいますよこの人。

 そんなに流離い人チャッピーが嫌だったのですかね。

 それは分かりますが、ダークエンペラーだって私から見れば似たようなものですが。

 というか手を離してください。


「偶然ここによってみると草笛を吹いている奴に遭遇しましてな。さすがにここで喧嘩を吹っかけるわけにもいかず、そのまま聞いているとなかなか良い音色でして」


 何とか手を振りほどいてハンカチで拭いていると、ジョニーさんが理由を説明してくれました。


「それでお酒を一緒に飲んでいると」

「その通りです、我が女神よ」

「いえ、まあ別にいいんですけど」


 ジョニーさんでも音楽に興味を持つ風情があるのですね。

 それだけこのダークエンペラーさんの音色が良かったかも知れませんが。


「ところで我が女神よ、いかがなされたのだ?」

「ああ、そうでした。ジョニーさん、ちょっと申し訳ないですが至急家まで戻ってきてくれませんか?」

「それは何故ですか? いや我が女神のお言葉であれば是非もありませぬが」

「少々喧嘩を吹っかけられまして。ぜひともジョニーさんの手をお借りしたいのです」


 ぴくっとまぶたが動いたジョニーさん。

 突然立ち上がると、ポージングをし始めました。

 なんですかねこの人、気持ち悪いです。


「ほほぅ、我が女神に対して喧嘩を売ってくる身の程知らずがいるとは。それは筋肉がなりますな」


 脳の中身までなりそうですよこの人。


「それとそこのダークエンペラーさん」

「ん? 何だいハニー」

「だ・れ・が・ハニーですかっ!」


 頭を掴んでコメカミをぐりぐりと拳でいじめてあげます。


「いたたたたっ。ちょっ、暴力はんたーい!」


 暴力反対って、あなた魔人じゃないのですかっ! プライドってものがありますよね?!


「ふぅ、全くハニーの愛情表現は過激だなぁ」

「いつから私はハニーになったのですか?!」

「ははっ、オレの名を覚えてくれてたってことは、将来オレと結婚してダーククイーンと名乗りたいからだろ?」

「そんな名前絶対死んでも名乗りたくないですっ!」

「照れるなよマイハニー。慣れればその名も良く思えるようになってくるぜ?」


 慣れたくありません。

 というか、それは恥という感覚が麻痺してくるだけです。


「そうだ、とびっきりの曲吹いてやるぜ? オレたちの門出祝いだ」


 いきなり草笛を取り出して吹き始めるダークエンペラーさん。

 以前聞いたような音色とは異なり、ゆっくりとした厳かな雰囲気の曲です。

 というかどこかで聞いたことがあります。


 ……………………。


 あれ? この曲って結婚行進曲じゃないですか?

 なんでこっちの世界に?!


「ど、どこでこの曲を?」

「ああ、どっかの真祖とダークエルフが結婚式を挙げたときに流れていた曲なんだよ。結構良さそうな曲だったから覚えたんだ」


 それってうちの両親じゃないですかね。

 やはりうちの父親、序列二位のガーラドは……転生したか召喚されたか、なのでしょうか。


 でも魔人が何故うちの両親の結婚式を見ているのですかね。

 あなたたち戦っているんですよね?


「はぁ、まあどうでもいいです。ところでジョニーさんは家へ強制連行しますけど、ダークエンペラーさんはどうするのですか?」

「ええっ?! そんないきなりハニーの家へ行くなんて心の準備が。それにまだご両親の挨拶を考えていないよ」


 こいつ絞め殺してやりましょうかね。

 あ、でも……まてよ、これは使えそうですね。


「家に来ると危険な人が来ますよ?」

「安心しな。オレがハニーを守ってやるぜ」

「そうですかー。じゃあ一緒に来て私を守ってくださいね」


 にこっと笑顔でダークエンペラーさんを見てあげます。

 照れたように少々顔が赤くなる少年。

 ふふふ、これが罠だとも知らずに……。


 そして私は彼の手を取って酒場から出て行きました。

 ジョニーさんは私の意図が読めたのか、彼が逃げられないよう背後から着いて来ています。

 さすが下僕一号ですね。付き合いが長いだけあります。


 酒場を出て、しばらく夜の町を彼と手を繋いで歩きます。

 始終デレたままのダークエンペラーさん。

 手を繋いでいるのは、もちろん逃げられないためです。


 あ、そうでした。忘れるところでした。


「少し寄り道してもいいですか?」

「ん? おお、いいぜ」

「例のセットですか。我が女神も好きですな」

「やはりこの町へ来たからには食べないと失礼に当たりますしね」


 お肉とワインのセットを二個頼んで、ダークエンペラーさんに一つあげました。


「お、ありがとう。これうまいな」

「そうでしょー、これ私のお勧めなのですよ!」

「ところで後ろの兄ちゃんにはあげないのか?」

「ジョニーさんは少々戒律がありまして、お肉を食べないそうなのです」

「へぇ、今時戒律なんて珍しいな」


 食べながら町の門を潜って、外へと出ました。

 風が心地よく吹き、ワインもよりいっそうおいしく感じられます。

 お肉をパクつきながら、ゆっくりと歩いていく三人。


「もぐ、ところでマイハニー。その危険な、もぐもぐ、人ってどんな奴なんだ?」


 食べながら質問をしてくるダークエンペラーさん。

 くちゃらーはだめですよ?

 お行儀悪いですね。

 私は自分が持っているお肉とワインをポーチに仕舞いこみました。


「そうですな。我もそやつの墓標に刻む名くらいは知っておいても良いですな」

「えっと、確かファムリードという名前でしたね」


 ん? と二人が顔を見合わせました。


「どこかで聞いたことのある名ですな」

「オレも何となく聞いたことある気がするなぁ」

「私は詳しくは知らないのですけど……」


 私はそこで言葉を一旦区切って、ダークエンペラーさんの手を取ります。


「お? どうしたマイハニー、怖いのか?」

「いいえ、ダークエンペラーさんがいらっしゃいますから、序列三位の真祖吸血鬼が来ても大丈夫ですね」


 それを聞いた途端、突然立ち止まるダークエンペラーさん。


「ごめん、急におなか痛くなってきた。また今度誘ってくれ!」


 そしていきなり逃げようとしますけど……。

 しっかり私が手を握っています。

 更に……。


「ジョニーさん」

「はっ!」


 私の合図で、すかさずダークエンペラーさんを羽交い絞めしてくれました。


「ちょっ。マジかよ?! なんで真祖なんかが喧嘩売ってくるんだよっ?!」

「先ほど私を守ってくれると言いましたよね?」

「そ、それは……その」

「男に二言があるという事ですか」

「い、いや。それでもさすがに真祖と喧嘩は……やったことないし」

「大丈夫ですよ。四天王の一人、チャッピーさんなら」


 その名を告げた途端、ダークエンペラーさんの空気が変わりました。

 以前ラッキーさんと戦った時に感じたものよりも、より魔の気配が濃密です。

 確かにこれは……強いですね。


「……どこでその名を知った?」


 今までのおちゃらけたような声ではなく、老練な威厳のある声。

 それに押された私は、後ろへ後ずさりしようとしている足を何とか踏みとどめます。

 ジョニーさんは豹変したダークエンペラーさん、いやチャッピーさんを見てとても嬉しそうにしてますが。

 目が輝いていますよ。


「家にいるラッキーさんという魔人から聞きました」

「ラッキー? そうか、あいつから聞いたのか」


 努めて冷静に告げる私に、チャッピーさんは悔しそうな表情をしました。

 そう思った瞬間、チャッピーさんが羽交い絞めしているジョニーさんを背負い投げするように、力づくで遠くまで振り飛ばしました。


 というか、ジョニーさんを振りほどいた?!

 まずいっ!


 咄嗟に掴んでいる手を離そうとしますが、逆に彼は私の手を強く握り締めてきました。


「我が女神っ!」


 飛ばされたジョニーさんの声が聞こえてきます。

 そして彼は私の手を離して……。



 土下座をしてきました。



「……へ?」

「頼むっ! その名は忘れてくれ!」

「え、えっと……」

「真祖だろうが誰だろうがハニーを守ってやるから、どうかその名だけは忘れてくれ!」「は、はい。お願いします」


 そんなにあの名前が嫌いだったのですか。

 そして私はチャッ……いえ、ダークエンペラーさんとジョニーさんを連れて夜の道を駆け抜け、ラルツへと帰りました。



 ……あ、また一人魔人さん増えた。アリスさんに怒られそうです。



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