第31話 パニック

「きゃあ~! 首斬り男や!」

 教室内は大パニックになった。泣き女の鈴子先生は、涙をハンカチで拭うと、生徒たちを首斬り男から護ろうと教室の入り口にむかう。

「この教室に、許可なく立ち入ることは許しません! さぁ、立ち去りなさい」

 優しげな鈴子先生だが、生徒たちには指一本触れさせないと、両手を広げて首斬り男の前に立ちふさがる。

 その凛々しい姿に、首斬り男は自分の出番では無いと悟った。

「鈴子先生、せっしゃの心得違いでござった。泣き女の泣き声に、心を乱されて東京の地から大阪まで出向いてまいったが、ご立派な先生ぶりでござる。これなら、せっしゃの出番はござらん」

 きっぱりと頭を下げる首斬り男は、よく見るとハンサムだ。泣き女の鈴子先生は、ポッと頬を染める。

「私の泣き声が、あなたの心を悩ましていたのですね。なのに、ストーカーだと怯えてばかりで、話し合うのを避けて、逃げてました」

 ストーカー! という言葉にショックを受けた首斬り男は、くらくらと倒れこむ。職も無くし、慣れない大阪の地で半年近くも鈴子先生を見守ってきた自分が、哀れに思われる。

「これにて、ごめん!」と立ち去ろうとしたが、鈴子先生が自分の失言をわびて泣き出す。

「すみません! お願いだから、話し合いましょう。これからも、私の泣き声があなたを悩ましたら困りますもの」

 わんわん泣き出した鈴子先生に、首斬り男は袖から手ぬぐいを差し出す。

「泣くのを止めるのでござるよ。生徒の前ではござらぬか」

 鈴子先生は、差し出された手ぬぐいで涙を拭くと、首斬り男の目が優しいのに気づいた。自分と首斬り男は、鈴ヶ森も刑場の遺族の涙と、首斬り刀の因縁で結ばれている。しかし、遠く離れた大阪では、古い因縁は薄れ、自分を心配する優しい目が心に残った。


「お名前はなんとおっしゃるのですか?」

 泣き止んだ鈴子先生が問いかけると、首斬り男は真っ赤になる。

「それがしは名乗ってもおらなかったのでござるか! 拙者は、鈴木達夫と申します」

 先生は、達夫さんですねと、微笑む。その笑顔に、達夫は恋に落ちた。1年1組の教室に、ピンクのハートが舞う。


 良い雰囲気に気づいた猫娘の珠子ちゃんが、これなら二人で話し合わせた方が良いと、クラスメイトに号令をかける。

「先生、さよなら! 皆さん、さよなら! 明日も元気にまいりまよしょう!」

 河童の九助くんは、これからどうなるのか? と、ワクワクしていたので、ええっ! と抗議したが、だいだらぼっちの大介くんに抱き上げられて教室から出ていく。

「忠吉くん、九助くんのランドセルを持って来てくれたんだね」

 教室の外で、小雪ちゃんがよく気がついたねと、鼠男の忠吉くんをほめた。忠吉くんは、嬉しくてチュウチュウはねる。

 猫娘の珠子ちゃんは、一瞬、忠吉くんを捕まえたい欲求がおこったが、グッと我慢する。級長がクラスメイトを襲ったりしたら、鈴子先生は大泣きしてしまう。それに、自分を抑えられなくては、人間社会で生きていけない。月見ヶ丘小学校では、それも教えている。

 普通の人間の子ども達も月見ヶ丘小学校には通っているが、1年生の間は人間社会に慣れる為に、1組に妖怪や半妖怪を集めてる。2年生になったら、人間の子ども達と一緒に勉強するのだ。


「なぁ、鈴子先生が首斬り男と東京へ帰ったら、寂しくなるなぁ」

「鈴子先生は、きっと月見が丘小学校を辞めたりしはらへんわ! 首斬り男とのことはわからへんけどなぁ」

 察しの良い小雪ちゃんが、こそっと心配を珠子ちゃんに打ち明けていた頃、教室では鈴子先生と首斬り男の達夫は、二人っきりで話し合っていた。


「まぁ、私の泣き声が達夫さんを悩ましていたのですね。それなのに、ストーカー扱いしてごめんなさい」

 鈴子先生が頭を下げるのを、達夫は慌てて止める。

「いや、せっしゃの修行が足りぬのでござる。鈴子先生は、立派な先生だというのに……」

 肩を落とす達夫の苦労は、泣き女の鈴子先生にもよくわかる。明るい系の妖怪と違い、鈴ヶ森の刑場に発した泣き女や首斬り男は、陰気だと思われて世間には身の置き場がないのだ。

「これから、どうなさるのですか?」

 前に、鈴ヶ森のマンションの下で見たときは、殺気にあふれていたが、大阪のど真ん中の月見ヶ丘小学校の1年1組の教室で、生徒達の小さなイスに座っている達夫は、穏やかで優しそうだ。

「東京へ帰るでござる。二度と、鈴子先生を困らせないでござるよ」

 鈴子は、おおぜいの人達が首を斬られた鈴ヶ森の刑場がある東京へは帰らない方が良い気がする。

「あのう、私も大阪に来てから泣く回数が減りました。まだ、泣き虫ですが、嬉しくて泣くことが多くなったのです。達夫さんも、鈴ヶ森に近づかない方が良いと思いますわ」

 首斬り男は、大勢の首を斬った刀の妖怪だ。鈴ヶ森には近づかないよいにと、親にも言われて育った。

「確かに、大阪に来てから、せっしゃも明るくなったような……でも、それは鈴子先生を遠くから眺めていたからかもしれぬ! ああ、せっしゃはストーカーなのであろうか!」

 恥ずかしそうに頭をかく達夫に、鈴子はコロコロと鈴が鳴るような声で笑う。

「私は、もう達夫さんが恐ろしくないから、ストーカーではありませんよ。私がお世話になっている猫おば様に相談しましょう。きっと、良い考えを思い付いて下さいます」

「そんな、見ず知らずの御方に世話になるわけには!」

 首斬り男の達夫は、泣き女の白い細い手に捕まえられた。力は達夫の半分も無いのに、振りきることはできなかった。何故なら、鈴子が大好きになり、手をつながれたのが嬉しくて、頭がぼおっとしてしまってたからだ。

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