定礎 あるいは文明の影の同伴者

 1945年の夏、私はマッカーサー元帥とともにGHQ(連合国軍総司令部)の一員として東京を訪れた。日本の各地で見られる、ある不可解な現象を調査するためだ。

 東京は3月の空襲で焼け野原になっていたが、一部に不自然に残っている建物がある。周辺の建物が空襲で跡形もなく焼け落ちているのに、いくつかのビルはガラスが割れた程度にとどまっているのだ。見た感じはたしかに異様な光景だ。空襲を生き延びた住民の多くはこの建物に避難し、火を逃れたのだという。

 元帥はこの光景を見て悪い予感が働いたらしく、我々に建築物の調査を指示した。おそらくそこに何らかの軍事技術の可能性を見たのだろう。旧日本軍の技術に関するものは、すべて我々が押さえておく必要があった。すでに「ニ号研究」と呼ばれた陸軍の核開発の資料は押収され、研究施設は破壊されていた。

「日本人たちの話によると」

 通訳を担当する部下のひとりが私に報告した。

「定礎がビルを空襲から守ってくれたとのことです」

「テイソ? なんだそれは」

「この石のことだと」

 焼け残ったビルの地面にごく近いところに、漢字の刻まれた石が嵌めこまれている。大きさは数十センチ程度。「定礎 昭和三年十月吉日」と書かれてるという。

昭和ショウワ云々というのは日付ですね。定礎という言葉の意味については色々調べたのですが、ただ伝統的に彫られる文字で、意味は彼らも知らないということでした」

「ふむ」

 調べてみると、不自然に残っているビルのほとんどに「定礎」の石が嵌めこまれているようだった。

「日本のビルには皆この石があるのか?」

「いえ。ごく一部だったようです。ただ、焼け残ったビルのほとんどには残っていますね」

「つまり、この石が何か建築物の耐火性と関係しているという事でしょうか」

 別の部下が言った。

「これを嵌めこんでおくと、定礎様が建物を守ってくれるという話でした。法隆寺にも同じものがあり、木造建築が1000年以上残っているのは定礎のおかげだと」

「くだらんな。ただの東洋人の迷信か」

 と私は一笑した。

 その後、東京帝国大学で建築史に詳しい学者にも問い合わせてみたが、なにやら古い伝承に由来するものらしい。むかし天界から定礎と書かれた石が飛来し、ある若者がそれを土台に使って家を建てたところ、どんな地震にも津波にも耐えたという。その後、石に「定礎」という字を刻んで建物に組み込むことで、家や神社仏閣の安全を祈願することになった。よくある神話だ。

 結局、不自然な建物の生き残りについては、空襲時の風向きおよび確率的な誤差として説明できるものである。私は元帥にそう報告した。その後、朝鮮戦争が始まると元帥も私もその仕事に忙殺され、定礎のことなどすっかり忘れた。

 私は1952年のサンフランシスコ講和条約とともに帰国した。その後、戦争特需で日本は急速に復興し、地震国にもかかわらずどんどん高層ビルが建てられていった。そして数十年の月日が流れた。


  ◆  ◆


「信じられんな。非科学的すぎる」

「ですがデータが示しています。ロケットに定礎を積み込んだ場合の打ち上げ成功率には統計的に有意な差が出ています。……極秘情報によると、ソ連のソユーズも定礎が使われていると」

「人類を代表する科学の徒であるNASAは、東洋の神秘主義に汚染されたのかね?」

 問題になっているのはアポロ11号の件だった。紆余曲折を経てNASAの幹部の地位にあった私は、サターンVに定礎を組み込むという案に断固反対した。ロケット打ち上げにおいては、1グラムの積荷に何万ドルもの費用が発生するのだ。日本の建築物のものに比べて小型とはいえ、そんなものを持って月へ向かうなど馬鹿げている。

 どういう経緯を経たのか、日本の「定礎」の文化がアメリカにも浸透してきていた。それも建築物のみならず、形を変えてさまざまな産業で、一定以上の大きさのある人工物を守ってくれるという触れ込みで使われている。

 結局、私の反対で定礎案は中止となった。だが私の脳裏には一抹の不安があった。もしこれで計画が失敗した場合、定礎に反対した私は責任を追求されるかもしれない。そして、こんな敗戦国由来の迷信がわが国の科学や産業を支配することとなってしまう。

 打ち上げが無事成功し、アームストロング船長の言葉は世界中を熱狂に巻き込み、帰還船のパラシュートが無事に開いた瞬間、私はようやく胸をなでおろした。

 彼らが地球に戻った後に、我々は写真のチェックを行った。

「なんだこれは?」

 月面にある石に私は目をとめた。そこにあったのは、月面に置かれた不自然なほどまっすぐな直方体の石だった。写真では距離感がわかりづらいが、墓石ほどの大きさに見える。表面に何か、刻まれたような模様が見える。

「これ、定礎じゃないですか?」

 部下が私に言った。削れた部分にレゴリスが溜まっているようで、表面の模様はほとんど判別できない。だがそれは、漢字で「定礎」と書かれているようにも見えた。

「ハハハ! こりゃ傑作だ、月面には定礎があったのですね。道理であんなにクレーターだらけなのに、ちゃんと生き残ってるわけだ」

 部下はひとしきり笑った後に「結晶成長で出来た石が露出してるんでしょう? 後でそっちの専門家に回しておきますよ」と言った。

 だが私には冗談に思えなかった。

 それ以来、私は月を見るたびに考える。日本の伝承にある、天界から飛来した最初の定礎について。それは宇宙のどこか別の文明から飛来し、辿り着いた場所の文明を保護し、石に文字を刻むという行動様式を拡げつづける存在なのではないか、と。


(おわり)

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