第13話 殺し屋鴉は仕事用具を調達する
2014年 10月13日深夜 上海郊外の工業都市
上海郊外、西安工業航空機事業部回転翼機開発課の工場及び研究所――200万平方メートルに及ぶ広大な敷地は、灰色に塗られた金網のフェンスによって囲まれている。そのフェンスに寄り添うように、旧型のポンディアックが止まっていた。
車の中には3人の殺し屋が乗っていた。いずれも梟の弟子たちだ。
運転席で退屈そうにハンドルにもたれかかっているのは「
助手席に座る「牡丹」は、一目で夜鷹の相棒と分かる姿をしていた。1920年代の
「何て名前だっけ、そのヘリコプター?」
あくびをかみ殺すような顔をしながら、夜鷹が言った。
「AH-32S」夜鷹と牡丹の背後から、声が響いた。
後部座席を片付けて空けた空間は、電子工学の研究室と化していた。プログラムの書かれた紙片が散乱し、2つのアルミ
そしてその研究室の中央には、前の2人とは対照的に、ウェイターのように小ぎれいな身なりをした男――鴉が座り込んでいた。胡坐をかいた脚の上にノートパソコンを乗せ、よどみなくキーボード上に指を躍らせていた。
「AH-32Sは世界初の電子操縦システムが採用された戦闘ヘリコプターだ。知ってるか? ヘリは本来、他の航空機より操作性がすこぶる悪く、格段にパイロットの腕が試される乗り物なんだ。離陸するだけでもとんでもない作業量を求められる。サイクリック・スティックやらコレクティブ・ピッチ・レバーやらをごちゃごちゃ動かさせねえと、ローターの反作用で機体が安定しなくなる。しかしAH-32Sは違う。力学的かつ機械的な駆動システムをごっそり電子信号に変換し、加速度の向きと移り変わりをデータ化しシミュレートを繰り返したことで『機体の安定のさせ方』をコンピュータに覚えこませることに成功したのさ。離陸や飛行についちゃ専門的な技術はいらないし、着陸まで遠隔操作で可能って優れものだよ。目的地を指定するだけで、その場所誤差数メートルの範囲までオートパイロットで飛ばすこともできる」
「なるほどさすがは鴉の兄貴だ」夜鷹が笑う「何言ってんだかさっぱりわかんねえ」
「パイロットなしで動くのってそんなに偉いの? 無人ヘリとかあるじゃん」疑問を挟んだのは牡丹だ。
鴉が
「実用化されてる無人ヘリってのは基本的に小型機だ。せいぜい偵察か農薬散布くらいの用途がほとんど。ラジコンの延長なんだ、あんなのは。AH-32Sはローター径27メートル、全長25メートル、機関砲と対戦車ミサイル搭載の戦闘ヘリコプター。次元の違う代物だよ」
得意げに語る鴉の黒い瞳に、ディスプレイの白い光が映った。
「さらにAH-32に素晴らしい点があと2つある。一つは、今はまだ外国企業に特許があるはずの怪しい技術を山ほど搭載してる点。西安工業側は、 仮にヘリを盗まれても簡単には警察に訴えられないのさ。そしてもう一つ、最後にして最大の長所は、GPSを搭載したこのヘリはネットに繋がっている……理論上、 クラッキングの射程圏ということだ 」
施設内にある格納庫の上扉が開き始めた。それに続き、唸るような音が鳴った。夜鷹も牡丹もヘリの構造は知らないし、音の原因も分からなかった。鴉だけが冷静に耳を澄ませ、タービンエンジンの駆動音やメインローターやテールローターの翼が空気を切る音を聞き分け、目を閉じて頷いていた。
「…… 嘘だろ」
「…… 嘘でしょ」
パンク2人組は呆然とした顔で、格納庫から上昇するヘリの雄姿を見上げた。砂埃と小石の混じった風が吹き抜け、ポンディアックをわずかに汚した。どこからともなく工場内に迷い込んだ落葉が、ヘリが乱した気流に煽られはるか上空に巻き上げられた。
深夜にも関わらず、工場にはまだ多くの社員がいたらしい。作業服やスーツを着た人影が、大慌てで格納庫に駆けつけてきた。誰もが途方に暮れて立ち尽くし、そのうちの何人かは、ヘリに届くはずもないのに、空に向けて手を伸ばしていた。
「離陸を目視できた。行くぞ、もうここに用はねえ」
鴉は緊張の糸が切れたように寝ころんだ。目は長い髪で隠れていたが、口元はにんまりと微笑んでいた。
「……前に椿が言ってたの。殺し屋として一番腕が立つのは鈴蘭の姉御だけど、いざ勝負になったら、鴉の兄貴がイカサマで勝つって」
ぼそぼそと牡丹が言った。夜の闇に浮かび上がった黒の機体を見上げながら、夜鷹が乾いた笑い声をあげた。
「違いねえ。ありゃ反則だ」
鴉は、2人組の会話を鼻で笑った。
「イカサマだろうがなんだろうが、これで俺はもう喧嘩に負けない」
鴉は寝返りをうち、仰向けの姿勢のまま脚を曲げ、運転席の背もたれを後ろから蹴った。
「夜鷹、アジトに車を回せ。ヘリに あれを積み込むぞ」
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