第15話

 白衣がクリーニングから戻って数日後、久しぶりに部活動で化学室に向かった。

「新しい実験するから来てね」と匂坂さきさか部長から直々にメールが届いたのだ。宛先にはリョーコと中之森先輩のアドレスもあった。リョーコはともかく中之森先輩にとっても新規の実験なんだろうか? 爆発しなければいいのだが……


 途中リョーコと合流して部室に着くと、中之森先輩が先に来ていた。匂坂部長はとくと、中之森先輩は何も言わず窓の外に視線を移した。ここは1階で、校舎の中庭が目の前にある。

 つられて視線を動かすと、匂坂部長が白衣にメガネのスタイルで中庭の植物に水をまいていた。

 いや、たぶん水なんだろうが、背中にタンクを背負い、そこから伸びたホースの先から白衣姿で水をまくあの格好は、ハッキリ言って保健所の人が消毒薬まいてるようにしか見えない。

「何なんですかアレは?」

「昨年作った火炎放射器を改造した散水装置よ。炭酸水にメントスを入れて、増加した炭酸ガスの勢いで散水するの。彼女、機嫌がいい時はああやって植物に水を与えるのよ」

 いや、もっと他に水の撒き方あるでしょうに。なんだってあんな消毒薬撒くみたいな格好を……。

 匂坂部長は周囲の視線を全く気にせず、植物に水を撒きながら移動していく。移動して、学生食堂前の植木鉢に水撒いてたら、案の定食堂からオバチャンが飛び出して怒鳴ってきた。そりゃそうだろ縁起でもない!

 匂坂部長も食堂のオバチャンには負けるようで、足早に逃げ出した。怒られた理由分かってるのかな?


 学食前からキャーキャー言いながら駆けて戻ってきた匂坂部長は、とても上機嫌だった。白衣にメガネでハイテンションで、既に実験モードに入っているらしい。

「あなた、タンクの炭酸水は全部捨ててよね。また圧力がたまって爆発なんてことないように」

「大丈夫、もう空っぽだから。それより今日の実験はね、前回のリベンジよ! 水蒸気蒸留で失敗したから、今度は合成してやるのよ!」

 さっぱり意味がわからん。

「水蒸気蒸留は、アロマオイルを抽出するための仕組みなの。で、どうせリベンジするなら今度は合成でアロマオイルを作り出してやろうと思ったわけ」

 なんでそうなるんだろう? 江戸の仇を阿蘭陀オランダつような気がするんだが。

「要は有機系の実験したいの! 計画書も作ったのよ。太田先生に見せたらね、直接指導してくれるって」

 直接監視するって意味だと思います。

「匂坂、この計画書はよく出来てるぞ。ただ実験内容が高校の教科レベルを越えてるからな、先生が横についててやろう」

 準備室から白衣姿の太田先生が現れた。手にしているのは部長さんが作成の実験計画書だろう。意外と先生も上機嫌だ。

「最初にリナロールを合成して、次に酢酸リナリルの合成までやるという事だが、とてもじゃないが一日じゃ終わらないぞ。まあ準備はじめるか」

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