《Music Rainbow Online》~わたくしがチート斧を捨てて不人気デバッファーを選んだ理由~

裏阪さらう/こういうのでいいんだよ委員会

第1話

 最強の武器。最高のレアカード。そして、可愛い女の子で埋め尽くされた最愛のハーレムギルド。

 大人気VRMMO――【Beast Eat Online2】通称BEO2の世界に足を踏み入れたプレイヤーなら誰もが夢見たであろう最上の愉悦。

 それら全てを手にしているプレイヤーがいた。

 五つあるサーバーのうちの一つ、フィフスサーバーの頂点に立つその男の名は――


  ◇◇◇


『さぁ、いよいよ注目の決勝戦です! 挑戦者はおなじみの……5鯖ランキング第2位のミヤカ様で~す!』


第2位 ミヤカ

『シーフ』 LV.99

HP 905/905

SP 168/168

MP 10/10

STR 65

DEF 55

AGI 99

MAG 0

DEX 99

LUK 85


 沸き立つ歓声と共にワープゲートから出てきたのは軽装防具を身に纏った少女だった。

 セミロングより少し長めの金髪。意志の強そうな青い瞳。両手に持っている短剣から察するに今回の職業は『シーフ』か。

 そいつは憮然とした表情で髪をかきあげると、


「うっさいわよ、あんた達! 耳がキンキンするってーのっ! ちったぁ静かにしてらんないのぉ!?」


 空一面に広がる試合中継用巨大モニターの観衆達に向かって怒鳴り散らした。

 だが、静まるかと思いきや一層激しくなる歓声、そして荒ぶるコメントの嵐。


『うっひょー、超かっわいいい! 気が強いタイプってやっぱそそるわぁ』

『あれってキャラクターメイク無しでダイブしたらしいぜ!』

『←それマジ? じゃあ素であの顔とスタイルってことかよ!?』

『ミヤカちゃーん、今日こそ1位になってねーっ!』


 モニターに映されている観客とアナウンサーが見えなくなる程の大量コメントに、俺は頭をポリポリ掻く。


「第2位め、相変わらずスゲェ人気だな。毎回出づらいったらありゃしないぜ……」


 やっぱり俺みたいなガチムチのおっさんキャラより可愛い女キャラのほうがいいのだろうか。

 それとも毎度挫けずにクラスチェンジして挑む姿がウケているのかなぁ。数えてないけど、もう三十回くらいはこいつと決勝でやり合ってる気がするぜ。

 まあ、なんにせよと俺は重い腰を上げて、鉄仮面をかぶる。


『さぁさぁ、いよいよ我ら5鯖第1位様の登場です! 言わずと知れた最強の投げ斧使いにして激レアXRのボスカード<ウェザー・リポート>を所持している――』


 長椅子に立て掛けておいた白銀の巨大斧をよっこらせと担ぎ、


『第1位、名無し様――通称、投斧王・ウェザーキングの登場で~すっ!!』


第一位 ナナシ

『ウォーリア』 LV.99

HP 2800/2800

SP 450/450

MP 0/0

STR 99

DEF 99

AGI 99

MAG 0

DEX 99

LUK 0


 最大のライバルである第2位の待つ<草原の大地>に向かうべく、ワープゲートへとダイブした。 


「あ~ら。相変わらず偉そうな登場ねー。さっすがは無敵の第1位様! 余裕たっぷりってカンジで気に入らないわっ」


 転送完了するや否やケンカをふっかけてくる第2位に、俺は仮面の中で小さく溜め息をついた。

 相変わらず偉そうなのはどっちなんだよ……。鎧が重いからどうしても動きがゆっくりになってしまうだけなのに。


「…………」


 とりあえず時間も無いし始めるとすっか。

 戦闘準備完了の合図として無言で斧を振り上げた俺に、


「なによ、あんたまた挨拶も無しに始めるつもりなワケ!?」


 って仰られましても……。

 鉄仮面をかぶっている以上俺の声はあちらには届かないだろうし、いちいち話すのも面倒だし。

 そういやこいつとは今まで一回も会話してないような。まあ、決勝くらいでしか会わないからな。

 というか、いつもすぐに決着ついちまうし――


「……ふんっ。顔は見えなくったって、ちゃっちゃっと終わらせようって考えが丸見えなのよね。でもね、今日のあたしは一味違うわよ。あんたを倒すためだけにまた最初からレベル上げとステ振りをしてきたんだからっ!」


 言って、後方へと飛び退る第2位の頭上にヒットポイントを表す緑色のゲージとスキルポイントを表す青色のゲージ、そしてマジックポイントを表すオレンジ色のゲージが次々と映し出される。

 同じく俺の頭上にも出現した。


『では、週末個人ランキングトーナメント決勝、第2位ミヤカ様vs第1位ナナシ様のPvPを開始しま~す!』


 聞こえてくるアナウンサーの声を皮切りに、俺は斧を大地へと振り下ろした。

 地面がうねり、第2位の直下へと凄まじい勢いで亀裂が走っていく。地属性戦士のスキル【蠢く大地】――対人ではもっとも使いやすい遠距離スキルだ。


『あっ、終わったな』

『最近のウェザキンこればっかじゃねーか。もっと魅せプレイしてくれよな~』

『また一発でミヤカちゃんミヤカりそう』

『←おい、即死することをミヤカるって言うんじゃねえよ!』


 俺は斧を担ぎなおして、滝のように流れる不満たっぷりのコメントを見上げた。

 言っとけ言っとけ。俺だってもうちょっと第2位と遊びたいのは山々――


「でぇええええいっ!」


 なっ!?

 力と俊敏ステータスMAXの最速最強スキル【蠢く大地】を避けて飛びかかってくる第2位に俺は慌てて斧を構えた。


「いっつもそうやって! 舐めプレイばっかりしやがってぇええ!」

「……っ!」


 右手の錆びた短剣を逆手に持ち直して振り下ろす第2位。

 だが、盾代わりに構えた斧によってそのラッキーアタックは空しくも……。


『おおっと、なんとなんとなんとぉ! まさかのソードブレイカーがヒットっ! キングの持つ最強の斧がこの戦闘だけ取り除かれることになります!』


 アナウンサーの言葉に俺は耳を疑った。ま、まさかあの錆びた短剣がソードブレイカーだったとは……。

 手の中にある斧が光と共に消えていく様を呆然と見ていると、


『えっ、なにこれどういうこと?』

『キングの斧って確か伝説神器の【サーバイン】ってやつだよな? レアリティ3程度のソードブレイカーでやられるのかよ、神器クソじゃねーか』

『わかったぞ。わざと錆びさせてソドブレって分りにくくさせてたのか。あ~ミヤカちゃんは賢いなぁ』

『その方法たしか俺がウェザキン対策掲示板に書いたやつだぜ!』

『っていうか武器が無いんならもう詰んだんじゃね?』


 王の負ける瞬間に今日一番の盛り上がりを見せる観衆たち。

 中にはざまぁ見ろだのと罵る声も聞こえてくる。


「あんたまさか、武器でおしまいって思っちゃいないわよねぇ? あたしの受けた屈辱、倍返しにしてやるんだからっ!」


 直後、左手の錆びた短剣が俺の鉄仮面へと突き刺さる。

 グシャッ! という音と共にバラバラと崩れ落ちる仮面。

 ははぁ。なるほどな。こっちはアーマーブレイカーってオチだったのか。


『今度は仮面が外れました! 今までの腹いせでしょうか、全ての防具も無力化して完全勝利するつもりでしょう!』


 その通りよ、わかってるじゃんと俺を見上げて二ィッと口角をあげる第2位に、


「…………」


 そいつと同じ表情を作って見下ろしてやる。


「何がおかしいのよ! あんたの最強は今ここで終わるのよ、この一撃でね!!」


 そう言ってアーマーブレイカーを俺の漆黒の鎧に突き立てる。

 しかし。


「な、なんで、どうして破壊出来ないのよ!?」


 崩れ落ちたのは俺の鎧ではなく、第2位の勝ち誇った笑顔だった。

 焦りの表情で何度も俺の鎧に振り下ろす短剣をパシッと片手で掴んでやる。

 腹の中から沸いてくる笑いをこらえながら、


「……第2位、ありがとう」

「なっ、なんのことよ!?」

「ちゃんと俺と遊んでくれるのは君だけだ。だから、第2位に初めてを捧げる」

「えっ、ちょっと待って! ど、どどどーゆー意味なのよっ」


 そして、俺は歯を食いしばると一言だけ呟いた。


「パージだ……っ」

「きゃあああ!」


 俺の鎧が一瞬ではじけ飛び、第2位を吹き飛ばしていく。

 だが、さすがと言うべきかすぐに体勢を立て直して向かってくる第2位。


「ちっきしょう、そんな一発芸でこのあたしを倒せるとでも思ってんの!? でぇええりゃああ!!」


 大跳躍して飛びかかってきた瞬間――俺は勝ちを確信した。


「神器スキル発動、【追随する病】。来い、サーバイン……目標は第2位だ」


 俺の命令を受けたバラバラの鎧たち――【サーバイン】が形を成していく。

 やがてかつての姿を取り戻した無骨な巨大黒斧が、第2位めがけて飛来する。


「……まさか、あんたの最強の斧ってあの白銀の斧じゃなくて鎧のほう、」

「喋っていると舌を噛むぞ」

「きゃわっ!?」


 直撃する寸前、俺はそいつを抱きかかえて近場の木陰へと退避した。

 今までだったらそのまま第2位のHPをゼロにして俺の優勝という幕引きなんだけど……。

 ただ、少しだけ俺はこいつと話したくなったのだ。


「え、え、な、何してんのよ! ちょっと、離しなさいよっエッチ!」


 ぽかぽかと顔を赤くしながら俺を殴るそいつに、


「いてて、暴れるなって。もう第2位の負けなんだから。それは認めてくれよ」

「ま、負けは潔く認めるわよ。まさか神器が鎧のほうだったなんて思ってもみなかったし。っていうか、そうじゃなくって……」


 ちらりと俺の体――おもに下半身へと目をやる第2位。


「ああ。パージしたから裸になっちゃってるけど、別にゲーム世界のアバターなんだから気にしないでいいよ」

「そ、そういう問題じゃないわよ! あんた男ならもっとデリカシーってのを持ちなさいよねっ! ていうか、いつまで抱っこしてるつもりなのよぅ!」


 何をそんなに怒ってるんだろう。女の子だったらお姫様抱っこされて嫌な顔する奴いないと思うのに。変な奴だなぁ……。

 まあ、中継用小型カメラが俺たちのことを探していることだろうし、手短に伝えることにした。


「いいか、そのまま聞いてくれ。俺はもうこのゲームに飽きた、だから今日をもって引退することにする」

「……はぁ? あんたバグってんの?」

「最強ってのは第2位が思っている以上に面白くないもんなんだ。なんか見世物小屋の豚みたいっていうかさ。唯一の楽しみは第2位とやり合うことだけだった。でも、君は楽しくなさそうに見えたんだ。最強を求めて何度もゲームをやり直して……だったら、俺が引退して君が5鯖の第1位をしたほうがいいかなって」

「な、なによそれ……」

「そっちのほうが観客も喜ぶだろうし、第2位も最強を手にすることが出来る。んで、俺はこの目標が無くなったゲームに終止符をうつことが出来る」


 つまらない戦いばかりするマンネリ化のキングよりも、新しい風として大人気の第2位が第1位にのし上がる。

 それでみんなが幸せになる。身を引く時期としてはベストだろう。


「あんた、それ本気で言ってんの?」

「……ああ。もう最強を演じるのは疲れた。んじゃ、あとは頼んだぜ第2位」


 視界の端にある強制ログアウトボタンを押して意識が現実へと戻る最中。

 第2位の「最ッ低……」という声が聞こえたのは多分俺の聞き間違いではないだろう。


 ◇◇◇


「はぁ……。最低、か」


 深々と溜め息をついて、俺はVRゴーグルを外した。

 二時間ぶりの現実世界だった。そのままベッドから起き上がり、部屋の時計を見てみる。

 時間は夜の十八時。そろそろお姉ちゃんから声が掛かる頃だろうな、と俺がぐいーっと伸びをしていると、


「あ、まーたご飯の前にゲームして! ダイブするなら食べてからにしなさいっていつも言ってるでしょぉ~?」


 エプロン姿ののんびりほんわかとしたお姉ちゃんが俺の部屋にいきなり入ってきた。


「めっ、だぞ!」


 俺の頭をぽむぽむと叩いてくる笑顔のお姉ちゃんに、


「やめろって、ただでさえゴーグルしてたんだから……髪がボサボサになっちまうぜ。っていうか、ノックも無しに入ってくんなよぉ」


 むすっと言ったその時、片手に持っていたおたまが俺の頭にポコンッ! とヒットした。


「もう、まーた喋り方がおかしくなってるわよぅ! お姉ちゃん許さないんだもんっ」


 にこにこ笑顔のままおたまを振り上げる、この言いようのない恐怖!

 抵抗するのも無駄だ、と。俺はすぐに頭を下げた。


「わ、わかったって。いえ、わかりましたわお姉様……もうっ、せっかくゲームの世界に浸っていましたのに、台無しですの」

「よーろしいっ! あ~ん、やっぱり可愛いわ、ななよちゃん! BEO2なんかよりお姉ちゃんと遊びましょおっ!」

「ひゃ!? や、やめてくださいましっ」

「スキンシップよ、ああぁん、ななよちゃんって凄くおっきい……。少しだけ分けて頂戴っ」


 えいっえいっと、俺――じゃなかった、わたくしの胸を揉んでくるお姉様に、やっぱり引退はやめてゲームの世界に引きこもろうかなと……少しだけ思っちゃいましたの。

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